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1-9 おやつの時間

 守備の人数は多いのに、やたらと人数が多いせいか、ちっともゲームが進まない。


 飽きた奴らはキャッチボールしてたり、場外で座ってお喋りしてたり、何故か審判の俺の後ろで尻尾を狙っている奴とか。


 ストライクゾーンの判定はしなくてもいいので、二本足で立ったままなのだ。俺は狼なのか、巨人族の一員なのか、人間なのか。


 よく立ち位置のわからないゾーンにいる生き物なのだが、とりあえずは二本足で立ち上がった狼で、ただいま子供野球の審判中だ。おい、そう尻尾を引っ張るなって。


 そして、たくさんの子供達を遊ばせたので、当然お次はおやつの時間だ。まるで子供会の行事なのだが、普通はお母さんがやるものであってフェンリル狼のやる仕事ではない。


 まあできてしまってはいるのだが。この村のおやつの現状は把握してある。


 まずは『花の蜜』 子供の頃は俺も試したな。面白い遊びだというだけで、さして収穫はなかったのだが。他には木の実・草の実だが、これも迂闊に食ったらヤバイ物が大量にあるそうだ。


 そして、やっぱりというべきか、蜂の子とか。


 子供がありつくなら農村ではこれしかないぜというような甘い蛋白源、そしてうまくすると天上の味である蜂蜜にもありつける可能性があるが、相手によっては大変リスキーな狩りになる可能性があるので、村では子供だけではやってはいけない遊びになっている。


 特にぷりぷりとした身の詰まった大きな幼虫を持った大物の種類を狙うと、そのリスクは何倍にも跳ね上がる。


 まあ、どこの世界にもルールからはみだす奴はいるわけなのだが、こいつは失敗した時は洒落にならない。村にまで被害が拡大する事になりかねない。


 これから労働力として使い物になる直前の子供を失うリスクも含めて。もし俺が村長をやっていたのだったら頭が痛くなりそうだ。あの魔物蜘蛛よりはマシなのかね。


 あとはイモムシだが、こいつに関しては毒のある奴とか、大変美味しくない奴もあるので、年長の上級者と組んで教えを乞うべきものらしい。


 俺の体は非常に不死身性が高いものだが、靴も履かずに『いかにも毒持ちですよ』みたいなヤバそうな毛虫と肉球で触れ合いたくはない。


 考えただけで悶えて、歩様が『おっかなびっくり』になってしまいそうだ。いやあ我ながら笑えるぜ、大蜘蛛の群れさえあっさりと倒す神の子フェンリルが、ちっぽけな毛虫を踏むのを恐れて、片方の『あんよ』を上げて一歩一歩にビクビクしている様はよ。


 本当にヤバそうなの見つけたんだよな。しかも、あの子供達が思いっきり『遠巻き』にしていたし。あれは絶対に普通の人間が触ったら洒落にならないぞ。


 日本の海辺に落ちている、いかにも「私は無害ですよ」みたいな顔をしている妙な青いビニール袋を装ったような猛毒クラゲや、超強烈な致死性神経毒の針を持った小さな何気ない貝みたいなものかもしれない。異世界、超ヤベエ。


 あとは蔓系の植物などは、素晴らしい実をつけてくれるものなのだが、年少者である子供達には厳しいターゲットだったりする。かなり上に生るんだよね、こういう実は。


 というわけで、毎度おなじみのアポックスの出番だった。

「何にしようかねえ」


「ハチミツ」

 一切の反論を許さないような覚悟で言い切ったのは、おさげの活発な女の子であるベリーヌだ。


 何しろ、俺とキスしそうな至近距離というか、それを通り越して鼻の上に乗り上げて跨り、思いっきり見つめ合う格好での交渉だ。なんという真剣な瞳である事か。


 女の子だけど、完全にズボン派だ。こいつはハチミツに憧れるあまり、齢四歳の時にミツバチの巣に突っ込んでいき、お岩さんのようにフルボッコにされた事もある強者だそうだ。


 乳児期を脱した時に頂いた初ハチミツの天上の味に、それ以来、身も心も奪われているらしい。


 こいつら村の幼児の辞書には、乳児の蜂蜜経由のボツリヌス中毒とか、アナフィラキシー・ショックとかの単語は無いものらしい。


 まあ、日本の幼児だって怖い物知らずなんだけどな。それにボツリヌス菌だって、道路工事の土埃からベビーカーの乳児が感染してしまう事さえ本当にあるのだから。あれはなかなか原因がわからなくて本当に恐ろしいのだ。


「しょうがないな。じゃあ、ハニー三昧でいく?」


 そして俺が取り出したものは、まずは日本産の蜂蜜の瓶。そして高級なハニーカステラ。ハニービスケットに焼きたてのホットケーキだ。バターとハチミツで素晴らしい香りを放っている。


 まだ午前のおやつなのだ。ちょっと、がっつり方面に振り過ぎたかと思ったが、思いっきり体を動かして遊んだ子供達には好評だった。


 もちろん、お手手は十分に綺麗にさせたが。あれこれと用意はある。お手拭きに除菌アルコールとか。


 除菌ティッシュなども召喚して用意済みだ。他所の子を預かって、何かあったなんていったら最悪だからな。


 それからみんなで近所のお花畑へ行って、お昼寝した。実にのどかな時間だった。せっせと働いている蜜蜂に、優雅な飛び方の蝶、おそらくは地球にはいない種類なんだろうな。


 ものすごく美しい羽をしていて、思わず見とれてしまった。地球なら標本が高く売れそうだ。この世界ではどうだろう。


 俺の鼻先を飛び去って行くテントウムシなんかもいた。俺が見た事もない模様をしていて、それでも非常に美しいものだった。


 こいつの図体がでかかったら洒落にならないのだが。こいつらテントウムシは肉食なのだから。


 ここが宇宙の彼方とかだったら、巨大テントウムシと互いの肉を求めあっての最悪の殺し合いを演じたかもしれないのだが、生憎な事にここは北欧神話風の世界で、俺は強者たる神の子フェンリルなのだ。


 しかし思うのだが、俺はこの世界に来てやった事といえば、基本子守りと黒小人の強制労働と、異世界日本からの『万引き』しかねえ気がするのだが。ああ、昼寝もリストには入れておこうかね。


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