第二小節
「間に合った!」
乗り換え駅のホームで麗子が走ってくる。
「36分の電車に乗れそう」
奈緒子は腕時計をチラッと確認し、柚の腕を掴んで歩き出す。
今日も半分意識のないまま柚は朝練に向かう。
「あの人、こっち見てない? この前も見てたきがするんだけど・・・」
電車の中で麗子が小声で呟き、奈緒子が怪訝そうな顔をする。
「野球部だよね?」
野球部のカバンを持った集団が隣にドアのところにいる。去年の事件が吹奏楽部と野球部の間にちょっとしたしこりを残していた。
野球部と聞いて、柚の眼がパッと開いた。
そっと振り返ると背の高い坊主頭の男子と目が合ってしまった。柚の顔から表情が消える。
「・・・ず、ゆず、ゆーず」
驚いた顔で柚は奈緒子の方を見る。
「中間試験、来週だけど勉強してる?」
うんうんと軽く頷く。
翌日もあの野球部の集団と電車に乗り合わせた。柚が視線をそちらへ向けると、やっぱり彼と目があったようなに感じる。
何度かそういうことがあり、柚はちょっと心がざわざわしていた。
音楽室へ向かっている廊下で麗子が意を決したように話し始める。
「野球部の例の彼・・・柚のことを見ているような気がしない?」
「・・・そうかなぁ 目が合うような気もするけど・・・」
「絶対にそうだよ!私は目が合わないよ?」
「えっ・・・私だけ? 奈緒ちゃんは目が合うことない??」
奈緒子は渋い顔で首を傾げる。どうやら柚だけしょっちゅう目が合うようだ。柚は心のざわざわが止まらない。
「目が合うってことは相手のことをこっちも見てるってことだろう?こっちが見なかったら目が合うことなんかないだろう? むしろ相手の方がこっち見てきて何だよって思ってるんじゃねーの?」
後ろから歩いてきた佐田が大声で話しに割り込んでくる。
「佐田、うるさい!」
奈緒子がピシャリと言い返す。
「佐田君の言う通りかも・・・」
自分が気にし過ぎただけかもしれないと、柚はちょっと安堵する。