2-30 アクエリア幻想記
雄大な湖を見渡す風景は一際幻想的なものだった。この塔自体こそが、まさに他から見てその風景の代表格ではあったのだが、この高い場所から見るのはまた格別なものであったのだ。
東京のスカイツリーからは都内を流れる大きな川が見渡せて、あれもよいものだが、湖はまた美しいのだ。
以前に日本でも有数の広さを誇る湖の畔にある、温泉ホテルの屋上展望風呂を独り占めしていた時間を経験した事があったが、まるで湖に包まれているかのような至福の時間を過ごしたものだ。
ここは、これだけの大きさで、また深さも充分にあるため、この湖は青い。アメリカのミシシッピーやミズーリなどの大河を遠くからなだむと、とても青く見える。
あまりに大きな川であるために、鮫が迷い込んでしまったりする事もあるらしいが、ブルーシャークなどはあまりにも擬態が過ぎて、青い川の上からでは、そいつがいるのがわからないなどという事もあると。
ここにもそのような生き物がいてもおかしくはないなと、ダンジョンの中から想うもまた妙ちくりんな話だ。
このダンジョン塔の中にこそ、そのような者はいてよい世界なのであるから。ここもまだ二階なのであるが、高さはスカイツリーの展望台とそう変わらないのだ。
先日拝ませていただいた、五階の登り口の途中にある休憩所も兼ねた展望スペースから眺める景色は、ちょっとした山から眺める景色のようで素晴らしい。
あれも塔の内周をぐるりと回る通路なので、全面外周を見回して風景を楽しむ事もできるのだ。この辺りは平原で、この塔だけが高い場所から眺められる場所なのだ。
今度、中の階層には出ないで、風景だけを見るためだけに日帰り登頂しようかな。それならば、ヤバ過ぎるような魔物の襲撃を受ける事もそうそうあるまい。
万が一にも襲われるといけないので、念のために一人で行くとしよう。上の方へ行けば、素晴らしい雲海を眺められそうだ。
俺は飛行機から見るあの景色が大好きなのだ。この世界には、天動説はないのじゃないかな。この塔の上に登れば、世界が丸いのは丸見えなのだから。
塔は途中で雲の中へ消えていくので、必ず雲海は見えるはずだ。不思議と、この塔はいつも雲がかかっており、その先を拝む事はできないのであるが。
まるで物語に登場する大空を漂うラピュタであるかのようではないか。こいつは地に根を生やしてはいる塔なのだが。いや、わくわくするね。
いつも王宮にある塔の展望テラスからしか風景を眺めた事がない、おチビさん達はもう景色に夢中だった。
それから十分に湖の景色を堪能した後に、今度は王宮が見られる位置へと移動した。これもまた絶品の景色で、お姫様方は夢中になった。
「うわあ、あれが私たちの王宮」
「綺麗~」
そう、ホワイトレイクパレスと称えられ、その外観は白を基調として建てられた白亜の城ならぬ白亜宮なのだ。
厳しい建築規制が敷かれ、このダンジョン・タワー、ユグドラシルの塔下街のように趣を大切にされている。
大理石などの岩石も惜しみなく作られているし、またレイクライトなどと呼ばれたコンクリートの仲間なのかよくわからない人工石も使われている。
加工などが容易で、長持ちするらしい。魔法による加工が原料レベルや整形工事段階で施されているそうで、長く風化に耐え、また汚損を防止する。
まるで『白に命をかけろ』と言わんばかりの徹底ぶりだ。洗剤のCMにでも出したら受けるのじゃないかね。
とにかく、ユグドラシルとセットで見事な観光資源となっており、またレイクリゾートとして各国にも知れ渡っているため、相乗効果で見事な集客を成し遂げ、観光収入も素晴らしいらしい。
またユグドラシルのような巨大ダンジョンもそうそうないそうで、そこから上がる利益はまた莫大で、それだけでちょっとした国など運営できてしまうほどだ。
それゆえ、諍いのネタにもなりやすく、軍事よりも外交に力を入れて事前にトラブルを回避する政策をとっているのだそうだ。
特に周辺の大国からは常に婚姻を求められ、互いに利益を融通しあい、円満な国家の運営を目指しているのだという。
だから、それが故に今回のルナ姫のような問題が起きる事もあるとは王妃様方からのお話だ。
「でもまあ、ここまで男子が生まれないケースも珍しいので、滅多にない騒動ではありましたね」
などとハンナ王妃は他人事のように笑っている。
今なら俺も笑って聞いていられるのだが、さすがに王都への道中では洒落にはなっていない事態だったのだ。
俺はどれほど攻められたって平気の平左な無敵フェンリル様だったけど、お連れの方々はそうではなかったもので。
「ふう。確かに美しい宮殿だ。俺なら、湖の上に作ったりしても面白いよな。俺の故郷にはそういう風に作った美しい宮殿もあったのさ。ここは湖がでかすぎるから、ちょっとばかり骨だけどね。
離宮として湖の上に張り出して作ってみても面白いのだが。いっそ、フェンリル宮として建設してみてもいいかもしれん。俺の加護をたっぷりと込めてな」
まあ、その主は頭の先から尾の先足の先までも真っ黒けのけなのですがね。企画だけは面白いが、頭も白けりゃ尾も白いとはいかないようだ。
「まあ、素敵ね。でも予算の原資はどこから出すのかしら。また景観のバランスなどの問題もあるわね。それは王家だけでは決められないわよ。王家自身が厳しい景観規制を敷いているのですから」
「ああ、そうだな。資金に関してはなんとかなるだろう。父から金を持たされているし、なるべく人界でお金が回るように使えと命じられている。
ここをもっと豊かにしておけば、もっとお金が回っていくのではないか。今日聞かせてもらった話だと、そんな感じだなあ」
「へえ、神ロキはそのようなお考えも持っていらっしゃるのねえ」
「生憎な事に、その神の息子の中で少しでも物を考えているのは俺くらいのものなんだけどねえ」
「狼が一番物を考えているというのも変なお話ねえ」
「ま、まあお金が足りないようなら、この前のメガロの素材を黒小人に何とかさせてもよいし、また俺が魔物を狩ってきてもよいのだしな」
そう言って俺は意味ありげにニヤリと笑った。それを見たハンナ王妃派コロコロとお笑いになり言った。
「そんな事をしたら、またどのような怪物が出てきちゃうものかしらね。おっほっほっほ」
彼女の脳裏には、また中二的な神の子の冒険が湧き上がっているのに違いない!