2-39 子作り対策
そいつは、なんというか本当に鳥にあるまじき高貴なオーラを纏い、凛としたという表現がぴったりだった。
人で言えば、背筋を伸ばし矍鑠として、いかにもパリっとした感じだ。昔の武士などがそうであったろうし、雄っぽいから違うだろうが芸者さんのようなきりっとした佇まいだ。
昔は写真を撮るのに時間がかかったので、町人はゆらゆらしてしまってちゃんと写らないから、当初は武士や芸者さんの写真しか残っていないと言われたが、この鳥も彼らと並んできりっと写真に写る事ができるだろう。
とりあえず、どんな腕白小僧でもしっかり撮影できるデジカメで撮影してみた。
「いや、それにしても、はっきり言ってどこにも原形を留めていないじゃないか」
「いえいえ、よくご覧ください。足の爪などはそう変わっておりませぬ。いえ、もっと凶悪にはなっていますが」
「それは、ちょっとまずくないか」
まあ原形がラプトルじゃなくてよかったことだ。
あいつらのハンター的な鍵爪はヤバ過ぎてとてもじゃないが洒落にならない。人間が飼えるような代物じゃあなくなってしまう。
こいつだって、あのティラノっぽい奴がそのままこのサイズになっていたのなら大変なのであるが。
「いえいえ、彼らは大人しいものですよ。高貴なる者は、そうそう暴れたりはしないものと心に決めておるようですしね。あのジル王妃の一派もこの子達を見習ってくれていたらよかったものを。おっと、これは口が滑りましたわね」
あっはっは。そいつは言えているねえ。しかし、そいつは魔物とはいえ、生物としてはどんなものだろう。食われる時も、大名魚と言われる鯉のように大人しいのだと? まあその図体で暴れられても困るのだろうが。
「もっと数を増やす方法はないの?」
「さあ。今まで幾多もの方法が試されたのですが、何しろ自分達は高貴であらねばという強迫観念にとらわれておるらしくて、なかなか交尾をしてくれないのですよ。発情期の猫くらい頑張ってくれたらいいのですがね」
「卵は?」
「この魔物は交尾してから卵を産みますので」
なんという難儀な奴らだ。また妙な具合に躾けちまいやがって。どうにかして、こいつらを交尾しまくりのエロエロ星人に変えてやらないといけないという事か。
何かのフェロモンのような物で反応してくれないものだろうか。鳩なんか餌が豊富で安全な場所に巣を確保すると、年間八回くらい子作りをして増えまくるというのに。
川沿いにあるマンションで人があまりベランダに出てこない家なんか最適だよな。エアコンの室外機の上なんか最高だわ。
人間じゃないんだからエロ本で興奮したりはしないだろうしな。うーむ。なんとかして、こいつらを増やしたい。ちょっとベノムに相談してみようかな。
「あ、じゃあちょっと王都まで帰りますね。何か対策を立てられればいいんだけど。またすぐ来ますので。アリーナさんは馬車で帰ってきてください。ゆっくりしていていいですよ、王宮の人には言っておきますので」
「あら、そうですか。じゃあ、いろいろ報告がてらに」
俺は屋敷を出ると、またファイヤーボールを食らわせてくる馬鹿と出くわさないように神速を持って湖に沿った街道を駆け抜けた。
街道と言うよりは周遊道路といった趣なのだが、王都とユグドラシル・ダンジョンを結ぶ道で交通量のある道なので広く、またよく整備されていた。
金を生む道路が金をかけて整備して人を呼ぶのは、どこの世界でも同じだ。幾多の馬車の合間を縫って走り抜けると、王宮へと『空中回廊』を通って駆け上がった。
いや別にただ空気を蹴って、空中を駆け抜けているだけなのだが、礼儀として門兵のいるところを通っているだけの事だ。
そしてベノムのじっちゃんのところへ行った。借りている工房でまた何やらこさえているらしいのだが、後ろから声をかけた。
「ただいまー、ちょっと相談があるんだけど」
「なんだい、坊」
俺の気配など先刻お見通しなので、振り向かずに答えるドヴェルクの棟梁。俺はひょいっと頭を潜らせて、机の上にひろげられた図面を見た。
「何を作ってるの?」
「ん? お前の草薙に何か追加オプションでも付けられんかと思ってな。それよか、何か用があったんじゃないのか」
「あ、そうそう。鳥を発情させられるような魔導具って何かないの」
彼は珍妙な顔で振り向き、その青黒いような顔色の表情を怪訝な表情に象った。
「そんな物を使って何をしようというんじゃ。鳥なんぞ、好き勝手に交尾しておろうが」
「いや、それが結構禁欲主義者の鳥さんがいてね。そいつらを発情させて増やさない事には、そいつらの肉が食えないという。なんかこうスペシャルな奴らしいんだ。唐揚げにしても美味いのに違いない」
「そうか、それは考えないといかんのう」
だが、装備・魔道具作りの天才である彼をもってして、はたしてそのような物ができるものなのだろうか。
いきなりそのような頼み事をしておいた身で何なのだが、俺としてもそれが可能なものなのかどうか、非常に眉唾物であるのだ。
「そうさなあ」
さすがのベノムも、少し考えるものがあったようだ。顎に手を当てて、もう一方の掌で肘をぺちぺちと叩いている。
「坊、何か考えるから少し時間をくれ」
何か当てでもあるのかねえ。まあここは専門家に任せておいて、ルナ姫のところにでもいくか。




