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地球連邦防衛軍に入隊しました!

作者: きる

俺の名前はトオル。地球生まれだ。

特技はこれといってない。特別頭が良いわけでもないし運動も人並み程度だ。


そんな俺は高校を卒業間近になって進路選択をすることになってしまった。たいがいの奴は大学に行くが、中には自分の夢を追いかけて社会に出る奴もいる。

何か夢があるわけでもなく、かといって漠然と大学に行っても金の無駄遣いにしかならない気がしてだらだらしてるうちに大学の入学試験は終わってしまい、就職活動も終わってしまった。

このままではニートになってしまうと心配した親からやんのやんの言われて家に居づらくなって街をぶらぶらしてたところに”地球連邦防衛軍志願者募集中”という看板があったわけだ。


あ、地球連邦というのは宇宙に進出した人類があちこちの星に移住し、そこで自治を始めたことから地球を中心に連邦制を取ったことに始まる。

現在では30個星系に自治組織があり、それぞれうまくやっている。


ワープ航法が日常的に使われ始めてから現在では1000個星系ほどの調査をやったが宇宙人は見つかっていない。せいぜいねずみみたいな生物が走り回ってる星をいくつか見つけたくらいだ。

連邦内が仲良しで宇宙人からの脅威がないのに、じゃあなんで地球連邦防衛軍なんてものがあるかっていうと、昔ある星系の自治組織が地球連邦から独立してほかの星系も占領して支配しようとしたことがあった。

そのときは連邦警察隊が鎮圧して終わったが、今後そういうことが起ったときにやはり軍隊が必要だろうということで創設されたらしい。


なので創立以来、一度も実戦をしたことがないのだ。


何度か革命組織というか、ゲリラみたいなのは何個か出来たが全て連邦警察隊に鎮圧されて終わっている。いくつかはしぶとく残っていて警察の監視下に置かれ、いざとなれば防衛軍も動けるようにしている。いわゆる抑止力という奴だ。


そんな感じなので親に入隊すると言ったときは


「お前の体力で勤まるのか」


と心配された程度だ。戦死したり戦場で負傷したりといった心配は特にされていない。


「まあ公務員で安定してるし、3食ついてるから食いっぱぐれはないからなあ」


そういって送り出された。


晴れて入隊となり、2等兵に任命される。軍隊といえば理不尽ないじめや強烈な体罰というイメージだが、俺が入隊したのは3・4月隊員という、高校や大学からの新卒が1年で一番大量に入隊するクラスで、質がいいと言われている。なので案外平和だ。

季節隊員という、それ以外の月に入隊する連中は3・4月隊員で足りない、あるいは教育中に退職する奴の数合わせで入隊するので、けっこうえいぐ連中が多いので言うことを聞かせるために厳しいらしいが。


俺たちは任期制隊員と言う、2年ごとに契約更新していくスタイルだ。契約満了で辞めることもできるし、下士官試験を受けて伍長になって定年まで勤めることもできる。まあ試験に受かればだが。

契約満了で任期満了金という退職金がもらえる。なので1~2任期勤務して、任満金をもらってそれを元手に自分のやりたいことをする連中もいるし、それはそれで推奨されている。

何しろ軍隊はピラミッド組織だ、若い下っ端は大量に必要だが全員を定年まで居らせてたらじいさんになっても突撃をさせないとならなくなる。それはお互い勘弁といったところだ。


そうそう、俺は陸軍に入隊した。軍隊は陸軍と海軍がありどちらも入隊希望することが出来るのだが、募集事務所では特に聞かれることもなく、差し出された応募用紙は陸軍だった。俺も特に海軍を希望するわけでもなかったのでそのままだったわけ。


新隊員教育は前期3ヶ月、後期3ヶ月の6ヶ月だ。前期は共通教育で気をつけ敬礼だとか行進だとかみたいな基本教練と機動歩兵のまねごとみたいな戦闘訓練なんかをする。前期の最後に職種を決められて後期はそれぞれの職種教育を受ける。

あ、職種というのは機動歩兵や砲兵、戦車兵などそれぞれの専門特技のことだ。


確かに入隊して1~2週間はきつい。毎朝6時にらっぱで起床して毛布を軽く畳んで点呼に集合する。それが終わったら区隊で隊列を組んで朝飯へ行く。これが何百人と一斉に行くわけだから点呼の集まりが1秒でも遅れると食事にありつくまで20分くらい並ぶことになる。

教育隊の朝の20分は貴重だ。何せ朝飯から8時の課業開始まで分刻みでやることが決まっている。

だが慣れてくると1分以内にそれを済ませて舎前に整列することが当たり前になる。そうなると当直士官にいかに早く報告して食堂に向かうかの競争になるのだが、本当に秒単位で差がついてしまう。


しかし、それがどうしても出来ない奴がいるのだ。人間どうしても苦手なものはあるものだが、彼にとっては毛布を素早く畳むという適性だけはどうやらなかった。


彼は大学を出ていて頭は悪くないし、駆け足だって早くはないがそこそこだった。だが彼が遅れることによって区隊はいつも最後尾だった。

見かねた班付が夜の自由時間に何度も素早いたたみ方のコツを教えて練習させたが、どうしても出来なかった。彼も全員に迷惑をかけていることはわかっているので休みの日にまで自主練習をしてがんばった。


だが彼はだんだんと顔が暗くなっていった。そしてある日、自分の毛布を素早く畳んだ同期が彼の毛布を畳んだ。本当は規則違反でやってはいけないことだが班付も見てみぬ振りをした。

その日は初めて3番目に点呼を終えて食堂に行くことが出来た。


だがそこで彼の心は折れた。同期に助けられて負い目を感じたのだ。しかもたかが毛布の畳む早さで。

区隊の同期で一番最初に彼は退職を申し出た。退職の承認がなされ荷造りをする彼に、班付は言った。


「人間どうしてもだめなことはあるからな。だがそれで全部がダメってことはないよ。出来ないことをやろうと頑張ったその努力はすごいことだよ。これからどこに行ってもそれは宝物だよ」


部屋に居た全員が泣いた。泣いて彼を見送った。


そんなに忙しいなら朝飯を抜いたらいいだろうと思うが、食堂前には班付が見張っていて、飯を食わないで帰ろうとする新兵を食堂に連れ戻す。


喫食について軍隊というところは非常に厳しい。言ってしまえば食べない自由はないのだ。


食事は体力維持に大切なもので、朝を抜くとその日の午前中が座学だったらまだいいが、そうでなければ昼までもたない。

そのほかにも大切な税金で作られたご飯を捨てることになるので納税者に申し訳ない、というのもある。

食べる量やその日の体調、好き嫌いがあるのでどうしても残飯は出てしまうが、同じ無駄でも不喫食と意味が違うということだ。


その代わり絶対に食事は出す。特殊部隊の訓練などであえて食事を抜いて戦闘行動するなどをのぞいて、どんなときでも出てくる。逆にきつい戦闘訓練のあとに戦闘糧食を出されて胸焼けで吐きそうになるのだが、全部は食べなくても最低限封を開けないと怒られる。

ただ、部隊配属になればそこまで厳しくはなく、喫食申請を出さなければ外出先や売店の食堂などで好きなものを食べたり、あるいは食べないということも出来る。

それは食事に限らず生活全般に言えることだが。


1日の日課は、6時に起床して点呼から始まり、課業開始の8時の国旗掲揚から午前の課業が開始される。午前中は座学が多い。新兵とか四六時中走ったり匍匐前進したりするものだと思っていたが、いろいろな規則の勉強や鉄砲の構造の説明や射撃理論などなんやかんや半分以上が座学だった気がする。

そして12時に午前の課業終了でお昼休みになり、13時から午後の課業になる。午後の前段(15時まで)は実技が多い。そのあと後段は特別なことが無い限り体育だ。筋トレや駆け足をして17時に課業終了となる。そのあとご飯や入浴、洗濯や清掃をして19時から21時までは自習時間として自習室に缶詰となる。

21時から21時40分の点呼まで自由時間となり22時に消灯となる。


こう言うと、なあんだって言われるがこの時間の中でいろいろ細かい話が出てくるので本当に余裕はない。

例えば15時まで戦闘服で実技をやって15分で体育服装に着替えて集合、などと言われる。それぞれに服装規定があるのでそれに従って着替えなくてはならない。

戦技訓練場から隊舎まで走っていって、着替えてグラウンドまで走って行くのに15分だ。まあこれは体育だから着替えることは仕方ないが、これが制服から戦闘服だとか戦闘服でも装備がどうとか本当に忙しい。最初から戦闘服でいいじゃん、と思ってもそれは許されない。


「俺たちはコスプレファッションショーやってんのかよ!」


などと愚痴をこぼす余裕があるくらいで着替えられるようになるが。


そうこうして慣れて来た頃に、軍隊らしい訓練が始まる。

軍隊と言ったらやっぱり射撃だ。機動歩兵はもとより音楽隊や補給隊みたいな後方部隊でも自衛警戒戦闘といって自分たちの宿営地を守るために最低限の能力は必要だ。太古の軍隊で例えば日本軍なんかは歩兵以外小銃は持っていなかったとかあったらしいが、そんな日本軍でも第二次世界大戦後に出来た自衛隊では全員が小銃か拳銃を持っていたらしい。


レールガンという電磁力で鉛の玉を飛ばす仕組みの小銃で射撃する。宇宙空間や地球とは環境の違う星などでの戦闘が主流になるので、火薬を爆発させて燃焼させる太古の鉄砲では対応出来ない。

これは小銃に限らず機関銃や大砲なども同じ理屈で、すべてレールガンだ。


俺は射撃は当たったほうだが、射撃は水物とも言われるんで本当にうまいのかはわからない。ただ理論を学んで言われたように撃った結果なので悪くはないだろう。あとは常時それを再現できるかどうかだ。


あとは機動歩兵が主に着るパワードスーツでの訓練も水にあってたと思う。これは自分の力を増幅させるうえに自動歩行なども可能で便利だが慣れるまでなかなかむつかしい。

特に握力の加減が難しくて卵のような割れやすいものを扱うのが大変だ。それで卵を割って目玉焼きを作る訓練では半分以上の奴が卵をぐしゃっと潰してしまう。


民間のパワードスーツでは医療や介護用以外そういった柔らかいもの、特に人間などは握ってはいけないことになっているが、軍隊ではそうはいかない。

戦場で負傷した仲間をパワードスーツの中から引きずり出して安全なところへ運んだり、災害派遣などでがれきの下から救助者を出したりなのど場面が想定されるからだ。


教育も2ヶ月が過ぎ、新兵たちの関心事項は職種選定だった。


「なあ、俺は絶対戦車に乗りたい」


個人携行火器のレールガン小銃の手入れをしながら同期が言った。


「歩かなくていいからな」


別の同期がまぜっかえす。


「俺は絶対機動歩兵かな。軍の主兵だぞ?全ては機動歩兵のために動くんだからな。やりがいあるし、太古の歩兵みたいに歩くわけじゃなくてパワードスーツだし」

「行軍モードだと寝てても歩いてくれるしな」

「それな」

「トオルの希望は?」

「え、俺も機動歩兵かなあ。人数多いから任地も多いし、いろいろ選べるだろ?」

「あー、任地大事!すんげえ辺鄙なところだと外出先もなさそうだしな」

「俺は絶対需品か整備だな。後方勤務で楽勝狙いだ」


わいわい言いながら銃整備をする。みんな手際よく整備できるようになっていた。


「職種は最後の最後まで秘密らしいな。総合訓練の前日くらいに任地と一緒に示達されるらしい」

「うえ、マジかあ。区隊長にゴマ摺っておくかな」

「無理無理」

「おい、武器庫閉まるぞ。早く格納しろ」


班付が居室を覗いて声をかける。


「はーい」


小銃を素早く畳むと、みんなで武器庫に向かった。


やがて、職種と任地の希望調査があった。


「戦闘職種と支援職種をそれぞれ2個づつ書くんだぞ」


2等軍曹の班長が新兵の机を周りながら言う。


俺は用紙と一緒に配られた職種一覧表を見ながら考える。

第1志望は機動歩兵、第2志望は砲兵を選んだ。機動歩兵も砲兵も人数が多く部隊もあちこちにあるので任地が選びやすいということもあるが、実は教育期間中に小銃射撃に自信があったのと機動歩兵のパワードスーツを使いこなせてた気がするからであった。


あとふたつは支援職種を書かなければならないが、思いつかない。えいやっ!で音楽科と需品科と書いて提出した。


しばらくして、職種任地面談があった。


「お前は音楽科を希望してるが、楽器は何ができるんだ?」


班長は希望用紙を見ながら言った。


「はい、中学校のときに吹奏楽部でシンバルをやってました。というか第1志望と第2志望のほうは・・・?」


班長はそれに答えずに言う。


「中学校の吹奏楽部か。音楽科はな、音大や芸大を卒業した連中を一本釣りで入隊させるからな。さすがに素人は無理だ」

「ということは、需品科ですか・・・?」

「任地の第1希望は地球だな」

「はい」

「わかった」


班長は面談を打ち切った。


とぼとぼと居室に帰ると、班付に面接の内容を話した。


「これって、需品科ってことですよね」


班付はにっこり笑って言った。


「さあ、どうだろうなあ。俺も実際わからないしな。ただな、軍隊ってところはなんでも希望は聞いてくれるぞ」


居室に居た全員がその言葉に目を輝かす。


「聞いてはくれるが叶えてくれるとは言ってないがな」


がくっと全員が首をうなだれた。


やがて総合訓練前に内示の示達があった。

舎前に集合し、ひとりずつ職種と任地を班長が言った。


「トオル2等兵、職種、需品科、任地、地球!」


ほぉ、と周りから声が漏れた。需品科を希望していた同期は機動歩兵で、地球を希望していた同期は最果てのシャメイ星系だった。うまく行かないものだ。


内示示達が終わると順番に事務室から内線電話で内示先に連絡する。一週間もない期間なので行くための切符が取れないとかもあるのでてんやわんやだ。

他星系へは海軍の定期便か民間の旅客船で行くことになる。どちらもワープ地点まで5日、ワープ後に目的の星系まで5日の合計10日はかかる。逆に言うとどの星系へ行くにも実際の距離に関係なく10日かかるということだ。


「お前は地球でいいよなあ」


辺境のシャメイ星に行く同期が言った。


「海軍の定期船は20日後なんで、それより先に出発する民間船で来いってよ。しかも星系の主星から更にローカル航路に乗り換えて5日行かないと駐屯地星に着かないとかさあ」

「すごいかかるなあ」

「お前は今と同じ駐屯地内だからいいよな。バック持って歩いて行けばいいだけなんだし」

「そうでもないよ。後期教育開始まで全星系から隊員が集まるまで1ヶ月もあるんだ。その間に隊舎の準備とかさんざんコキ使われるんだぜ?」


卒業とともに同日に着隊、以後教育隊付として後期教育開始まで教育準備の支援を命ぜられている。

卒業式のあと、次々と任地に赴いていく同期を見送ると、最後に教官室に挨拶をして隊舎を去る。とぼとぼと駐屯地を歩いて後期教育の隊舎に向かう。


後期教育は、基本的にそのあと所属になる部隊が行う。俺は中央兵站基地第501部品補給大隊という部隊だった。

申告のために大隊本部の1係、人事総務を担当する部署に顔を出す。


「おー、トオル2等兵か。教育隊長は第4隊に居るから挨拶してきて。といっても、もうお昼か。荷物はここに置いていっていいから先に飯に行きなさい。13時に申告で教育隊長には話しておくから」


准尉にそう言われる。1係の先任だ。


「ありがとうございます」


後期教育はゆるいと班付も言っていた。しつけ事項的なことはあまり重視せず職種として必要であり、更に言えば自分の部隊の即戦力となる教育に主眼が置かれる傾向にあるそうだ。

俺はとぼとぼといつもの食堂に並ぶ。同期が全員居なくなった食堂は静かなものだ。


「やっと新隊員が居なくなって空いたな」


列に並ぶどこかの部隊の伍長が仲間に言う。ちょっとむっとしたが確かにそうだよな、とも思う。

午後いちで教育隊長に申告に行って、第4隊の先任に隊舎まで案内される。教育開始まで通常の営内居住となること、同居人は4人であること、明日は7時40分までに舎前に集合であること、などを教えられる。

荷物を置くと事務所に戻り、そのあと記入書類だとか外出証の出し方とかもろもろの準備をしてあとは営内整理だった。


課業が終わると部屋の住人がぽつぽつ戻ってきた。挨拶をしていろいろ話を聞く。部屋の住人は先任上等兵のほかも全員上等兵で、新隊員教育を終了していない2等兵にとっては雲の上の人たちだった。

ただ、正式な配属ではないのでお客さん扱いしてくれた。ちなみに大隊の下は通常中隊なのだが、ここはなぜか隊と名乗っている。


「うちの大隊は、そもそも一般部隊じゃないからね」


一番年の近い上等兵が言った。


「機関に準ずる部隊、といって野戦部隊とは違ってちょっと変わった部隊なんだよ。中央兵站基地で補給をする部隊のひとつだから、本当は部とか課とかのほうがしっくりするんだけどね。なので人数も少なく大隊で100人くらいしか実は居ないんだよ。普通は大隊と言ったら7~800人くらいの規模なんだけど」

「初任地がうちってのは、もし軍に長く居るつもりならちょっと大変だな」

「え、そうなんですか?」


別の上等兵が言う。


「ああ、やることも編成も特殊すぎるから他部隊に行ったら驚くぞ」


うーん、俺が選んだわけじゃないのに。だがそれも運命だ、なんとかなるさ。それに長く居れるかどうかもわからないし。


翌日から教育の受け入れ準備にかり出された。ベッドを隊舎に運び込んで組み立てたり、机を事務室に運び込んだり、こまごまとしたことを言いつかって動き回った。

自分が受ける教育の準備ってのもなんか変な感じだったが、区隊長の少尉を始め先任助教の1等軍曹や助教の2等軍曹、班付の上等兵などと仲良くなれたのはラッキーだった。

同期は5人、うち2人は女性だ。さすがに女性隊舎へ立ち入ることはなかったが、隊舎の前まで荷物を持っていくだけでドキドキした。


やがて教育が開始されて、前期の班付が言ってた意味がわかってきた。点呼や外出制限についてはさすがに教育隊なので厳しいが、着せ替え人形のような無駄なことはなくなった。例えば午前中座学なら本来は制服なのだが午後から実技で戦闘服のときは朝から戦闘服で良い、みたいな感じだ。

需品科は、補給物資の取扱いや炊事、洗濯や入浴施設の開設運営、そのほかに需品資材と呼ばれるものの修理などをするのが任務である。なので補給規則の座学がかなりを占め、実技としては裁縫や調理といったことも出来なければならない。まあそれらはこの部隊に居る限りやることはないのだけど。


裁縫教育はなかなか大変だった。繕い物といっても天幕みたいなでかい奴を業務用ミシンで縫うのだ。それに戦闘服を生地から切り出して仕立て上げたりもする。お互いに採寸して型紙を作り体にぴったりな戦闘服を作り上げる。


「いいか、オーダーメードの戦闘服を作るなんてほとんどないからな。軍の規格が決まっているから、決まった型紙から作る。しかも通常は業者から納入されるしな」


他の大隊から支援で来ている現役で裁縫部門に居る2等軍曹の教官が言う。何しろ中央兵站基地だ、そういった普通の部隊には居ない人材が豊富に居る。


「どういったときに戦闘服を縫うんですか?」


同期が質問する。


「将官対応や広報で部外のモデルが着るときなんかはオーダーメードの戦闘服を作ることがある。あとは特型といってでかすぎたり小さすぎたりする隊員で在庫がない場合や災害派遣なんかで特殊なサイズの戦闘服の換えが必要になって在庫がない場合とかだな。なのでこの技術は教え込む必要があるんだよ」


なるほど、と感心する。そういった特殊な事例はめぐりめぐって最終的に中央兵站基地が吸収することになるのだ。


「今日は天幕の繕いだ」


新隊員だから容赦してやる、といって教官は6人用の天幕を持ってきた。それを業務用ミシンでひとり1張繕う。悪戦苦闘しながら繕うと、教官はお前達は俺が教えた中で一番センスがある、といって褒め称えた。


「お前たちは本当に縫うのがうまいな。追加であと2張りづつだ」


全員ががっくりする。しかも宿題ということで課業外にやることになった。


「これ絶対修理申請された奴だよな。本当は教官の仕事なんじゃないのか?」

「たぶんそうだろうな」


俺たちは風呂飯に行って清掃や洗濯などをちゃっちゃと済ませると、19時に指定された裁縫工場へ集合した。


「おお、ご苦労さん」


教官はニコニコ出迎えると、みんなに缶コーヒーをごちそうしてくれた。

工場には沢山の業務用ミシンが並んでいて、その前には巨大な天幕が何張も山積みになっていた。


「これは病院用天幕でな。こいつの修理で今はてんてこまいだ」

「これ全部教官が縫うんですか?」

「あはは、さすがにそれは無理だ。そこに並んでるミシンを扱うのは役務の業者の子たちだ。俺は監督指導がメインだ」

「なあんだ、それなら楽ですね」


同期は気が抜けたように言う。


「そうだな、そう言われてしまうとなんとも言えないが。ただな、役務の子たちは俺たちと違ってノルマをこなせばいいって感じで縫い方が荒い奴とかもいる。だが病院用天幕を荒く縫うと雨漏りするかもしれん。もし俺が天幕のお世話になったときに傷に雨漏りされるのは嫌だからなあ。だから指導するし技術的に未熟だったら教えてやらんとならんだろ」


俺は仕事に対する打ち込み方に感動した。俺たち支援職種は下働きなんかじゃないんだ。

ひょうひょうとした感じの教官だったが、心に打たれるものがあった。2張くらいしか貢献できないが、教育中の俺でも役に立つならうれしい。

俺は楽しんで天幕の繕いをやった。


裁縫教育が終わると調理教育だった。


「なんだか軍隊っていうか家庭科の授業みたいだよな」


同期が呟く。全くそのとおりだと思った。まあ毎日体育の時間があったり戦闘パワードスーツを着て自衛警戒戦闘訓練をやったりはするから多少軍隊らしいが。


調理教育は最初理論なんかの座学教育をやって、それから実習に入る。調理室でみじん切りだの千切りだの小口切りだのをひたすらやる。

教官は駐屯地業務隊の糧食班の先任曹長だ。そうやって切ったものを使って昼飯を作る。調理は曹長の言うとおりに作るのでわけもわからずって感じだがなかなか楽しい。

やがて調理実習として駐屯地の食堂に行く。入るための消毒や髪の毛が落ちないように帽子のかぶり方といったところから始まり、厨房の説明となる。


「今までさんざん包丁の使い方をやったが、今はこうやって自動調理器が全部やってくれる」


厨房にぐるりと設置されている自動調理器を教官が説明しながら言う。


「えー、じゃあ意味ないですよね」


同期が思わず言う。


「まあな。だが数食くらいだがアレルギー対応食を作ったり高官の会食なんかでは目の前で刺身を切って出したりするからな。調理を覚えておくことは必要なんだよ」


俺たちは言われるがままにひたすら千切りやみじん切りをする。切ったものは自動調理器にどんどん入れていく。本当は材料を丸ごと入れるのだが、これは教育なので仕方ない。そして入れた具材は機械のほうで丸ごとなのか切ったものなのかを自動で選別してくれるらしいので問題はないらしい。

それが終わると食堂に出てテーブルなどに出している調味料を点検して足りなかったら補充したり、自動洗浄機から食器を出して並べたりといった作業をする。


それらの準備が終わると、早めの昼食だ。一般の隊員が食堂に来る前にご飯を食べる。これは役得みたいで楽しい。

時間になったら配食をする。何人かは士官食堂に行ってVIPに配膳をしたりする。偉い人は並ばずにそのまま席についてもらっておぼんに食事を並べて持っていく。兵隊用語でいう「上げ飯」というやつだ。


2日ほど調理実習をやって終わったが、普段お世話になっている食堂の裏側を見れたのは貴重な体験だった。


なんやかんやで後期教育も終わりに近づき、いよいよ配置部隊の発表があった。


俺は隣の第3隊、男の同期は第1隊と第2隊、女子の同期は隣の第501需品補給大隊に配属になった。

第1隊は火砲、砲兵が使う大砲や戦車の主砲なんかの部品補給を、第2隊は誘導弾、いわゆるミサイルの部品補給、俺の行く第3隊はエンジンの部品補給をする部隊だ。


ちなみに教育を受けた第4隊は有事に前線近くに派遣されて中央兵站基地からの補給の中継を行う部隊だ。平時は何もすることがないので中央兵站基地内の部隊の教育を引き受けている。


俺は第3隊の事務所に行って申告をする。隊長は部内士官といって2等兵からたたき上げてきた大尉だった。


「おー、まってたぞトオル。先輩たちに仕事を教わって早く部隊に慣れてくれな」


ガハハと笑って緊張してる俺の肩を叩いた。

先任准尉も優しいし、先輩たちもいい人たちばかりだ。いい部隊に配置になったと思う。


俺の仕事は簡単に言うと倉庫番だ。中央兵站基地にある担当倉庫で部品の出し入れをするのがうちの隊の任務で、業者から納入された部品を棚に振り分けたり、棚に入らないようなパワーユニットなどはそれぞれの置き場に置く。まあ自動倉庫だし出し入れはロボットがやるのでほとんどの場合はそれらの監視なんだが、どうしても人力が必要なものもある。


例えば在庫ではボルトが100個あることになっているが、その荷姿がどうなってるかは最終的に現場でないとわからない。100個バラなのか、20個包装で5個なのか。そこに50個出荷というオーダーが来た場合、20個包装2個と10本バラで出荷するのが自然だが現状そういう形でなければ包装しなおしたりするわけだ。


また、何トンもある戦車のパワーユニットなどを出荷したら場所が空く。他のパワーユニットを寄せて整理したりする必要がある。そういった作業をするのが俺たち下っ端の仕事ってわけ。

伍長くらいになると役務監督や検品などの仕事が始まる。


自動倉庫で走り回ってるロボットは”マウス”と呼ばれる、一抱えくらいの大きさのロボットだ。形はパソコンのマウスに似ているからそう呼ばれている。その丸みを帯びたフォルムは万が一、物や人とぶつかっても破損させたり怪我させたりしないためである。実際何度かぶつかったことがあるが痛いだけで怪我はしなかった。

しかも奴らはぶつかると


「きゅいーんきゅいーん」


と鳴いて目のようなインジケーターを光らせながら胴体を震わせて”謝る”

なかなかかわいいんで、ぶつけられても蹴り返すことはできない仕様になっている。設計した奴は頭が良い。

実際は


「てめえなにぶつかってきてるんだよ」


と、怒りに体を震わせながら威嚇してるのかもしれないがな。ものはとりようだ。


仕事は単調だがいろいろと考えながらやらないとならないので飽きないし、重量物の移動などでパワードスーツを使うので楽しくて俺にあってると思う。


先輩たちとも仲良くやっている。特に同室のふたつ年上のケンジ上等兵とは気も合って休みの日なんかは一緒に外出して遊びに行ったりしてる。


「トオル、今日は飲みにいくぞ」

「え、でも俺まだ酒は飲めないですよ?」

「いいから、コーラでも楽しく飲める店だから」


ケンジさんはそう言うと俺をガールズバーに連れて行った。


「ジュエルちゃん、今日は後輩連れてきたよ」

「あらかわいいわね、こんばんは」


金髪のかわいい女の子だった。


「同じ部隊なの?やっと後輩出来てよかったわね」

「2年待ったからなあ。やっとだよ」


ジュエルちゃんはケンジさんにお酒を注ぎながら俺に向かって言う。


「ケンちゃんはね、なかなか後輩が来ないからずっと下っ端だって嘆いてたのよ。大事にしてもらうのよ」

「当たり前だろ。俺の大事な後輩だ。しかも今はまだ”部下”だからな。半年だけだけど階級も上だし」


ケンジさんとジュエルちゃんのやりとりを見てるだけで楽しかった。


「俺は早く下士官になりたいんだ」


酔いが回って来た頃、ケンジさんが言う。


「下士官になるとな、毎週特外もらえるだろ。特外の門限は朝の8時までだ。上等兵じゃ門限が0時だから23時には店を出なくちゃならない。」

「俺は1等兵だから23時なんで22時ですけどね」

「そう!」


ケンジさんはバンっ!とテーブルを叩く。


「上等兵になったときはうれしかった。俺は天下の上等兵、23時まで外に居られるっ!てな。お前も半年後はそう思うぞ」

「でも1時間じゃ」

「馬鹿野郎、その1時間が大切なんだよ。いいか、ジュエルちゃんを口説こうって兵隊はたくさん居る。ここの閉店は1時だ。いい感じになって来た頃に1等兵たちは22時に引き上げていく。それから俺たち天下の上等兵様はゆっくり口説くわけだ。だが残念なことに23時にはご帰宅だ。それから伍長連中は居なくなった兵隊に代わって2時間も口説けるんだ。勝ち目はないだろ」

「はあ、確かに」


俺はそこまで興味はなかったが、下士官になりたいっていう人のモチベーションって案外そんなところにあるんだろう。

それとも俺が覚めてるのかな。


平和な毎日が過ぎていく。俺も仕事のコツを覚えて動けるようになっていった。


そんなある日、班長の2等軍曹に俺とケンジさんが呼ばれた。


「緊急補給請求が来たんで、お前達ふたりで部隊まで届けてもらいたい」

「わかりました」


緊急補給請求って言うのは訓練部隊とかじゃなくて実際に任務に就いてる部隊、例えば常時任務に就いているレーダーサイトや対空ミサイル部隊の主要装備品の部品なんかの請求のことだ。

補給請求はなかなかややこしいが、簡単に言うと上級部隊に請求を上げてそこからもらうわけだから一番後方の中央兵站基地から直接部隊に払い出すことは基本的にない。ただし任務部隊の場合はその手順で物を引き渡して行くと指揮系統が何層もあって何ヶ月もかかっちまうんで物を持ってるところが直接払い出すことになっている。


「行き先はどこですか?」

「カフェパ星系のカフェパルージュ星だ。戦車のパワーパックの交換が必要っていうことだ」

「え、戦車のパワーパックで緊急補給って珍しいですね」


ケンジさんが言う。


「ああ、俺もなんで?って思ったけど、あそこは警備行動命令中の特殊部隊が居るらしい」

「警備行動ですか?」

「なんでもそこは”銀河帝国軍”っていうゲリラが居るらしい。それで特殊部隊が警備してるんだって」


俺は身震いした。銀河帝国だなんてそんな強そうな敵が居るところなんて。しかも戦車が配属された特殊部隊が対峙してるんだよな、生きて帰れるのか?

俺の様子を見た班長は笑いながら言う。


「トオル、心配しなくてもいいぞ。銀河帝国軍と言っても100人くらいらしいから。そしてこれが”皇帝”だよ」


班長はスマホを見せてくる。50代くらいの普通のおっさんの顔写真だ。おまけにつるっぱげで頭のってっぺんに毛が1本ちょろりと生えている。


「ぷっ!マジですか」


思わず吹き出してしまった。こんな弱そうな”皇帝”なら大丈夫だろう。間違ってもフォースを使ったりは出来なさそうだ。


「それじゃあこれが計画書だ。今日中に海軍の強襲揚陸艦に積載して出発してくれ」


ケンジさんと一緒に一度隊舎に戻って個人の準備をする。なんといっても往復20日、現地で2日の合計22日間の出張になる。着替えなどが必要だ。


「海軍の船で行くんですよね?洗濯とか出来るのかなあ」

「ああ、大丈夫だ。着替えは2~3日分あればいいよ」

「俺、船に乗ったことないんですよ。しかも海軍の強襲揚陸艦ですよね、陸軍が行ったら何しにきたとか言われないかなあ」

「ははは、まあ普通の軍艦ならどうか知らんけど、強襲揚陸艦は陸軍を乗せるのに慣れてるから大丈夫だ。お客さん扱いしてくれるよ」


個人の荷物を持って倉庫に行く。ケンジさんがモータープールから反重力3トン半、軍用大型トラックを運転してきて倉庫に据え付ける。


「俺も早く免許ほしいなあ」

「お前も来年くらいには枠が回ってくるさ。ただ大人しくしてないと自教は行かせてくれないぞ?間違っても2任期で辞めますなんて言ったら行かせてくれない。嘘でもいいから下士官になりたいって言っておけ」

「なんでですか?」

「免許取ってすぐ辞められたら次から枠が回ってこないんだよ。お前の部隊には今まで何人をドライバーとして育成して来たんだから十分足りてるよな?って自教から言われるらしい」

「なるほど」


俺とケンジさんでパワードスーツを着て戦車のパワーユニットをトラックに乗せる。それから脱いだパワードスーツもトラックに乗せて準備が整うと事務所に行く。


「積載準備出来ました、行ってきます」


事務所では隊長が先任と笑いながら世間話していたので、報告には都合がよかった。


「おー、ケンジよろしくな。本当だったら伍長クラスの下士官くらいつけるところだがケンジなら大丈夫だろ。トオルもいい経験になるだろうし」


隊長はガハハと笑いながらケンジさんの肩を叩く。


「お土産は要らないからな、事故に気をつけて無事に帰ってきてくれればそれがお土産だ」


先任もそういうとニコニコと送り出してくれた。


ケンジさんの運転で俺たちは宇宙港に行く。1個中隊を輸送する小さい船だと聞いていたが、俺にはすごい大きな船に見えた。

船のランプから誘導されてトラックを載せる。誘導員が停止の合図をするとよってたかってトラックが固定される。これならたとえ船が宙返りしても大丈夫そうだ。


海軍の上等兵に案内されて船室に向かう。2段ベッドがずらりと並んだ大部屋がいくつもある区画だ。そのうちのひとつが俺たちの部屋だ。30人部屋に俺たちふたり。なんて贅沢な船旅だ。


「晩飯は1700(ひとななまるまる)からです。本当は食事や入浴などは”輸送区画”専用の場所になりますが、今回はお二人なので固有船員区画をご利用いただいきます。もし何かわからないことがありましたらこちらの輸送事務室で対応します」


彼は説明が終わると、場所もわからないでしょうから一緒にご飯食べましょう、と言って去っていった。


「すごい慣れてますね」

「だから言ったろ?大丈夫だって」


俺たちはベットを作ったり風呂道具を出したりと”宿営準備”をして過ごした。


やがてくだんの上等兵がやってきて一緒に食堂に向かった。


「お、お客さんかい?」


ほかの乗組員が声をかけてくる。


「うちの艦の飯はうまいからな、太って帰ることになるぞ」


言うとおりのおいしいご飯だった。味付けもいいし分量もたっぷりある。これなら海軍に志願すればよかったと思った。


ご飯のあとは風呂だ。これも小さいながらちゃんと浴槽もあって気持ちいい。風呂あがりに再び食堂に行く。艦は狭いので娯楽室や会議室のような設備は全て食堂にあるとのことだ。


アイスクリームやジュースの入ったケースがあり、横の箱にお金を入れるようになっている。食事時間以外はここでくつろげる。

テレビを見ながら湯上がりにアイスクリームを食べる。艦内は禁酒なのでケンジさんはそれだけが残念なんだよなあ、と言いながらコーラを飲む。


俺たちは船に乗っている間は何もすることがない。乗組員の人たちはそれぞれワッチという交代制勤務のために忙しそうだった。

だがすぐにみんなと仲良くなった。乗組員の人たちも陸軍を四六時中乗せてるわけではないし、そもそもまとまった人数の輸送だと”輸送区画”からお客さんが出てくることもないため実際に陸軍のお客さんと接する機会は少ないので、珍しがられた。


俺たちはほとんどの時間を食堂で過ごした。そうすることでワッチごとに休みに来る乗組員と話しができるからだ。士官は別に専用の部屋があるのでほとんど見かけなかったが下士官・兵のみんなと出会うことができた。


いろんな話を聞いた。遠い星系の惑星のこと、宇宙の神秘や体験談など本当に上手に話してくれる。


ワープを挟んであっというまの10日が過ぎた。やがてカフェパルージュに入港する日が来た。俺たちは車載デッキに降りてトラックの確認をする。一度エンジンをかけて荷台の荷物も確認する。それから最後に使った部屋や通路にワックスをかけてポリッシャーで磨き上げる。


「それじゃあ帰りもよろしくお願いします」


お世話になった上等兵に挨拶すると、俺たちは船のランプから上陸した。


カフェパ星系は赤色巨星を中心に回っている。恒星が巨大なのでハビタブルゾーンは広く、4つの惑星がそこに該当する。その中でカフェパ星は地球とうりふたつの星で、特別な装置がなくとも普通に生活できる星だ。そこから5日ほど離れたカフェパルージュは残念なことに酸素濃度が少し高いため宇宙服が必要になる。酸素が濃いのだから問題がなさそうなものだが地上でのオゾンの濃度も高いため長時間宇宙服を脱いでいると支障が出てくるらしい。


星全体は砂漠で、微生物くらいしかいない。産業は希少鉱物の産出とテラフォーム事業で酸素濃度を下げるために”酸素”を輸出しているらしい。星の酸素濃度を下げるのにどれくらいかかるのか。気の遠くなるような話だ。


港からトラックを走らせると鉄条網に囲まれた気密ハットメントの建物群があった。そこが陸軍特殊部隊のキャンプになっている。

警衛に聞いて整備小隊のハットメントに向かう。先任の1等軍曹が出迎えてくれて、パワーユニットの置き場に案内された。俺たちは言われたところにパワーユニットを置く。

あとは整備小隊がパワーユニットを交換して異常がなければ故障したユニットを持ち帰るだけだ。作業は明日になるので結果が出るまで何もすることがない。


俺たちはBOQ(外来宿舎)に行くと荷物を置いて”宿営準備”をした。夕飯を済ませ風呂に入ってからケンジさんがどうしてもと言って隊員クラブに行く。


「っかー!やっぱり風呂上がりはビールだよなあ」


ケンジさんはビールジョッキをうまそうに飲み干す。10日間だが禁酒と言われると飲みたくなるものなんだそうだ。


「おや、お前達見かけない顔だな」


少し酔った伍長が声をかけてくる。戦闘服の胸には空挺やレンジャーやよくわからないいろいろな徽章がたくさんついている。やばい、特殊機動歩兵だ。


「ええ、地球から来ました」

「地球ぅ?なんでまた地球の奴がこんなところにいるんだ?」

「中央兵站基地から補給物資を届けにきました」


ケンジさんが答える。


「なんだ、後方部隊か」


伍長の言葉にケンジさんがガタっと席を立つ。


「おう、威勢だけはいいな。外に出るか?」

「おいやめろ」


後ろから1等軍曹が伍長の肩をつかむ。


「俺は後方部隊が居るから戦えるってお礼を言ったんですよ、分隊長」


伍長は肩をすくめた。


「すまなかったな、若いの。おーい、こっちにビールふたつ」


1等軍曹はカウンターの奥に向かって怒鳴った。


「いえ、こちらこそすみませんでした」


ケンジさんが言う。


「まあ見てのとおり、なぁんにもないところだ。若い連中には辛いところなんでな、気もたっちまう」


1等軍曹は俺たちのテーブルに座ると言った。


「ずっとここなんですか?」

「いや、数年前に銀河帝国軍がここに出来てからだな。俺たちの駐屯地はカフェパ星にあるんだ。1年ローテーションで中隊が交代してここに居る」

「それは大変ですね」


俺は勤務の過酷さに同情した。


「バスで1時間ほど行けば街はあるがな。だが大した店があるわけでもないし、週末飲みに行っても鉱山労働者たちと飲み屋の女の取り合いで喧嘩になっちまう。娑婆の連中と喧嘩になれば懲戒処分になっちまうからこっちに分はない。なんで負けて帰ってくることになる」


1等軍曹はビールのジョッキをぐぃと仰ぐと、カウンターの奥にお代わり!と怒鳴った。


「任務も警備行動だからな。撃たれたら逃げるだけで、警察の機動隊に出動要請かけて終わりだ。まあ撃たれたらってことだけどあいつらも撃って来るわけないしな。緊張感もないわけさ」

「あの」


俺は1等軍曹に言った。


「もし良かったらパトロールに同行できませんか?」

「本気で言ってるのか?機動パワードスーツは着れるのか?」

「はい、本気です。元々は機動歩兵を希望してました。なので一度本物の前線に立ってみたかったんです」


1等軍曹は腕を組んで考え込んだ。


「うーん、本当は命令違反なんだがな、その度胸は気に入った。よし、明日の0800に中隊整備庫に来な。連れていってやるよ」

「ありがとうございます!」


はっ!とケンジさんを見た。


「行きたいんだろ?行ってこいよ。晩飯までには戻って来れますか?」

「ああ、大丈夫だ」

「それならいいんじゃないか?」

「ありがとうございます!」


こうして特殊部隊の機動歩兵と一緒に前線を歩くという刺激的な体験が出来ることになった。


翌朝、俺は言われた中隊整備庫に行った。本業のほうは整備が終わって結果を聞くだけなのでケンジさんが対応してくれる。持ち帰るパワーユニットは翌朝にトラックに積めば間に合うので迷惑はかけない。


特殊部隊の機動歩兵は1個分隊10名編成だ。1曹の分隊長に2曹の副分隊長、小銃組長の伍長に上等兵の小銃手が3名、無反動組長兼無反動砲手の伍長に副無反動砲手(弾薬手兼務)の上等兵、機関銃組長兼機関銃手の伍長に副機関銃手(弾薬手兼務)の上等兵という内訳だ。今回のようなパトロール任務の場合は無反動砲手と機関銃手は小銃を持つので全員が小銃手となる。

今回はそこに闖入者の俺が入って11名でパトロールだ。


「さあ行くぞ」


分隊長の1等軍曹が声をかけると、機動スーツを着た俺たち10人が反重力3トン半に乗り込む。分隊長は助手席で車長だ。

1時間ほど走って、砂漠のど真ん中で降りる。ここからパトロールだ。


最初は分隊長が先頭になり、小銃組長が続いて左警戒、小銃手が続いて右警戒、上空警戒となり5番手から9番手は当初休憩となり無反動組長が10番手となって後方警戒する。行進モードの機動パワードスーツはレーザーで繋がれ自動モードで歩く。なので休憩中の隊員は熟睡していても自動的に歩くことができるし、最後尾の隊員に至ってはバックで歩きながら警戒に専念することができる。

砂漠の中を黙々と進む。最初は俺もきょろきょろと景色を楽しんでいたが、あまりにも単調な景色にいつしか眠っていた。


「よし、交代だ」


分隊長の声で目を覚ます。

1時間ごとに隊形を変更する。今度は副分隊長が先頭となり休憩していた小銃手が左警戒、副無反動手が右警戒、副機関銃手が上空警戒と続き、分隊長以下小銃組長などが休憩に入る。最後尾は機関銃組長が後方警戒につく。


「若いの、退屈だろ?」


休憩に入った分隊長が話しかける。


「あ、いや楽しいです」

「機動スーツを着てりゃ灼熱の砂漠でも涼しいし、快適にパトロールできる。お前さんの職場より快適じゃないか?」

「そうですね、”マウス”もちょろちょろしてないし、そういう意味ではあまり気を遣わなくていいので助かります」

「なんだ?”マウス”って」


俺は倉庫ロボットの話をした。間違ってぶつかると謝る仕草についても説明した。


「なんだそりゃ」


分隊長の言葉に全員が爆笑した。


「なかなか大変な職場だな」


昨日難癖をつけてきた伍長が言った。


「俺には勤まらねぇなあ」

「ああ、お前じゃ無理だな。毎日”マウス”を蹴り飛ばしてそうだ」


しばらくわいわい言いながらパトロールした。


それからも何度か交代してお昼になったので大休憩を取る。

副分隊長と伍長が警戒に立ち、残りの隊員が輪になって座ると戦闘糧食を取りだして食べる。5分以内であればシールドを開けることが許されているので急いで食べる。


そうそう、俺は”残飯喫食”だ。員数ものは本来命令が出てないので俺の分はない。だが分隊長がどこからか余った戦闘糧食を持ってきて持たせてくれたのでみんなとメニューが違う。


今回は戦闘糧食なのでちょっと大変だが、野外部隊などが演習で野外で喫食するときなど突然他部隊などに支援を要請したため当初の人数以外で食事の必要性が出てくることがある。

そういったときに支援に来てくれたのに食事が出ないと失礼なので、配食を少しずつ減らして人数分以上に配食することがある。それを”残飯喫食”という。ただしジュースやみかんなどの員数物は出ない。


若い上等兵がふたり急いで食事を済ますと副分隊長と伍長と警戒を交代する。

1時間ほど思い思いに休む。その間も何度か警戒を交代する。俺は銃を持ってないし見学者なのでお客様扱いで警戒には立たない。それに特殊部隊の人たちにとって俺なんか警戒に立たせたら怖くておちおち休んでもいられないだろう。


時間が来てパトロールを再開する。午後は食事をしたせいもあって午前中より眠気に襲われる。相変わらず単調な行軍がずっと続く。時間的にはそろそろ折り返し地点なはずだ。


突然分隊の歩みが止まる。がくっという衝撃で半覚醒状態から目を覚ます。


「マイン(地雷)!」


分隊長の叫び声で全員が反射的にその場で回れ右をしてもと来たほうに向かって1列でダッシュする。つまり俺たちは地雷原にはまり込んだ可能性があるってことだ。


機動スーツには地中レーダーがついていて、パトロールや攻撃前進などの先頭に立つ場合はそれを作動させている。地中に埋まってる密度が高いもので、放射されている電磁波特性から爆薬などの人工物である場合アラートが鳴る仕組みになっている。


とにかくもと来た方向に走る。左右にぶれたら地雷が埋まっている可能性があるかだら。そして地雷原の前端であれば当然指向されている火器があるはずだ。つまりKZキルゾーンの可能性が高い。なのでダッシュで逃げる必要があるわけだ。


案の定、俺たちが回れ右したあたりでたくさんの爆発が起きている。砲迫の落下だ。俺は金玉がぎゅっとなった。


「そこの右の窪地に入れ!」


分隊長の指示で隊員たちが次々と窪地に飛び込む。俺も無我夢中で飛び込むと底で伏せた。


「どうやら砲迫だけらしいな」


窪地から顔を出して様子を見ながら分隊長が言う。


「自動迎撃ですかね?」


副分隊長が言う。


「ああ、その可能性が高いな。直射火器の射撃もなかったし、俺たちに対しての脅しだなあれ」

「警察に出場要請しますか?」

「そうだな、頼む」


副分隊長が無線で警察に直接連絡する。現場到着まで1時間くらいかかるとのことなので、それまで俺たちはここで警戒することになった。


「いやまいったな。こんなことはたぶん地球連邦防衛軍創隊以来じゃないのか」

「え、そうなんですか?」

「訓練以外で撃たれた記念すべき最初の分隊だってことか」


隣にいる伍長が言った。


やがて機動隊がやってきて分隊長が説明する。機動隊に少し遅れて反重力3トン半もやってきた。俺たちは現場を機動隊に引き継ぎトラックに乗る。

トラックに揺られながら砲迫の落下を思いだす。本当にあのままそこに居たら死んでいた。ぶるっ!と体が震えた。

そしてこんなおおごとになってしまったところに命令違反でのこのこと付いていった俺の存在がある。再び体がぶるっと震えた。


「怒られるだろうなあ」


最悪クビで済めばいいが。


トラックが宿営地に着くと、中隊長や小隊長たちが待っていた。助手席から降りた分隊長が士官たちに状況説明をしている。

後ろから降りた隊員たちを小隊長がちらっと見る。明らかに人数がひとり多いのはわかったはずだったが、その場では何も言われなかった。


「おい、機材庫で早く機動スーツを脱いで帰ったほうがいい。後かたつけは俺たちがするから、急いで」


副分隊長にうながされ、トラックの影に隠れながら急いで機材庫に向かった。

機動スーツを脱ぎ捨てると、俺はBOQに走った。


「大変なことになったなあ」


俺を見るとケンジさんが言った。既に宿営地では大騒ぎになっていたようだ。


「すみません、俺が勝手に行ってしまって」


俺は頭を下げた。


「いや、許可したのは俺だからな。お前だけが悪いわけじゃないよ。それにしても隊長に知れたらやばいなあ」


ケンジさんは頭を抱えた。


「だが悩んでも仕方ない。明日予定通りユニット持って帰るしかない」


翌日、俺たちは予定どおり交換したユニットを反重力3トン半に積んで何食わぬ顔で宿営地をあとにした。実際あれから呼び出しもなかった。

港について船にトラックを乗せると海軍の上等兵が船室に案内した。


「なんか大変なことがあったようでしたが大丈夫でしたか?」


彼は防衛軍初の戦闘についてニュースでやっていたことを話した。俺たちはひやっとしたが、俺が居たという話には言及しなかった。どうやらそこは発表されていないらしかった。


地球に着いて倉庫に向かう。故障してるユニットを整備部隊に引き渡したり反重力3トン半をモータープールに返したりして、最後に部隊の事務室に顔を出す。


「ただいま帰りました、異常ありません」


ケンジさんがなるべく普通のそぶりで先任に言った。


「本当に異常ないんだな?」


普段は優しい先任だが、今日は少し怖い。ばれてるのか?


「は、はい。」

「そうか。隊長に申告してきなさい」


俺たちは回れ右して隊長室に向かう。

隊長室で机の前にふたりで並んで異常なしと報告する。


「お前、やらかしたなあ」


隊長はにやにやしながら俺に言う。ばれてる。


「ケンジ、お前は先任のところに行け。1ヶ月は土日なしで特別勤務だろうな」


ひっ!と声を上げると回れ右して隊長室から出ていった。


「トオル、お前のことはあっちの特殊部隊連隊長からうちの大隊長に連絡があったぞ。そんなに刺激を求めてるならうちに来いってなあ」

「え、れ、連隊長からですか?」

「そうだ。大隊長もな、そんなに元気な若い奴ならうちのような単調でつまらない後方部隊勤務よりそちらのほうがいいのではないかと返答したそうだ」

「そ、それって」

「ああ、転属だ」


ガハハと隊長は笑って俺の肩を叩いた。


「やばい人に目をつけられたなあ。まあ本来なら懲戒処分ものだがあちらの連隊長とうちの大隊長の間で納めた話だ。将来ある若者を無駄に潰したくはないからな」


俺は目の前が暗くなった。懲戒処分がなかったのはありがたいことだが、特殊部隊とは。機動歩兵を希望していたが、特殊部隊の訓練なんてついていける気がしない。

しかもまだ入隊して1年も経っていないというのにこんな形で転属とは。


俺の人生はどうなっちまうんだ?

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― 新着の感想 ―
[良い点] 少し緩い気もするが平時の軍隊ってこんなものなのかもなあという範囲でSFらしい現実味がある。 キャラクターの良さはまだわからない。敵がまだはっきりしないので、ここからの展開に期待しています。…
[気になる点] >覚めてるのかな。 冷めてるのかな
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