勇者会談と陰謀の影
せーふ! (二度目)
翌朝、色々な意味で嵐が過ぎ去った教会で、俺が厨房で作業をしていると、果樹園で植物の世話をしていたはずのドリューがやってきた。
「ゆーじ」
「ドリューか、どうした?」
俺の懇願、いや言いつけを守って、ちゃんと服を着てドアから入ってきた彼女に声をかける。
ちなみにドリューは俺がつけたあだ名である。本名は知らないし、聞いてもいない。
ドライアドの元ネタであるギリシャ神話の木の精霊ドリュアスからとらせてもらった。
ドライアドをはじめとする精霊は相手に本名を教える=相手に命運を委ねるなので、容易に本名を教えてはくれない。
だから大抵は種族名で呼ぶことが多く、あだ名まで付けさせてくれたのは、かなり彼女に好感を持ってもらえていることになる。
なお、厄介なことに、霊というのは幽霊でも精霊でも、本名や存在を知っている人の数や質によって格を増し、力も増すという性質もある。
詳しいことはゲームでは明かされなかったが、考察班によれば、本名を教える=契約するらしく、どうも信仰する人や契約する人が増えたり、強い人と契約することで精霊も力を増す、みたいな感じらしい。
精霊プレイとか本編では出来なかったけど、誰に教えるか考えるのは結構楽しそうだ。
魔法使いや錬金術師に教えると悪用されそうなので、教えるのは脳筋、それも悪用する知恵すらない亡者ばかりになりそうだが。
「ララベル、帰ってきたよ?」
「そっか。わかった。教えてくれて、ありがとな」
挨拶回りに行っていたララベルが帰ってきたようだ。
二人して二階の窓から眺めてみると、たしかにララベルが山道を登ってきている。
だが、後ろには見慣れない人を数人連れており、少数ながら護衛の兵隊もついてきていた。
なんだなんだ、ものものしいな。聖女さまの護衛ってだけじゃなさそうだぞ。
よし、ここは……
「ジェスチャー、聞き耳」
すると俺の体が勝手に動いて、腰を曲げ、足を伸ばし、左耳に手を当てた体勢になる。体勢的に頭が窓に届かなくなったが、別に構わない。
これも数少ない意味のあるジェスチャーの一つで、普通なら聞こえないはずの人やモノの声を聞くことが出来るジェスチャーだ。
『悪魔は常に左から囁く』
『左耳は常ならぬものを聴く』
なんて言い伝えの通り、使用出来る条件は「夜に人ならぬ者の声を聞くこと」。
本来ならもっと先に手に入るものなのだが、昨日の夜中に恐怖体験したせいで、ゲット出来てしまった。
勘違いで女の子相手にビビり散らした手前、あんまり嬉しくないが、怪我の功名、ということにしておこう。
「ここに勇者さまはおいでです。勇者さまを警戒させてしまいますので、まずはわたし1人で行きます」
「ですが、聖女様に万が一のことがあれば……」
「大丈夫です。彼はそんな人ではありません」
「しかし……」
何やら護衛のおっちゃんと押し問答しているようだ。
「……俺は人質取って立て篭もってる凶悪犯か?」
俺はこの微妙な扱いにぼやいた。
他の人は兵士達を連れていることからして、教会かこの街のお偉いさんか?
ララベルはいったいどこに、どんな挨拶をしてきたんだろう。
なんだか急に不安になってきたので、俺は外に出迎えにいくのをやめて、中でララベルの話を聞くことにした。
「いかないの?」
「ああ、まずは教会の中でララベルと話してみるよ。ドリューは隠れててくれるか?」
ドライアドの彼女を白教会や街のお偉いさんがどう見るかは不明だし、最悪亡者と間違われて攻撃される。
幸い、植物や木製の物を通り抜けられるらしい彼女なら、隠れることは容易なので、お願いしたのだが、なんとここで首を横に振られたしまった。
「だめ。いっしょにいる」
「な、なんでだよ。ドリューは危ないから隠れてた方が……」
「ゆーじはよわい。だから、わたしがまもる」
「くっ!? そ、そんなことはないぞ。俺もあれから熟練度が上がって色々と作れるようになってだなぁ……」
具体的には庭のハーブから色々なお薬が作れるようになった。
「ゆーじ……」
「な、なんだよ……」
「かぜぐすりで、人はたおせないよ?」
「…………」
説得コマンドに失敗した俺は、ドリューさんと一緒に教会の中でララベルが来るのを待つことになった。
「ゆーじさーん、ただいま帰りましたー!」
ララベルの元気な声が響く。
一瞬、このまま返事をしない、というのも思いついたが、リリィさん相手に鬼ごっことかくれんぼとかロクな思い出がないので、素直に顔を出す。
「おかえりララベル」
「あ、ゆーじさん。ただいま戻りましたー」
あれ?
にこやかだった彼女の顔が、近づいて来るまでにだんだんと曇っていくぞ?
「ゆ、ゆーじさん……ついに、ついに神を背いてしまったのですね?」
「はい?」
「緑の肌の……亡者の、美人シスター……! たしかに、顔はかわいいし、スタイルも良いですけど!」
「? あっ」
何のことを言ってるのだろう、とドリューと顔を見合わせたが、そういえば彼女には俺には使い道のない修道服(女)を着せているんだった。
『黒教会なんて、テロ屋のすくつじゃないですか。あんな所に行く気だなんて……』
『テロ屋の、すくつ……? いや、あそこは美人な修道女さんと女神像がいるだけで、テロ屋どころか人っ子一人見たことないんだが……』
『へぇ……そうなんですか……』
そんなやりとりをしていたことを思い出す。え、これドリューを黒教会の修道女と勘違いしてる流れ?
「信じていたのに……! わたしがちょっと見ていない間に、黒教会に誑かされるなんて……!」
「いや、なーにをくさい芝居をしてるんだお前は」
自分の体を抱いて、泣き崩れる彼女に、俺は雑なツッコミを入れた。
指摘するのも面倒になった俺は、ドリューのフードを外す。
枯れきった亡者にはありえない、瑞々しい白いリンゴの花に、透き通るような緑の肌と、艶やかな髪が露わになる。
「えへへ、ば、バレました?」
「普段から精霊に囲まれていて、聖剣の精霊さえ見えたお前が、ドライアドが分からないわけないだろう」
本当は顔が曇っていく途中の、何かを思いついた顔と、その後のくさい芝居でピンと来たのだが、後学のために適当なことを言っておく。
とりあえず、プロの役者が演じるドラマやアニメを、TVで毎日見れる現代人を舐めないでいただきたい。
「なははは……バレてしまっては仕方がありませんね。樹木の精霊さま、自己紹介は必要ですか?」
「だいじょうぶ。ララベルの名前は、ゆーじにきいた」
「はい。それでは時間もありませんし、早速本題に入りましょうか。よいしょっと」
ララベルは小さな椅子に座ったので、俺たちも小さな丸テーブルを挟んで向かいの席に座る。
「それで? 外にいる人たちとはどういう話に纏まったんだ?」
「えっとですねー……」
その後、彼女が語った所を要約すると、外にいるのは街の太守、その側近、白教の偉い人、その護衛の兵士達らしい。
「皆さん、なかなかゆーじさんのことを信じてくれなくて、大変だったんですよー」
「なんでまた。お偉いさんには都合が悪かったのか?」
勝手に問題を解決してくれる勇者とか普通の人には都合が良いだろう。いや、勇者の性格や行動によっては面倒くさいことになる人もいるのか?
首を捻る俺に、ララベルは苦笑して答えた。
「逆です。世界が滅びる瀬戸際に、本当に勇者さまが現れるとか、出来すぎですよ。都合が良すぎて嘘だと思われちゃってー」
「あー、なるほど……」
たとえて言うなら、核戦争で世界が滅ぶ間際に、観音様やら弥勒菩薩様やらが現れたと言っても、「あー、この人ストレスでおかしくなっちゃったんだな」と思われるだけ、みたいな感じか。
「でも、それならよく信じて貰えたな」
普通そういう場合、「本当なんです、信じてください!」と言っても「北斗! 貴様は一週間の謹慎だ!」となるか、「こ、この人、ヤバイぜ。目がマジだ。イッちまってる」になると思うんだが、彼女はどうやって、周囲を説得したのだろうか。
「そこはほら、わたし聖女ですから」
「聖女ってすげーな」
これは聖女の影響力を見誤っていたかもしれん。教会の広告塔兼生贄兼どさ回り担当の名誉職くらいに、思ってたんだが違ったかな?
「えっ、そこは信じちゃうんですか?」
「え、違うの?」
「いえ、間違ってはいないんですけど。正確にはこれがあったからです」
彼女は綺麗に畳んだ布を俺に差し出した。これって……
「ハンカチ?」
「ええ、『こんな高価なモノを包帯代わりに使い捨てられるくらい高貴な異国の人』、って言ったら信じて貰えました」
「……役に立ったようでよかったよ」
そのハンカチは出来婚した元友人の結婚式の引き出物なんだが……お役に立てて何よりです。
「それで、俺の扱いはどうなったんだ?」
「えっと、怒らないで聞いてくれます?」
「内容によるかな」
「皆さん、会ってくれることは約束してくれました。本物だった場合は保護や支援も考える、と。ただ……」
「ただ……?」
「……偽物だった場合は、世を騒がそうとする不逞の輩として、私もろとも処刑する、と」
「……は?」
意味がわからない。なんでいきなり処刑なんだ。現実感がないよ、現実感が。
「どういうこったい?」
「処刑して死んだら本物、生き帰ったら偽物として禁固7000年だそうです」
「ただの処刑じゃねぇか!」
俺は叫びながら、頭に不吉な言葉が浮かんでくる。
魔女狩り、という言葉だ。
「聖人を名乗ることは禁忌ですからね……」
「俺は一度も自分が勇者だって言ったことはねえぞ」
彼女は首を振った。
「たとえそうだとしても、聖女たるわたしと、聖剣が認めたあなたは間違いなく勇者なのです」
その決然とした言葉に気圧される。ここまで真剣な彼女を、いや人を、俺は見たことがあったろうか。
「あなたをただの生者だと主張することも出来ました。外の皆さんも、半分くらいはそんな気持ちでしょう」
彼女は俯いた顔を上げ、決意に満ちた目で俺を見つめた。
「ですが、この世を救うため、あなたを生かし続けるため、あなたが勇者であると、主張しないわけにはいかなかったのです」
「……あんたの意欲はよく分かったよ」
魔女狩り。
中世ヨーロッパは世紀末。
勇者は皆、死体で見つかっている。
そんな言葉が浮かんでくる中、考えをまとめる。
「正直、ここまであんたが真剣に考えてるとは思わなかった」
「いえ、わたしもあなたとこの世に滅んで貰っては困るだけです。滅んだ世界でなんて、生きていけませんから」
「たしかにな……」
地球という逃げ道がある俺と違い、彼女たちに逃げ道はない。
今止めなければ、世界中がゾンビパニックが可愛く見える無間地獄に陥る。
それを止められる力と地位が揃っているのは、聖女たる自分だけ。そういう風に考えているのかもしれない。
そしてそれは、本当に正しいのかもしれなかった。
「分かったよ、会おう。なんか準備した方が良いことはあるか? 準備のための時間はどれくらい持てる?」
今の俺は戦闘力のない錬金術師だ。戦闘や闘争を考慮するなら、武器も使えて動きも素早い傭兵になりたい。
(正直、もう少し稼ぎをしたかったが、仕方ないか……)
転職錬金術は有限の育成、錬金術だ。
というのも、今回のように低いステを高いステに無料でしてくれるのは、一個の職につき一回限りなのだ。
2回目から有料、それもレベルアップによる際のステータス振り分けと同じ額を取られる。
今回だと23総合値を増やしたので、ざっくり40から50万エーテルくらいだろうか。ボス何体分なのか考えたくもない。
一回でも傭兵になってしまえば、錬金術師に戻るのはともかく、また傭兵になるにはレベルアップ29回分のエーテルが必要になる。想像するだに恐ろしい損失だ。
(だから全ての稼ぎを終えてから、傭兵になりたかったんだが……命あっての物種か……)
男の子なら誰でも考える最強。
伝説の戦士でもなんでもない、ただ生きているだけの俺がこの危険すぎる世界を生き抜くためには、最強の肉体くらい最低限欲しかったんだけどな……
「どちらもいりませんし、ありません。可及的すみやかに、が彼らの望みですので」
「そうか……」
(なら、仕方ない、な)
「……ごめんなさい。わたし達の都合に巻き込んでしまって」
「良いよ。自分で撒いた種だから」
ララベルも、他の人たちも自分の立場に忠実に動いているに過ぎない。
「俺が権力者でも、世紀末で蘇った伝説の聖人を名乗っている奴らがいたら、変な新興宗教が出来る前に叩く。むしろ、会いに来てくれてるだけで、ララベルは無茶苦茶頑張ったよ」
普通権力者ってこういう時前に出てこないだろ。少なくとも俺だったら、そんな危ない奴は遠くから大砲ぶっぱなして終わりだ。
ララベルがそれを覆すほどの頑張りを見せたのは明らかだったので、俺は素直に礼を言った。
「交渉の目があるだけありがたい。ありがとう、ララベル」
「いえ……こちら、こちらこそ……」
「な、泣くなよ! 俺は皮肉で言ったんじゃなくて本心から……!」
いつの間にか瞳をうるうるさせていたララベルを、皮肉屋呼ばわりされることもある俺が必死に宥めていると、彼女は首をふった。
「ちがうんです。ゆーじさんが本気で言ってくれてることは分かってます。ただ、ゆーじさんの命や覚悟を守りきれない自分が、悔しくて……」
口をきゅっと結び、食いしばった歯の間から声を漏らすララベル。
上と下との、あるいは使命と現実との板挟みになって、それでも最善を尽くそうとして、尽くしきれないもどかしさが、彼女の瞳からダイヤになって溢れているのかもしれなかった。
だから俺は勇者として、本当に勇者になったつもりで、明るく言ったのだ。
「大丈夫さ。俺も君もこの街も世界も、丸ごと救えるとびっきりの策が俺の中にはある」
「ふぇ?」
首を傾げた彼女に、演劇仕込みの自信満々さで、俺は告げた。
「まあ、見てろって」
「この方が勇者さま……意外と普通の顔ですな」
「ええ。絹の国、特に海辺や山岳によくいるタイプの顔ですね。そのあたりの出身なのでしょう」
「ええ、何処かの誰かさんと違って謙虚そうな殿方ですね」
「ハハッ、それは言いっこなしだよ」
年老いた司祭、年齢不詳の錬金術師に、若き女領主。
彼らのにこやかな、でもどこか値踏みするような視線に、俺はふてぶてしい笑顔で答えた。
「ようこそ、皆さま。俺の名は……」
戦が始まる。
交渉という名の、命を賭けた化かし合いが。
いつもご愛読、評価、感想、ブクマありがとうございます。




