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デート?いいえこれは仕事です。by鈴村香奈

 水族館視察、という名のデート当日。賢治は頭を抱えていた。


 「何でスーツなんだ……!!」


 香奈は普段通りにスーツで来た。

 対して賢治は一応それっぽい恰好で来ていて、待ち合わせ場所で待っている間に通りすがりの女性達から熱い視線を浴びていた。パワハラモラハラさえなければ良い男なのである。仕事で生き生きしていたからか、歳の割に若々しく見えて、香奈と並んでも然程違和感はない。香奈がスーツでさえなければ。


 「仕事ですし、スーツ以外の外出着は持ち合わせがありません」


 シレッと返す香奈に、その場に居合わせて聞こえた人全員が不思議な生き物を見る目で香奈を見た。賢治のとは別の種類の不躾な視線だが、香奈にその自覚は無い。


 「ああくそっ、そういう奴だよ鈴村はっ。おい、先に服を買い揃えるぞ!」

 「え?私は別にこれで……」

 「良い訳あるかああああ!!」


 一般客に紛れての視察である。賢治の言いたい事もわかるが、別にスーツでも構わない筈だ。それでも賢治は香奈にデートっぽく見える服を一式買い与えた。賢治のポケットマネーで男らしくカード一括払いだ。流石アラフォな独身部長、金は有る。


 「あの、自分で払えます」

 「俺が買え揃えさせたんだ、俺が払う。新人部下の特権とでも思って鈴村は黙って奢られとけ」


 憮然とした態度で頑なに受け取り拒否を示す賢治に、香奈は今の自分の恰好を見て、触って、ちょっと恥ずかしそうに頬を染めてからか細い声で


 「ありがとう……ございます……」


 と言った。


 「……行くぞ」


 それに照れ返した賢治だが、それをおくびにも出さずに先を行く。

 慌てて付いて行く香奈。

 賢治の歩幅は広くて速い。対して香奈は女性らしく歩幅は狭く、賢治に付いて行く為に速足になってしまう。

 それでも一生懸命に付いて行こうとする香奈に、賢治は内心でうなり声をあげて嘆息を吐くと、歩幅も速さも香奈に合わせた。

 歩き易くなった香奈は余裕をもって賢治の隣を歩き出す。けれどそういう経験が無い香奈は、合わせてくれた事には気付いていなかった。

 水族館へは賢治の車で行った。待ち合わせ場所の近くのコインパーキングに止めておいたのだ。

 本来なら男女の二人で車に乗るのは警戒心が無さすぎる行為だが、こと賢治と香奈に関しては現段階でお互いにそういう事を考える人種では無かった。

 高速を使って辿り着いた水族館は海に面していてロケーションは良かった。


 「ふむ。外見は清潔にしているし、至って普通の水族館だな」

 「そうなのですか?私はレジャーなど参加した事がないので違いはわかりませんが」


 香奈の言葉に俄然闘志を燃やした賢治は、早速チケットを購入して中へ入って行った。

 水族館の中も普通に水族館だった。


 「魚がいっぱいですね」

 「そりゃ水族館だからな」


 壁の両側に設置され区切られた水槽には種類ごとに説明書きが付いてあり、香奈は熱心にその全てを読んでいった。完全に仕事モードである。


 「全部は読まなくて良いぞ。今日は楽しむ事が仕事だからな」

 「楽しめるかを確かめるのが仕事でしょう?」

 「まあそうだが、鈴村はそれ読んで楽しいのか?」

 「仕事と思えば至福です」

 「そ、そうか……」


 完全に人選ミスだが今回のミッションは香奈を仕事から切り離す事だ。今のところ自発的に離れてはくれないが、今日という日はまだ長いのだ。賢治は気長に構えた。


 「お、ふれあいコーナーがあるな。鈴村、仕事好きだろ?全部触って確かめてこい」


 ふれあいコーナーにいたのはヒトデやナマコといった女性が触るには勇気のいる生き物ばかりだ。完全に悪者な思考だが、賢治は香奈が嫌がり根を上げさせる事が目的なのだ。


 「全部、ですか」

 「説明だって全部読んでたろ」

 「そう、ですね」


 ふらりと近寄る香奈。目線を下げたそこに映るのはナマコ。香奈は思考が停止した中でナマコを見つめ続けた。


 「無理そうなら止めても良いんだぞ」


 (勿論その時は説明を全部読んで喜々とするのも禁止だがな。仕事の選り好みをさせる気はないぞ)


 「いえ、やります」


 珍しく嫌味ったらしいもの言いではなく、優しく声を掛けてやったというのに、香奈は意を決して水に手を入れた。

 ふに。ぷにに。指でつつく度に返る弾力に、背筋に凍り付くものがあった。チラリと横眼に見やれば、自分で言って来たくせに心配そうにハラハラさせている賢治が目に入った。

 香奈は何故か無性に可笑しい気持ちになって、知らず知らずに口角を笑みの形に少し上げるとナマコをがっしりと掴んだ。そして手の平全体で撫でる。相変わらず背筋が凍り付いたが、一方でハラハラ見守る賢治が可笑しくてもっと見たくて結局本当に全てのふれあいコーナーの生き物を触り尽くした。


 「お前に怖いものは無いのか……」


 珍しく脱力して見える賢治が新鮮で、香奈も珍しくクスリと笑みが漏れた。

 ほんの一瞬の出来事だったが、賢治はその瞬間を見てドキリとした。


 (動じない鈴村が怖くなったのか?俺らしくもない)


 かぶりを振って気持ちを持ち直すと、通路を順繰りに進んで行く。大型の水槽にいるサメと他の魚達に、なぜサメが他の魚を食べないのか不思議に思うことなく淡々と見て通り過ぎていく。その先にあるショーエリアでは、イルカのショーとアシカのショーを淡々と見て、お昼には一度外へ出て賢治お手製のお弁当を食べた。普段から食事を取らない香奈に外食では栄養価に不安が残ったからだ。そうして続きも淡々と見て行き、夕方前には全て余す事なく見終わった。


 「成程な」

 「?何かわかったんですか?」

 「ほう?鈴村は一日いて何もわからなかったのか」


 挑戦的な目を向ける賢治に、香奈は言葉に詰まった。実際に何が駄目なのかわからなかったからだ。というより何が良いのかがわからない。


 「ふん。知りたければ教えてやるが食事を取りながらだ」

 「またお弁当ですか?」


 香奈はじゅるりと口の中を湿らせた。ここ最近ずっと賢治の弁当を食べていたのですっかり舌が覚えてしまったのだ。


 「流石に夕食までは作っていない。レストランを予約してあるからそこへ行くぞ」


 会議などで高級会食をする事がままある賢治にとってレストランの予約は自然な事だった。

 そして誰かと外出をしない香奈にとってそれが異常な事だとは思わなかった。

 朝に待ち合わせして、ショッピングで服を買い揃えて、水族館を堪能した後のレストランなど、普通の人が見たらデート以外の何物でもなさそうなのに。強いて言うなら賢治にとっては香奈に外食の楽しみを植え付けさせようという意図は有ったが、それもデートという意志ではない。自分でも気付かない本心ではどうか知らないが。


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