1-19 刺客
「こんなところで刺客が現れるなんて」
サリーも渋い顔で、そのあまり身元を特定する手掛かりになりそうなものは身に着けていない暗殺者の顔を検分していた。
一人は痩せぎすの背の高い男で、もう一人はやや太目でずんぐり体形だ。髪や目の色などもありふれた物で特徴にはなりえない。
「こいつらに見覚えはないか?」
彼女は無言で首を振った。
「私もありません。この界隈の、この手の人間ではないでしょう。もしかしたらアクエリアの王都から派遣されたのかもしれませんな」
ヘルマスもそう言って顎に手を当てている。ルナ姫様も俺の毛皮をぎゅっと握り締めながら奴らの顔を見詰めていた。
俺はルナ姫が捕まっているのと反対側の前足でそっと彼女の頭を撫でて、安心するように鼻面を寄せてやった。
「心配するな。お前は俺が守る。グリー達も頼りになるぞ」
いや、本当に俺だけだといきなり魔法攻撃を食らっていたかもしれん。
俺は魔力のレーダーと五感を研ぎ澄まし探っていたが、遠方にいる敵意を持った人間を探り出すような芸当はできないのだから。何か魔道具が欲しいところだが、今は無理だ。
「うん。ありがとう。でも本当に殺し屋が来たんだ。こんな荒野の真ん中にまで」
少し硬い声と表情でそう返したルナ姫。
ああ、今までは『来るかも』だったんだよな。こうして実際に襲われれば、それは既に現実の脅威だ。
いくら大人びた王女様とはいえ、五歳の幼女にはきつかろう。俺はもう一度鼻面で幼女の頭にスキンシップを取ってから、難しい顔をしている女騎士に向かって問うた。
「サリー、今晩はどうする。こうなると街に泊まるのは却ってマズイかもしれん」
「ええ、どうしたものかと思案しておりますが」
宿屋の部屋に2人だけだと襲撃を受けるかもしれない。かといって、一般の宿屋で俺やグリーがお部屋付きは無理だろう。
状況次第で野宿も止む無しの展開か。幸いにして馬車で移動しているので、二人が中で寝れない事もない。
俺は寝ずの番でも大丈夫だし、グリー達も何かあればすぐ起きてくれる。御寝坊なサリーあたりとは訳が違う野生の戦士なんだぜ。
「とりあえず、進もう。今まで以上に警戒して。まだ仲間がいるかもしれないが、一度撃退したので、そいつらも警戒しているかもしれないな」
そして油断なく警戒しながら馬車を進める事にした。心なしか、周囲の空気さえ重く感じる。あたりに降り注ぐ光量も少し減少した気がする。空は雲一つない、大変いいお天気なのだがね。
こういう時は探知の能力を持った冒険者がいるといいのだが、残念ながらヘルマスはそういうタイプではなかった。
一人でマルチパーパスに仕事ができるタイプだし護衛の役も兼ねるので、特にシーフではないのだ。俺は彼に訊いてみた。
「どうする。こうなったら、やはり次の街で冒険者を雇って対抗した方がいいのだろうか」
だが彼も馬車を操縦しつつ、やや難しい顔で答えた。
「その辺はまた振り出しに戻るというか、本当に難しいところでして」
「やっぱりそうなるのかあ」
できるくらいなら最初からやっているからな。
「フィア、お前はどうだい」
「うーん、あたしはナビゲーター的というかマニュアル的な存在ですからねえ。ああ、ロキ様に応援を寄越していただくのはいかがでしょうか」
「応援?」
「ええ。探知に優れている者を派遣していただくか、あるいは」
「あるいは?」
彼女の少し悪戯っぽい表情は、何かちょっと嫌な予感がするな。
「そんな必要さえないような強力な援軍を」
「うわっ。た、たとえばどのような」
「そうですね。『あなたの兄弟姉妹』みたいな方とか」
話に耳をそばだてていた馬車の中のサリーが息を呑んだ。
「さすがにそれはヤバくないか?」
「でも、このままだとジリ貧ですよ。こんな事は我々が想定していない事態なんですからね。今の装備だと対抗するのが難しいのではないですか」
うーん、それも考え物なのだが、アポックスで何かいい物が取り寄せられないものだろうか。
「もうちょっと何か対策を考えよう。あまり妙な真似をしてもルナ姫様の評判に関わるだろうしな」
「そうですか、ではもう少しランクを落とした援軍を寄越せないか訊いておきますね」
「まあ、それくらいならいいかなあ」
援軍はぜひとも欲しいところだな。せっかく楽しく旅をしていたというのに、ちょっと先の雲行きが怪しくなってきた。