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第一話 裕二、クソゲー世界に立つ

それでは、はじまりはじまり

『発車します。白線の内側までお下がりください』


「あー、眠いなぁ……」


 俺は朝の満員電車に揺られながら、うとうとしていた。あくびを噛み殺すも、眠気は消えない。


(やっぱ昨日はゲームをやり過ぎたかな……)


 金もない、時間もない、彼女なんていたこともない俺は、その余暇を趣味であるゲームに費やしていた。


 血湧き肉躍る冒険……なんて、憧れるけど、ないない三拍子教インドア派の俺が現実でやったらしんどいだけだよ。


 その点、ゲームはいい。お手軽だし、安全だ。たとえ剣で胸を刺されても、銃で撃っても撃たれても、お互いの安全は保障されてるから、本気で楽しく遊べる。


 まあそんなわけで、俺はつい夜更かしをしてしまい、眠いというわけだ。


『…………』


(あれ?)


 誰かの、たぶん女の人のため息が耳元で聞こえたと思ったら、両手で吊革を掴んでいたはずの体が、前のめりに倒れていく。


「やばっ!?」


 そう思った時にはもう転んでいた。思ったよりついていた勢いを殺すため、ゴロゴロと転がる。無様でも死ぬよりいいや。


「す、すみません!」


 あちこちぶつけてめちゃくちゃ痛かったが、どう考えても吊革で半分寝こけてた俺が悪い。


 車内には俺以外にも人が沢山いたわけで、必死に謝りながら立ち上がっていると、奇妙なことに気付いた。


「はえ……?」


 静まり返っている。人だけじゃない、電車が走る音すら聞こえないし、地面も揺れていない。それどころか、足元はごつごつとした感触がある。


 いったい何が起こっているのか分からず、俺は涙に霞む目をこじ開けて、固まった。


「は……?」


 どこだ、ここ。


 まず見えたのは電車の床ではなく、砂利や黒い石畳が敷かれた地面だった。


 呆然と周りを見回してみれば、周囲は黒い石で出来た崖に囲まれている。


「岩山、とその上に建てられた大昔の遺跡……? いや、だが使われてる跡があるぞ……?」


 心底困惑する俺がいたのはどこかの崖の中腹のようだった。左右は高い崖に挟まれており、本格的な登山家かボルダリングの選手でもないと、とても上れそうにない。


 背後は何やら遺跡と墓のようなものがあるが、あちこち水に浸かってる上に少し行って行き止まり。対する前方は開けているが、進めば墜落必至の崖だ。


 遺跡と墓の建築様式も日本じゃなくて、欧州、それも近現代ではなく、古代ローマ、いやもっと古い時代のものだと感じた。だって石作りのお墓や神殿っぽいのに、十字架の一つもないんだぜ?


 しかも今の季節は春だというのに周囲は身を切るように寒く、その上眼下の崖下には雲海とエベレストみたいな山々が広がっている。


 当然、俺の通学路にエベレストはない。というか、俺は今エベレストみたいな山より高いとこにいるのか。


「Everest?」


 あまりにも異国情緒たっぷりなので、一縷の望みをかけて異国っぽく言ってみたが、ダメだった。くっ、頑張って取った俺の英検3級が、何の意味もなさないだと!? 


「オッケーオッケー、もう十分ビビらせてもらったよ」


 俺は早々に降参と震える声で両手を上げた。

 これでオチてくれないか? 誰かドッキリ大成功の看板を持って、ネタバラシに走ってきてくれないか。


「いったいなんだってんだ……」


 俺がいるのはどこをどう見ても、どっかの高ーい山の上であり、萎れて枯れかけた草木が申し訳程度に生えているだけの、見たこともない場所に置き去りにされている。


 詰んだ……俺は居眠りしてるうちに、ヤクザかマフィアに麻酔でも撃たれて、ここに連れてこられたんだ……


 いや、まるで意味が分からんぞ。なんでそんなことをする? ん……あれ?


「……ってここ、駄剣の英雄墓場じゃないか!?」


 訂正しよう。


 見たこともない場所じゃなかった。めっちゃくちゃ見覚えのある場所だ。何百何千と来ている。ただしの電子の世界で。


 「dark sword man」、通称「駄剣」、「駄剣男」、「駄剣マン」などと呼ばれる悪い意味で伝説のゲーム、その畜生チュートリアルステージにそっくりなのだ。


「いや、なんてこった……」


 俺はひとしきりドッキリを疑ったり、自分の正気を疑ったりしてみたが、特になんの効果もなく、夢だか現実だかすら分からないまま、微妙な時間が過ぎていくだけだった。


「いや、冷静に、冷静に考えるんだ。一体ずつ処理しろ」


 俺の好きなスナイパーの言葉を借りて、俺は俺に言い聞かせた。


 ゲームでも現実でも、強い敵は分断して一体ずつ倒すのが大事。まずは一つずつ要素ごとに分けて考えて行こう。


 まず、高確率この世界はゲームではない。


 俺は今大学に行く途中だったから、現代的な衣装を身に纏っている。


 駄剣は一部dlcを除いて、割と本格的な中世ヨーロッパ風のダークファンタジーなので、当然ながら現代的な衣装は存在しない。


 現代的なシャツやズボン、リュックとか、大学の教科書とかノートとか水筒とか、スーパーで買ったセール品の弁当やベッドペットボトルのジュース、紅茶のティーバッグ詰め合わせとか、そういった諸々まで俺は持っているのだ。


 こんなもの、あのゲームにはなかったし、割と雰囲気を大事にしていたゲームなので、追加されることもないだろう。


 一応、俺を薬かなんかで眠らせて拉致し、脳味噌をそれっぽいコンピューターに繋げてるって可能性も……いやいや、それならもっとメジャーなソフトと別の奴使うだろ。


 なんでこんなマイナーなゲームに俺なんか使ってんだよ、と無数にツッコミが溢れ出す。どうせなら数学の天才とか運動の天才とか突っ込めよ。


 それに風の匂いとか味とか、そういうのは未だ再現出来ていなかったはずだ。先んじて規制もされてるし。


 だがしかし、そうなると、ここはどこかという疑問の答えは……


「あのゲームに似た別のどこか……ってことになるのかな……ははっ、吊革まで持ってきてら」


 空間ごと切り取られたかのように、すっぱりと切断された吊革に乾いた笑いが起こる。


 今頃、突然消えた大学生に向こうは騒ぎになっているのだろうか。


 それとも誰も問題にせず、大学に来ないことで親に連絡が行って、それから警察に、とかそういう感じになるのかな。


「単位落ちるのか……やだなぁ……向こうのことよりこっちのことを考えるか」


 俺は今自分の身に起きていることに今一つ実感を持てないまま天を仰いだ。


 日本のものとは異なる、異国の曖昧な青空が広がっている。とりあえず雨が降る心配は無さそうだ。


「今、俺がいるのは駄剣のスタート地点だから……」


 思考実験も兼ねて、頭の中でチュートリアルステージを思い描いてみる。


 このゲームは、高い山の中に作られた山道の行き止まり、そこに埋葬された棺桶の中から始まる。


 山道は所々水没しているが、ところどころ石畳や石塁なども引いてあって、獣道か荒野がデフォの中世では結構立派な道だと言えるだろう。


 あちこち崩れているが、自然の壁以外にも、近くの黒曜石を掘って積み上げたのだろう壁もあり、一種の遺跡と言っても良いかもしれない。


 初心者への気遣いか、スタート地点のこの袋小路だけは敵の巡回ルートから外れていて、自分から誘き寄せでもしない限り敵は入ってこなかった。


 なので多少は安心して考えを巡らすことが出来る。多少だが。現時点で敵に会ったら最弱モブでも死しかないので、俺の心臓はバクバクだった。


「武器はない。魔法は……火の球!」


 裕二は 魔法を唱えた。


 裕二の 火の玉!


 しかし、何も起こらなかった……


「……どんな脳筋でも使える、雑魚魔法すら使えないとか、マジかよ……」


 漂流生活一日目、改めて俺は魔法少年ではないことが分かった。魔力が身体を巡る感触とか、空気に満ちるエーテルとかも全然感じない。


 やっぱ11歳で手紙が来るか、異世界に転生するか、30まで純潔を守らないとだめか。現実は厳しいな、ごす。


「魔法が使えないってことは俺は、ゲームでもなかった超特化型の戦士系なのか……? 武術なんかやったことないけど……」


 よく分からないまま、俺は俺という存在の能力値の検証を始めた。こんなもん、メニューが開けたら一発なのに。


「いや、こんなことしてる場合かよゲーム脳か。早く食料と寝床を用意しないと……いや、迂闊に外に出て亡者に会ったら死ぬ……」


 先程前方の崖の陰にちらりと、岩と同じ色のローブ姿でうろつき回る、刃物でズタズタにされた蝋人形のような奴らが見えた。


 俺の推測が正しければ、彼らは亡者。墓から蘇り、決して死ぬことのない怪物である。


 怪物溢れる駄剣世界からすると最下級の存在であり、いわゆる序盤の雑魚敵的な存在であるが、同時に亡者たちは駄剣世界を終末世界に貶めている元凶でもある。


 そして、先制攻撃しないで生き残れるほど、この世界の雑魚は弱くない。今見つかれば、逃げることも出来ずに死ぬ。確実に。


 ここで焦るのは素人だ、と俺は自分に言い聞かせながら、俺は手脚の可動域を確かめたり、この世界の住人なら誰でも使えるはずの基礎スキルの検証を始めたのだった。

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