我が父に捧ぐ
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今回は視点と時間軸の問題で、2話を連続で投稿しています。読む時はご注意を。
私の父、リヒター・フォン・ダンブルクは厳しくも暖かい人でした。
「我らは太守であり、商人であり、開拓者の末裔でもある。これがどういうことか分かるかい? オリヴィエ」
「わかりません……」
「私たち家族にはこの街の民と聖剣を守る責任があり、同時に機を見るに敏で、何かを新しくはじめる心を失ってはならない、ということだ。分かったかい?」
「はい! わかりました!」
何も分かっていなかった子供の私に、父は嬉しそうに笑って頭を撫でてくれた。
「父上……」
だが、そんな父も、もういない。
父は死んだ。幾度も幾度も倒れた。
亡者となり、恐ろしい黒い獣になった愛すべき市民。彼、あるいは彼女から私を守るために戦い、命を使い果たしてしまった。
「これまで、だな。死ねば今度こそ、私は理性を保てまい」
「そんな……なんとか、なんとかならぬのですか!? 父上! エドガー!」
私は父のベッドにすがりつくが、錬金術師にしてお抱え医師のエドガーは、沈痛そうに首を横に振った。
「もう無理だ。彼は肉体も魂も酷使し過ぎてしまった。エーテルの器はボロボロで、薬や魔術でどうにかなるような状態じゃない」
「そんな……」
「よい、良いのだ。わたしはもう十分に生きた」
「ですが、父上……」
私の言葉は激しい咳に打ち切られた。エドガーが血のように赤い水薬を飲ませるが、それでも父は息絶え絶えだ。
「当主として最後の命令だ。私と、あの獣を聖地へ送ってくれ」
「……はい。承知、しました……」
聖地、開かずの門に閉ざされた聖剣の御座。
聖地で死ねば、聖剣によって魂も肉体もただの無色のエーテルとして切り分けられる。そこに例外はなく、怪物も英雄も等しく無に帰る。
そうなれば当然、もう生き帰ることも、亡者になることもない。
そう、言い伝えられているし、事実、そうであった。
「すまんな……2人とも苦労をかける」
「いえ」
「…………」
「だが、当主が亡者になるなどあってはならぬこと。それに私もせめて……心くらいは、人として死にたい」
そうして父は棺に入れられ、聖地へと送られた。
父を殺し、父に倒された黒い獣の亡者も、殺さぬように四肢を磔にされ、共に聖地への列へと加わる。
私も、エドガーと共にその葬列へ加わった。
私は当主として、エドガーは宰相として。
「火に焚べなさい」
ダンブルクの司祭たちが起こしてくれた火に、まず父の棺が入れられる。
氷の魔術と錬金術の秘薬によって、辛うじて生かされていた父は、火によって聖剣へと肉体と魂を返していく。
父上……口を開けばそう漏れてしまいそうで。わたしはそれを必死に堪えた。若い女はただでさえ舐められやすい。太守が頼りない所を見せるわけにはいかないのだ。
幸いにも父の体は、焦げる暇もなく、すぐにエーテルへと変わった。
そして獣もその後に続く。
牛と猪を混ぜたような怪物が、磔にされたまま炎へと焚べられていく。家族を殺された恨みか、あるいは単なる八つ当たりか、石を投げるものもいたが、私は止めなかった。
もう、ここまで来たら、死因は何でも構わない。どんな死因だろうと、肉体も魂もエーテルとなって聖剣へと飲まれていく。それは先祖からの言い伝えとエドガーの研究で分かっていた。
……私は聖剣が嫌いだ。あらゆる物を貪欲に飲み込む様はまるで蛇のよう。葬儀の時の辛い気持ちを思い出す。我が街に民と一族と父を縛りつけた楔でもある。好きになれるはずもない。
いつまでたってもやってこない聖剣の勇者とやらも、それに縋る者も、それに縋らなければ生きていけないほど希望のない世の中も、権力を持ちながらそれを変えられない無力な自分も……大嫌いだ。
生きた人の勇者など……もはや不死でない者など、お伽話にすらいないというのに……
それでも、それでも私は民を、家族を、聖剣を守るだろう。
そのために父も母も先祖も命を賭け続けてきた。私も続かねばならない。私の子も、孫も。
もはや信仰に縋るしかない民の心を守るために、治安の崩壊を防ぐために。
それなのに……そう思っていたのに……
「勇者さまの名前はサワラユージ様と言いまして……」
なぜ!?
何故、私の代で百年ぶりの聖女様やら、何千年も現れなかったはずの勇者さまが出でくるのですか!?
聖女さまも勇者さまも、白教の聖人でしょう!?
そんな探しに行ったらポンと出てくる人ではありませんよ!?
「ちょっと変わってますけど、色んなことを知ってるし、とても優しい人で……」
ララベル様!
貴女をはじめて見た時からただものではないと思ってはいましたが、ほんとに、ほんとーにやってくれましたね!?
せめて去年だったら、まだ父もいたのに!
頼りになる衛兵隊長や商工会のお爺ちゃんもいてくれたのに!
なんで今更! この領内がごたついている時に!?
太守になって一年、もはや機能不全になって久しい元老院の嫌がらせを躱しながら、やっと少しづつ仕事を覚えてきたのに!
「つきましては勇者さまの後ろ盾になっていただきたく……」
聖女さま!
あなたは太守一年生に、国と元老院と教会と隣国と勇者を纏めて相手にしろと言うのですか!?
そんなのは神様とか、その代理人の国王とか皇帝の仕事ですよ!?
あなたの弁護の用意はしていましたが、数千年間現れなかった勇者様が現れた時の台本なんて用意してませんよ!?
もう気絶してないで、早く起きてください! エドガー! リーフ司祭!