2-54 冒険者ギルドで
俺達がのこのことやってくると、ちょうどピンキーがカウンター前のフロアにいた。
「よお、ギルマス」
「あら、狼。ダンジョンから帰ってきたのね。依頼はどうだったかな」
「おう。これ、テンプテーションの魔石。小さいけど、依頼書の数だけあるはずだよ」
「へえ、やるじゃないの。何の魔物から獲れた?」
「ドライアド」
途端にギルマスがピンクの長い髪を逆立てた。
怖いというよりも、髪の色のせいか何か面白いな。外国の映画なんかに出て来そうなシーンだ。そして、つかつかと近寄ってきて、人差し指をつきつけて文句を垂れた。
「こ、この馬鹿狼が。あれは討伐禁止の代物よ。またダンジョンで大立ち回りでもしてきたの?」
「いや、討伐しないで交換条件で魔石をもらってきただけなんだが」
「交換?」
「ああ、俺の特製肥料でな」
「ああ、神の子のおしっこか」
「違う!」
この女、考える事が俺と同じレベルだな。俺の場合は、わざとジョークでやっているのだが、この女の場合は素だ。
まあ確かに神の子のおしっこには凄い肥料となりうるパワーがあるのかもしれないのだが。
「まあいいわ、しばらく入荷しなくて困っていたのよね。こいつは引き合いが多いから。あら、まだ何か用がありそうな顔ね」
だが、後ろでそれを遮る声がした。
「マーカス! お前、生きていたのか」
振り向くと、そこにまだ若いといってもいいような冒険者らしき男女が四人いた。ははあ、さてはこいつらが例の冒険者だったか。全員、ちょっと意地糞悪そうな顔をしている気がする。
「生きていたら、悪かったのかね。お陰様で無事に帰ってこれたよ。まったく、お前らなんかに関わるんじゃなかった」
「くそっ」
そのリーダーらしき剣士風の男が、チラっとギルマスを見て、それを見逃さないギルマス。
「狼、何があった」
「ああ、そいつらは上層で手強い魔物に遭い、そこのマーカスを身ぐるみ剥いで囮にして置き去りにしたのだ。たまたまというか、神の子として引き寄せられたものか、俺が発見して連れ帰ったのだ。こういうのは罰則があるんだってな」
彼女は少し剣呑そうな表情でそいつらに視線を一巡させた。連中も怯み、やや後ずさった。
「し、仕方が無かったんだ。足手纏いのそいつを置いていかないと、俺達も危なかった」
「ほお、こんなとても上層では役に立ちそうもないようなおっさんを連れてか。昔からよくいるんだ。こういうたいした事のない冒険者を、わざと使い捨てにするために上層に連れていく奴が。
だから、それらを踏まえて冒険者ギルドでは、その手のやり方は禁止事項としているのだがな。罰則の内容は知っているな、マキウス」
ぐ、と唇をかみしめる、そのマキウスと呼ばれた男。他のメンバーにも動揺が走っている。
そして、ギルマスはそいつに近寄ると、胸に紐でかけていたタグカードを引っ張り出すと、ブツっと引きちぎった。そして、続けて全員分を千切り取り、回収した。
「全員、冒険者資格の剥奪、および金貨二十枚の罰金だ。払わねば、ギルドが拘束し騎士団へ突き出す」
「くそ、横暴だ。俺達は上級冒険者だぞ。こんな事くらいで除名だなんて。そんなカスの俄か冒険者なんかのために」
「そうだよ、あたいらが今までギルドにどれだけ貢献してきたのか」
「黙れ」
ぎゃあぎゃあと喚いていた全員が、端的な命令に沈黙した。明らかにギルマスの声の調子が本気モードで、フロア中を黙らせるだけの音量と迫力を伴っていた。
空気は凍りつき、音の伝搬速度や音質にまで影響を及ぼすかのようだった。このギルマスが意味もなく翻意する事など、もはやありえない。
「くそ、持っていけよ。行くぞ、お前ら」
奴らは不満と不平を顔に張り付けたままギルマスに金を渡し、こちらを見ながら憎々し気に立ち去って行った。ギルマスは、そいつを数えると半分をマーカスに渡す。
「いや、あいつらが罰せられただけで十分だ。私は別に金が欲しいわけでは」
「徴収した罰金額の半分は、被害に遭った奴に渡す決まりだ。あの手の連中は必ずどこかでまた面倒を起こす。
あちこちのギルドで、上級だからと利益優先の考え方や温情などから手ぬるい対応をしたギルドは必ず後で大きな問題を抱える事になる。
まあ、こんな事はよくある話なのさ。いいから受け取っておけ。ルールには従ってもらわねば困る」
マーカスはしばらく黙って静かに金を見詰めていたが、ライアスの方を向き直って言った。
「ライアス、こんなもので、あんたにかけた苦労に報いられるとは思わないが、これを受け取ってくれ。私はまた鳥の世話に戻れることになったので、こんな物はいらないのだ」
彼ライアスは驚いた顔をして、それを手で押し返そうとしたが、しばらく押し付け合った後で最終的に受け取った。
「マーカス、人のいいあんたの事だ。また何かトラブルに巻き込まれるような事もあるだろうて。このお金はそういう時のために、わしが預かっておこう。わしも別に金には困っておらんでな」
なかなか面倒で微笑ましいやり取りをしているのを俺とギルマスは生暖かい目で見守っていたが、頃合いを見て切り出した。
「さあ、鳥さん達のところへ戻ろうぜ」




