1-51 終劇
「あ、スサノオ。こんなところにいたー」
「おお、ルナ。ここは日当たりがいいし、見晴らしがいいからなー」
俺はお気に入りの塔に上っては、そこの屋根付きの石畳オープンスペースに上って王都の街を眺めるのが好きだった。
今日も街は平和だぜ。ここから眺めていると人々の営みは途切れる事もなく、淀みなく喧噪と共に流れていく。元々、上の人間達の争いなど街の人間には興味ないのだから。
あれから第三王妃への嫌がらせはピタリと止まり、今まで第一王妃などに尻尾を振っていたゴミどもが、彼女のもとに殺到しようとしては唐揚げ騎士団の手によって排除しまくられている。
まあ、ああいう連中とも付き合っていく事で真の安寧が得られるのではあるが。
国王が「今は妃も落ち着かないから、しばらく自粛するように」とのお達しを出したにも関わらず、なんとか伝手を作ろうと押しかけてくるので、大変な騒ぎになっているのだが、第三王妃アルカンタラ王妃は笑っているようだった。
今までのように殺し屋が毎晩押しかけてきて、自分や子供達の命が狙われているわけではないので。
第一王妃はまだ寝込んでいるようだが、第一王女は強かに嫁入り先を探し始めたようだ。母親の母国にも探させて、なんとかいい嫁ぎ先をと東奔西走していた。女は逞しいな。
第三王女は、相変わらずマイペースだ。あれが姫たちの中では一番大物なのかもしれない。
第二王妃と第二王女は、これまた相変わらずのマイペースぶりだ。第二王女も、王女としては若干適齢期を越えてしまっているので嫁入り先を考えないといけないのだが、まだ上がつかえているため、のんびりしているようだ。
第四王女はもちろん、そのような話を考える歳ではないので、今現在ルナ王女と一緒に俺の尻尾に弄ばれているところだった。
アルス王子も時々ルナに抱かれてサリーと一緒にやってきて、俺の尻尾をしゃぶっている。もちろん、ルナが浄化をかけてからの狼藉なのだが。
アルス君、神の子の尻尾は美味しいかね。きっと、その満面の笑顔が答えなのだろうな。赤ん坊はいつだって天使だねえ。
しかし、この子もいい根性している。フェンリルマンと化した俺を見ても笑顔にしかならないからな。
きっと彼にもわかっているのだろう。俺が彼の大いなる味方であるという事を。赤ん坊は周囲の事を大人が思うよりも遥かに把握しているものなのだ。
きっと母親がたくさん悲しんできた事に心を痛め、また自分に何かができない事にも心を痛めていたのに違いない。そして、数少ない自分の味方である姉が連れてきてくれた狼魔人に大狂喜したのだ。
普通の人間が見れば恐ろしいだけの怪物フェンリルマンも、彼にとってみればピンチを救うためにやってきてくれた巨大スーパーヒーローだったのに違いない。まあ男の子だものね。それも当然なのかもしれない。
俺は、また旅に出てもよいのだが、せっかくなのでもう少しルナ姉弟を見守ってからにしようと思っている。
またこうしていると、そのうちに主神オーディンの動向なんかもわかるかもしれない。どうも、あいつらの事が気にかかる。
フェンリルが以前に一度殺されている事、俺がこの世界に来た時の不審な内容とか。まだ時間には余裕があるのだから。
「おう、坊。鎧の具合はよくなったぞ」
「そりゃあ、嬉しいな」
俺はのっそりと立ち上がり、あれから残ってくれていたベノムが改良してくれた草薙、『ロキの鎧』を受け取って試着した。おお、こいつはいける。
「うん、前よりもなんていうかフィット感が増したというか、それでいて窮屈でないな」
「加速性能も強化しておいたぞい。結構ギリギリな時があったそうじゃねえか。今度のは坊のパワーを十分に生かせるだろうよ」
「ありがとう。ベノムのじっちゃん。こいつをやってみてくれよ。アポックスで検索していたら、偶然手にいれてさ。今年発売の、とびっきりのウイスキーさ。醸造所で秘蔵の品だったらしい。俺も初めて目にするよ」
「ほお、こいつあ。なんだか凄いの」
そしてベノムはさっそく蓋を開けて匂いを嗅いだ。
「くおおお、こいつはまた堪らん香りだ。この世界には絶対にないと、わしの全てを賭けて言えるわい」
「はは、そうかもなあ」
そんな、草薙を装着した雄々しい俺と、楽し気にするじっちゃんを見ながら、ルナ姫とアルス王子の姉弟は王宮の尖塔にあるテラスから王都に向けて、零れるような笑顔を振りまくのであった。
明日から第二章で18時より1日1話の更新となります。