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2-44 大平原と狼

 気持ちのいい大平原だ。足元は人には辛い荒涼とした荒野のデザートだが、俺の肉球付きのもふもふの足にはまったく苦にならない。


 大地を蹴り、風を切り裂き、空気の分子を嗅ぎ分けて、格好の良い形の狼耳は風切り音とは別の音に対して研ぎ澄まされた。俺は振り返って背中の乗客に向けて言った。風切り音が煩いので振り向かないと会話にならない。


「あまり魔物が出てこないんだな」


「ああ、さすがにこの階層だと、そうそうは出てこない。獲物を出し渋ってやがるんだろう。まるで本物の狩りをしているかのようだ。ただし、ここに来るのが相応しくないような奴がやってきたら」


「わんさかと現れてお陀仏ってわけだな。おそらくはご丁寧な事に置くまで入り込んで、帰り道や宿から遠く引き離された場所で」


「当たりだ」

 そう言って楽しそうに笑うアレン、気分はウルフライダーといったところか。


 悠然と俺を乗りこなし、俺が走りやすいように呼吸や体重移動も、あっさりと合わせてくるところが小憎い。そんな事はできて当り前といった風情のアレンだが、突如声をかけてきた。


「旦那、お客さんだぜ」

「ああ、三つかな」


『隠蔽持ち魔物があと二つ。小型です、おそらく横手から潜り込んできますので気をつけて』


「アレン、かくれんぼの好きなおチビさんが二人ほど。横から来るそうだからロイと組んで片付けろ、お前に任せる。俺はそっちのでかぶつ達をやろう」


 ロイがさっと俺の背中に跨ってアームレストの輪っかを握っているアレンの頭に飛び移った。そして、そのタイミングで蹴って俺の背を離れる。


 慣性の勢いに乗ったまま飛んだアレンは空中戦で横から俺に奇襲をかけようとした敵と接敵した。俺は瞬発して加速したので、奴らを置き去りにした。


 襲撃が空振りに終わったそいつらは慌てたが、上を取ったアレンの一撃で刈り取られた。小型の飛行魔物で、隠密命の攻めを繰り出してくる厭らしい連中だった。


 鳥と蝙蝠の間みたいな連中で羽根の先にラプトルのような鋭い爪があった。ソードバットとでも名付けたいような、飛びながらすれ違いざまに鉤爪で攻撃してくるパターンの奴らだ。


 全長は五十センチほどだが、そこから鋭い刃物上の細長い丈夫な爪が大きく飛び出ていた。


 間抜けな人間だと首を狩られてしまうが、少なくとも俺の眷属に間抜けはいなかった。


 真っ二つになって鼻歌交じりに回収されている。俺はといえば、草薙など出さずに前足で三つ叩いてお終いにしてやった。


「お出迎えがきたな」

「ああ、大体ここはそういう感じなのさ。気まぐれにジャブをくれてくる」


 俺は河馬のような図体をした怪物三体を見下ろしながら、足先で突いた。前足の打撃で首を砕いたのだ。とっとと回収するが、こいつらは当然のようにテンプテーション魔石の持ち主ではない。


『ロイ、目的地まではまだか』

『あと一キロといったところでしょうか』


「よし、アレン。あと一キロだとよ」

「よっしゃあ」


 再びアレンを背に大平原を駆けたが、少し草が多く生えている、荒れ地と草地の中間のような場所へとやってきた。


「ここに、そんな魔物が?」

「見当たらねえな」


『そこにいらっしゃいますよ』

「え、どこどこ」


 それに「いらっしゃる」だと。一体どなたが。そして間抜けにきょろきょろしている俺達に声がかかった。


「あら、神の子? 珍しいお客さんね」

 その辺に生えていた何かの巨大な植物というか、トウモロコシのような物が話しかけてきたのだ。


「おや、旦那。もしかすると、こいつは」

「何か知っているのか、アレン」


「もしそうだとするとハンティングの対象外だ。残念だが諦めな、旦那」

「なんでだ? というか、お前は誰だ」


 俺はその葉を剝く前のトウモロコシみたいな奴に声をかける。このような上層にいるのなら、それなりのレベルの奴のはずだが。植物系の魔物なのか。

「こんにちは、狼さん」

 そう言ってペロンっとバナナのように剥がれた皮の中から現れたのは、美しい女性だった。ただし、髪や肌が緑色をして腰から下は植物と同化しているが。


「やっぱりか。旦那、そこにいるのはドライアド。一種の精霊みたいなものだ。ダンジョンのあちこちにいて、環境を整えてくれている益魔物の一つというか、精霊に近いものだから手出しは厳禁だ。


 中には馬鹿な密猟者もいるが、ダンジョンと共生関係にあるので、こいつに手を出すとダンジョンを怒らせてしまうから魔物が溢れてきて、あっという間に狩られる。


 こいつが一体領地にあると土地が栄えるので、欲しがる貴族も後を絶たないのだが、これの回収依頼は冒険者ギルドでは受け付けていない。危険すぎる仕事だからな。


 非合法に依頼される場合もあるが、冒険者でそういう依頼を受ける奴はまずいないし、受けてもまず成功せずにあの世行きになるだけだ。


 俺達にも依頼が来る事はあるのだが、さすがに受けた事はない。バチが当たるどころの騒ぎじゃない。俺達マルーク兄弟なら任務を成功させられるが、その代わり二度とこのダンジョンには潜れなくなるだろう」


 そいつはまた妙ちくりんなシステムだな。でも一応聞いてみた。

「あんた、テンプテーションの魔石を持っているの?」


「ええ、持っているわよ」

 と人好きのするような見事な笑顔で応えてくれる。おっぱいも見事だったが。色合い的に興奮できない奴もいるかもしれないな。だが奴は言った。


「素晴らしい魔力をお持ちね、狼さん。よかったら、あたしの根元に埋まってみない?」


 おっぱいをプルルンっと揺らせて、そんな風に誘惑してくるドライアド。しっかり魔物じゃねえかよ。


 女は魔物とはよく言うものの、地で言っているね。女に耐性のない奴だと、ふらふらと近づいてしまって抱きすくめられ、トロンっとした顔で養分や魔力をすべて吸い取られるまでそのままなんじゃないのか。


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