これもデートと呼ぶのか
鈴村香奈はコテンパンに説教をされていた。
普段ならぐうの音も出ない程言い返しているのだが、今回に限っては反論の余地は無かった。
「会社はお前の私物じゃない。社員一人一人に与えられた仕事が有り、それに見合った給料が支払われている。
鈴村がやったのは盗難と何ら変わりが無いんだぞ。鈴村が喜んで仕事をするだけならまだ良い。しかしその陰で仕事をしない者が出るなら言語道断だ。わかるな」
もっともらしい事を言っているが、この場に鈴村の同僚達がいたら皆異口同音に思うだろう。過去の斎藤部長に返したいセリフだと。
「はい。すみません」
香奈もわかってはいたからバレた以上は謝るしかない。とにかく謝って済まして早く仕事したいと考えていた。わかってはいても理解してはいなかった。
そして賢治はその事にいち早く気付いていた。伊達に世話を焼いていない。自覚は皆無だが。
「は~、お前な……」
これ見よがしにこめかみに手をやりため息を吐く賢治に、しかし香奈に動じる様子は見て取れない。仕事の事しか考えていないのである。
「いやいいわかった。そんなに仕事がしたけりゃ休日の仕事をくれてやる」
諦めたかのような賢治に、香奈は見た事が無いとても喜びに満ちた良い笑顔を返した。
そのあまりの華やかさに一瞬息を詰めた賢治だったが、すぐに咳払いで誤魔化し話を続ける。
「次の休みに俺と〇×水族館へ行け」
「は?」
真面目な顔して言われた言葉に全力で嫌そうな顔を返す香奈に、賢治は若干傷付いた。アラフォな独身男性だもの、若い女性からそんな顔されたら傷付くこともあるだろう。そう自分を納得させつつ話を続ける。
「実はその水族館は潰れかかっていてな、改善案を求められていた。だが先ずは客目線での現状を知る必要があるだろうということで、本当は金子と藤原に視察に行って貰う予定だったんだ」
客目線。ということは普通に一般人らしく楽しまなくては意味がない。だからこそそういう事が得意そうな社員にやらせるつもりだったが、それが自分達でも問題はあるまい。普通に楽しめればの話だが。
つまり賢治は休日を楽しむ事すらしていなさそうな香奈に、休日の楽しみ方を覚えさせようと考えたのだ。それなら香奈の相手は藤原でも良さそうなものだが、賢治はその考えに至らなかった。
(こんどこそ鈴村にゆっくり休む事を教え込んでやる)
と息巻いていて。
一方香奈は戸惑っていた。
香奈は仕事人間だ。自分でも理解してる程に。普通に水族館を楽しめる自身は皆無だった。しかし仕事の内と言われてしまった。普段自分から仕事を求めているのに「これは出来ません」など言えはしないだろう。
結果、香奈は不承不承に頷くしかなかったのである。
「よし。それじゃあ当日はそれっぽく過ごす事が任務だからな」
「はい……」
こうして約束を取り付けた賢治に、覇気のない香奈との水族館デートは決まったのであった。