第二話 ヒロイン遭遇?
「やっぱり本格的に装備と能力値不足か」
手早く、そして命に関わらない範囲で、検証してみて、俺はそういう結論に落ち着いた。
この世界ではあらゆるものの源である「エーテル」を利用した文明が築かれている。
エーテルってのは、色々設定があるのだが、ざっくり言えば他作品のマナとかソウルとかチャクラとかそんな感じの奴で、火にも水にも雷にも岩にも変わる万能エネルギーだ。
魔法として射出することで攻撃や回復など様々なことが出来るし、エーテルを自分の中に取り入れれば、身体能力を上げることも出来る。お店に持っていけば買い物すら可能だ。
お店としても国が崩壊すれば紙屑になる紙幣や、交換する以外に使い道のない金属板より、ちょっとした技術さえあればその場で確実に燃料にも飲料にも洗濯水から空気まで、何にでも加工出来るエーテルの方が実用的なのだろう。
つまりエーテルは経験値兼、魔力兼、通貨なわけなのだが、どうやら俺は最下級の魔法すら使えないほど弱っちいらしい。
「たしか火の玉に必要な能力値は知力3、魔力2、信仰心2だったな……えー、足らないのか……」
仮にも義務教育を終え、滑り止めとはいえ大学受験にも受かったというのに、この仕打ち。
学問のガの字もない山賊や素っ裸の首狩り族以下のオツムと言われ、俺は落ち込んだ。どういうことなの……
「武器もない、魔法もない……どうすりゃいいんだ」
エーテルをエネルギー源兼通貨として利用したエーテル文明が、この世界では栄えていた。
そう栄えていた、だ。
もうこの世界は斜陽にあり、エーテルを悪用した魔王やその候補者たちにより、世界は崩壊を迎えていた。
主人公はそんな危険な陰謀に巻き込まれていくのだが、そんなことはとりあえずどうでもいい。
重要なことじゃない。少なくとも、今は。
今、重要なのは……
「どうじで、武器も何もないんだ……」
俺は絶望して片膝をついた。
この世界で武器も魔法も使えないということはすなわち死を意味する。
このステージに登場するのは、粗末な布の服を着た干からびた死体、「亡者」だけだが、だからと言ってそれは何の慰めにもならない。
「あいつら序盤の雑魚敵の癖に、やたら強えんだよなぁ……」
やつらは1とか2しかエーテルを持っていない最下級の亡者だが、包丁を倍の長さにしたくらいの短剣をぶんぶん振り回す危険な奴らだ。
しかも結構集団でたむろしている上に、鈴や叫び声を使って仲間を呼んだり、酷いやつになるとクロスボウを撃ったり、爆発する壺を投げつけてきたりする。
最悪、盾や槍まで使ってクロスボウと火炎瓶兵を守っていることまであるくらいだ。序盤から一人相手にファランクスはやめろよ。
そんな奴らに素手で近づいて殴り倒す……コンビニでたむろするヤンキーやヤクザに素手で殴りかかるくらい難易度が高い。
いや、相手が不死身で武器まで持ってることを考えると、難易度はもっとだ。
格闘家でも特殊部隊の一員でも、誓って殺しはやってない人でもない、完璧な一般人の俺からしたらごめんこうむりたい選択肢だ。
というか、漫画や映画じゃないんだから、素手で武器持ちの集団に挑むこと自体、プロの人ほどやらないと思う。
「食料がある内になんとかしないと……」
この山にまともな食べ物はない。ふもとの方はともかく、この辺は動く死体と墓石くらいしかいない滅んだ山なのだ。
攻略に手間取って、ちんたらしているとまじめに餓死もありうる。そんな荒涼とした場所である。
なんでこんなシオンタウンみたいな場所がスタート地点なんだと愚痴りたくなるが、ゲームでは主人公もそんな蘇りし者たち一人なので仕方がない。
「……チュートリアルステージに武器や魔法の書は置いてない。それどころか回復アイテムすら置いてなかったはず……」
その辺は主人公が最初から持っている。素性を騎士にすれば剣と盾と鎧を、遊牧民なら弓と湾刀を、と言った具合に、生まれに合わせた装備を持っているのだ。そのはずなのだが……
「その点、俺はなんも持っとらんわけだが……」
強いて言えば弁当とか水筒とか持ってるけど。でもそれって生きるのには役立つ代わりに、怪物と戦うには向いてませんよね?
最弱の素性と名高い「市民」だって、棍棒くらい持ってるぞ! ないよりマシレベルのクソ雑魚だが。
「武器、武器、武器……俺でも使えそうな武器……うーん……」
何度も言うが、敵から奪うのは無理だ。
この辺の敵はゲーム最弱とは言え、それは化け物だらけなこの世界の怪物基準で弱い、というだけに過ぎない。
鎧兜で身を固めた序盤最強の騎士主人公でさえ、奴らに囲まれたらタコ殴りにあって大怪我したり、ハメ殺されたりする。
布の服装備、ひのきのぼう無し、推定ゴミステの俺が戦えるような相手ではない。
確実に負ける自信があった。そもそも奴ら武器ドロップしないし。
「逆に言えば武器さえあれば、武器スキルが使えるが……」
武器スキルは、スタミナを消費して横薙ぎや連続斬りなど特定の型を繰り出すもので、基礎スキルだけなら、その武器を持っただけで使える。
スキルを上手い具合に使えば、剣など振ったこともない戦いの素人でも普通に振るよりずっとマシな攻撃を繰り出すことが出来るだろう。
「この際防具でもいい。職業防具があれば、剛撃や壁走りみたいな職業由来のスキルが使えるし……」
防具の中には一式着ることで特定の職業に就いたとみなされ、使えるようになるスキルもある。脱ぐと使えなくなるし、出来もマチマチで使える物も使えない物もあるが、ないよりマシであろう。防御力が違う。
「うーん……ん?」
そんなことを手近にあった墓の上に座って考えていると、ふと、思いついたことがあった。
「……ここって主人公の墓がある場所、だよな?」
俺は自分が何の上に座っていたかを思い出し、慌てて墓石から飛び降りた。
「……いけるな」
風雨に晒されて墓石の後ろから若干飛び出している石の棺を見て確信した。
ゲームでは墓は掘り返せない。特別なクエストやフラグでもないと、地面や壁などに対してプレイヤーは干渉出来ないのだ。
壁を壊せる大型モンスターを誘導して主人公ごと壁を爆砕、とか、置いてあった火薬樽に火をつけて主人公ごと地面を爆破、とかそんな感じである。
しかし、ここはゲームそっくりでもゲームそのものではない。現実の世界だ。
「ーーええい、南無三!」
裕二は 墓に手を合わせ、勇者の墓を 掘り返した。
裕二は ロングソード を手に入れた。
裕二は 傭兵の服 を手に入れた。
勇者は 裸に なってしまった。
「…………」
素晴らしい豊作に対して俺が罪悪感で死にそうになっていると、未来の勇者どのが寝返りをうたれた。
「んぅ……」
漏れた光によって、ぷるんと、棺の暗闇の中で形の良い乳房が揺れる。
「お、女主人公だったかー……」
このゲーム、主人公の性別から歳や体格まで選べるのだが、どうやらこの世界の主人公は若い女性らしい。
「……もう行こう」
異世界に来て早速、ポニテ女子から武器と衣服を奪うという非人道的行為に手を染めてしまった俺はそそくさと旅に出た。
大丈夫、彼女は女神の加護の元にあるので、モンスターに襲われたり、風邪などは引かないはずだ……たぶん。変な現実化の影響とかなければ。
……なるべく早く戻ってきて、装備を返そう。俺は心に誓った。