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第三小節

中間試験、最終日の朝、電車のドア横の仕切りに寄りかかりながら世界史のプリントを見ていると、柚はいつのまにか立ったまま寝ていた。電車が揺れ、一瞬、膝がカクンと曲がり、柚の手からプリントが落ちたが、目は開かない。


トントンと肩をたたかれ、柚が眠そうに目を開けると、野球部の彼が立っている。

「これ、落としたよ」

「・・・ありがとう」

さっきまで持っていたはずのプリントを彼から受け取る。

「吹奏楽部の人だよね?」

ゆっくりと柚は頷きながら、その次の言葉が怖くて下を向く。

「・・・ごめん」

消え入りそうな彼の言葉の意味が分からず、驚いて彼の顔を見上げる。

「去年の夏・・・本当に申し訳なかった」

今度ははっきりとした口調で、柚をまっすぐ見ながら言葉を発した。

去年の事件を思い出し、柚は表情が強張る。


◇◇◇

去年の夏の甲子園地方大会、柚の高校は初めて準々決勝まで勝ち上がってきた。初の快挙に野球部も学校も大いに盛り上がっていた。

これまで吹奏楽部も応援にかけつけていたが、コンクールが数日後に迫り、両部活の顧問の先生が話し合い、55人のコンクールメンバ抜きでの野球応援となった。野球部にとって甲子園は大きな目標であるように、吹奏楽部にとって全日本吹奏楽コンクールは大きな大きな目標だ。柚の高校も東関東大会を目指し、頑張って練習してきた。コンクールに出ない下り番はほぼ1年生で、楽器経験が浅い子もいた。OBOGに声をかけ、何とか20人程の即席楽団が出来上がった。前回までの大所帯とは異なり、20人程度の演奏では音量が明らかに違った。

吹奏楽部の前にはベンチ入りできなかった野球部員が列をなしていた。初の準々決勝ということで、野球部のスタンド応援に熱が入っていた。しかし、甲子園常連校が相手であっけなくコールド負けとなった。

片づけを始めようとした時、柚の目の前にいた控えの野球部員が大きな声で叫んだ。


「ふざけんな!こんな手抜いた応援なんかしやがって!吹奏楽部は野球部のこと、バカにしてるんだろ!」


吹奏楽部の最前列にいた柚は彼と目が合あい、まるで自分だけに向けられているような気がした。あまりの声の大きさと怒りの表情、そして、その気迫に驚き、柚の目から涙がこぼれた。

野球のルールが全くわからない柚だったが、一生懸命演奏しているつもりだった。他の部員たちも手を抜いたつもりはないし、吹奏楽部のOBOGも忙しい中、何人もかけつけてくれていた。真夏の炎天下での演奏は体力的にもとても厳しく、楽器も傷みやすい。感謝されても罵倒されるなどとは想像もしておらず、衝撃も大きかった。

「野球部が甲子園を目指しているように、吹奏楽部も全国大会の予選がもうすぐなんだ・・・難しいとは思うが、理解して欲しい」

OBで元部長の林先輩がゆっくりと大きな声で、穏やかに伝えた。

◇◇◇


誰かが悪いわけではない。みんな真剣に部活を頑張っていた中で、ちょっとだけ周りが見えなくなり起きてしまった不幸な事件。

「自分たちのことしか考えてなかった すまなかった」

重ねて謝罪の言葉を口にし、頭を下がる。

「みんな一生懸命なだけなんだよね・・・わざわざ誤ってくれてありがとう 部のみんなにも伝えておくね」

表情がパーと明るくなる。

「吹奏楽部もいい成績残せるといいな・・・何にもできないけど、応援してる」

「ありがとう」

柚は暖かい気持ちになり、素直にお礼を言った。

「俺、2年9組の森悠太」

「2年5組の谷田部柚です」

「5組・・・中山がいるだろう、体格のいい」

森が両手を広げ、中山の体格を表現する。

「ぁ、早弁の・・・」

授業の合間の10分しかない休み時間に大きなお弁当を広げ、急いで食べている中山の姿を思い浮かべる。クラスの男子達がふざけて『早弁の中山』とよく呼んでいる。

「そうそう、中学の時からあいついっつも早弁して怒られてるんだよ あいつと中学から一緒なんだ あんな体格だけど、びっくりするくらい足が速いんだぜ 強肩だし、バッティングもいいし、今年はベンチ入りできるんじゃないかな」

森は目を細めて嬉しそうに話す。

ちょうど乗換駅に着き、電車のドアが開く。

「じゃ、また!」

森がさわやかに駆け出した。

(またって、野球応援の時のことかな・・・)

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