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2-5 いかにもな世界

「さあ、狼。さっさと宿に行くぞ。早く湯浴みして飯を食いたいんだから。買い物したいなら帰りでもいいだろうが」


「えーっ。まあいいや、腹も減ったしよ。俺は生肉じゃなくて人間の飯を食うからな」

「マジか」


「俺はな、元は人間だったんだよ。今は身も心も狼だけど、舌と胃袋の感覚だけは人間のままなのさ!」


「なんだ、そりゃあ」

 そうして、なしくずしに彼女達と一緒の宿へと突入していった。


 そこは、不思議な佇まいの場所だった。この王都周辺まで来るのに泊まった、どんな宿とも違う雰囲気を纏っており、なんというのかな。今まで、この世界のどこでも感じていなかったような北欧神話らしさがあった。


 ユグドラシルってどこに生えていたんだっけな。なんというのだろうね、ニフルヘイムとかいうところとかだと、こんなところじゃないのか、みたいな。


 そうだな、ここにも大昔の北欧の暮らしっぽい、一種の神話の世界ならではの所帯じみた雰囲気があった。建物も何かこう古めかしいし、空気からしてクラシカルな趣があるのを、俺の鼻は感じ取っていた。


 北欧を表す映画というのは比較的に少ないが、あんな感じの、なんというか夕闇に包まれたような感じというか。


 巨大な塔の根元で若干日射量が少なめであるのも心理的な影響があるのだろう。まあ特に危険の粒子を嗅ぎ取っているわけじゃあないのだが。


「へえ、らしくなってきたじゃないか。こいつは楽しいな」

「ん? 何を言っているんだ、お前」


「いや、別に。それよりここの街にある宿って風呂ってあるのかな。俺はお風呂が好きでね。というか、ここは俺も風呂に入れるのか」


「ああ、普通に部屋にあるぞ。大きいから、お前も入れるだろう。ここは冒険者が多く訪れる町だから、従魔を連れる事も多い。こうも数が多いと別で管理するのも面倒だからな。しかし、風呂に入りたがる狼というのもなんだな」


「え、本当に。そんなようには見えない町なんだがな」

 今まで泊まったクラスの高級宿があるような街には見えない。


 だがそんな俺の、妖気を踏みしめながら辺りを眺めまわしつつ進むような用心深さを絵にした足運びとは裏腹に、一応は表通りに面する宿屋外へと一行は足を緩めるでもなく向かっていった。


 背中が異様に曲がった反っ歯の男が掃除をしている、少しおどろおどろしい雰囲気の宿へと彼女達は進んでいった。


「へい、らっしゃい。これはこれは、ミル様。いらっしゃいませ」

 おや、このミルがリーダーなのか?


 どっちかというと、他の三人の方が保護者っぽい感じなのだが。ミルは見た目、中学生くらいの少女のようだ。


 この世界の事だから、見た目通りの歳かどうかわからないのだが。他の三人は一七歳から二十歳くらいに見える。


 招き入れられて中に入ると、そこにはこれまでと変わらない現代風のフロントがあった。


「あれ?」

「どうした、狼」


「いやだって、外とだいぶ雰囲気が違わないか?」

「ああ、こういうのは雰囲気作りだからって、統一のために外観に関する規制については国王様が決めたんだってさ」


「もう、あの王様ったら……」

 ヨーロッパの古い町並みみたいな規制だな。そのような外観とはうって変わった普通っぽい宿に俺は招き入れられた。


「この街は本当に羽振りがいいな」


「ああ、ダンジョンからの上りがあるからな。冒険者も金遣いが荒い奴も多いから潤っているよ。装備やアイテムの販売・補修などでも潤う。そして産出品を商人が買い取りに来る。何せ、この聳え立つ塔はインパクトがあり、そこにあるだけでその威容により人を招くのだから」


 なるほどな。この真っ黒な狼さんも、そいつに招かれてきましたのよ。まるで食虫植物のように引き寄せるな。そしてパックンですか。


 このダンジョンっていう奴は何だろうな。神とはどういう関係なのだ。まさか、神の子まで取って食おうって言うんじゃないだろうな。


 そう簡単には食われてやるつもりはないが。ファーストトライは登頂者の仲間がいてよかったのかもしれんな。


 のこのこと部屋へ上がっていったら、この娘達! 部屋に入るなり、いきなり装備をはずして服を脱ぎだしやがった。


「おいこら、若い娘がなんという慎みの無い」

「なんだよ、狼のくせに。身も心も狼なんだろう? それともお前、人間の女の裸に興味でもあるのか?」


「いや、特に無いけど」

「だったらいいじゃないか。暑い中、ここまで来たんだ。さっさと埃を落としたいだろう」

 そう言ってどんどん脱いでいってしまう女達。なんと風情のない。


「お前ら、浄化の魔法を持ってないの」

「持っているけどな。やっぱり湯浴みはしたいから、宿にも風呂がついているんだよ」


「あ、そう。俺は浄化の魔法持っていないからなー。じゃあ、お先に~。って、うおい」

 既に全裸になったミルの奴が、両手で俺の尻尾を引っ張っている。


「何すんだ。一番風呂は俺のものだ!」

「馬鹿野郎。ケツも拭かない狼が浄化もかけないで一番風呂だとお。舐めるなあ」


「じゃあ、浄化かけてくれよ」

「あたしが入ってからだー」


 そう言ってバスタオル一枚もつけない、ほぼぺったんこのあられもない格好のまま俺の尻尾を両手でつかんで、ズルズルと風呂場に向かって引っ張っていかれるミル。


「ミル、強情張らないの。埃塗れの狼に風呂に先に入られるなんて大惨事は、こっちが大迷惑だわ。ほれ。不浄の獣よ、汝が汚れを聖なる言霊に捧げたまえ。ついでに不浄のミルも」


「なんでよ!」

 不浄の獣って、神の子に向かってあんた。まあ汚れてますがね。大小、催しても人間様のように拭いたりしませんし。


 まあ人間ほど汚れたりしないけどね。フェンリルの俺は、そうそう腹を壊したりしないから。家猫なんか、切れが悪いと床で拭きまくるんだぜ、あいつらは。


「あーたーしーが先なのー」

 だが、ピカピカになった俺は、しつこく尻尾に食らいつく女子中学生一人分相当の斤量を悠々と引き摺ったまま湯船に飛び込んだ。


「うほう、いい湯じゃのう」

「ええい、この馬鹿狼。って、あんた。なんて気持ちよさそうな顔しているのよ!」


 俺は湯船の縁に両前足と顎を乗せて蕩けていた。ここのお風呂は高級宿などよりも広くて頑丈だ。さすがは冒険者の街だぜ。


「何って、お前。風呂は最高だろ。ダンジョンの中に風呂はないの?」

 風呂もないような未開の地の行軍は勘弁だなあ。いや、ダンジョンに入って言う事じゃあないと思うのだが。


「んー、各階層に宿屋街はあるわよ。何しろ広いからね、あの中は。なんていうのかな、階層一つにつき小さな街がある感じ?」


「そいつはまた。この塔って攻略するのが凄く大変じゃね?」


「大変どころか、今どこまで進んでいるのかもわかんないわよ。行って街を作って拠点を構えたまではいいけど、上の方は手強いから途中で全滅して逃げ帰ってきたなんてザラだしさ。途中の階層の街が全滅してる場合もあるんだし。


 大体、上の方まで行くのに凄く時間がかかるから、その間に情勢が変化してたりとかさ。当てにしていた宿が瓦礫の山になっているなんてザラね。そこまで行くとなかなか帰ってこられないから下界の情勢もよくわからなくなっちゃうわね」


 あれまあ。ちょっと遊びに行こうと思っただけなんだけどな。気の長い攻略になりそうだ。とりあえず、どこかの街でお土産を漁って、近場でピクニックに丁度いい場所があれば、そこいらで見切りをつけるとするかな。ルナ姫が首を長くして待っているだろうから。


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