1-17 鳥の忠誠
俺は少年に、丹念に体中をブラッシングされながら御機嫌でお腹を見せている。朝御飯もサラダ・スープ・ハム・ソーセージ・卵・ミルク・白パンやマフィンのような物などをいただいて、すこぶるご機嫌だ。
ここは、おそらく収納か物が腐らない魔法か魔道具なんかを輸送の道具に用いているのだろう。だからメニューも非常に豊富だ。
誰だ、ここが辺境だなんていった奴は。確かにここはルナ姫様が言うように、このあたりではそれなりの国なのだ。
どちらかというと道中の小さな街の方が、待遇などはあまり期待できないのではないかと今から非常に危惧している。いやー、メシが美味すぎたわ~。
「おはよー、スサノオー」
「おっはー、ルナ」
寝転がったままの俺のお腹にダイブしてくるルナを受け止めてから、前足で抱きしめて、思いっきりモフり返してやった。
「もうギルドに鳥さんいるかなー」
「ああ、多分な」
我らがルナ姫様は、新しいもふもふな者との出会いに、その小さな胸を期待でパンパンにしているようだった。おそらく、この交易の街ならばグリーも弾数には事欠かないだろう。
長旅で疲労した鳥を馬のように交換する場合もあるだろうし、あの鳥を扱う専門の業者なんかもいるはずだ。
一つ気になるのは奴らの忠誠心なのだが。あの蜘蛛みたいなのに出くわした時に主人を置いて逃げ出すのではないかとな。
まあそういう時には俺がいるのでいいのだが。頭数がいてくれると助かる事もあるはずだから、わざわざ頼むのだ。
狙われる危険が無いなら別に問題ないのだが、相手の出方がわからない以上、念には念を入れたい。
俺は小僧に金貨でチップをやり、受付のところまで行った。もう待っていたサリーから荷物を収納に預かると、ルナ姫を乗せてギルドへと向かう。
道行く者の中には目を見開いて俺を見る者もいたが、まったく気にしない。こちとら合法な従魔の立場なのだからな。
でかい黒狼は街中では珍しいのだろうが、お背中のチビ姫様をみれば、なんとなく納得される感じだ。
さっきのホテルにも刺客がいないとは限らないし、そいつらが後をつけてきていないとも限らない。今のところはそういう気配は感じられないのだが。
すぐにギルドについて、まだ俺を見た事が無い冒険者の注目を浴びながら、その辺に立っている係員のおじさんに頼んでギルマスを呼んでもらった。また、ふらっと二階から降りてきたギルマスが現れて片手を上げる。
「よお、来たな。用意はできているぞ。ついて来い」
彼が先に立ち案内してくれた先は、ギルドの横手の馬車などが集まるターミナルというか、待合場所というか、そういうところだった。
冒険者用の馬車なども持っているようだった。庸車というか、チームで護衛にあたる際に自分達もギルドで馬車を借りる時もあるらしい。
そこには立派な、がっしりとした木製の馬車が待っていた。それなりに高価な物だろう。そして油断ない顔つきをした御者が一人いる。
パッと見に、ただの御者のような普通のシャツとズボンに地味な上着といった感じの格好をしているが、どうやら手慣れた冒険者とみた。年の頃は三十代前半から半ば、それなりに経験を積んでいる強者だろう。
「こいつはヘルマス。現役時代は俺の片腕だった男で信頼できる。今は引退して御者をやっているが、腕はまだ衰えていない。お姫様のところにいた御者ほど腕が立つかどうか知らんがな。あと代金の方は、なんとか金貨六十枚に収めた」
俺はギルマスに代金を大金貨六枚で支払い、ヘルマスを観察していた。俺の見立てではなかなかの男だ。彼は茶色の革製の鍔付き帽子を手に取り、ルナ姫様の前で片膝を着いた。
「ヘルマスです、よろしくお願いいたします。第五王女殿下」
「よろしくねー」
「そして、神ロキの息子フェンリル様」
「ああ、俺はスサノオだ。よろしくな、ヘルマス。あと、こいつはフィアだ」
奴はいつもの定位置、俺の頭の毛皮の中から頭だけを出して挨拶した。
「よろしく~」
そして鳥達がいた。連中はもちろん片膝など着いたりはしない。そして、なんと周りを囲んで俺に話しかけてきた。
『よお、狼の旦那。あんたは神の子なんだって。よろしくなー』
『おやおや。お前ら、俺と話ができたんだなあ』
『おうよ。ところで今回の仕事はヤバイのかい?』
『俺もよくわからんが、今回はVIPの輸送だからな。いろいろ訳ありだから、道中で襲撃の可能性はある。来るとしたら相手は凄腕の人間だろうから魔物なんかよりも性質が悪いぞ。その辺は頭に入れておいてくれ。今回はあまり人間を使いたくないから、お前らに来てもらった。金を積まれて裏切られても厄介だからな』
それを聞いて、俺と話していた一番体が大きそうな奴は、翼を広げてばたばたさせると、けたたましく鳴き声を上げた。
『ひゃっはーっ、そいつあ御機嫌だぜ。おい、今のを聞いたか、みんな。神の子である狼の旦那は、人間の冒険者なんかよりも魔物の俺達の方が信用できるってよ!』
他の二羽も同様に羽根を広げて騒ぎ、馬鹿笑いともとれるような激しい鳴き方をした。
『そいつはまたなんとも光栄だな。滅多にない痛快な仕事だぜえ』
『神ロキと、その子フェンリルに栄光あれ!』
そして最初の奴は、くっくっくというような、まるで人間っぽい笑いを上げると言った。
『狼の旦那、あっしの事はセメダルとお呼びくだせえ。そっちの顔に傷のある奴がリック、そして羽根に傷が入っている方がベネトンでさあ』
『ああ、俺はスサノオ。こっちの妖精はフィアだ。では、よろしくな』
そして、奴らは俺の前に跪いた。人間とは明らかに違うが、恭しく頭を垂れ、明らかに相手に従うという恭順の意思を示していた。それを見たギルマスは目を見開いた。
「うお、こんなグリーの姿は見た事がない。さすがに神の子といったところか」
「ははは。ギルマス、世話になったな。こいつら全員俺が預からせてもらうぜ」
そして、キラキラとした目で鳥達を見詰めるルナ姫がいた。
『おい、お前ら。ちょっとルナ姫にモフらせてやってくれ』
『へいへい。あっしらも子供の扱いには慣れてますよ。商隊の子供やVIPのお子様の相手も手慣れたもんでさ。いざとなったら、あっしらが連れて逃げたりもするんで、専用の装具も持っておりやすんで』
『なるほどなあ。ますます、お前らに頼んで正解だったぜ』
『恐縮至極でございますって奴でしてね。へっへ、お嬢ちゃん、さあ好きなだけモフりなさって。ああ、いきなり目玉に指を突っ込むなどの狼藉は止めてくださいね~』
そう言ってルナ姫の周りに座り込んで頭を低くして寄せる鳥ども。目を輝かせて、その首っ玉に次々と齧り付くルナ姫に紹介しておく。
「ルナ。そっちのでかいのがセメダルで、顔に傷のある奴がリック、そして羽根に傷が入っている方がベネトンだ。よろしくな」
「あたしはルナだよ。あっちの騎士がサリー。みんなよろしくね~」
そして鳥達も頭を摺り寄せた。
傍から見ると凄い構図だな、これ。幼女が猛獣、いや地上専用の屈強な骨格を持つ猛禽に囲まれて、その隣に金属鎧の女騎士と真っ黒な巨大狼がいるのだからな。