汝は英雄なりや?
「……ふーっ。すみません。ちょっと諸事情がありまして、一発だけ全力で殴らせてくれませんか? それで全部チャラにしますんで、ほんの一発だけ」
「待て待て待て!」
とりあえず手斧は山門の結界に弾かれたものの、さっきの投擲は偶然ではなかったらしく、大人しく埋葬者にボコられて回復して今日の分の訓練を終えてから現れた彼は、真顔と笑顔の中間くらいでそう言った。
完全にキレている。いや、ブチ切れる寸前と言ったところか。彼にいったい何があったんだ。俺らが何をした。
「お、落ち着いてください! まずは事情を確認するのが筋というものではないでしょうか! ゆーじさんを殴るのはその後でも出来ます!」
「ララベルさん?」
「そうね、仮にも文明人なら文明人らしくするべきだと思うわ」
「傭兵さん!?」
なにっ!? ここは二人とも俺を殴るのを止める場面ではないのか!?
「すーっ……ふぅー……そうですね。それをあなた達二人に言われるのは、非常に、ひっじょーに不満ですが、一理あるので、事情を説明させていただきます」
あれ? これ、彼の怒りの矛先は俺だけではないのでは?
そう思い、二人を見ると露骨に目を逸らした。何か思い当たる節があるらしい。
そしてシリアスなのにどこかコミカルな美青年は説明を始めた。彼が何者なのか、なぜ裸なのか、なぜ試練に挑まされているのか……それを説明された俺たちは。
「説明はこんな所ですかね。何か弁明があれば」
全員が顔を逸らした。明後日の方に。
まさか俺が女傭兵さんの装備を取る→女傭兵さんが社長さんの装備を取る→社長強制裸初見殺しルートへ……という地獄みたいな負の連鎖が起こっていたとは……これは一発と言わず数十発くらい殴られても文句言えないのでは? あかん、それは流石の重装歩兵も鎧なしでは死んでしまう。
「なんでララベルまで顔を逸らしてるんだよ?」
「だって元はと言えば私が聖剣さんを壊しかけたせいで、ゆーじさんが旅を急がなければならなかったわけですし……」
「いや、それはあんまり関係ないと思うけど……」
たしかに眠っていた聖剣を壊しかけたのは世界の根幹を揺るがす大事件だった。聖剣が壊れてしまうと残された人類が建て直すのに、もの凄い苦労と犠牲を払うことになっていただろう。
つーか、聖剣なしで魔王とか亡者完全抹殺とか人間には無理ゲーなので、聖剣をまず修理する所から始めなければならず、恐ろしいロスになる。
なので、おかしかけた罪の大きさそのものはララベルの方が遥かにヤバいのだが、この人に直接迷惑をかけたかと言われると微妙な所だ。
やはり全ての罪は装備を奪った俺と女傭兵さんに帰するだろう。そもそも普段着の俺をこの世界に呼ぶんじゃないという話だが。
「というか、なんで聖剣さんはこの山で取れるもの縛りとかしてたの? 重装歩兵なら鎧とかあげれば良くない?」
ひとまず目の前で顔を背けて、猫口でだらだらと冷や汗を流している少女AとBは置いておいて、俺は気になることを聖剣さんに聞いてみた。
あんな戦いが出来る戦士は人手不足の今、いつでもウェルカムなんだが。なんでそんな無茶振りしてまで訓練漬けにしてたんだ?
『それが聖剣の御座に至るための試練であり、ルールだからです。事前に用意した物の持ち込みは許可しますが、後はここにあるものだけでやってもらいます。特別な場合を除き、外部からの助力は許しておりません』
「そんなルールがあったのか……」
『あなたもそうだったでしょう?』
そう言われれば、俺は頷くしかない。
たしかに俺は、人の装備品を奪ったとはいえ後は自力でこの試練をクリアしたし、そこに聖剣さんの援助とか他の人の援助とかはなかったように思える。墓は山の中にあるので、墓に連れて来られた人から装備を奪うのはギリオッケーな扱いなんだろう。
常識的に考えれば、せっかく異世界から呼びつけた生きた人間である俺を、あるいは世界各地の英雄傑物たちをこの山で殺すなんて馬鹿げているはずなのに、敢えてそうしたということは……
(……これは見た目以上に重く、強力なルールだ。おそらく複数の神が関わっている)
聖剣さんだけの利害で見た場合、俺を聖剣の御座にそのまま呼び出した方が良いに決まってる。なんなら、事前に夢の中あたりでお声かけいただければ、サバイバルナイフとか防寒着とか登山靴とか保存食とか用意していた……かもしれない。ただの駄剣のやりすぎだと思ってスルーしてたかもしれないけど。
だが、縛りが強力ならば、その分恩恵もまた大きなものにしなければならないのが、この世界の神や魔法のルールだ。
一般人でも使えるしょぼい魔法より、大魔力を消費したり、街や国レベルの信仰が必要だったりする大魔法の方が強力なのは、ある種当然とも言える。
俺がこの世界に来てから何かと運が良いのも、そのせいなのかもしれない。
……いや、ドラゴンだの魔王だの宇宙艦隊だのが立て続けに出てくるあたり、運が良いって言いたくねぇなぁ。
でも、普通なら即死のところを、それでも生きてるわけだし、ララベルやオリヴィエさんたちをはじめとする駄剣世界では数少ないまともで誠実な人たちに出会えて、仲良くしてもらえてるんだから、やっぱり幸運か。
単純に運が良いというより、悪運が強くなる、みたいな加護を得ているのかもしれないな。
あれ、そういえば……
「でも、ララベルは迷子になって、小精霊に道案内されてなかったか?」
「しーっ! ゆーじさん、しーっです! 何言ってるんですか!?」
『ああ、それは別に構いません。アレなるはそこの粗忽娘が麓の森にて召喚した物。事前の準備のうちでしょう』
「ええっ!? そうだったんですか!?」
「ええっ!? それ、ありなんですか!?」
なんかウチの白魔法使いと、そこの社長さんが似たような反応してますけど。
「というか、ララベルは自分で召喚してたことに気づいてなかったんかい」
「自然に湧いて出たのかと思ってました……」
『ひ、ひどい……』
『だから僕らが現れた時に、え、誰!?みたいな反応してたのか……』
『まあ、僕らも僕らの森で延々ぐるぐるしてる人を放っておけなかったわけだから、自然に湧いて出たというのも間違っちゃいない』
『でもそれはそれとして、ララベルには人数分のアップルパイを要求する!』
『りんご飴も追加で』
「はうぅ……今月のわたしのおやつがぁ……」
うーん、今言うと面倒くさそうだから、後で追加で作ってあげよう。幸い食料には余裕があるし……すごい言霊だな。ゾンビ溢れる世紀末世界で、食料に余裕があるとか。我がことながら違和感バリバリである。庭園の守護者ドリューには頭が上がらないなぁ。
「アップルパイ? りんご飴……?? 今月のおやつ……??? い、いや! それも気になるけど、すごく気になるけど! 聖剣様的にあらかじめ精霊とかを召喚して連れて来るのって、本当にありなんですか!?」
なんかララベルと小精霊たちの会話に宇宙猫みたいな表情を浮かべていた社長だったが、流石は世紀末世界で貿易会社を営もうとした男。すぐに立ち直って聞いてきた。
『ええ。でないと召喚士や霊媒師が戦えないでしょう? わたくしも神々も、公平な試練を心がけております』
あ、やっぱり他の神さまも絡んでたんだ……と思うが、日本人らしく奥ゆかしく口に出さない。
俺を気に入ってくれてる神様なんてのは聖剣さんくらいのもので、他の神々なんて、お気に入り以外には無慈悲なものだ。死ぬより酷い目に会いたくなければ、神様関連はよほどのこと以外は黙っておくに限る。
などと思っていたら、社長が憤激して片足で地団駄を踏んでいた。
「じゃあわたくしも、配下の海賊とか山賊とか黒服のお兄さんとか、色々連れてくればよかったじゃないですか!」
「社長?」
なんかお口から貿易会社社長という近代的な言葉から想像がつかない単語がまろび出ましたよ?
『それはなりません。あなたは重装歩兵でしょう? 確かに戦列を組むのは重装歩兵の華ですが、戦列は仲間と組むものです。あなたにとって、部下や仲間は物なのですか?』
「んむぅ……むぉ、ものぉ? ですけど? わたくしが一人千Eくらいで買って来たものですけど?」
「社長?」
やだこの人、人を買うとか相当な蛮族……口に出すのに大分葛藤があるあたりまだ善人っぽいけど、それでも中世の蛮族っぽい。
(あー、そっか……同じ『会社』でも時代が違うんだ)
王立図書館にでも居そうな知的な風貌に騙されていたが、この危険極まりない世界で、リスクの非常に大きい遠国との海上貿易に手を出して成功を収めてる時点で、相当な人物のはずだ。
会社もどちらかというと、現代の日本の貿易会社というより、東インド会社みたいな侵略代行請負人みたいな危険な連中の集まりに近いのかもしれない。植民地とかいっぱい持ってるタイプの人。
「つまり、君って山賊海賊の親玉なんじゃ……」
「ち、違いますけど? ちょっとわたくしの航路に殴りかかって来たから、殴り返してお友達になってもらっただけで……」
「えぇ……」
やっぱ蛮族じゃん。交易ルートを握ってる賊やマフィアの親玉やんけ……
それを隠しきれないあたり善人っぽさもあるにはあるんだが……彼の何を考えているのか分からない、善人とも悪人とも取れる目を見てると……うーん……そうだ。
(聖剣さん、聖剣さん)
(なんです、裕二)
(この人って、善人なの、そのフリをしてる悪人なの? ちょっと微妙でよく分からないんだが)
ぼちぼち聖剣さんとも仲良くなって来たことだし、聖剣さんの機能を少しだけ先取りさせてもらおう。
この領域の中なら、聖剣を抜かなくても、その人の善悪の傾向を、具体的にはカルマ値を知ることが出来るはずだ。
所詮ただの日本人の俺では、海千山千の男であるこの若き英雄候補の底を見破るなんてとても出来ない。
だが、今は大事な時だ。復興途中のダンブルク内部に、傑物クラスの悪人を入れられる余裕はない。
NPCとして見たことのないのに美しく印象に残る顔と特異なバックボーン、ここまで自力で辿り着く地力、女傭兵さん同様の墓から蘇った英雄候補という点からして……この人が男版の主人公である可能性は極めて高かった。
(もし、カルマ値極悪系の主人公なら、悪いがここから出すわけにはいかない。強くなる前に、ここで始末させてもらう)
殺人なんてしたくないという葛藤を腹の底に沈めて、思考を続ける。俺のわがままでダンブルクのみんなを危険に晒すわけにはいかない。
駄剣の世界は一人用RPGだ。主人公の選択や行動次第で、滅び行く世界は簡単に最後の一線を超えてしまう。一億総火の玉になったり、闇に食われよ!されたりする。
もちろん、厳しい世界なので何も成せずに消えていく主人公もたくさんいるだろう。というか、俺含め初見プレイヤーはだいたいそんな感じだ。
しかし、ここまで自力で辿り着いた目の前の男にそれを期待するのは間違っている。少なくともそう感じた。
だから多少ズルでも、倫理的に問題があっても、聖剣さんの力で心を読ませてもらう。
あらゆるものを、それこそ見えない心の壁すらも斬り裂く聖剣の力だ。肉体的には魔王にすら効くのだから、人間に防げるはずもない。
カルマ値がマイナスならば強制的にバンデットやバーバリアンなどの賊職業に落とされてるはずなので、少なくとも宣言通り重装歩兵なら最低限の倫理観はあるはずだが……
(そうですね……あなた風にカルマ値で言うと……78くらいの善人ですね)
(だいぶ善人だな、おい!? 70超えてるから自称聖人じゃなくて、ガチの聖人じゃねえか!? というかもうすぐ80だから、ほとんど善神だぞ!?)
あまりの好数値に俺はビビり散らした。
カルマが78とか80とかここまで高い数値は、人間では殆ど見られない。
悪を挫く戦闘系の善神とか、裁判を担当する法の神とかそういうのの数値だ。たしか英雄神アルトリウスが88ぐらいだったはずだ。
それより上は慈母神とかそういう敵にすら情けをかける系の神様になってしまう。
え、でも人の売買とか、殴ってきた人間を殴り返して、値段付けて買ったりしてて……
いや、待て!
この時代で一人千エーテルは高い。もの凄い高額だ。ボス装備である埋葬者の腕巻きとかでも、二千から三千エーテルくらいである。
普通に暮らしてれば1エーテルを奪い合う日々であることを考えると、残機無限のゾンビと怪物溢れる世紀末世界で、最低でも三年くらいの衣食住を何の技能も持ってない下っ端クラスにまで、保証したことになる。
俺みたいなバグ技も無しで。身銭を切って。
「せ、聖人か、あんた?」
「はい?」
なんだこの人、聖人か何かか?
むしろ、人に転生した神か?
「あの、敬語とか使った方が良いですか?」
「……えっ? えっ!? なんで聖剣の勇者様がおれ、じゃなくてわたくしに敬語を使うんですか!? やめください怖いです!」
そりゃ海賊も山賊も黒服のお兄さんも集まるよ。世紀末世界に突如現れた超スーパーホワイト企業やんけ……
というか、そんな聖人に一発殴って良いか聞かれるレベルで怒られてる俺たちぇ……




