前編
この作品はフィクションです。
童貞のまま生涯を終えたら怒られた。
『惑星全体では人口増加が食い止められないのは承知しています。でも貴方の所属していた国と民族はむしろ深刻な減少状態にあったでしょう』
転生を司る神様っぽい女性はお冠だ。
『異世界での信仰とか多種多様な霊長種族に対する寛容性という点で、貴方の国の出身者は非常に得難い人材なんですよ』
他の国の人だとコンキスタドールしてしまうそうだ。
ついでに強制改宗。
メラニン色素の濃淡は許容できても耳の長さとか獣相の類は我慢ならないらしく、ついでに言えばモンスターとの相違点を最後まで理解できない人が一定数いるようだ。スペースオペラ映画や政治的な正しさで彩られたコミックでは個性豊かなミュータントが大暴れしていたと記憶しているのだけど、彼等はどうやらフィクションと現実の区別をわきまえた人生を送っていたらしい。
はて、海外にもそういったものへの理解者が相当数いたと記憶しているのだけど。
『そういうのは軒並み次の人生で日本人を選ぶ傾向にありまして』
コメントは控えたい。
若い頃に学生運動をやらかしていた疑惑のある叔父などは口を開けば日本は最低の国だ次の人生では本当に自由な国に生まれたい等と口癖のように言っていた。
そんな叔父も数年前に亡くなったが今頃は赤道近辺の理想国家で葉巻農家あたりに生まれ変わっているのかもしれない。
『彼ですか? 日本人の富裕層としての転生を希望していましたが現在のところはマンボウの卵、ケンミジンコ、乳酸菌、夜光虫、カエンタケ、ハツカダイコンを経てウニの精子を現在六十回ほど挑戦しています』
……
……
極悪属性のおしゃべりファイヤーバードだってもう少し有情だと思うのだけど。
『地獄を経由せずに転生を望むのであればその程度の苦役は当然かと。少なくとも人間だった頃の記憶と精神が磨耗しきるまでは哺乳動物としての復活すら彼には許されていないのです』
どれだけの罪悪を重ねたのだろうね、叔父は。
そう考えたら自分も似たようなものだと考え至った。童貞であることがどれほどの罪かは知らないけれど、出来れば苦しまずに終了できる生物だと有り難い。
『いいえ、貴方には異世界にて人生のやり直しをしていただきます』
罰ゲームですね。
異世界でも童貞を貫けと。
『では性転換して異世界で頑張りますか?』
勘弁してください。
というか、異世界ってそんなにあるんですか? 可能性が分岐したパラレルワールドの類であれば一括管理とか神様達なら余裕っぽく思えるのですが……と首を傾げたら、女神様が涙目でこちらの手を握った。ようやく理解者が現れたっ、と表情に出ている。
『──前の世紀末です。終末思想の暴走により既存の神々の新規解釈に基づくミュータント派生どころか、起源を持たないくせに宇宙の創始者と定義づけられた謎の超越者達が無数に誕生したんです』
あいたたたたたたた。
心が、心が痛い。
肉体など既に荼毘に付されているはずなのに胸が痛い。色々あったけど千年紀の大騒動を身をもって知っている立場としては女神様の仰るところには心当たりが多すぎる。
『貴方の世界では終末予言に便乗した宗教テロや詐欺師が横行した程度で済みましたが、分岐世界によっては実に様々な創造神が生み出されては世界の覇権を賭けて挑まれるという理不尽な展開に』
なるほど。
バックボーンを持たないけど創造神に認定された神様達が大量発生し、しかもそれらを統合することも困難な状況だと。
『シナイの火山神が泣いて土下座して拒むレベルでした。しかも複数回』
おっけー承知しました。
需要無視して供給過剰だと。そして少しでも彼らのノリについていける日本人の魂を次々と放り込んで場当たり的に対処しようとしている訳ですね。
神様の側としても若気の至りで痛々しくデザインされているけど、正気に返ったからこそ新しい世界でやり直したい。適度に事情を察しつつも妄信せず、適切な距離感で神様の恩恵を運用してくれそうな人材が必要だと。
『異世界転生がブームになって本当に助かりました』
そっすね。
異世界旅行は宇宙的恐怖小説においても定番中の定番。
名状しがたきぐにょろめきめきがSAN☆SAN☆と降り注ぎ、法と混沌が入り乱れてパ・パウ・パウ・パウと破壊と再生を繰り返す中、本国においては政治的な正しさとか普遍的人類愛の美名において百年前の価値観で描かれた文章であろうとも現在の基準で断罪し歴史の中から抹消せんとする次元渡航者と国営放送協会と国立著作権管理センターを迎撃すべく全力を尽くしましょう。
『らめぇえええええーっ!』
はて女神様、何か問題でも。
『違うでしょう! そこは自作TRPGのつもりで結局は有名どころのマイナーチェンジに過ぎない旧時代のシステムに基いて能力決定するように言い渡されて、システムの穴とか女神のうっかりを誘導することで他の転移者にはない強力な技能や能力を獲得すべく知恵を絞るのではありませんか!』
ゑー。
そんな面倒くさい真似をするメリットを感じませんがな。
大体ですね。ふんぐるい。己よりも遥かに全知全能に近しい存在を出し抜くことが出来たとして、むぐるうなふ、新しい世界に降り立った後で報復されない保障なんて自分には分かりません。くとぅぐぁ。仮に向こうでは手を出されなかったとして、ふぉまるはうと、生涯を終えてここに戻った後が怖すぎますよ? なるふたぐん。
『神域でしれっと唱えない! 此処は言わば意識と認識により形作られる想念の世界! 現世よりも壁一枚分あちらに近しい事を自覚しているのでしょう!』
怒られてしまったが後悔はない。
これで自分もミジンコ転生して二度と脊椎動物にすら辿り着けないファッキン輪廻ゴーゴーの日々がやってくるかと思うと感慨深いものである。
『むしろ今のやり取りで貴方の身元引き受け競争がオークション方式に格上げとなりました。どうしましょうね』
有休溜まってるなら一気に消化して、転職活動ですかね。
真顔でそう答えたら女神様は机の引き出しから履歴書を取り出して色々書き始めたので、押し掛けてきた競売担当の神様達と世間話しながら諸々現実逃避することにした。