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2-33 追憶

 宿の中にある彼女達の部屋で、俺はゴロンっと横になって寛いでいた。さっそく、おやつに肉を焼いていただく事にしたらしい彼女達。部屋に運んでもらえるので、そうしているのだ。


「じゃあ、スサノオ。さっきの話なんだけどね」

 高級魔物ブラシ(地球取り寄せ品の大型犬ブラシ)で毛皮を手入れしながらアマンダは語ってくれた。


 こいつの手つきは非常に気持ちがよい。うちの副団長やお姫様とは、えらい違いなのだ。俺は、まったりしながら彼女の話を待った。


 ミルの奴は補充されたお気に入りのポテトチップスに手を伸ばしたが、シンディにペチリと手を叩かれている。もうすぐ焼きあがる肉を食えという事なのだろう。彼女も渋々とその意見に従ったようだ。


「このチームは昔、もっと上の階層で仕事をしていたのよ。あの頃、私とシンディはまだこのチームにいなかったの。三年くらい前の、私がまだ駆け出しの頃だったわ。私とシンディも今このチームにいるのは、ちょっとした訳があってね。後はミルが話してくれるわ」


 話を振られてミルの奴も少し遠い目をしていたが、やがて話し始めた。


「あの頃は、うちのチームも勢いがあったわ。今とはメンバーが違うけど、十階層以上で仕事をしていたの。いい稼ぎだったわね。私たちはまだ若い事もあって有頂天だった。あの時はあたしとベルミよりも年上のメンバーがいたわ。一人は盾役のタンク、もう一人は重装剣士だった」


 盾役か。タンクという事は大盾使いだな。今はそれを置いていないわけか。ミルは少し目を瞑って沈黙した。あまり語りたくない内容なのだろう。そして一呼吸置いてからベルミが話を引き継いだ。


「それでな、当時は私達も若かった。リーダー達も勢いに乗っていて、ギルドではそれなりに名の知れたチームで、金も幾らでも入って来たんだ。だが若かった。そして、ボタンを何か、どこかで掛け違ってしまったんだ」


 そして彼女は苦い顔つきで話を続けた。苦悩と共に過去の思い出を絞り出しているようだった。


「ギルドからは、まだ十五階には行くなと言われていた。メンバーも少ないしと。


 だが、私たちは調子に乗って行ってしまった。強力な魔法使いであったミルもいたの強気でな。だが、それは間違いだった」


「十五階? 何かあるのか」

「ああ、そこは空間の制約の無い、『本来のダンジョン』の姿なのさ」


 つまり、あれか。そこまでは直径一キロほどの空間だが、そこからはこの塔の中にあって、各段に広い空間になるという事か。空間魔法とでもいうような何かで、空間が広がっているのだろうか。


「そして惨劇は起こった。私達は今までの階層の調子で、ぐいぐいと進んでいた。だがそれは間違いだった。最初魔物達はまったく現れなかった。首を傾げながらも進んでしまった。そして魔物の襲撃を食らったのさ。およそ、百体以上のね」


 そしてミルも重い口を開く。

「罠だった。でもそれは情報を聞いておけば回避できたような稚拙な内容の。


 初顔の冒険者の前には魔物を出さずに、奥へ奥へと誘い込み、もう戻るのが困難なところに来てようやく魔物を出してくる。ここからは魔物も格段に強くなる。天井すら制約がないに等しいからでかいのも出ると聞くわ。


 でも駆け出しの冒険者にはそんな物は出さないの。数で勝負しにくるのよ。その冒険者が倒せるようなレベルの魔物をね。わかるでしょう、この意味が」


 そいつはまた、なんとも厭らしいものだ。倒せる相手なら戦うしかない。諦めてしまう事もできない。


 だが、絶対に逃がしてはくれない。いつまでも御代わりが出てくるのだ。しまいには体力も魔法も尽きる。ジ・エンドだ。


「リーダー達は心を決めたわ。全員で逃げる事は不可能。『重装の自分達と一緒では、お前達は逃げられない』と、彼女達は二人死地に残った。まだひよっこだった私達を逃がすために。お蔭で」


 そこで口ごもったミル。俺は尻尾でそっと彼女を慰めた。


「悪夢のような逃避行だった。逃げても逃げても追ってくる。そして前方に新たな魔物が無数に湧いてくる。


 しまいには小馬鹿にされて、ランクを落とした雑魚を大量に湧き上がらせた。その度にミルは魔法力を消耗していき、ついには尽きた。


 そして満を持したかのように奴が現れたの。そいつはギガント。全長三十メートルを超す悪魔が。魔法抜きでまともに戦える相手ではなかった。私の体力もとっくに尽きていたのさ。


 後は蹂躙されるだけ、全てが終わったかと思った。でもそこに、あの人がやってきてくれたのだ。あの王都のギルマスが」


 ピンキーが、そのようなカッコイイ事を? いや、そこにはきっと美味い魔物がいたのに違いない。ミルも夢見るかのように語った。


「彼女は当時、まだ現役冒険者だったわ。面倒見がいいので、冒険者の中では有名な人だった。まだ若いのに、数少ない最上級冒険者だったし。女性冒険者の憧れの的のような人だった。たぶん、私達の事が気になって覗きに来てくれたのよ。本当はもっと上の方で戦う人だったから」


 ベルミも頷いて憧憬の眼差しを遥かな記憶の中へと向けた。


「あの人は神話の中の英雄のように飛んだ。魔法を纏わせたベスマギルを煌かせて。吠えるギガントを頭頂から見事に一太刀で真っ二つにしてのけた。


 助かった、という気持ちよりも、何かこう非現実な夢を見ているような気もちでね。今でも記憶の中に一枚の英雄の絵として焼き付いているわ。


 そっちの二人も別々のチームで同じような目に遭って、ギルマスに助けられた口でね。彼女達のチームは、それぞれ他のメンバーは全滅だった。彼女達も最後まで仲間を助けようとして重傷を負っていた。


 普通なら全員冒険者稼業をリタイヤだったんだけれども、仕事が上手くいっていなかったあたし達を、ギルマスが組ませたんだ。お前らは似た者同士で組めと。命の大事さを学んだ仲間同士で頑張れと」


 全員見事に訳ありだったか。それで全員、戦士も含めて『いつでも皆で逃げ出せるように』軽装なのだな。そして下の階層に留まると。


「お陰様でまだ十分な食い扶持にありつけているのさ。うまくいかなかった冒険者稼業から足を洗った女性冒険者の中には、他の仕事がうまくいかなくて春をひさぐようになってしまった人も少なくない。


 体を欠損してやめていく人には、そのような道すらもない。私らも、他の事にはあまり能はないからな。碌な仕事は回ってきそうになかった」


 そして俺の毛並みを上手に梳きながら、柔らかい笑みを浮かべてアマンダが話を引き継ぐ。


「それでね、なんだか馬鹿馬鹿しくなってきちゃったのよ。この間のあんたの大乱闘を見て。安泰だと思っていた五階層ですら、あれよ。


 ここはダンジョン、すべてはダンジョンの意思によって決まるのだと。考えてみれば、このダンジョン自体が罠のような物。


 ダンジョンが人を食いたければ、大量に中に人間を入れてしまってから出入り口を塞いでやれば、もうお終い。でもそうしないのは、長きに渡って人間を食い続けるためにそうしているだけの事。


 もう、五階に拘っていても仕方がないのかなと思えてきちゃってさ。かといって、冒険者をやめて今のような収入が得られるかというと、それも無理なのだし。


 これからは石橋を叩くようにして、少しずつ階層を揚げていこうと思っているの。情報もしっかり集めてね。今の私達なら、あのギガントすら倒せるかもしれないけれど、そこまで無理はしないわ」


「あっはっは。さすがにお前ら相手にメガロのような魔物は出てこないだろうよ。たぶんコスト的に割に合わないはずだ。この前もダンジョン自体にさえ被害が及んでしまったからな。奴も少しやり過ぎたとか思っていそうだよな」


 そして全員が溜息をついて、俺を糾弾した。

「「「あんたがやり過ぎなのよ!」」」


 神の子対ダンジョンの対決。まだまだ続くシリーズなのかねえ。受けて立つぜ。十五階層か、すっごく楽しみだな。


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