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もうすぐ閑話じゃなくなる閑話 試練に挑む者

「はああああああっっ!」


 隙を突き、裂帛の気合いを込めて、青年は両手に持った柄を振り下ろした。


 それはまるで物語の英雄、主人公の如く。その一撃で全てを終わらせんとする気迫に満ちていた。彼の全身につけられた枯葉が、あまりの速さにざわつくような音を立てる。


 だがそれは、目の前の巨躯に届く前に、容易く阻まれた。


 それは近接武器の一つの完成系。

 斧にして槍、槍にして剣、剣にして棒な武器ーー斧槍である。


「憤ッ!」


「だぁあああーーっっ!?」


 途端にやたら迫力のあるギャグ漫画のように吹き飛ぶ青年。


 人間の数倍はある岩の如き斧槍で武器ごと薙ぎ払われたのだ。

 先端に着いた剣を掻い潜り、側面に着いた断頭斧をなんとか掻い潜って石斧を叩きつけたのにこの所業。長柄、つまり槍の棒部分であっさりと跳ね返された。


 しかしその刹那、商人たちの長として鍛え上げた青年の観察眼が、巨人がその手に持つ斧槍、その本質をついに見抜く。


ーーーーーーーーーーーーー

 現実の断頭斧


 かつてこの世を救いかけた太陽の光の御子が処刑された時に用いられた断頭斧。これはそれに彼の使った槍と剣を悪意をもって取り付けたもの。


 後に太陽の王となるべき男は、守るべき民衆に裏切られ、断頭台の霞と消えた。


 それが天体の運行を狂わせ、世界を破滅させると分かっていても、人は目先の欲望に抗えない。

 彼に庇護された人間たちの多くは、残された財貨と遺産を奪い合い、一時の栄光を味わった。後にある破滅から、目を背けるように。


 固有技は断頭台。

 振り上げて、振り下ろす。ただそれだけの技とも呼べない動作は、しかして多くの勇気ある者、聖なる者を刈り取って来た。故にこれは、武具というより処刑の道具だ。


ーーーーーーーーーーーーーーー

 埋葬する者の鎧


 聖剣の御座を守る巨人、埋葬者の鎧。着る者の傷を癒す聖なる品。


 かつて、英雄がこの世界を救わんと立ち上がった時、その友として共に立ち上がった巨人の鎧。鍛治師だった巨人が手ずから作り上げた自慢の品。

 幾度死んでも心折れぬ男たちは、やがて伝説となり、その鎧は、罪人を閉じ込めて永遠の責め苦と刑罰を与え続ける監獄となった。


ーーーーーーーーーーーーーーー



 それはついに掴んだ反撃の狼煙だった。

 ここまで来るのに数えきれないほど死にかけた。

 振り下ろされる斧槍は容易く地面を炸裂させ、岩をも砕く膂力が、ただの石ころを散弾に変えて撒き散らす。


 縦横無尽に振るわれる斧槍や格闘攻撃によって、回避より防御を得意とする重装歩兵の青年は防戦一方だった。


 何せ今の斧槍の柄を振り上げただけの攻撃すら、地面を削って散弾に変えてくるのだから。ボロ板とはいえ盾が無ければ死んでいただろう。


「やった、ついにわたくしは……あああああっ!?」


 それはそれとして、青年は勇者の如き迫真の美声と表情で明後日の方に飛んでいった。このままでは崖から墜落して死ぬだろう。


「ふん!」


 空中で武器を振るい、なんとか一回転して地面に足から着地する。石斧の石と地面をがりがり削りながら、青年は止まった。


 だがその代償に巨人の棒で殴られた際の衝撃波も合わさって山の寒さを凌ぐために、ギリースーツめいて縫い付けられていた貴重な枯葉が吹き飛んで、ほぼ全裸になった。


『全裸じゃん……』『全裸だ……』『全裸社長……』


「全裸じゃない! ちゃんと腰蓑つけてるでしょうが!」


 くわっ! と社長と呼ばれた美青年は、彼を見守ってくれていた小精霊たちに向かって叫ぶ。文明人としてその一線は譲れないらしい。


『でも、それ以外ほぼ全裸じゃん……』『あれって社長の下着だよね……』『パンツマン社長……』『あんなに良い人なのに……海の女神様に目をつけられたばっかりに、僻地の蛮族みたいな姿に……』『かわいそう』


「わたくしを憐れむなっ! ああっ、わたくしと皆さんで作った服がバラバラに……わたくしの一張羅が……」


 怒りとフラストレーションを込めて、でもどこか楽しそうに早口で一張羅のことを叫ぶ社長。裸なのは気に入らないが、戦闘自体は楽しいらしい。


 彼は元々は絹の道の海上ルートを進む貿易商たちの商隊を統合発展させた、この大陸初の貿易会社社長というべき傑物だ。

 立派な服も鎧もいくつも持っていたのだが、今では葉っぱを小枝と蔓で縫い付けたものと下着の腰蓑だけが彼の纏える衣服であった。


『葉っぱが!? 吹き飛ぶ前に集めないと……!』

『はぁ……また縫い直しかぁ』

『もういっそ街から布とか鎧とか持って来ちゃダメっすかね』

『この山の中にあるもの縛りだからダメ』

『聖剣様はさぁ……アーサーとユージに脳を焼かれたからって、スパルタ過ぎない?』

『あの人、クールぶってるけどあの二人のこと大好きだから……』

『そもそもあの二人は元々……』


『聞こえてますよ、そこの雑霊』


 何故か追撃に移ることもなく、動きを止めていた巨人『埋葬者』の奥から、精霊界の女王よりなお偉い女帝の声が響く。


 一応盾とは名ばかりのボロ板を構え、軽いステップを踏んで追撃に備えていた社長も、吐息を吐いて座り込む。彼女が喋っている間は埋葬者は礼を失さないよう、攻撃してこない。貴重な休憩タイムだった。


『ぴぃ!? いたんですか、陛下!?』

『ユージと冒険に出てたんじゃ!?』

『こいつがやりました。私たちは関係ありません』

『てめっ!?』


『誰がやったかは関係ありません。小隊は兄弟、小隊は家族。責任も褒美も皆の物。罰として全員に坂道ダッシュ十本を命じます』


『ひえっ!? 僕らもですか!?』

「……え、わたくしもですか!?」


『当然です。翼も魔法も技も全てなし、自分の足で走りなさい』


『ひぇっ……』『あの、僕らの足って殆ど飾りっていうか』『そうそう、着陸する時のためのものっていうか……』『というか、社長が走ってる坂道ダッシュとか距離何ぼあるんだよ……僕らの足じゃ何日もかかるぞ……』


『関係ありません。これは彼の旅に着いていくことになるあなた方の訓練でもあるのです。さあ、分かったら坂道ダッシュ二十本、行ってきなさい。それとももっと沢山行きたいですか?』


『『行って来まーす!』』

「はーい、行ってまいりまーす」


 聖剣の御座を出て、英雄候補たちが目覚める山頂の墓地に向かって走り出す面々。


 その方向には、聖剣の御座に辿り着けなかった英雄候補や盗掘者たちの亡者がうろついているのだが……


「はいー」


 もはやルーチンワークと化した棍棒の一撃が、振り向いて攻撃しようとしたクロスボウ持ちの亡者盗賊の頭蓋を粉砕し。


「はいー」


 槍を向け、盾を構えた亡者兵士の槍の先端をぶっ叩いて横に大きく逸らし、ガラ空きの胴体に棍棒を叩き込んで日常的に心臓を粉砕し。


「はいーっ」


 毎度の如くその隙を逃さず突進してきた亡者騎士の槍を、脇の下を通すような紙一重で躱して、棍棒で上から殴打。


 咄嗟に騎士が大楯で防いだ所を、足払いをかけて崩し、体勢を立て直す前に。


「はいーっ!」


 渾身の殴打で掬い上げるように崖から叩き落とす。

 哀れ亡者は爆発四散……こそしなかったが、ジタバタと宙を掻きながら、重力に引かれて遥か雲の下まで落ちていった。


「ふぅー……じゃあ、坂町ダッシュ始めましょうか」


『はーい』

『毎度のことながら、社長の手並みは鮮やかだよなぁ』

『このゴミ装備でこの亡者騎士瞬殺はヤバい』

『あの人、ユージやララベルたちが来る前は一番聖剣に近づいた人だよね』

『埋葬者とガチンコしてたよな。一週間くらい』

『負けたけど門番を許されるくらいには、強い騎士』

『社長は十分過ぎるほど強いんすよ。装備がゴミなだけで』


 仲間内で羽を震わせて会話しながらも足は止めない。そうしてるといつまでも終わらないからだ。


「はい、いち、に、いち、に」


『いち、に、いち、に』

『ところで何で訓練で坂道走るんだ? 埋葬者以外いない結界の中を走れば良くね?』

『それじゃ訓練にならないって思われたんだろ』

『なんかユージが人間や馬の足腰を鍛えるには坂路練習が一番だって言ってたんだって』

『あー、ミホノなんちゃらがどうとか言ってたね』

『またあの人、マスターの影響受けてる……』


「みなさーん、あと半分ですよー! 頑張っていきましょー!」


『はーい!』『いちっに、いちっにっ』

『それにしたって亡者がたくさんいる坂道をマッパで走らせなくても……』

『まあ、社長が風邪引いたり、怪我した時の回復魔法は許可されてるし』

『ここで亡者化されたら、何のための訓練か分からなくなるからね』


 もはや完全に日常となった坂路訓練と、その途上の敵の駆除。当初は一々激戦を繰り返していた場所も今では、作業的に片付けるだけとなっている。


「さて、片付きましたけど、どうしましょうか。何か対策立てないと。せめて武装が互角なら……わたくしも斧槍くらいは使えるんですけど」


 諸々の訓練を終えた彼は、山頂の周囲がよく見えるお気に入りの場所にボロ板の盾を敷いて胡座をかいた。挑む前の作戦会議というやつである。


『社長そんなの使えるんだ』『棍棒と石斧だけだと思ってた』『社長は大抵の武器使えるぞ。今ここにないだけで』


「というか、根本的に無理があるんですよ! なんで向こうは全身フル装備の巨人なのに、人間の私が先端に石が嵌めただけの棍棒で戦わなきゃいけないんですか!?」


『それな』『ほんそれ』

『しかも先端に石を嵌めたのも、石を拾って加工したのも、僕らと社長だしな』

『それまでただの木の棒と木の板で戦ってたとかマジィ?』

『しかも、負けたけど戦闘にはなってた。戦闘には』

『普通、何も出来ず圧殺されるで。というか、まずそこまで辿り着けん』


 上位者である聖剣の精霊ではなく、自分に同情的な小精霊たち。この流れなら行ける、と青年は座ったまま腰を曲げて顔を近づけると声を潜めて聞いた。


「正直これ聞いていいのか、ギリギリだと思うんですけど……前任者の皆さんはどうやって突破したんですか」


『初突破者のゆーじは空飛んでたよね?』

『うん。空飛んで、埋葬者とは戦わずに先に行った』

『ララベルはそん時に背負われたまま一緒に行ってた』


「空、空か〜。流石のわたくしも空は飛べないなぁ……えっ、というかユージさんって今聖剣使ってる人ですよね? 翼とか生えてるタイプの人?」


『ううん。翼はないよ』

『空をこう、すぃーって滑ってた』

『氷の上を滑るみたいにこう、スーッと』

『ああいう魔法なのかな?』

『空を飛ぶ魔法なんて、聞いたことないけど、そうなんじゃない?』

『魔法の気配はしなかったから、たぶん秘伝の技とかなんでしょ』


「はぁー……やっぱり世の中には凄い人がいるんだなぁ。翼も無しに空って飛べるんだ……次の人は?」


『女傭兵さんも最初は武器も防具もなくて、苦戦してたよね』

『まだ起きないと思ってユージが装備品持ってっちゃったからなぁ』

『やはり裸は罰ゲーム、はっきりわかんだね』


「おぉ、わたくしとかなり近いみたいですね。で、どうしたんですか?」


『後任から武器と防具を奪って突破しました』

『あの人の魔法も地味だけど凄いよね』

『時間はかかるけど、延々威力と凍結能力が上がるからね』

『最初は間合いに踏み込めなくてボコられてたけど、最終的に埋葬者に張り付いて凍らせて動けなくしたからね』


「……すーっ、あの、つかぬことをお聞きしますが、その後任って」


『社長ですね』


「……ふーっ、あの、たしかわたくしの後任って……」


『ありません!』『社長がラストです!』


「そうだと思った! そうだと思ったんだ!」


 ガッデム! 恨むぞ海の女神! と青年は地に両手を叩きつけた。


「こうならないように、家族や社員の安全を整えて、万全の準備を整えてきたのに……現地の警備はどうなってるんですか……!」


『どんまい』

『やはり神の口車になんて乗る物じゃなかった』

『とりわけ気まぐれな夜と星と海の女神に捕まるあたり、真性』

『真性の女難。強く生きて』

『まあ、目をつけられた時点で人間も僕らも終わりなんですけどね!』

『まあ、頑張りましょう。僕らも早く賦役終えたいし』


「ああ、そっか。皆さんもわたくしがなんとかしないと、家に帰れないんでしたね」


 疲れ切った目で、青年はふわふわした小精霊たちを見た。彼らも頷きを返す。


『だから出来る限りのサポートはしますよ』

『僕らは怠け者ですけど、給料分くらいは働きますよ』

『僕らにかけられてるのはお給料じゃなくて、賦役だけどな!』


 そんなわけで団結を新たにしたこの一人と数匹の小隊は、また作戦を立てて、埋葬者の待つ山門へと向かった。


「くっ!? ぐああっっ!?」


 何度目か、あるいは何十度目かの戦闘で、ついに騙し騙し使っていた木の板が壊れる。敵の衝撃を半分以上貫通させてしまうようなボロ板とはいえ、その喪失は大きく、良いところまで行っていたというのに、またも敗北を喫した。


 敗北してもギリギリで、ほんとに蚊の一刺しで死にかねないレベルだが、死なないのは青年の頑丈さと、聖剣の精霊の命令による巨人の絶妙な手加減である。


 生きてさえいれば小精霊たちが回復魔法で癒してくれるからだ。死ぬと無駄に亡者に近づくので、死ぬことは許されていない。


 死ぬほど痛いし苦しいのに変わりはないが。


「あぁーっっ! 騎士使いてえ! 騎士の盾使いたいこれ!」


 更に何度目かの敗北で、ついに青年は叫び出した。相当キテルらしい。


『それな』

『ほんそれ』

『何もかも社長の装備を持って行った奴が悪い』

『重装歩兵としての本領を発揮した社長さんだったら、こんな試練本来余裕で突破出来てたはずなのに……』


「いやまあ、余裕とは言わないですけど! 埋葬者さん、凄い速いし、上手いし、強いし! ここに来てから大分鍛えられましたからね!」


 皮肉も不満も込めてそう叫ぶ社長。


「でも、そろそろ! そろっそろっ! 良いんじゃないかなぁって! もういい加減まともな武器と鎧を使っても良いんじゃないかなぁ!? って!」


『…………』


 聖剣は答えない。無視してるとかじゃなくて、その時たまたま全力で魔王とドンパチしていたせいなのだが、そんなこと彼らには分からない。


『あ、花火』

『あれが花火に見えるとか、お前の目は節穴か?』


 その後、山の向こうで巨大な火柱が上がったり、その噴煙がこっちまで飛んできて視界が悪化したり、もの凄い地震が発生したりなどしたが、青年の生活には特に影響はなかった。


 その辺の枯木や墓石を削って作った棍棒やメイスを使い潰しながら、戦いを続けることはや……


『もう手が動かねぇ……』『羽もうごがねぇ』


「何言ってるんですか! まだこれからじゃないですか!? 働きなさい!」


『いやです』『今日はもう店じまいじゃ』『もう疲れちゃって〜、一歩も動けなくてぇ……』


「ああ、もう! なんであなた達はこんなに気まぐれなんだ! こんなに有能なのに……気分屋すぎる……!」


 だが、運命の足音は、裕二たち訪問の日は刻々と近づいていた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 社長さんはもうはぎとる先がなかったのか、、、 [一言] ラス一ってことはこの人が真の主人公だったのかもしれない?
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