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1-5 村の歓迎

 俺は村の広場に集まった村の衆の好奇の眼差しに晒されていたが、いたって平気だ。村の子供達は恐れを知らずに、寝そべっている俺を突つきにくる。


 ふさふさで立派な尻尾で軽くじゃらしてやると、そちらを一生懸命追尾している。可愛いもんだ、俺もちょっと楽しいぜ。


 こんなに大きな、人慣れした狼は見た事がないのだろうな。俺は、ふわあっと欠伸をして、同じく横で寝ている姫様に目をやった。


 まだ小さな子供だから、馬車で長旅するだけで疲れが溜まっているのだ。あんな事があって、また狼なんて乗り慣れないものに乗って疲れているんだろう。


 それは考えなかった。もっと早めに休ませることを考えるべきだったのだ。呼び止めてくれた、この村の勇気ある男衆に感謝だな。


 そっちの女騎士も、毒で弱っているから目を覚まさないのだ。死んでしまうほど弱っているようには見えないが。


 俺も聴覚が非常に鋭いので、人間の心音なども聴く事ができるが、大丈夫そうだ。かなり鍛えている騎士なのだろうしな。


 少なくとも軽鎧とはいえ、金属鎧を着て動けるほど体力が余っているのだ。上に乗せて歩いていたので、それなりの体重の持ち主であるのはわかっている。

 

 顔は若い美人なのだが、剣を持たせたら強者なのだろう。王族の伴をしているくらいなのだから。小さな王女なので、世話係も兼ねて女騎士が付けられているのだろう。


 しかし、王女の伴なのに御者と女騎士が一人ずつとはな。ちょっと怪しいぜ。何か事情がありそうな感じだ。当分、この子と一緒にいるとしようか。


 何ね、他にやる事がないものですから。それに、こんなに懐いてくれると、ちょっと嬉しいぜ。この姿だと人間のお友達を作るのが非常に困難だ。


 幼女と一緒なので、村の子供も俺をむやみに怖がらない。もう半日ほど一緒に旅をしているが、騎士の彼女は荷物扱いなのでまだ一度も顔を合わせていないんだった。俺を見たらなんというのかね。


 すると、立ち居振る舞いからおそらくは村長だろうと思われる四十歳くらいの男性が声をかけてくれる。


「ああ、失礼しました。受け入れの準備ができましたので、こちらへ」


 俺は頷くと、二人の連れを器用に背中に乗せて、彼の後からついていった。広場にいた子供達も全員ついてくる。


 滅多にないイベントなので、一部始終を見届ける所存らしい。俺はまるでハーメルンの笛吹のように、見事に百人以上の子供達を集客していた。


 紙芝居でも見せて飴でも売ったら儲かるだろうか。ああ、いい事を思いついた。


 すると村長は、この村では大きめと思われる木造住宅へと案内してくれた。現代日本人である俺の目から見ると、かなり古めかしいクラシカルな代物に見えるが、ここまで見たような本当に小屋のような家々に比べれば豪邸だ。


 その分、どこの家も庭には不自由していなかったが。やっぱり田舎はいいねえ。この世界でも、都会は地代が高いのだろうなあ。


 とりあえず、王宮まで行って都会も見てきたい。都会が世知辛いのは、どこの世界でも一緒だろうし、俺の場合は都会に置いてもらうには、多分少々大柄だし目立ちそうだ。


 もし、どこかの土地に落ち着くのであれば、この村は住むには悪くなさそうだな。守り神くらいはやってみせるぜ。神じゃなくて、ただの邪神の子だけどさ。


「ここが、わしのうちです。どうか納屋をお使いくだされ、スサノオ様。神の息子ともあろうお方に、このような粗末な納屋で申し訳ないのですが、うちの中にはおもてなしできるスペースもございませんので」


 結構、父も尊敬を受けているようだな。さては邪神とかいうフレーズは敵対する勢力、多分オーディンの野郎が張ったレッテルなのか。


 うちで一番邪悪なのは、あの黒小人どもだからな。それに、あんなものはどこの神も使っているはずだ。父はあいつらの使い方がうまいらしいが。俺も思いっきりこき使ってやったぜ。


「ああ、いやいやお構いなく。こっちは四足獣ですので、この方が落ち着くのよ。姫様方はそちらでお願いしますね。よかったら、そっちの騎士が回復して目を覚ますまで置いていただけるとありがたいのですが。魔物蜘蛛の毒にやられてしまいまして」


「魔物蜘蛛と申しますと」

 俺の話を聞いた村長の顔が少し青くなった。あれ、あいつって、もしかしてかなりヤバイ奴だったのかな。


「ああ、こういう奴なんだけどさ」

 俺は村長の前に一式でんっと置いてやった。こうもバラバラにしちまうと、標本にするのは大変だわね。


 だが、あちこちから悲鳴が上がり、子供達ほぼ全員が小便の湯気を立てていた。

「ひええええ、クロウキラーだーっ」


 慌てて逃げようとして、うまくいかずに必死で地面を四つん這いで這いずっている壮年のおっちゃん。よく見ると、お尻のあたりが少しこんもりしているような。そして俺の鼻腔を刺激する匂いは、まさしくあの……いやいや。


 よかったね。明日はいいお洗濯日和なんだ。俺には風の匂いから湿度や、また気圧の変化から明日のお天気もわかるのさ。いや、みんなごめんよ。ここまでビビるなんて思わなかったんだ。


「こ、こ、こ、こいつは一体どこにいたので?」

 震える村長の声。子供達もへたりこんで互いに抱き合って、小便の海の中で震えていた。ああっ、やらかしちまったなあ。


「あー、かなり向こうの方だよ。俺の足で半日近く歩いてきたから、相当向こうだ。人間の足で三日は離れているんじゃないか」


 まあ、ゆっくりと揺らさないように歩いてだけど。あの走るのにはあまり向いていなそうな熊如きが時速六十キロも出せるのだから。俺サイズの狼の歩幅で、しかも神の子が本気で走ったならば本物の狼どころではない。


「そ、そうですか。それならいいのですが。ですが、あの蜘蛛は足が速い魔物でして。それくらいは一日とかからずにやってきてしまうのではないかと。あの魔物は番がいたりしましてね。番の蜘蛛が殺されると、殺した相手の匂いを辿って執念深く相手を探すそうでして」


「ほう。そいつはいけないね。じゃあ、俺がここにいれば、奴の方からやってきてくれるのだと?」

「は、はあ。それはそうなのですが」


「安心しろ。あれはたいして強くない。むしろ、野放しにはしておけないから必ず倒さないと駄目だ」


 なんて厄介な。手負いの獣は野に放ってはいけない。番がやられると、精神的に手負いになって暴れる怪物とか勘弁してくれ。


「必ずしも番がいるとは限らないのですが、あれに襲われれば、近隣の村まで一人残らず皆殺しになってしまいますので。まあ、復讐する相手を見つけるまでは他の村を襲う事はないのですが」


 だが俺は一笑に付した。

「安心しろよ、あんたが言ったんじゃないか、村長。あいつの足なら一日でやってこれると。


 二~三日いて来ないようなら番はいなかった、という事でいいんじゃないのかな。ところで、この蜘蛛って素材が売れたりはしないのかい」


「はあ、高く売れると思いますが、ここでは買い取りのできる人間がおりませんで」


「そっかあ。なんか迷惑をかけたみたいだから、これをあげようかと思ったんだが、こいつの死体を置いておくと、へたすると番以外の仲間が寄ってきちゃうかもな」


 ある種の虫が発する、そういうSOS信号のような特殊な物質を、こいつが放っていないとも限らない。無臭だと俺にはわからないかもしれない。


「ええ、まさにそういう事態を引き起こす厄介な魔物でございまして。どうか仕舞っておいていただけるとありがたいのですが」


 超巨大オオスズメバチみたいに厄介な野郎だなあ。よかった、収納があって。こいつの死体を引き摺ってきて、道すがらあいつの死臭でべったりなんて事があったら大変だったぜ。


 近隣の蜘蛛どもがみんな押し寄せてきてしまいそうだ。しばらく、ここで周辺のあいつらが絶滅してレッドデータブックに載せられるまで蜘蛛退治していないといけなくなっちまう。


 いや、あの蜘蛛の糸でべたべたになるのが嫌なだけなんだけど。


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