第五小節
「柚ちゃん先輩、一緒に帰りましょ!」
「ありがとう。おねがいしまーす」
奈緒子が赤点を取り、部活が休みの為、気を使ったのだろう。フルートパートの1年生3人と一緒に帰ることにした。何人かの1年生も合流してきて、気が付いたらかなりの人数になり、彼女たちは恋愛話で盛り上がっていた。入って数ヶ月なのに、サックスパートの1年生同士で付き合っていたり、先輩に告白したりと、2年生とは異なり、今年の1年生はお盛んだ。
「柚ちゃん先輩!久住先輩って彼女いるんですかね?」
ぼーっとしていた柚はハッとして、質問を発した香菜を見た。
「かっこいいし、すごく優しいし、いいですよねぇ~」
「・・・久住先輩はフルートパートみんなの久住先輩だからダメだよ」
「もしかして、柚ちゃん先輩、付き合ってるんですか?」
「いやいや、私、彼氏いないよぉ」
「もしかして、久住先輩狙いですか?」
「いやいやいや・・・」
「トランペットの佐田先輩狙いですか?良くしゃべってますよね?」
「同じくクラスでよく話すけど、そういう感じでは・・・」
「佐田先輩って彼女いるんですか?」
「聞いたことないな・・・」
「永井先輩は彼女いますか? クラリネットがめちゃくちゃうまくて、勉強も学年トップで、天才って感じですよね!」
矢継ぎ早に質問が飛んでくる。肉食女子たちは眼を輝かせ、捕食せんばかりだ。
「やっぱり久住先輩が一番のイケメンですよね。狙っちゃおうかな~」
香菜が獲物を狙うような鋭い目つきで言うので、柚は慌てて否定する。
「だめ!久住先輩はフルートパートみんなの久住先輩だから!!!」
「柚ちゃん先輩、久住先輩の時だけ反応が違くないですか?」
みんながキャーキャー騒ぎ出す。
「私、久住先輩と柚ちゃん先輩が二人で電車を乗っているのを見たことあります!」
「・・・最寄り駅が同じだから」
柚の声はかき消されて誰の耳にも届かない。
「秘密のお付き合いですか?」
「いつから付き合ってるんですか?」
興味津々に勝手なことを言ってくる。もう柚の手には負えない状況で、黙って時が過ぎ去るのを待つしかない。困ってはいたが、この肉食女子たちから先輩が狙われなくて済むのなら良かったと安心していたのも確かだった。
去年の今頃、柚は見てしまったのだ。柚の最寄り駅のホームで久住先輩と華子のキスシーンを・・・。
人様のそのようなシーンを見ることも初めてで、ましてや二人とも知り合いでとても驚いたが、何よりも映画のワンシーンのように艶やかで、そこだけ時が止まっているよう感じ、目が離せなかった。
二人は付き合っている素振りを見せないし、他の人からもそういう話を聞いたことがない。静かに交際している二人をそっとしておいてあげたいと柚は思っていたのだ。
寝る前にベッドの中で思い出していたら、なかなか寝付けなくなった。
(よく考えれば付き合うってすごいことだよね・・・片方だけでなく、お互いが好きにならないとそういうことにはならないわけで・・・そもそも好きになること自体凄いことなんじゃないかな・・・久住先輩のことは好きだけれど、華ちゃん先輩のことを好きって思う気持ちと同じで、こういう好き以外に違う好きが存在するのかな・・・そういう相手に会ったすぐにわかるんだろうか・・・そもそも付き合うってどういうことなんだろうか・・・)
堂々巡りを繰り返し、なかなか眠れなかった。