最北の楽園にて
●トモヤ:多田 朋也(17→22歳)
戦後、父の酪農を手伝う傍ら料理人として修業を積む。地元小中学校へと自家製食材を卸し、時折、給食調理補助をしていた。その際に川本野乃花より色々と教わる。
里美と再会を果たし、のちに結婚。自家製食材を使ったレストランを開業。
地元の小中学校の生徒を教育の場として受け入れ、「生きること・食べること・作ること」そして「育てること・殺めること・頂くこと」を通じ、命の大切さを伝え続ける。
●サトミ:遠藤 里美(17→22歳)
戦時に被災し札幌へと緊急搬送。一命はとりとめたものの、歩行困難者となる。
療養後も疎開した両親とともに、姉のいる札幌で生活を送っていた。
地元へ戻り朋也と再会。結婚し現在は2児の母。
朋也を支え、レストランを手伝うもメインの仕事は味見。とはいえ女性視点のきめ細やかな配慮など、レストランの運営に大きく貢献しているのは確か。
●父さん:多田 明(53歳)
戦後も酪農家として歩み続け、二人の子供を育て上げる。
自然を愛し牛を愛し、そして酒を愛する。最近はそこに孫が加わったのだが、どう接したらいいのか困惑中。目下、それが悩み。
ちなみに路子の彼氏とは、週一で飲みに出る仲。
●センセ:川本 野乃花(19歳)
戦後の復興期の中で、学校や図書館の司書をしながら道内各地を巡り、文学の蒐集(複写)、そして過去の文化文明の保存に努める。
前作に登場した先生とは同棲中(地元に帰っている間だけ)。つまりそこが彼女の帰る場所。
彼女の「センセ」は、地元の小中一貫校で教鞭をとっている。
●OYA、FYA
OYA(One year ago);第三次世界大戦の1年前から開戦まで
この時点で誰がこういう世界が来ると予想できただろうか。
飽食の我々が理解していない飢餓。世界中に蔓延する脅威のウイルス。知らないうちに始まり、知らないうちに終わっている内紛。早すぎるグローバル化についていけない経済格差。個人の優越性を唄いながら行われる人種性別差別。ニュースは確かに毎日のように伝えている。
だがそれは他人事で虚構なのか? 対岸の火事なのか?
あるいはそういうことを真剣に捉えることは杞憂だといえるのか?
日常は淡々と進む。
我々は知らない、世界がある日突然に終わることなど。
昨日と同じ今日が来ることは無い。
FYL(Five years later);第三次世界大戦より5年後
世界は本当に終わるのだろうか。人類は本当に終わるのだろうか。
「始まりがあれば終わりがある」
それは確かだ。物語に終わりがあるように。
だが人類史は幾度となく「終わり」を越えて来た。個人の「終わり」はともかくとしても。
終末思想は古今東西、挙げればきりがない。初期のころは洪水などの天変地異、今現在は人災も含むだろうか。
では僕らはどう生きればいいのだろう? 未来は無いのか? 「終わり」へ進む僕らに意味はないのか?
「明日のことなど考えても仕方がない」
これは半分正解で、半分間違いだと思う。
僕は思う。
過去を肯定する。良いことも悪いことも、それは現在の僕を構成する因子だから。
未来に期待する。今日と同じ明日は来ない、でも僕の現在の続きだから。
過去を見ない。現在が大事だから。
未来を見ない。現在を後悔したら、この先も後悔するから。
北海道はそんなことを考えてしまう、自然の厳しさと優しさを合わせ持った土地だと思う。
その世界でたくましく、したたかに、刹那の時を大切に生きてる人々の国だと思う。




