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たった一つの冴えたやり方

いつも高評価やブクマ、感想ありがとうございます。


 

『どうやら、腹は決まったようですね』


「ああ、決めた。勇者になるのは無しだ。今の俺は聖剣を抜くのに相応しくない。もっと君に相応しい男になってから、剣を抜くことにするよ」


 それっぽい理由をつける作戦! 

 いや、カッコよく言ってるだけで、実際その通りというか、本心なんですけど。


『その意気やよし。あらゆる武器の祖であるわたくしを使おうと言うのです。それくらいの覚悟がなければならぬというもの』


 提案を断ったのに、聖剣さんは何処か満足げだ。


 聡明だが、プライドの高い彼女のことだ。


 多分世界のためにああ提案しただけで、本当はもっと強い奴に使って欲しいのだろう。


 いや、本当はアルトリウス以外には使われたくないのかもしれないな。それくらい彼女はアルトリウスに入れ込んでるし。


 聖剣はクラスチェンジにも武器としても有能なので、いつか絶対引き抜くけどな!


「おう! 必ず君に相応しい勇者になるって約束する! だから、俺以外の奴に抜かれないでくれよ!」


 だから一応予約しておこう。俺がいない間に、ゲーム主人公や他の奴に抜かれても困る。世界滅びかねないし……


『ふっ、私を侮ってもらっては困りますね。起動前ならいざ知らず、起動した私を所有者以外が引き抜くのは不可能です』


「そりゃあ頼もしいな。じゃあ約束してくれるか?」


『ええ、約束しましょう。とはいえ、論より証拠と申します。そこの粗忽娘』


「え? わたしですか?」


 突如水を向けられたララベルは自分を指差したが、聖剣さんは呆れたように言った。人間だったら、やれやれと首を振りそうである。


『ほかに誰がいるのです。私の力で封印を再起動しました。試しにまた抜いてみなさい』


「え、え? いいんですか? それってとってもよくないことなんじゃ……」


 リリィベルさんは、悪いことが先生に見つかった生徒みたいな顔で、俺たちを見たが、俺は頷きを返した。

 再封印とやらがどんなものか見せてもらおうじゃないか。


『構いませんよ。あなた如きに破れるようなものではありません』


「…………」


 おい、挑発をやめろ。


 リリィベルさんの目が座ったぞ! 彼女を本気にさせるな! ふわふわしていてもらえ!


「か、彼女もこう言ってるし、俺も再封印ってのが、どれほどのものか見たいし、やばくなったら止めるから頼むよ」


「分かりました。やってみますね」


 そんな気迫のこもった声で言わなくていいから……もっと気楽にやろうぜ気楽に。


「ふんっ! ぬぬぬっ! ぬんんんんっ! ふーっ、おりゃああああ!」


『どうです裕二。この小娘の力程度ではビクともしないでしょう? これが本来の封印の力なのです』


「あ、ああ。すごいな」


 俺は正直、未だに力を緩めようとしない不屈のリリィベルさんの方にびびっているのだが、覚醒前とはいえ、脳筋と思われる彼女の力でピクリともしないのは実際大した物だ。


「もう一回! もう一回だけ、挑戦させてください!」


『良いでしょう。一回だけですよ』


「ありがとうございます! すぅーっ、はぁー……とりゃあああ!」


 カッと目を見開き、渾身の力で剣を引き抜こうとするララベル。


 地面はひび割れ、砕けたりもしたが、台座と剣はピクリともしなかった。妖精たちは唐突に始まった力と力のぶつかり合いに、俺の足元に隠れている。俺も隠れたいよ。


「はぁっ……! はぁっ……っはぁ」


『どうですか、粗忽娘。力の差が分かりましたか?』


「はい! でも、もう一回! 泣きの一回やらせてください! 悔しいんです!」


『聞き分けのない子は、裕二から貰ったエーテルを返して貰いますよ』


「え……? え……? それはズルくないですか?」


『別に狡くはないでしょう。エーテルを吸う力は私が元々持っている力で、私は彼の剣なのですから。それで、まだやりますか』


「はーい……やめまーす」


「えぇ……なにその脅しと聞き分けの良さ。というか、やっぱり俺からエーテル吸い取ってたのか!?」


「な、な、ナンノココデショーカ?」


 そんな雑魚から毟り取った俺の貴重なエーテルが……!


「レベルアップに足らなくなったらどうする!?」


「れべるあっぶ?」


「え?」


「え?」


 おい、マジか。もしかしてこの世界にレベルアップっていう概念無かったりするのか? それなら俺は今後どうやって強くなれば……


『裕二が言いたいのは、心身にエーテルを定着させ、強化する儀式のことでしょう。その段階を上げることを指しているのだと思います』


「あー、アレですか」


 よかった。それっぽいものはあるのね。俺は胸を撫で下ろした。終わったかと思ったぜ。


『おおー、流石聖剣さま』

『こういう時、歳食ってる、じゃなくて経験豊富な方がいると助かりますね!』

『ばっ、歳のことは言うなって』

『いやいや、あそこまで年寄りだとかえってコソコソする方が不敬っていうか』


 なんか、俺の肩の上で精霊たちがわいわい言っている。羽や吐息がくすぐったいんだけど、君たち降りない?


『聞こえていますよ、あなた達。刑期を伸ばしましょうか?』


『ぴぃっ!?』『すいませんっした!』『こいつは後でシメて置きますんで!』『どうか、どうかお慈悲を!』


『さて、それより裕二』


「俺?」


『無視!?』『やばい!』『この野郎、何余計なこと言ってやがる!』『おめえも似たようなこと言ってたやろがい!』


『安易に私の力に頼らぬ姿勢は立派ですが、あの山門は、あの石の鎧を纏った男を倒さぬ限り、開きませんよ』


「あー……」


 俺は奥の方に目を向けた。


 崖沿いの細道を塞ぐように作られた山門。


 そこには意味深な装飾が施された大扉が、白い光に包まれていた。


 アレは全てのボス部屋を封印している光で、この光がある限り、如何なる強者であろうと、中のボスを倒すまでは、中に入ることは出来ても出ることは出来ない。


 入れるのはボスに挑む者と、それに味方するものだけ。それ以外は完全にシャットアウト。


 最強と呼ばれるようなモンスターやNPCでさえ、中に入ることは出来ない。


 たとえ入り口でやったような壁走りとジャンプを組み合わせたところで、いや、周回プレイヤーが廃人御用達スキルを使った所で、山門の白い光は越えることも壊すことも絶対に出来ないのである。


 ……これを平気な顔で突破して、強制デスエンドを押し付けてくる原作リリィベルさんが如何にヤバいやつか、ゲーマーな人ほど分かってくれると思う。


 彼女よりずっとレベルが上のNPCでさえ、敵対中は絶対にここには入れないのに、「彼女は心からプレイヤーのことを愛しているから」とかいう訳の分からない理由で味方NPC判定を得て、プレイヤーを殺しにくるのである。


 ただでさえ強いボスに、一撃必殺級の火力と、強制デスエンドを持つ人食いリリィベルの組み合わせなど悪夢でしかない。


 プレイヤーによっては彼女に殺されるくらいなら、と負けそうになったら、ボス部屋から飛び降り自殺する者までいたくらいだ。実際その方が確実にバッドエンドは避けられるので、俺もたまにやった。


「……? どうしたんですか? そんなどんよりした目でわたしを見て」


「いや、なんでもないよ」


 可愛いらしく小首を傾げても、俺の腹で臓物パーティーをしたのはちょっとしか許さんからな。ちょっとしか。


 そしてそんな彼女の後方で静かに佇んでいるのは、ここのボス埋葬者である。


「埋葬者、か……」


「埋葬者? 民間のお葬式屋さんでしょうか?」


 頓珍漢なことを言う聖女さまに、苦笑しながら語り出す。


「埋葬者ってのはな……」


 埋葬者、それは重たい石の槍と鎧を纏った灰色の巨人。そしてこのチュートリアルステージ最強の障害だ。


 神々よりこの山の守護を任せられた管理者にして、この山を出ようとする英雄の力を試す天秤でもある。


 この山には古くから勇者伝説があり、勇者の資格を得る可能性があるとされた者が生者、不死者問わず、棺に入れられて運ばれてくる。


 そしてこの亡者だらけの滅んだ山を制し、聖剣を抜いて巨人を倒した勇者だけが、この先に行くことを許されるのだ。


「…………」


 武器を抱いたまま膝をつき、静かに眠っている灰色の巨人。

 山のように大きい巨人もいる中で彼の身長は3、4メートルほどしかない。人間としては破格のデカさだが、巨人の中では一般的な体格だ。


 だが、この山を出ようとした不死身の英雄たちの首を尽く跳ねてきただけあり、その戦闘能力は尋常ではない。


 彼は武の達人。

 棍棒を叩き付けるくらいしかない他の巨人とは違う。


 4メートル近い巨漢が、5メートル近い大槍を自在に振るえばどうなるか、彼はそれをプレイヤーに嫌というほど教えてくれる。


『槍は地味。噛ませ武器。そう思っていた時期が私にもありました』


『巨大化は負けフラグ、そう思っていた時期が私にもありました』


『誰だよ、そんな適当なこと言った奴は! 無茶苦茶強えじゃねえか!』


『デカくて素早い槍持ちが弱い訳ないだろ、いい加減にしろ!』


『こんなもんチュートリアルボスに置くんじゃねぇ!』


『懐に潜り込むことすら出来ないってどういうことなの……』


 その石槍の圧倒的なリーチと火力による一撃は地面を叩き割り、直撃はもちろん破片だけでもプレイヤーを殺傷してくる。


 重たい石の鎧を全身に纏っていながら、その動きは中量級プレイヤー並に軽快。


 槍を持ち、鎧を着た巨人が地面を揺らしながら猛然と突っ込んで来るのは、大変迫力があった。


 しかも武の先達として縦横無尽に槍を振るい、拳や蹴りを見舞い、プレイヤーの攻撃にも余裕で対応してくる隙のなさ。


 槍の穂先だけではなく、長い柄や柄頭、肩や手足まで使った総合槍術で、こちらと互角の剣戟を繰り広げてくる。


 数多の初見殺しを乗り越え、山門前にたむろする亡者の軍勢を倒し、騎士との一騎討ちを制して慢心するプレイヤーの鼻をバッキバキに折ってくるのだ。


『デカい、速い、強い!』


『そこは強い、硬い、遅い! にしとけよ! なんでこんな強くて硬いのに、あんな速えんだよ!』


『デカい奴は一歩が大きい。当たり前だよなあ?』


『力が強けりゃ、地面を蹴る力も強い。腕も武器も長いなから、リーチも火力もある……嫌なリアリティだぁ』


『逃げ回って闘技場の端から魔法を撃っても、ジャンプで躱されて、そのままプチっと潰される件』


『遠距離攻撃あるだけいいだろ。こっちは剣1本しかないんだぞ』


『ええやん、懐に入って剣振り回せば楽勝やん』


『ニワカ乙。アイツこっちのスラッシュに余裕で槍を合わせてパリィしてくるんだ。そのまま腹パンか、槍刺されて死ぬ』


 とプレイヤーからも大好評。掲示板に阿鼻叫喚の渦を巻き起こした。


 彼の撃破トロフィー達成率は最初のボスなのに49%と5割を切っている。埋葬者に初期キャラで安定して勝てることが、熟練プレイヤーの証と言われているくらいだ。


 特に痛いのが、格闘攻撃。


 俺たちが使うと微妙火力でノックバックばっかりな格闘も、巨人が使えば発生も早く、後隙もない高火力攻撃に早変わりだ。


 槍をローリングで避けながら接近出来たと思ったら、すぐさま叩き込まれる肩や拳に何度死んだか分からない。


 拳を避けたと思ったら、そのまま掴まれて、崖下に放り投げられたこともある。高所恐怖症の俺は心臓が止まるかと思ったわい。


 また、その鎧も伊達ではなく、その防御力は重装並。物理にも魔法にも強い。


 加えて本体のHPが膨大で、ちょっとやそっとの攻撃ではビクともしない。


 おまけに鎧の効果で常に体力を回復し続けるので、埋葬者の猛攻に押されて、ちょっとずつしかダメージを与えられないプレイヤーに焦燥と絶望感を植えつけてくる。


 鎧一つ一つの回復量は正直大したことないのだが、それが10個も付いているのなら話は別だ。攻めあぐねていると、あっさりと全快してしまう。


 ちなみに無理に力押ししようとすると、敵のライフが尽きる前にこっちが殺される。巨人と体力勝負したら当たり前だよなあ?


『つーよすぎんだろぉ!?』

『こっちの攻撃は10回に1回くらいしか入んないのに、敵の攻撃を受けてる間に回復してくって……壊れてるだろこのゲーム!』

『はぁー、なるほどですねー。ここで攻撃すれば反撃を余裕を持って避けられると。待って、待って今スタミナ無ァーーっ!?』

『強いねぇ! かっこいい! 次はどんな攻撃をしてきてくれるのかな!』


 と、実況者さんも掲示板も大盛り上がりであった。……一部リリィベルみたいな人がいたが気にしてはいけない。あの人はリアルリリィベルさんだから……


「……って感じでなぁ」


 そんな苦労話を「それでそれで?」とせがまれるままに、実況者とかプレイヤーとかそういうのをぼかして話していたら……


「あっ……」


 本家リリィベルさんの目が、少年のようにキラキラしていらっしゃった。ヤバイ、やっちまったか?


「あの! やっぱりあの剣抜きませんか!?」


「抜かねぇよ!? なんでそうなる!?」


「でもわたし、気になるんです! ユージさんがそこまで言う敵が、いったいどれほどのものなのか! 気になるんです!」


「目をキラキラさせてもダメです! ダメダメダメ! 危険! 無責任! 安全第一!」


 迫ってくる顔を「目をキラキラさせてもダメです」と押し留め。


「で〜も〜!」と言って迫ってくる彼女を、ダメダメダメと言いながら押し返し。


 それでも諦めない此奴を、「危険、無責任、安全第一」と呪文を唱えて、定位置まで押し戻した。


「危険!」ではむしろ勢いは上がってしまったが、「無責任」と言ったら勢いが大きく削がれたので、一応「生者保護」を掲げる白教の聖職者として、俺の安全を考えてはくれているらしい。


 ちょくちょく闘争本能というか狩猟本能みたいなのが、顔を出して来るのはご愛敬だ。これでもゲーム本編と比べたら、落涙するほどマシになった方なんです……!


「ぶ〜、じゃあユージさんが剣だけ抜いてくださいよ。端っこの方に逃げていいですから」


「いや、ダメだろ。俺に女の子見捨てて逃げろってのかよ」


「えー……」


 な、なんだよ、その不服そうな顔は……!


 俺が弱いっていうのか! その通りです、本当にごめんなさい。


「だ、だいたい君が負けて死んだら、どこで復活するか分からないじゃないか! 二人して迷子になったらどうする!」


「ま、迷子って……そんな子供じゃないんですから……」


「じゃあ遭難でもいいぞ。大抵の不死者は奴に負けると、山の反対側まで戻されるそうだが、君は迷わずここまで来れるのか?」


「も、もちろんですよ! わたし、迷子になんかなったりしません!」


『ララベル……』

『ララベル、見栄張るの良くない』

『ここまで来るのに3回くらい迷ったし、5回は転落してる』

『しかも俺らがサポートした上でそれ』

『それまでずっと麓の方をうろうろしてた』

『しかも同じところをずうっとぐるぐる、ぐるぐる』


「し、シーッ! 皆さん、シーッです!」


「うん、まあそんなこったたろうと思ったよ」


 ゲームのリリィベルさんも、プレイヤーの通った道を忠実に追いかけてくるのだけど、プレイヤーが崖とか飛び越えてショートカットしてると墜落死するし。


 あるいは落とし穴に嵌ってたり、周囲を見境なく殴る系モンスターに絡まられて、そいつとガチバトルしてる間に、プレイヤーに先に行かれてしまうこともあるしな。


 なお、謎の味方NPC扱いと無限コンテニューにより、ほっとしているプレイヤーをボス部屋やセーフティエリアで殺しに来る模様。


「こほん。でも、そんなとても強い埋葬者さんを倒さないとこの門は開かないんですよね?」


「まあ、そうだな」


「対処法とかあるんですか?」


「まあ、ないこともないけど……」


 対応法はある。


 パリィだ。


「埋葬者は槍を使うから、パリィに弱いんだ。振り下ろしは下に、突きは横に、なぎ払いは上に弾いてやれば、隙が見えてくる……ただ……」


「ただ……?」


「俺は今、パリィ向きの盾を持ってないから素手か剣でパリィしなくちゃならない」


「す、素手? そんなことしたら……」


 このゲームは「パリィ」いう、武器や盾を使って相手の攻撃を弾くシステムがあるのだが、これが難しい。


 パリィには五段階あり、下から順にーー


 ・パリィ大失敗。まともに攻撃を食らってしまった。カウンターで大ダメージを受け、体勢を完全に崩してしまった。


 ・パリィ失敗。それなりのダメージは受けたが、ガードには辛うじて成功した。


 ・パリィ失敗。しかしガードは完璧。ダメージを受け流すことに成功した。


 ・パリィ成功。しかし、歴戦の相手はやや体幹を崩しただけで、隙を見せなかった。


 ・パリィ大成功。相手の体勢を大きく崩すことに成功した。チャンスだ!


 と、なっている。


 そしてアクションゲームであると同時に、RPGでもある本作では、「タイミングよく的確にパリィスキルを当てたか」ということと、「敵と自分の能力値の差」が同じくらい大事にされている。


 たとえば、いくらタイミングや方向が完璧だったからって、一般人がゴジラやウルトラマンのパンチやキックを弾けるだろうか。


 まず無理だろう。出来るとしたら、そいつは一般人ではなく、逸般人である。サイヤ人か何かに違いない。


 つまりは辛うじて片手で軽い剣を振れる程度の筋力や技量しかない俺が、巨大な岩で出来た槍を綿棒みたいに振り回す巨人の攻撃をパリィするのは……


「無理です! ユージさんと、こんな大きい巨人じゃ腕力や技量に差がありすぎます! 上半身ごと腕がふっ飛んじゃいますよ!」


「無理じゃないさ。気の遠くなるほど難しいだけで、不可能じゃない」


「わたしが! わたしが戦います! ユージさんを守るためにも!」


 ララベルは燃えていた。我欲を満たすためだけではなく、俺を守るため。ひいては聖剣の使い手を守り、世界を守るために。


 だが、使命感に燃える彼女に、俺は首を振った。


「もちろん、ララベルにも後で手伝ってもらうよ。だけど、最初の一歩は俺がやる。やらなきゃダメだ」


「ユージさん……」


 俺は苦笑して、彼女の握りしめた手を取って、ポケットからハンカチを取り出した。


「ったく、こんなに力入れて剣握りやがって。手の皮が剥けてるじゃねえか」


 血で武器がすっぽ抜けたりしたらコトだ。包帯がわりに、ハンカチを巻いておく。


「ユージさん……平気です。苦痛は戦いのスパイス、お塩や胡椒みたいなものですから」


『……あなたも大概、頭がおかしいですね』


「あっ、聖剣さんもそう思う?」


「そんなことないと思います。わたしは一般的な白教会の不死者ですよ?」


『……この世はそれほどまでに乱れてしまったのですね。嘆かわしい』


「ああ、早くなんとかしないとな」


 巻き終わった俺がうんうんと頷いていると、彼女はちょっと怒りで震えながら言った。


「あ、あの……二人とも遠回しにわたしのことをバカにしてませんか?」


「そんなことはない」

『そんなことはありません。はっきりと呆れております』


「がーん」


 ガーンって。口に出して言う奴初めて見たぞ。ってそうじゃなくて!


「なんで正直に言っちまうんだよ!?」


『こういう娘はきちんと言わないと、わかりませんから』


「そ、そうかもしれないけどさー……」


『むしろ女人に甘い態度を取るあなたの方も問題です。女性問題を起こすなど、聖騎士の名折れ。ゆめゆめそうならぬように』


「俺は聖騎士にはならないし、女性問題なんて起こすか!」


 そもそも女にモテない男がどう女性問題を起こすと言うのか。


 それに聖騎士はスキル構成に問題があるので、取る気はないのだ。馬もいねえのに馬術とか、いらねんだよ。


『それより貴方のことです、裕二。門番を倒さなければ、あなたはこの先には進めない。エーテルを己の力に変えることも、装備を買うことも出来ないでしょう。聖剣の力なしで、門番の巨人に勝てるとは……』


「違うな」


『違う?』


「人間はいつだって知恵と工夫で、困難を乗り越えて来た。聖剣がなければ駄目だなんてことはない」


 俺は腕を組んでそう言うと、剣を抜き、巨人に向けて歩き出した。


 そうだ。

 ゲームの中の俺だって、折れてうんともすんとも言わない聖剣でも、勇者の力でもなく、自前の武器と力だけで戦ったのだ。


 たしかにゲームのアパターを操っていた時より弱くはなったが、それでも不可能だとは思わない。経験は裏切らない。必ず出来ることはある。


「そうとも、俺は聖剣を使えることも、ララベルがいることも期待しちゃいなかった。俺はもともと一人で、この試練を突破するつもりだったんだ。今、それを見せてやる」


『……いいでしょう。男児がそこまで覚悟を決めたのです。私も見守りましょう。そなたもよろしいですね』


「わたしは……」


 彼女は迷っていた。聖職者の使命感、俺への心配や不安が彼女の瞳から垣間見えている。


「ララベル!」


 その迷いを断ち切るように、俺は叫んだ。


「俺に任せろ!」


 振り返って、親指をぐっと立てる。

 ちょっとキザだと思ったが、体が勝手に動いていたんだ。仕方ない。


「……分かりました。わたし、ユージさんを信じます。でも、危なくなったら助けに入るので、余裕のよっちゃんで倒してくださいね?」


「任せな。あの山門は必ず越える。アイツなんか、1ダメージも受けずに突破してやる。俺の全てを賭けてもいいね」


「ふふっ、じゃあ賭けに負けたら、ユージさんはわたし専用のソファですね」


「……ぜ、善処するよ」


 女の子専用ソファとかMの人大歓喜の展開かもしれないが、未来でプレイヤーの臓物パーティーをやらかした彼女が言うと、全く洒落になってない。


 いや、聖剣を折らなかった時点で目の前の彼女と、タイラント枠の彼女は別人だと分かってるんだけども。


 どうもね、脳が勝手に作るのだ。

 解体されて組み立て直されて、『今日からあなたはわたしのお椅子です』と耳元で囁かれている幻を!


 怖い! 被害妄想って分かってるけど怖い!


 でもここで行かなきゃ、男じゃないぜ!


 ゆっくりと俺は巨人を目覚めさせる聖剣の前へ行き……


『あっ……』


 聖剣に触れる……こともなく、そのまま通り過ぎた。


『「え……?」』


 何故か周囲から戸惑いの声が聞こえるが、無視。


 失敗したら死んでしまうので今は集中が大事だからだ。


 そのままララベルの所に行き、彼女を背負う。


「え? え?」


「しっかり捕まってろよ、スティンガー!」


「誰!?」


 〈スティンガー〉

 スラッシュと並ぶ直剣の基礎スキルの一つ。鋭い突きを放つ。チャージ可。


 何の変哲もない平凡な攻撃スキルだ。


 高火力な大剣、火力に加えて吹き飛ばし能力のある特大剣の刺突スキルと比べると、ちょっと踏み込みが深くて素早いだけで、地味ですらある。


 普通に使ったら。


『ちょ、ちょっと待ちなさい! あなた何を、いえ、何処に行くつもりですか!?』


「大丈夫! 俺に任せろ!」


 崖際でグッと溜めてバシュ! スィーっと。


 刺突のために半身を引き、力をチャージしていた俺の身体が、渾身の力で踏み込み、刺突を繰り出す。


 それと同時に、キーワードに反応して、ジェスチャー「俺に任せろ!」が発動。


 身体が勝手に二人の方を振り返ってサムズアップしながら、踏み込んだ時と同様の速度で空中を滑走する。


 そして、そのまま弧を描くように崖を越え、山門の向こう側に着地した。


「よしっ! 試練突破! 街へ、行くぞー!」




 


主人公「街へ、行くゾー!」


でっでっででででー! カーン! デデデっでっでっででー、カーン!


まあ、主人公も元とはいえRTAかじってたから、まあこういうのも多少はね?

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― 新着の感想 ―
[良い点] 期待を裏切らないこの展開に笑いました。 死にゲーなのに死ぬことのできないこの厳しい状況を、裏技バグ技を用い不可能を可能にして生き延びてほしいものです。 しかし人食いリリィベルネタはブラック…
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