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1-16 交渉

「で、そちらのお嬢さんは?」

 奴が言っているのは、もちろんルナ王女の事だ。もう一人が護衛の騎士なのは明白だし、高貴な雰囲気を醸し出しているから。


「私はこの国の第五王女でルナ・バーン・アクエリアです」


「なんだ、この国の王女様か。俺は辺境の住人だからわからなかった。しかも、あの第五王女とは。そうか、東のバルテス王国へ行ってきたのか」


「おや、ギルマスったら辺境の住人のくせに情報通じゃないの」


「は! ここはバルテス王国と国境を接する辺境だ。何かあった時は対応が必要な事もあるかもしれん。情報だけは持っていないとな」

「何かって?」


 俺はソファの上に上がろうとして、壊れるから床にしてくれと言われたので、何かの魔物の皮らしき高級そうな敷皮を敷いてもらって、そこに寝そべっている。


 邪魔なんでテーブルとソファを少しずらして、その間に割り込んだのだ。このギルマスったら、客人にお茶も出さないんだから。


 俺はミルクをいっぱいに湛えた大皿でもよくてよ。まあ、そんなに繊細な事に気が回るようなタイプの男じゃないんだけど。


「まあ、それはいろいろだ。隣はそう面倒くさい国ではない。面倒なのは我が国と、あの二人の王妃のバックについている国だわな。ルナ姫、あんたもまだ若いのに苦労性な事だな」


 まだ若いって、あんた。ただいま五歳のピチピチ幼女様でございますよ。


「おそれいります」

 こういうところ、ルナ姫って妙に大人びているんだけどな。


「従魔証は今発行させよう。手数料は、金貨一枚だ。デザインはいくつかあるが選ぶか?」

「もちろん。はいこれ」


 俺が器用に金貨を指の間に挟んで渡すと奴は微妙な顔をした。

「お前が自分で払うのか。まあいいんだが、どれにする?」


 そして俺は、赤字に金縁で獅子が真ん中に鎮座ましている奴にした。狼のくせに微妙な選択だが、三つある中からの消去法なのだ。


 あとは、何かの呪いの人形のようなデザインと、不細工な蛇のようなものしかなかったのだから。この獅子が一番まともなデザインだった。


「後はなんだ」

「俺って冒険者になれないの?」


「う、お前をか。すまんが、前例もないし勘弁してくれ。本当は特にそうする必要はないよな」


「えへっ、バレてました? ちょっと冒険者に憧れがあったので言ってみただけの事よ。まあいいや。後は護衛に鳥を手に入れたいのだけれど。あのグリーっていう奴を三羽ほど。それと馬車と信用できる御者を。そういう人間が一人くらい、なんとかなるだろう?」


「鳥を護衛にか?」

 あ、不満そうだな。ここは冒険者を雇ってほしいとこだよな。


「人間は第一王妃と第二王妃の息がかかっている可能性があるんだとさ。あんたのところの冒険者がルナ王女の暗殺者になってしまってもいいのかい。またえらい騒ぎになっちまうぜ」


 それを聞いて顔を顰めると、彼は組んでいた足を開いてふんぞり返っていた態勢を解き、身を起こすと王女の前で取っていた不遜な態度を改め、両手を足の間で組んだ。


「うーん、今この国でそいつばかりはな。金貨を袋で山と積み上げられたら、思わず考えちまう奴がいないとは俺も保証はできん。うちの冒険者が鳥に信用で劣るとは悔しいが、今回ばかりは仕方があるまい。


 鳥は手配させよう。明日の朝には揃うはずだ。馬車も用意させよう。御者は俺の責任で信頼できる人間を用意させる」


「いくらかかる?」

「そうだな。全部でざっと金貨六十枚といったところか。明日、現物と引き換えにさせよう」


「わかった。じゃあ頼んだ」

 俺は、早速つけてもらった新従魔証をぶら下げて、ご機嫌で街に繰り出した。そして、あっという間に宿についた。ほんの百メートルもないくらいだからな。


「じゃあ、また明日な。何かあったら大声で叫べ。俺の耳には聞こえる」

「わかった。頼りにしているよ。いつどこで誰が敵に回るものか、わかったものじゃないからな。おやすみ」


「おやすみー、スサノオ」

「ああ、おやすみ、二人とも」


 そして、ここからが御馳走の時間だった。俺のところに運び込まれてきたものは、まずサラダから。フィアは俺の皿から小分けして味見をしている。さすがに妖精専用には料理を出されない。


「狼なのに、サラダは大丈夫でしょうか?」

「なあに、気にするな。肉食動物だって栄養的にこういう物が必要なのさ。普通は草食動物の腸から取るものなのだがな。俺って生肉の内蔵は好きじゃないの」


 それを聞いて首を捻りながらも、世話係の少年は俺が美味そうにサラダを平らげているのを見ていた。何せ二十人前だからな。俺の体はそれくらいでかいのだから。体重は約一トンありまする。


 味付けというかオイルが美味い。調味料というかスパイスのような物も使われているようだ。ハーブか何かなのだろうか。


 サラダ自体がハーブのような物なのだが。歳を食ったらオイルレスにした方がいいのだが、ここの住人達は気にしないのだろう。


 続いてスープだ。何というか、鍋のままで出てきた。豪快だねえ。

「すいません、二十人前のスープを入れられる大皿が無くって」

「あっはっは。そんな物があったら、俺が驚くぜえ」


 俺はそれを丹念に味わいつつ、吸い込むように綺麗に飲み干した。舐めていたら次の料理が冷めてしまうわ。


 ポタージュか。少なくともこの世界は地球の中世ヨーロッパなんかよりは進んでいたようだ。あいつらときたら、ただのバーバリアンのような食生活だからな。


 あの時代の貴族などは野菜なんか食わないはずだから。現代ヨーロッパの人間はやたらと野菜を食うのだが。


 お次は前菜だ。鳥肉かな? 冷製だった。俺向けに大きめサイズだ。バリバリと噛み砕き、よく味わって食べた。まあまあだが、少々味が淡泊だ。


 この鳥自身も淡泊な味わいだ。合わせてあるのかな? 好みによって評価が分かれるところだ。辺境だから調味料に乏しいとか?


 いや違うな。ここは通商の街だ。品揃えに不足はない。だから、他の料理も美味いのだから。


 そしてメインディッシュの肉。こちらは大きめの皿で次々と運ばれてくる。これも人間には特大サイズなのだが、俺には食べやすい。付け合わせにイモや豆、あとはタマネギだろうか。


 柔らかくて美味い。鳥ではなく、何かの大型の草食動物のようだ。上等で歯ごたえがある肉だが、一枚一枚が丁寧に焼かれている。


 中まで火は通っているが、齧り取った肉の断面を観察するとピンク色で、レアでしっかりと中心までよく調理されている。食うのが狼の俺だから生に近い焼き方に気を使ってくれているのだろう。


 デザートに生クリームを使った、甘さ控えめの暑めの生地で包んだ菓子だ。悪くない。俺は食後のお茶をいただきながら、彼に恭しく大銀貨のチップを渡した。


「いや、堪能堪能」

「うわあ、ここまで人間の食事を楽しまれる魔物舎のお客様は初めてです」


 まあ、中身は人間だからな。それにしても美味かったぜ。この辺境でここまで美味い飯が味わえるとは。だが、この先はそれの質が落ちていく事が容易に想像できるのが少し残念だ。


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