2-51 昔話
どうやら、無事に可愛い雛は生まれてきそうな状態だ。でも雛は見てみたいな。後で食べるつもりなので見ない方がいいかもしれないが、地球でもヒヨコは可愛いと思いつつ、みんな鶏肉は食べるのだし、別にいいか。ルナ姫にも見せてやりたいしな。
「ねえ、雛が生まれたら呼んでちょうだい。ルナ姫達にも見せてやりたいし」
「わかりました。その時は王宮へ使いを出しますわ」
という訳でアンディに頼んでおいたから、そっちはいいとして。
「なあ、マーカス。お前、金がいるって言っていたよな。その話はどうなった」
「ああっ。屋敷の皆様の顔を見て、すっかり忘れておりました。少し話は長くなりますが、よろしいですか」
「ああ、かまわんよ。もうここの要件は終わったのだからな。そうだ、この魔石は全部渡しておこう。大きい奴だけね。あと、アロマポットも予備の奴を頼んでおいたんで、今度貰ってくるよ」
俺は二十個ほどあった大きな魔石を渡して、残りの小さな奴は仕舞っておいた。貴族のお相手の発情用なんて、この小さいので十分だ。
大きなものは皆、大事な鳥さん用なのだ。あいつらにはこれからも、しっかり交尾していただかないといけないのだからな!
そして、広間に戻ったマーカスは、皆でお茶をしながら話し出したのだった。落ち着くようにと、アンディが香りのよい鎮静的な薬効のあるお茶を淹れてくれる。
少し癖はあるのだが、俺も嫌いじゃない。両手でカップを持ちながら、器用に茶を啜る狼を子供達が珍し気に見上げている。お茶請けは素朴な焼き菓子だが、悪くない。
「あれはちょうどアルカンタラ様が、国王陛下に見初められ、王宮へと御輿入れなさった頃でした。怪しげな者達が屋敷をうろうろし出した時なのです」
伯爵も軽く目を瞑り、当時を思い起こすかにしていた。
「そうじゃ。あ奴らは間違いなく、第一王妃の手の者。そういう事は起きうるだろうという事は想定しておったのだが、実際に現れるとなるとまたのう」
ああ、俺も経験したなあ。ルナ姫も凄く強張った顔をしていたもんだ。母親の実家も同じようにやられていたのか。マーカスは沈痛な表情で話を続けた。
「そして、幾度となく嫌がらせを受けて。そして、あの時でした。第一王妃の母国より視察団がやってくるので、特別な相手だからデリバードを寄越すようにと王宮から使いが。
今にして思えば、あれすらも第一王妃の息がかかっていたのでございましょう。そして、私は準備して王宮へと届けました。しかし、その肉は傷んでいたのです。
そんなはずはないのですが、実際に痛んでいました。おそらくは肉の熟成を早めるための魔法薬を大量に使われたのでしょう。あのような薬は一般には出回っていなかったはずなのですが。
彼らはアルカンタラ様を徹底的に糾弾いたしました。第三王妃の名において手配されたものだからと。
私は願い出ました。どうか、責任者の私を罰してくださいと。死刑にされても文句は言えないと。ですがそんな私を、幼い頃からお仕えしたアルカンタラ様は必死で庇ってくださいました。
私は鞭打ち刑で済まされ、王宮からボロ屑のように放り出されました。仕組まれた事とはいえ、余計に第三王妃としてのアルカンタラお嬢様のお立場を危うくしてしまったのです。
もう伯爵家へは戻れませぬ。そして私は、いつか第一王妃派を見返すために、アルカンタラ様の汚名を晴らすために、自分でデリバードの研究を始めたのですが」
彼はそこで苦渋の表情で言葉を切った。ああ、大体わかるんだけどな。資金も豊富で、代々改良されてきた品種を既に持っている今までの環境とは訳が違う。一から始めるのではまともな物はできないだろう。
「そのために借金を重ねてしまいました。そして、力になってくれていた友人にも迷惑をかけてしまって。私が金を借りていた連中が、不法な金利を要求してきて。しかもその友人を質として捉え、期限までに金を持ってこいと」
俺は静かな怒りを瞳に湛え、彼に問うた。
「その刻限は」
「今日いっぱいです。日付が変わるまでに金を持ってこねば、彼を殺すと。ああ、どうしようか」
「マーカス、その代金は幾らじゃ」
「い、いえそんな、お館様」
「よい、言うがいい」
「……金貨千枚です」
「なんと!」
伯爵が目を剝くのもわかる。いくらなんでも法外なのにもほどがある。悪党どもめ、あまり無茶をすると、元すら還ってこないぞ。イソップの犬か。
そして、俺は立ち上がった。そしてマーカスの服の裾を咥えて引っ張った。
「さあ、行くぞ、マーカス」
「え」
「え、じゃねえ。この俺様の『神の鳥』に手を出した不届きな奴らに神の子自ら天誅を食らわせに行くんだよっ」
「ええっ」
だが、それを見ていた伯爵は豪放な笑い声を上げて言い切った。
「よろしくお願い申し上げます。偉大なる神ロキの息子、フェンリル様」
「任しといて~。さあ、案内せえ、おっさん」




