第八小節
放課後はパートリーダの会議があり、個人練習だったので、奈緒子は柚を誘って空き教室に来ていた。
「一人で吹くのは恥ずかしいなぁ・・・奈緒ちゃんも一緒に吹かない?」
「一緒に吹いたら、柚の音、ちゃんと聴けないよ」
柚はゆっくりと壁の方を向いて、奈緒子が目に入らない状態でピッコロを構えた。
「後ろ向いたまま吹くの?」
「人前で吹くのが久々で緊張しちゃうから・・・」
奈緒子が笑っていたが、構わず吹き始めた。星条旗よ永遠なれのピッコロソロ。
♪
30秒程度のソロパートを吹き終わり、振り返ると奈緒子がぽかんとしている。及第点には及ばなかったようで、柚は肩を落とした。
廊下から慌ただしい足音がして、久住が教室に入ってきて、柚の手元を見た。
「今のピッコロ、柚ちゃん?」
「そうです」
柚よりも奈緒子が先に答えた。
「もう一回吹いてみて」
久住から言われたが、柚は首を横に強く振る。
「恥ずかしいなら、私が一緒に吹くよ。ラデツキー行進曲なら出来るでしょ?」
「でも・・・」
小さな声で発するのがやっとだった。柚の両手を奈緒子が掴む。
「上手だと思う。音もとっても柔らかくて、ピッコロでこういう音を出すって凄いと思う!」
「楽器がいいから・・・」
奈緒子は褒めてくれたが、久住に聴かせるのは躊躇う。自分の方が上手いと主張しているように思われたら、そんな不安が柚にはあった。しかし、奈緒子の方を見ると、すでに準備を始めている。
「ラデツキー、聞きたいな」
久住に催促され、重奏する。
♬
最初は緊張していたが、奈緒子と目を合わせながら吹くのは楽しく、柚の緊張も解けてきた。コミュニケーションをとりながら、早めたり、ゆっくり吹いたり、途中何度か間違えたりもしたが、最後まで吹き切った。
「楽しいね」
二人の声がシンクロし、柚と奈緒子は顔を見合わせて笑った。
気が付くと、フルートパート全員が集合し、拍手している。
「アンダーザーシー、全員で吹こうか」
久住の提案でパート演習の教室へ移動し、いくつか曲を吹いた。みんなで丁寧に合わせて曲を作るのも楽しいが、間違いも気にせず、楽しく音を合わせるのはとても幸せな気分になる。一人では絶対に味わえない。
「練習しておいて」
久住から譜面を渡される。コンクールの自由曲のピッコロの譜面だ。