墓の中の女の子から、装備品をかっぱらう主人公がいるらしい
ーースラッシュ。
そう念じて剣を斜めに振り下ろす。
すると自然と足が前に出て、鋭い踏み込みからの斬撃が、ナイフ片手に突っ込んでくる亡者の肩を切り裂いた。
ぎゅぃぁあ! と人ならざる声を上げて、亡者が倒れる。ジタバタしているが、急所を一薙ぎだ。助かるまい。
人型とはいえ、見た目はゲームそのままの干からびたゾンビなので、特に罪悪感とかなく倒せるのは幸いだ。
いや、未来の勇者ちゃんから武器も衣服も奪った俺が、何を抜かすかと言われればそれまでだが。
そんなことを考えている間にも次の敵は迫ってくる。
「WOOOOー!」
雄叫びを上げながら短剣を両手で振り上げた亡者。
剣は振り切った直後。攻撃スキルには使用後に硬直時間があり、武器ごとに決まった時間動けなくなる。
だが、問題はない。
ーースラッシュ。
すぐさま剣が斜めに振り上げられ、敵を斬り伏せる。
直剣は拳と短剣カテゴリーの次に、技後硬直や消費スタミナが少ない武器だ。
刀と違って刃を返さなくて良い分、切れ味は劣っても連続攻撃に優れている、という設定らしい。
しかも技後硬直がほぼない代わりにゴミ火力の拳や短剣と違って、片手剣の威力は普通に高い。
一撃の火力や範囲では大剣や特大剣、斧や斧槍などの大型武器に劣るが、その分連続攻撃によるダメージ効率ならピカイチである。
特にゲーム序盤ではそういった大型武器は重くて持てないし、このステージ最強は間違いなくこのロングソードか、連続攻撃の鬼である遊牧民の双刀だろう。あっちはあっちで要求技量と筋力が高すぎて持てないと思うけど。
「guaaa!」
ナイフ持ちがやられた槍兵が盾を片手に槍を振り上げ、突っこんで来る。普通なら槍を躱す場面だろう。
だが、俺は知っている。
あの槍は見た目より異様にリーチが伸びるので、今から後ろに逃げても間に合わない。
かといって俺には盾もないし、ここは一本道。左は壁で右は崖だ。下手な回避は死を意味する。
だから行くべきは前!
ーーキック。
斬撃の勢いを利用した鋭い蹴りが、亡者槍兵に向かって放たれる。
ロングソードは片手剣なので、両手持ちしなければ左手が空いている。
故に素手スキルであるキックやパンチが使えるのだ。
だが、素手スキルはダメージ倍率が極端に低い。序盤最強の騎士主人公でさえダメージ1とか0とか、そういうレベルだ。脳筋の極みみたいな上級職、狂戦士を使って、ようやくまともなダメージが出始める。
特に鍛えているわけでもない俺の筋力値では、まともなダメージにならないだろう。
だが、それでもやっぱり問題はない。
俺が蹴ったのは、亡者槍兵の盾だ。
「giaoou!?」
盾を蹴られ、スタミナを強制的にゼロにされた亡者槍兵がたたらを踏む。
格闘攻撃は威力はないが、ノックバック率は通常のスキルと同様か、少し高めに設定されている。
このせいでまともに筋力値を上げて上位格闘攻撃をしても、初撃で敵がふっ飛んでしまい、せっかくの華麗な連続攻撃スキルがすかりまくるという悲しみを背負っているのだが、基礎スキルのパンチとキックしか使えない今は関係ない。
このゲームでは敵味方双方にスタミナの概念があり、攻撃や盾受けでスタミナが減っていく。
もっともスタミナがゼロになっても3秒もあれば全回復するし、スタミナが1でもあれば攻撃も回避も出来る。
だが、盾受け失敗やパリィなどで、スタミナをゼロに「された」場合、通常の技後硬直よりも大きな隙が発生し、確定で「とどめ」を入れることが可能になる。
しかも、亡者の持つ盾は防御力より扱い易さを重視した小盾。この盾の盾受け能力はごく、低い!
ーーとどめ。
全武器共通のスキル、「とどめ」が発動し、俺の体が勝手に奴の顎を掴んで、右手の剣を心臓に突き立てる。
背中まで貫通した剣をぐりぐりと押しこんで傷を広げ、足まで使って勢いよく引き抜いた。干物のように乾き切った亡者の体からは、血の一滴も出なかった。
「……ふーっ、ふー、だいぶ慣れてきたな」
まだ心臓がバクバクしているが、とりあえず初戦敗退からの死亡のデスコンボだけは避けられた。
使い切ったスタミナ回復のため、後ろ足で前後左右に移動を繰り返す。これがこの世界の残心だ。
バグだか仕様だか知らんが、このゲームは前に進むより、後ろに進んだ方がスタミナ回復が若干速くなる。
そのせいでひたすら大楯を構えて、連射クロスボウを引き撃ちするスタイルが一時期流行ったが、アプデで修正されてしまった。
……連射クロスボウの威力と命中力が。
あれはどう見ても、このバック移動によるスタミナ回復速度上昇が良くないと思うし、掲示板でも非難轟々だったが、今となってはありがたい。
戦士にとって命綱のスタミナ回復が早くなるなら、バグでも仕様の穴でもなんでも使っていけー。
「初戦闘で三人撃破、しかも無傷で。初陣としては上等だな。やるじゃないか裕二! 流石は元RTAプレイヤーだ!」
息を整えた俺は、体の震えを武者震いということにして、戦利品を確認しようと地面を見た。
「盾と槍は、やっぱりダメか……」
空気の抜けた風船みたいにふにゃふにゃになった、亡者の死体や彼らの武器を見て、俺は改めてこの世の理不尽を思った。
「ふにゃ○ん現象……この世界でも健在とは……」
ゲーム本体のデータ処理を少しでも減らすため、敵モンスターの死体は消すのがこの手のゲームの鉄則だが、駄剣の世界は一味違った。
作り手の謎の拘りにより、駄剣世界の死んだ敵は様々な死に様を見せる。
派手に光の粉を出して爆散するデーモン系、水みたいに溶けていくスライム系、糸の切れた人形みたいになる亡者系などなど。
この世界はゲームではない現実なのだし、死体から武器や防具を拾えるかもと、ちょっとは期待していたのだが……
「ええ……」
ぶらーん。
槍を掴んで持ち上げたら、それを掴んでいる亡者兵士の死体までくっついてきた。
槍自体もゴムで出来てるみたいに、ぐにょーんと力無く折れ曲がってるし、盾と亡者はふやけたピザみたいになってるし、大の男が俺でも片手で持てるくらい軽くなってるしで、なんだこれ……
「やっぱり考察班が言うみたいに、こいつらは死体に僅かなエーテルが詰まってるだけの風船人形みたいなもんなのかな」
あんまり設定の考察とかは興味がなかったから、詳しいことは覚えてないが、たぶんそんな感じじゃなかっただろうか。
この槍も俺たちを突いている時はあんなにもパンパンに膨らんで硬くなっていたのに、本体に穴が空いたら、中身が抜けてこのザマだ。
上手いことエーテルが抜けなかったものだけが、ドロップアイテムとして俺たちが拾えるのかもしれない。
まっ、敵が亡者で風船人形なら、俺もますます罪悪感を感じずに、敵を殴り倒すことが出来るというものだ。もともと大して感じちゃいなかったけど。
え? 勇者ちゃん?
……あ、あれは緊急事態だから!
用が済んだら装備はお返しますし!
「それに勇者ちゃんは『目覚めの鐘』がなきゃ起きねえし!」
頭をよぎった無垢な寝顔を振り払うように、俺は誰に聞かせるでもなく言った。
「目覚めの鐘」という、奇跡を起こすことが出来る鐘が鳴らないと彼ら彼女らは目覚めない。
今が何年何月なのかは知らないが、その鐘がいつ鳴らされるのかなんて、俺には皆目わからない。
明日かもしれないし、来年かもしれない。下手すりゃ十年百年先かもしれないのだ。
そんなの気長に待ってたら、ここで餓死or凍死してしまう。
全裸になってしまった勇者氏には悪いが、しばし待っていてくだされば、ロングソードと傭兵の服くらい、ちょっと、いやかなり痛い出費だけど買って来れる。なんならおまけで短剣とクロスボウもつけよう。
鐘がなるまでは女神の力で安全は確保されているのだし、俺がチュートリアルステージを抜けるまで、彼女にはあそこでゆっくりとしていて貰いたい。
もちろん一番良いのは今すぐ起きて、俺を守ってくれることなのだが……
「いや、この状況で守ってくれるわけねえだろ……」
俺は楽天的になっていた自分にツッコミを入れた。
いくら未来の英雄様でも、極限状況下で縁もゆかりもない俺を守ってくれるかはかなり疑問だ。
それに、このゲームの主人公は少年少女からよぼよぼの爺さん婆さんまでなんでも作れる分、個性という物を極力省かれて作られている。
いわゆる無個性系主人公ってやつだ。
だから、蘇った英雄が、お話に出てくるような聖人君子の可能性もあるし、逆に血も涙もない悪党の可能性も平等にあるのである。
そんなものに一つしかない俺の命を託すのは、残念ながら出来ない。
主人公の選択によっては、この世界は簡単に滅ぶし、闇に呑まれたり、炎に包まれたり、怪物に食われたりする。
万が一主人公が極悪人だった場合、最悪、主人公にはこのチュートリアルステージで消えてもらうことも視野に入れなければならないだろう。
このステージを出なければレベルアップも装備の拡充も出来ないのは主人公も同じ。
心が折れない限り、無限に強くなりうる不死身の主人公。彼または彼女が一番弱いのが、このステージにいる時なのだ。
俺は聖人君子でも完璧超人でもないから、「俺が世界を救う!」とまではいかないが、せめて俺がこの世界にいる間だけでも、この世界には存在していてもらわなければ困る。
生存と攻略……二つ同時にやらなきゃいけないのが、辛い所だな。
覚悟は良いか? 俺は逃げたい今すぐ代わってくれ。