聖女会談
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今回は視点と時間軸の問題で、2話を連続で投稿しています。読む時はご注意を。
「どうぞ、こちらへ……」
重厚な樫の木の扉を開けると、そこは別世界でした。
磨き上げられた美しい調度品が並び立てられ、奥には長い金髪を三つ編みにした男装の女性と、銀髪を左右に垂らした中性的な男性がいます。
「ようこそおいでくださいました。私がダンブルク家の当主、オリヴィエ・フォン・リヒター・ダンブルクです」
「当家の宰相を務めさせて頂いておりますエドガー・フォン・ダンブルクでございます」
「白教会にて聖女の命を遇しました、ララベル・ベレスフォードです。ベレスフォードは家名ではなく、村の名前ですが」
ちょっと余計な付け足しかもしれませんが、ベレスフォード村や地方名のほかに、ベレスフォード家はあるので、毎度きちんと断りを入れないといけません。
それに、あまり同一視されて嬉しい方でもありませんからね、ベレスフォード卿は。
お互い丁寧なお辞儀をします。
わたしは家名もない家の出とはいえ、教会の権威である聖女。
対するオリヴィエ卿も、地方の自治都市を治める太守です。
お互い角突き合っても何にもならないので、会談は和やかに始まりました。
「まずは我が街の民や兵をならず者や傷病から救っていただき、ありがとうございました。ララベル様がいらっしゃらなければ、もっと多くのものが犠牲になっていたことでしょう」
「いえいえ、わたしの方もここまで護衛して、案内して貰いましたし、そのお礼のようなものですよ」
うう、こういうの大事だって頭では分かっているのですが、一刻も早くゆーじさんのことを伝えたくて仕方がありません。
そんなわたしを見てとったのか、オリヴィエ様は苦笑して言いました。
「どうやらララベル様は何か至急伝えたいことがあるご様子ですね」
「ええ、そうなんです。実は……」
わたしが逸る気持ちを抑え、話そうとした時、ちょうどお部屋がノックされました。
「白教高司祭リーフ・ブランドー様をお連れしました」
「お入りください」
リーフ・ブランドー高司祭……たしかこの街の教会を任されている一番偉い人だったと思います。前回来た時はお出かけ中だったので、話したことはありませんが。
「お忙しい中、ようこそお越し下さいました。ブランドー様」
「いえいえ、丁度祈祷する力を使い果たしたところでしてな。しばらく役立たずになるところだったのです。この老骨で良ければいくらでもお呼びください」
帽子を被った禿頭に長い髭、ゆったりした質素な法衣に長い杖。
白教の高位司祭、それも酒や富などに手を出さない真面目な司祭さまのようです。オリヴィエさんに続き、この人もとりあえずは信用が置けそうですね。
「はじめまして、リーフ・ブランドー司祭」
「ええ、お初にお目にかかります、聖女ララベルさま」
わたしたちの立場は微妙な所です。どっちが偉くてどんな礼儀作法を使うべきなのか。お互いに今一つ分からないので、曖昧にぼかしておきます。こういう時、権威だけで実権のない聖女は不便ですね……
わたしは彼らにゆーじさんや聖剣の保護を求める立場ですし、彼らは彼らでわたしやゆーじさんの力を借りる立場でもあります。
だから対等、と言えれば良いのですが、そこまで言うには信頼関係が足りません。
「ララベル様、お話を途中で切ってしまって申し訳ありませんでした」
「いえ。それで本題なのですが……少々、いえとても厄介なことになっておりまして……他言無用でお願い出来ますか?」
わたしが真剣な顔で尋ねると、3人ともわたしを安心させるように微笑んで頷きました。
「ええ、分かっています。聖剣を持ち帰ることが、出来なかったのですよね」
「え?」
私は額を小突かれた猫のような顔になりました。
そんな私を安心させるように、オリヴィエさんは笑顔で私の手を取り、リーフ司祭もうんうんと頷いています。
「ですがそれも無理からぬこと。教会にはオリヴィエ様と、微力ながらこのリーフ・ブランドーもお口添えいたしまょう」
「教会上層部も分かってくれると思いますよ。土台無理な話だったのですから」
「ええ。おそらく追い詰められ、駄目元で試したのでしょうが……あの剣は人のために作られた物。もはや人ではなくなった我々には過ぎた代物です」
「お伽話の聖剣にすがるようではならない、ということですな。ボクらは現実に直視し、現実に対処しなければなりません」
「おお、エドガー卿は頼もしいですな。オリヴィエさま」
「ええ、自慢の宰相です。ですから、ララベル様、そのように慌てなくても……」
「違うんです!」
わたしの発言に、3人は揃って顔を見合わせました。それからオリヴィエ様が困ったようなお顔で問いかけてきます。
うう、こんな良い人そうな人たちに、言うのは忍びないのですが……
リーフさんはお爺ちゃんだし、心臓大丈夫かな?
「えぇっと、何が違うのでしょうか? ララベル様」
「聖剣探索は、成功したんです……この上なく」
「「「え?」」」
今度は私を除く皆がデコピンを食らった猫みたいな顔になっちゃいました。が、言わないわけにはいきません。
「いえ、ですがララベル様は聖剣を持っていらっしゃらないですよね?」
「どこか他の場所に安置してある、ということでしょうか?」
固まってしまったオリヴィエ様に代わって、エドガー卿とブランドー司祭が確認しました。
「はい……聖剣を抜くと、とても強い巨人の番人が暴れ回ることが分かったので、残念ですが聖剣の本体は台座にそのままにしております」
「な、なるほど……」
「さ、流石は聖女さま……おみそれしました」
「でも、本題はそれではないんです。もっと重要で危険なことなんです」
「……拝聴しましょう。皆さまも覚悟はよろしいですか?」
ただならぬ気配を感じてくれたのか、やはりこの年まで色々なことを飲み込んできた司祭さまが、厳しい顔で周りを見渡しました。残りの2人もうなずきます。
「はい。どんな悪い知らせも覚悟は出来ております」
「ええ、ボクもどんなことがあっても彼女とこの街を支える覚悟ですよ」
「エド……」
あ、この2人ってもしかして……いえ、そんなことよりもゆーじさんです。
「うむ、各々方覚悟は宜しいようですな。では、聖女さま、お願いいたします」
「はい……聖剣に認められたのは、わたしではありません。不死者ではない、生きている、『人の』、勇者さまです」