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1-3 邪悪でごめん

 そこにはまだ5歳くらいの幼女と、何故か、ひっくり返っている女騎士がいた。そして、その前にいる奴はなんと馬鹿でかい蜘蛛だった。


 全長十メートルほどはあるのか。全身が禍々しい鋼のような剛毛に覆われ、そして何よりも邪悪な爛々と輝く目がヤバイ。


 あの毛むくじゃらの足ときたらどうだ。思わず蠅叩きはおろか、布団叩きを持ち出してきたいところだ。生憎な事に手が使えないので、自動で動く魔法の蠅叩きを作ってもらわないといけないが。


 大蜘蛛の野郎は、幼女の可愛い魔法など吹き消してしまっているようだった。あの剛毛は火魔法に対して、耐魔法性があるのかもしれない。


 体表面に届くことすらないようだった。普通であれば、一目散に逃げ出すシーンなのだが、ここは腕試しといくシーンなのではないだろうか。


 生憎な事に相手が八岐大蛇じゃあなくって残念だ。蜘蛛なら酒じゃなくて消毒用アルコールかねえ。外国だとウイスキーをかける人もいるらしいが。


 俺はのっそりと姿を現したのだが、その気配に振り向いた幼女あかずきんちゃんは凄い絶望の表情を浮かべた。


 おっと、しまったぜ。俺は自分の真っ黒で、パッと見に邪悪なる物に見えない事もない姿が人の目にどういう具合に映るのか、すっかりと忘れていた。


 父、何故この色にした。いやフェンリルって元はこういう色合いだったような気がする。北欧系のスタイルって、こういうおどろおどろしいところが、あれこれと駄目だよな。


 全然、神の子の雰囲気が出ていねえ。美しく神々しいデザインなのだが、まず狼というところで既にアウトだ。


「あ、ごめん。お願いだから怖がらないで。俺、一応は神(邪神)の子フェンリルですから。君、危ないから後ろに下がっていて」


 俺が喋るのを聞いた幼女は驚いた表情を浮かべたが、羽虫妖精のフィアが髪の毛を引っ張るので慌てて退避していった。


 身なりはいいので、どこかのお嬢さんなのか? 魔法も使えているようだし。なんでこんなところにいるのだろうか。


 お付きの護衛はいたようだったが、そこで目を回しているしな。頭の兜は転がってしまっていて、間抜けな面で気絶している。


 こいつ、さては脳筋系だな。結構な美人なんだが、そんな鎧を着込んでいる段階でヒロインの座はとっくに捨てているのだろう。


「よお、お前さん。俺の力はわかるだろう。今のうちに退散するなら見逃してやるぞ」


 ふふ。相手が絶対にそうしないと知っているので、そう言ってやった。だが相手はくるりっと背を向けた。俺は慌ててしまって一声鋭く吠えた。


「あ、おいおい、今のなし。なしだから、カムバックプリーズ」


 このままじゃ、俺が馬鹿丸出しじゃあないか。だが、そいつは立ち止まり、ケツを少し上げたかと思うと。


「ぶわわわわっ、なんじゃこりゃあ」

 なんと、いきなり大容量の糸の塊を吹き付けてきやがったのだ。


 それは空中で網のように広がると、あっという間に俺は頑丈なロープのようなべとべとの糸に絡めとられてしまった。


 ちくしょう、相手がどんな生き物なのか忘れていたぜ。


 一見すると徘徊するクロウラータイプのハンタースパイダーのように見えたので油断していたなあ。もしかすると、本当は巣を張るタイプの奴だったのかもしれない。


「おっと、こりゃ参ったな。おいフィア、なんとかしてくれよ。動けねえや」


「ええい、アホですか。スサノオ様ったら、何を間抜けにそんな雑魚に捕獲されているんですか。それでもアンタ神の子なの。あれを出せばいいでしょうに」


 そうかあ。俺は愛鎧(愛剣?)である草薙を出してみた。「着装! ロキの鎧」と大声で叫ぶのも忘れない!


 一番大事だよな、これ。そして全身刃の必殺鎧は見事にあっさりと糸を断ち切ってくれた。この状態でも見事に着装し、べたべたした糸の粘着力も超魔法金属はものともしないようだった。


 もっとも俺の体と草薙の間には、挟まったべとべとが残ってしまい、非常に不快だったのだが。

「うわー、気色わるう。どこかで体を洗いたいな」


 そして、奴はまた俺に向き直ると口から大量に毒液を吐きかけてきた。俺は慌てて避けた。この体って毒に対する耐性はどれくらいあるものなのかね。まだ勝手がよくわからねえ。


 俺は瞬時にゼロ距離から一気に加速して、奴の傍を駆け抜けた。狙い違わずに、奴の片側の足四本を、第一関節手前で切り落とした。


 響き渡る奴の苦鳴。耳障りだなあ。蜘蛛がこんなに騒ぐものだとは知らなかった。昆虫だの節足動物だのって、羽根で音楽鳴らすタイプ以外は寡黙なもんだと思っていたのだが。


 ゴキブリがキイキイいうのは、確か関節の音だよな。あとは顎を鳴らす音か。カミキリムシは結構うるさい。


 この草薙の刃は何故かエクステンション効果を持っていて、こいつで切り裂くと長い刃物で切り裂いたような不思議な効果がある。


 自動再生でいつまでも切れ味は落ちないようだし。血糊や油なんかも常に自動で落としてくれる。でも、俺の体との間に挟まった粘着糸の粘りは消してくれないのだった。


 要改良だな、これ。実戦第一発目から、あらぬ欠陥が露呈してしまった。戦闘機能には問題ないのだが、快適機能には少し欠けるようだった。


 気温や湿度に対する快適さの注文はつけておいたので、そちらはまったく問題ないのだが。


 俺は電光石火の足さばきで、反対側からも返す刀で残りの四本を切り落とした。柔らかい。蝶なんかの昆虫の体も一見すると柔らかそうに見えるが、あれも結構堅いのだ。蜘蛛ってどうなのかね。


 俺の武器は、神に仕える鍛冶師が作った特別な代物なので、そのせいなのかもしれない。そして、そいつの脳天の付け根を横切って、足先から生えた三本の爪により、その戦闘に終止符を打った。


 俺は草薙を解除すると、のっそりと仕事をサボって寝ている女騎士に近づき前足で突いた。

「起きろ、こら。起きんか」


 だが、間抜けにも足に女騎士がくっついてしまった。やつの糸がまだ残っていたらしい。

「うわわわ、おいこら放せ」


 別にそいつが放してくれていないわけではないのだが、俺は間抜けに蟹かカマキリに鼻を掴まれてしまった猫みたいに慌ててしまった。


 俺の足ごと、ゆさゆさと揺すってやったのだが、奴は目を覚まさない。


「慌てないで、狼さん。我が忠実なる騎士よ、天の福音をその身に纏え、浄化」


 すると、ちゃんと足から女騎士が取れた。ふう、落ち着いたぜ。犬猫って、こういうの苦手だよね。


 足の裏にくっついたガムとか勘弁だな。あと毛皮にくっつくのも困る。普通は綺麗に取れないから毛を刈られちゃうんだよね、あれ。この世界、ガムが普通に売っていたらどうしようか。


「ふう、ありがとう。お嬢ちゃん、物は相談なんだけどさ、俺の体もそいつで綺麗にしてくれない?」


「え、これ簡単な浄化の魔法だよ。あなた、自分で神の子って言ってなかった? すっごく強かったくせに」


「ああ、それはちょっと訳ありでなあ。俺、魔法が使えないのよー」

「何それ、じゃあ今かけてあげるわ」

 そして俺は見事にピカピカ(真っ黒な)の毛並みに復帰した。


「やあ、これは快適。いいなあ、魔法」

「私はルナよ。助けてくれてありがとう。よく見たら、あなたって優しい目をしているのね」


 まあ中身は羊のように大人しい、ただの日本人でございますれば。ゴキブリや蜘蛛くらいは蠅叩きで叩きますがね。今日の蜘蛛は叩き甲斐があったな。いや、叩いた訳じゃあなくって、ぶったぎったんだが。


「俺の名はスサノオ、そっちの奴は妖精のフィア。御覧の通りのフェンリルさ。こんなところで何しているの?」


「あー、ちょっとお使いに。お花畑で御飯にしていたら、この有様よ。そこに護衛の騎士がいたんだけど、忍び寄ってきたあいつの毒にやられちゃって。解毒の魔法はかけておいたんだけど目を覚まさないな。私は解毒の魔道具を身に着けていたから助かったの」


「へえ、歩いて旅を? 物騒だな」

「ううん、馬車があったんだけど、御車さんと馬は殺されて馬車も壊されたから歩いて帰るしかないんだけど、まだ王宮まで凄く遠いわ」


「王宮!」

 俺はピクンっと思わず耳を立ててしまった。いいなー、王宮か。とっても行ってみてえ。


 俺は普通に行ったら中に入れてもらえないだろう。あっという間に騎士団が束になってやってきて鬼ごっこが始まりそうだ。それも楽しそうなんだけど。


「うん、私は一応この国の王女です。名前はルナ、ルナ・バーン・アクエリア。アクエリア王国の第五王女だよ。お父様のお使いで隣国まで使者を務めたの。手紙を届けるだけなんだけど。王族は五歳になると、そういう仕事を言い付けられるの。王族として責任を持って生きる心構えをつけるためになの」


「じゃあさあ、護衛も兼ねて王宮まで乗せていってあげるからさ、俺に王宮を見学させてくれない」

「うん、いいよ。それは助かるわ。ありがとう」


「やったぜー」

 俺は二本足で立ち上がり小躍りした。


 それを眩しそうに見上げて少し笑顔になったお姫様がいる。公開されている観光地ならともかく、異世界の王宮なんて簡単に見学できないからなー。


 第一、俺の場合はこの見かけがね。騎士がいっぱい出てきてお尋ね者確定というのは、さすがに神の子として格好が悪すぎるぜ。まあ、邪神ロキの子なんだけどね。


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