1-45 敵将登場
俺の知覚は、俺達の様子をそっと伺っている気配を感じていたのだ。もしかしたら一緒に唐揚げが食べたいのか? そんなわけがない。おそらくは第一王妃の手先だな。
「アレン」
「あいよ、どうするんだ?」
もちろん、アレンも感じている。マルーク三兄弟はぼんくらではない。脳筋騎士二名は、特にこの状況下で主に危害が加わる事はないので、唐揚げを優先しているようだし。
何しろ、自分達の他に俺とマルーク三兄弟がいるのだから。真昼間に王宮内で刺客を送るのは、暗黙の了解で無しになっているそうだ。
そのルールを破れば、それを国王に直訴されても文句は言えないらしい。その分は、ご寝所攻めの攻防は激しいらしいのであるが。
昼中は、もっぱら毒殺のお時間なのだが、今日はしっかりと騎士が大量に毒見している上に、地球直送(万引き)の安心な原材料使用なのでな。
「これをあいつにプレゼントしておいてやってくれ」
「あのなあ、あんたって本当に何を考えているんだ」
アレンの奴が呆れるのも無理はない。その包み紙に包まれていたものは、今まさに俺が揚げている熱々の唐揚げだったのだから。
「いや何、向こうからどんな反応が返ってくるのかなと思ってよ」
「まあいいんだけれどなあ。やれやれ」
そう言って奴はすっと消えた。へたな間諜よりも、ずっと使える男だろう。危ない男だ。
まるで昔の手練れの忍者か何かみたいな奴だな。もちろん、忍者の棟梁とか、里で一番の手練れといった感じのエリート上忍だ。
もし、こいつらに殆どやる気がないのではなくて、やる気満々で荒野にいた頃に攻めてこられていたら、ルナ姫を俺だけでは守り切れなかったかもしれない。多分駄目だったろう。やはり奸策を弄しておいてよかったぜ。
ああ、アレンにビデオを持たせておけばよかった。そいつの素っ頓狂な顔が見られただろうに。
とりあえず、王女たちが唐揚げに夢中な様子はサリーに撮らせておいた。後であの子煩悩な国王に見せてやろうと思って。
片手に唐揚げを持ちながらの狼藉だが、まあ快く許そう。何しろ、当の騎士団長からして唐揚げ騎士団などと名乗っているくらいなのだからな。
そして、俺が放ったプレゼントの効果は、意外といえば意外過ぎるほどの回答が帰ってきた。もっとも、俺は半ばそいつを期待していたのだがな。
しばらくして、着飾った派手な女性を先頭に、ただならぬ気配の一団が、屋外唐揚げパーティ中の俺達のところへとやってきた。
ルナの母親が物凄く緊張し、第二王妃が「あらあらあら」といった感じに面白そうにしている。当然のように、あの方の御登場なのだから。
「おや、皆さま御機嫌よう」
おいでなすったか。敵の首魁が。
『第一王妃ジル』
見た目は、そう本人が僻むほどでもないくらいの美しさをキープできている。
若さでは第三王妃に叶わないかもしれないが、そればっかりは人の子の宿命で仕方がない。そうでなかったなら、ただの化け物か妖怪だぜ。
大国が、同じレベルであるこの国との関係をうまく保つために差し出したのだから。この女性は故国では第二王女であったという。
第一王女は、あまり容姿が優れていなくて、それでも構わないから、とにかく第一王女を寄越せという政略結婚第一の国へと嫁いだ。
あまり、その婚姻に乗り気でなかった今の王様に、両国合意で器量のよい第二王女が与えられたのだ。
だが、彼女もまだその美貌は十分に保っており、そしてまた第一王妃としての貫禄は、十分というには余裕たっぷりで足り過ぎるほどであった。
むしろ、それ故に譲れない線はあるのだろうな。今も侍女を軍団で引き連れていた。美少年のお小姓さんも何人か連れていらっしゃいますしね。
だが、その酷薄そうな若干薄めの唇と、きつめの瞳を強調するかのような意思の強そうな、これまた吊り上がり加減の若干濃い目の眉。
そして、第三王妃の手に抱かれたアルス王子を親の仇のように睨みつけた。こりゃあ、人間の頃の俺ならば、あるはずのない尻尾を巻いて逃げ出したろうよ。今は優雅に尻尾を振ってみせたがね。
「わんわんっ」
俺の発した、プライドの欠片もない媚び媚びな歓迎の挨拶に対して、少し沈黙が場を支配したのだが、ややあって、お客様がこのように感想を申し上げてくださいました。
「あら、汚い野良犬ね。誰か荒野に捨ててきてちょうだい」
「くうん、くん、きゅーん」
だが、俺の哀れをそそるように送った、全面降伏姿勢のお腹見せ体勢から放たれた哀愁の眼差しも、溶鉱炉の炎のように強い瞳が苦も無く吹き消した。
「この駄犬が、余計な真似ばかりしおって」
俺はひょいっと起き上がると、ワンコ座りで、頭を下げて第一王妃の頭の高さに合わせてみせた。
「あら、神の子の振る舞いはお気に召さなかったかしら。おたくのご主人様や、ご実家の王国の方々は、神ロキの息子に対して相応の敬意を表してくださるようなのだがね。お気に触ったのならば失礼」
「く、とっとと、この王宮から出ておいき。不吉な黒狼め。私は騙されたりしないぞ。貴様はルナとアルスをダシに、この国を乗っ取るつもりなのだ!」
俺は、くっくっくと、さも可笑しそうに笑うと、尻尾ふりふり上機嫌で言ってやった。
「この世界は元々、我々神々のものなのだがな。我が父ロキの前でも同じセリフが吐けるかな、人の子よ」
俺が神様風を吹かしたので、またしても燃えるような眸子を向ける王妃であったのだが、さすがに言質を取られるような回答は寄越さなかった。
やれやれ精神的にも実にしぶとそうだ。敵に回すと厄介とは、まさにこの事だ。なら敵に回さねばよいのだ。『その時』まで。
「それでご用向きはなんでございましょう?」
俺には、そんな物は最初からわかっていたのだが平然と訊いた。
「何やらこの私をのけ者にして、二人の王妃を呼び立てて、悪巧みをしているそうではないか。そのような狼藉は許さぬぞ」
くっくっく、あんたがやってきた目的なんか、こっちはとっくにお見通しよ。
「ほお、俺の招待状は気に入ってもらえたようだな。では、ちょうどいい。試食のつもりだったのだが、ひとつ本番といくか。唐揚げも思いの外、うまくできたしな。第三王妃専属騎士団、通称唐揚げ騎士団、ここ騎士団お披露目会場に参上する。バリスタ!」
そして敬礼し、進み出るバリスタ。そして、持ち前のでかい声で周りを圧倒した。その内容と共に。
「宣誓! 我々、唐揚げ騎士団は、正々堂々とここに御旗を上げて、神ロキの子フェンリルの名において正式に唐揚げ騎士団を名乗る事とする」
「え」
少し目が点になった第一王妃様ご一行。
「唐揚げ……騎士団?」
だが、その第一王妃の頼りなげな反芻にサリーが力強く胸を張り答えた。
「そうです、ジル王妃。我ら唐揚げ騎士団は、唐揚げによる唐揚げのための唐揚げによる、第三王妃アルカンタラ様直属の騎士なのですから!」
言い切りやがったな、こいつめ。だがポカンっと口を開けたままの第一王妃御一行様を見れば、まああれでよかったのかね。
俺は、どたばたして汚れた体や前足に浄化の魔法をかけてもらい、続きの唐揚げを作っていく事にした。唐揚げ大会なのだから、他にもいろいろ作らねばならんのだ。
おい、そこの唐揚げ騎士団、ちったあ、唐揚げ作りを手伝え。こっちは人の子の手も借りたいくらい忙しいのだからな。