教育的指導とは
どこにでもある職場の風景。
この日、とある部署の部長斎藤賢治は嫌味ったらしい顔を作りながらも悦に入っていた。
(最近鈴村が同僚と話をする姿を見るようになった。これも俺の教育の賜物だな)
ふっふっふ。という笑い声が聞こえそうなことを思っているが、同僚と話すことなど本来教育するようなことではない。
だが鈴村香奈は普通ではなかった。異常な程の仕事中毒、ワーカーホリック女だったのだ。それはもう同僚との交流すら時間の無駄と言いそうな程に、仕事以外をしている姿を誰も見たことがなかった。
「おお、金子」
先程迄香奈と話していた女子社員が目の前を通りかかった。すかさず声を掛ける賢治に、金子は一瞬ビクリと委縮した。
それもその筈、賢治はつい最近までパワハラモラハラ上司として部内で恐怖の対象だったのだ。つい最近までは。
この部署に香奈が来てから賢治は変わった。
「何でしょうか斎藤部長」
植え付けられた恐怖心はそうそう簡単に消えるものではない。だがしかしそれを押してでもこの時の金子には確信があった。
「鈴村と楽しそうだったな」
(やっぱり鈴村さんの話だった)
チラチラと香奈を気にしながら聞く賢治に、金子は内心でニヤリと笑った。
賢治は香奈のワーカーホリック振りに他社員に嫌味を言うことをしなくなっていた。代わりに増えた会話が大体香奈の身の上の心配だった。食事すら厭う香奈の交友関係まで心配しだした賢治に、
(相変わらず世話焼き……っていうか今のはお母さんみたいwww)
草が生い茂るわ~とニヨニヨする姿はおくびにも出さずに困った顔を作った。
その顔に不安を覚えた賢治はよく見ないとわからない程度だが、眉尻を下げた。本当によく観察しないとわからない程度だが。
「楽しい……というか……」
言葉を濁す金子に賢治の眉間に皺が刻まれていく。
それに逃げ腰になりながら金子は言った方が良いと判断していた。金子もまた香奈のワーカーホリック振りを心配する一人だからだ。
「実は鈴村さんに回せる仕事がないか聞かれてたんです。もちろん無いって言いましたけど、中には喜んで押し付ける人もいるみたいで、鈴村さん良い笑顔で受け取っちゃうんです」
「ほう?」
瞬間。賢治の目が妖しく光った。
「っひ……!」
いつになく怒りモードの賢治に、金子は小さいながらも悲鳴を上げた。それ程までに元パワハラモラハラ上司の怒りは恐ろしい。
「金子。早急にその莫迦者を調べ上げ、全て俺に報告しろ」
「はい!喜んでええ!!」
余りの恐ろしさから金子は軍隊のような敬礼をしてそそくさとその場を離れるのだった。
後日報告された者達が泣きを見る事になったのは当然の流れである。