1-28 夕飯が
「やれやれ、酷い目にあったぜ」
俺は吸水性タオルでお湯に濡れそぼった全身をヘルマスに拭きとってもらい、風魔法で毛皮を乾かしてもらっていた。そこへ、にやにやしたセメダルがやってきて冷やかされた。
『旦那、ひゅうひゅう。美女たちとお風呂でお楽しみでしたね~』
『馬鹿野郎。犬だの狼だのは、お風呂とか嫌いなんだよ。入るのなら一人でゆっくりと入りたいぜ。今度はお前が洗ってもらえよな』
『あっはっは。人間は鳥を洗う習性はないんですぜ。鳥族は勝手に水浴びするものと相場が決まっているんですからな』
『はあ? お前らが水浴びしているところなんて見た事がねえぞ』
『まあ旦那と違って浄化の魔法が自力で使えますからね~』
『マ、マジかよ。本気で羨ましいぜ~』
そんな会話を楽しみながら待っていたのだ。超高級ホテルのお食事を。お風呂の後のビール、そして豪華な飯!
俺の期待は弾けまくって、尻尾の動きを抑えるつもりなど毛一筋もない。それを、俺が召喚したプールキャップタオル(ネコミミタイプ)を頭に被り、アニメ柄のパジャマに身を包んだルナ姫が夢中で追いかけていた。
この手のおチビは預かったら、日帰り温泉でお風呂に入れて、もうパジャマに着替えさせて飯を食わせておけば、後は轟沈したそいつを車に積み込んで家に帰りベッドに放り込んでお終いの、お手軽保育パッケージなのだ。
こういうチビなんて扱い慣れているのさ。ベッドに寝かしつける役の騎士様はいてくれるしな。これが馬車もなく荒野で野晒しなら、俺の天然毛皮でくるっと包んでやれば済む話なのだが。
そして、少し魔力を熱に変えて毛皮からポワっと適量の赤外線を放ってやれば快適な事この上ない。
そして近寄ってくる魔物には赤外線レーザーでもくれておいてやれば、朝には御飯の材料も揃っている万全の状態なのだが、そこまではいかずに済んだな。俺はどちらかというと、ご飯は人に作っていただく派なのだ。
夕飯は、それはもう豪華な物だった。そう、人間様の分は。
「あれ?」
俺の前に運ばれていたものは凄まじい『生肉の山』だった。多分、この量は鳥の分も一緒だ。この世界、狼の餌も鳥の餌も同じ感覚なのかよ。しかも、肉だけの非常に栄養バランスのよくないものだった。何種類か、肉はあるようなのだが。
「あのう……」
確かに俺は狼だ。それも特大な奴。宿の待遇は特に間違っちゃあいないんだが。
「スサノオ、生肉だね」
「ああ、生肉ですね、姫様」
「間違いなく生肉ですな」
「よっ、旦那。肉がいっぱいでよかったじゃねえか」
「生なら、あんたの言うところのビタミンって奴も豊富だな。それ、熱に弱いんだろう?」
「人生は肉だ」
『こりゃあ美味そうじゃねえか、大将』
『ねえ、早く食いましょうよ~、ジュルリ』
『不満そうやな、まあわからんでもないが』
俺はふるふると震えながら、ぶち切れた。
「や、やっかましい~。畜生、もうこうなったら、あれしかねえ」
そう、最終兵器『焼肉』だ。俺はさっそくアポックスを起動して材料を揃えていった。まず炭火式の大型焼き肉テーブルだ。お店ではなく、別荘などに設置される長方形で大きめの奴だ。
こんなに地球でも数が出ていなそうなものでも、呼べば飛んでくるものだな。どうせ他の連中も食おうとするだろうから、二台出しておく。そして換気扇は無いので、そこは収納で煙は処理する事にした。無煙ロースターの設置は無理だ。
そして焼き肉店のタレだ。そしてスライスしたタマネギ・ナス・ピーマン・しいたけ・カボチャの薄切り。ついでに肉もあれこれと召喚し、海老もでかいのを呼び出した。
「ほお」
そう言って、まず寄ってきてテーブルの椅子に座り込んだ奴がいる。サリーだ。さすがに脳筋騎士なので、肉には弱いな。続いて俺は炭を並べてから、藁やいらない紙を丸めてくべると、ルナに頼んだ。
「火点けて」
「はーい」
幼女の放つ弱めの火とはいえ、さすがはファイヤーボールだ。あっさりと燃え上がる炭。間に上手に空気が入るように並べてあるので、直にいい感じになった。
厚い、大きな穴の開いた鉄板というか、俗に焼き肉屋さんで言うところの『網』の上に並べていく。火が起こる前に、俺が丹念に切り分けておいたものだ。腹が減っている奴は、その間に人間用の御飯も平らげていく。
「これはまた、面白いものですな」
「へえ、よくできているな」
「肉だ」
向こうのテーブルはヘルマンとグレンとウォーレンで囲んでいる。そして、リックとベネトンが、あっちのテーブルだ。ウォーレンの奴、『肉』しか言わねえな。
まあ、あのガタイを見ればわかる気もするが。もしかしたら、体力系一本のスキル持ちなのかもしれない。
「肉だな」
こっちにも口を開けば肉しか言わない奴はいるのだが。そしてアレンは俺とセメダルのために肉を焼く係だ。サリーが自分の肉しか焼かないようならルナの分も焼かせないとな。
「まずは、この牛タンからいくか。こいつは焼き過ぎるなよ。炙ったくらいで食うのが美味いんだ。こっちのレモン汁なんか入れるのがお勧めかな」
「へー」
もうかなり箸が扱えるようになったルナが自分で焼きだした。サリーは無言で焼き、箸を口元に運び目を見開いた。
「美味い!」
こいつは細かい事は言わない。美味いかマズイか。二つに一つだ。アレンも食って気に入ったようだ。こいつめ、主よりも先に食うとは。
「アレン、俺のタレ皿には、そこの下ろしニンニクをたっぷりと入れてくれ」
「へえ、ちょっと臭うな」
「馬鹿め、それがいいんだよ。こいつは精がつくんだ」
俺はワンコ座りをして、器用に前足で箸をつまんで、ばさっと牛タンをつかむと味わった。アレンもわかっているので、まとめて大皿にぶちこんでくれる。
「やっぱ牛タンうめえ~」
「至高ですよね」
「ルナも気に入ったー」
アレンは美味い物を食う時は無口になるタイプのようだった。向こうのテーブルは賑やかだ。鳥も含めて騒いでいる。いつもは比較的無駄口を叩かないヘルマスも、『生ビール』と焼き肉のコンビの魅力には参ったらしく、今日は饒舌だ。
「いや、素晴らしいね、焼き肉。またこの生ビールが」
鳥達もビールをかっくらっており、空のグラスをグレン達に押し付けて、お替りをしている。
「よっし、今度は宿で用意してくれたこっちのハラミっぽい肉に行くか。その次はカルビっぽい感じの奴な。これ何の肉かなあ」
「うーん、牛系ですかね。こういう高い宿ではよく出ます。他では出ないです。しかも、このように豪快に焼いて食すなどとは!」
「ほう、やっぱり牛か。それっぽい感じだよなー。香りのいい肉だから食っても美味いだろう。あ、サリー。ルナ姫に野菜も焼いてやってくれ。栄養が偏るから」
「肉は至高ですよ」
「お前には今度栄養学の話をしてやらんといかんかもしれんな。ウォーレンの奴も一緒に」
そして俺は肉の山の後に、石焼ビビンバとテールスープも召喚した。さすがに肉嗜好の人間達も、俺達狼や鳥の食いっぷりには敵わなかったようで、早々と飯に入った。サリーはビビンバも気に入ったようだ。
「いや、焼き肉は最高ですね。また生肉を頼みましょう」
「一応、俺と鳥どもの御飯なんだけどね」
「まあまあ、どうせあなた、人間の御飯だって食べるじゃないですか」
「いや、どっちかっていうと人間の御飯を食べたいのですけど⁉」
思いの外、好評だった焼き肉大会は盛況のうちに閉幕した。やはり前もって頼んでおかないと、俺には人間の飯は出ないよなあ。俺は満腹して、シリムの宿で俺によくしてくれた少年を脳裏に浮かべながら眠りについた。