1-11 王都帰還への道
「やあ、やっと旅に出られたなあ」
「でも楽しかったんだよ~」
「そうだなあ」
俺もまさか、あそこまで楽しむ事ができようとはな。
この姿では人と触れ合う事すら難しいと思っていたのだが。今は触れ合うどころか、人を乗せて歩いている。
だが、あの村で最初にボール爺さんと会った時の反応が、人との出会いの反応の基本だと思っている。
「ああ、そういや、あの村ってなんて名前だったろう。聞くのも忘れたわ」
「ローム村だよ。村の名前とかを知らないと訪ねてもいけないよ。スサノオってのんびりしているから、道とかいろいろ忘れていそう」
「ああ、そうかもしれないな。ところでサリー、王都までどれくらいかかるんだい」
「そうですね。今の調子だと三週間くらいでしょうか」
「うーん、遠いな。でもまあ乗客を二人も乗せていれば、こんなものかな」
俺がつっぱしれば、あっという間に着くかもしれないが、上に乗っている方が堪ったものではない。
「次の町までは遠いんだったっけ」
「ええ、それなりにはですが、このペースならば日暮れ前に十分着きますよ」
「そうか。まあ遅れそうなら、ペースを少し早めればいいのだが」
その場合は若干乗り心地が犠牲になるので、それも良し悪しなのだが。その間にお話しでもしておくか。
「なあ、サリー。お前らの国って小さいの? 面積っていうか、小国なのかという意味で」
「いえ、けしてそのような事は。周辺国では三本指に入る国ではないかと」
「第五王女の立ち位置ってどれくらいなんだ。いくらなんでも、このような辺境を越えていくのにお付きの人間が二人だけというのは、さすがにおかしくはないか?」
「そ、それは」
サリーも少し言い澱んだ。やっぱり訳ありなのかよ。
「向こうに着くまでに、よかったら話を聞いておきたいと思ってな。王国内で何かごたごたしていたりして、向こうに着いたら襲撃者が現れるような事態が予想されるなら先に言っておいてもらいたい。
どうも、お前さんも訳ありっぽいしな。話したくないのなら構わないのだが、お姫様にも危害が加わるようならマズイ」
すると、ルナ姫がサリーに向かって宥めるように話しかける。
「サリー、スサノオには言っておいてもいいよ。どっちみち王宮へ行けばわかる事なんだし。スサノオは話を聞いても気にしないと思う」
「そうですか」
サリーは軽く溜息を吐くと、軽鎧の面を上げると語った。
「実はルナ姫様は少し疎まれるような環境にあってな。我がアクエリア王国には三人の王妃様がおられる。ルナ姫様はその第三王妃様の子供で、第三王妃様は他の王妃様に比べて少し身分が低い。王国にはまだお世継ぎがなかったので、王女のうちの誰かが婿を取って跡を継ぐかという話が出ていたのさ」
ははあ、それで跡目争いがあったわけか。
「そして、第一王妃と第二王妃の間で激しい跡目争いがあった。ルナ姫の母上であられるアルカンタラ王妃様は一歩引いた立ち位置におられて、ルナ姫様に危害が及ばないようにと取り計らっていたのだよ。
だが彼らは万が一の可能性を考えて、幼いルナ姫様を狙ってきた。騎士達も分の悪い第三王妃につく者はなく、はみ出し者の私にお鉢が回って来たのだ。困った国王陛下も危惧されておってね、なんとか信頼できる警護の者をと」
「へえ、お前さんは信頼できるというのかい? 自分ではみ出し者などと言っていたのに」
「ああ、その事なんだがな。私は代々優秀な魔法騎士を輩出してきた特別な家柄なのだが、男子が生まれずに私が騎士となったのだが、おまけに何故か知らないのだが魔法が使えなくてな」
少し自嘲気味に、意味ありげに俺の頭を見ながらそういうサリー。
「へえ、まるで俺みたいな奴だな。呪いか何かか? スキルのような物は使っていたようだが」
「ああ、仕方がないので、そっち方面を研鑽したのさ。武具も魔法武器を愛用している」
「なるほどな。ますます俺と一緒じゃねえか」
「ああ、お前には妙な親近感が湧くよ。ただ、そこからまた風向きが変わってきてなあ」
「へえ?」
サリーは兜を取り、脇に抱えると少し髪を風に任せて靡かせた。
「よりにもよって、アルカンタラ王妃様に男のお子様ができたのさ。第一王位継承権はアルス王子に移り、跡目争いでアルカンタラ王妃が一気に優位に立った。だが、それは本人も望んでいなかったし、周りもな。王も今さらかと複雑な胸中だ」
「あっちゃ、それってルナ姫のお母ちゃん的に凄くまずくないか?」
「マズイなんていうものではなかった。毎晩のように殺し屋がやってきて、私とエルンストも気が休まる暇もなくてな。
そして、ついにある日、堪りかねたアルカンタラ王妃が王に願い出た。子供達を他国への養子にと。王もその願いを受け入れ、まさに今回、ルナ姫本人がその使者を御勤めになったのだ。
王は言われた。お前自身と、弟の将来を自らの目で見極めてきなさいと。さらにマズイ事にな、第一王妃・第二王妃にはそれぞれ出身国のバックがついておる。彼女達はそこの王女だったからな。
第三王妃は自国の伯爵令嬢に過ぎない。あの強欲で他国の紐付きのような王妃連中にうんざりした国王陛下が、ご自分で見初めた女性だったのだ。
できればアルス王子に王位を継いでもらいたいのだが、それは叶いそうもない。それだと殺されてしまうだろうからな。彼は自分が愛した女性の子供達を守りたい。そう願ったのだ」
俺は立ち止まり、ちょっと不満そうに鼻を鳴らした。
「だったら、もうちょっと警護くらいつけてやればいいのに。数少ない味方だったらしいエルンストは、今はもう俺の収納の中じゃないか。ルナ姫だって危なかったのだし」
「へたにそういう手配をしてしまうと、奴らに感づかれて途中で襲撃されるからな。そっと側近だけで送り出したのだ。今、王国は酷い有様よ。
我がハーベスト家は、いつの時代も王家からの信頼を受けてきたというのに。私はその信頼をもう少しで裏切ってしまうところだった。
この魔法も使えぬ半端者が、女だてらに騎士の跡目をと誹られたものだが、アルカンタラ王妃様とルナ様だけは優しく接してくれた。今、王宮で公然と姫と王子の味方ができるのは、もう私だけになってしまった」
だが俺は思わず、くっくっくと笑ってしまった。
「何がおかしい。真面目な話をしていたんだぞ」
「おいおい、だってここに立派な忠犬がもう一匹いるじゃねえかよ。しかも、とびっきりの奴がよお。忘れたか、サリー。俺は神の子フェンリルの加護を、彼女ルナ王女に与えたのだぞ。そうするに相応しい魂の持ち主だからな。神の一族が人の子に加護を与えるというのは、そういう事なのだ」
ポカンっとするサリー。そして、ひょいっと体を前に伸ばし、俺の首筋を撫でるルナ王女。
「ありがとう、スサノオ。大好きだよ」
「ああ、俺もだ。俺達は友達だぜ。サリー、お前もな」
それを聞いた金髪の騎士は、改めて兜を被ると言った。
「そうだな、マイフレンド。とりあえずは、次の街を目指して」
俺達一行は爽やかな風に吹かれながら、旅路を急いだのだった。