分かっているくせに。
「すまないシャーロット……。行ってくれるか」
「はい、お父様。それがわたくしの務めですもの。お気に病まれる事などございませんわ」
玉座からそう言った王に対して、にっこりと笑みを浮かべて返したのはシャーロット・マイラ・シュメーラル。シュメーラル王国の第1王女であり、王の隣から心配そうにこちらを見ている王太子の妹だ。
普段は近衛兵がずらっと並び華やかで荘厳な謁見の間は、今はたった数人の兵と三人の王族しかおらず閑散としており、どこか物々しい雰囲気が漂っていた。
「お前には自由に選ばせてやりたかったんだが……この縁談を断ることは出来ない。よって私は王としてお前に命を下さざるを得ない。分かるな」
「ええ、王族として生まれた以上義務を全うするのは当たり前ですもの。むしろお父様のお気遣いが有難いと思っております。わたくしシャーロット・マイラ・シュメーラル、喜びませんけれど隣国カルセタの皇帝アデルバート・イーラ・カルセ様に嫁がせていただきますわ」
「そこは喜んでじゃないんだな」
「素直なのはいいことだと思いますのお兄様」
「なんでも素直に言えばいいってものじゃないだろう?」
「もちろん本音と建前は使い分けますわ」
「お前一応深窓の姫君で通ってる筈なんだが」
「わたくしの擬態は完璧でしてよ」
ころころと笑いながらシャーロットは言った。擬態は完璧だと言いつつも、ここには本性を知っている人しかいないのだからいいではないかというのが本音である。
「ですがまさか本当に国を平定し、国力まで底上げしてしまうとは驚きましたわ。あの方がこの国に来られたのが8歳でしたので、たった13年ということになりますわね」
「うむ、末恐ろしいものだな。聞けば、前帝に対して不満を抱いていた貴族とも関係を結び直し、今では彼を崇拝する者までいるという。いくら前皇弟の協力があったとはいえ当時クーデターを起こさんとしていた貴族を上手くコントロールし、前帝を退けわずか15歳で皇座を奪うなど並の者にできる所業では無い」
しかもそれら全てが他国の第一王女を手に入れる為だと言うのだから。
ふう、と国王はため息を吐いた。いくら大国と繋がりが出来ると言っても最近まで内部がごたついていた国に娘をやるのは心配だ。自分が王である限り引き止めることが出来ないのは分かっているが、やはり親としては歯痒い思いがあった。
そして国王にはもうひとつ、いやふたつ懸念事項があった。この兄妹の会話を聞けば分かるだろうか。
「いいか、何度でも言うぞ。くれぐれも、くれぐれもやり過ぎないように」
「あら、何をでしょう?」
「そうだな、自分の胸に聞いてみろ。たくさん思い当たる節があるだろう?あちらでもロティはロティのままでいればいいと思うが、そろそろこの機会に限度というものを学ぶべきだな」
「まあ、お優しいですわ。わたくしはわたくしのままでいてもいいと言って下さるなんて」
「私にとっては可愛い妹だからな」
「たとえ家族だとしてもそのように仰る方はそういらっしゃいませんわ。まして王族ならば。……本当に、わたくしは幸せ者だと思います」
「そうか、なら程々にな?」
「あら、心外ですわ。わたくしやられた分をやり返しただけですもの。もう二度と逆らおうなんて思わないように……ね?」
「……分かった。もう細かいことは言わない。ただ本当に目立ちすぎると打たれるぞ。あちらはまだ不安定な部分も多い」
「はい、心得ております」
「それに私は他の心配もしている。この13年間飢え続けたあいつが結婚式まで耐えられるかどうか……」
「耐え?……ああ、そ、それは耐えて貰わなければ困りますわ。非難されるのはこちらですもの。……ハリセンでも持っていきましょうか」
「そうだな」
(……不安だ)
ハリセンて。国王はそう思った。
シャーロットは親の欲目抜きでも大変美しい少女だ。今年で成人の16となり、子供らしい可愛らしさが減って大人の魅力が出てきたように思う。だがしかし、その見た目に騙されてはいけない。美しく儚げな見た目につられて近づくも転がり落ちていったやつらは数知れず。一応深窓の姫君で通ってはいるが、一部の人間には危険人物として認識されている。
あちらの国でそんな本性がバレてしまえば、シャーロットを危険視して排除しようという輩も出てくるかもしれない。いや、十中八九そう思うだろう。だからこそ兄も口煩く注意し、シャーロットもそれを受け入れているのだ。シャーロットの擬態は確かに完璧だが、やはりその追い落としに関わった一部の人には分かってしまう。それくらいなら最初から自重しろよ、と思わなくもないが、彼女曰くやられた分をやり返しているだけらしいので多分無理である。
そしてもうひとつ。
兄が言ったように果たして皇帝アデルバートが結婚式までシャーロットを求めないでいられるかという事だ。………ここで「は?そんな事?何言ってんのこいつ」など思ってはいけない。決してふざけている訳では無いのだがあの皇帝であれば何分絶対と言いきれないのが悲しいところなのだ。
彼は13年前、8歳の時にこの国に来た事がある。一応国交はあったので迎え入れたが、何があったのか帰り際に自国の皇座を奪うことを宣誓。いやそれ言っちゃ駄目なやつじゃんとかそれ言って何の意味があるんだとか思ったが、「この国の宝を手に入れる為に、手放さざるを得ない状況を作り出す為です」とかなんとかほざきやがった。思わず「やらん」と返したことも懐かしい。当時三歳の娘にプロポーズ……。少し彼の将来を心配したことは秘密だ。
ただ、彼の執着には正直ドン引き……いや正気を疑う……娘への想いが過剰なほど伝わってくるので悪いようにはしないと思う。だがどうしても不安なものは不安なのだ。……ハリセンは必要かもしれない。
「ハリセン……作るか?」
「そうだな」
「そうですわね」
かくして国章の入ったハリセンが嫁入り道具として作られることとなった。
**
父と兄との話を終えたシャーロットが自室に戻ると、そこには王女付きの侍女であるナタリーがお茶の準備をしている所だった。タイミングはまさにぴったり、さすがである。
シャーロットは王族をダメにするソファーに倒れ込むように座った。
「ナタリー」
「はい」
「わたくしの輿入れが決まったわ」
「おめでとうございます」
「驚かないのね」
「想定はしておりましたので」
「そう」
「姫様」
「なにかしら」
「人払いは既に済んでおります」
「……優秀ね」
シャーロットは大きく息を吸った。
「………あああ、ついに来てしまったわこの時がっ!あの変態めえぇぇ!」
そして思いっきり叫んだ。
隣の大国の皇帝を堂々と変態呼ばわりである。だがそれを気にするものはこの部屋に誰もいなかった。
「面倒だから嫌だって言ったのに!皇妃とか面倒の塊なのにぃ!」
ナタリーは淡々とお茶の用意を続け、シャーロットはソファーに顔を埋めてむぐむぐと言葉を紡ぐ。あのロリコン粘着質変態鬼畜馬鹿……
「姫様はもう成人されましたのでロリコンには当てはまらないかと」
「違うの、そういう問題じゃないの」
「お茶が入りました」
「マイペースね、あ、今日は砂糖を入れて」
「承りました。何分それが私の取り柄でして」
「初耳だわ」
シャーロットはのっそりと起き上がり、ナタリーの淹れたお茶を飲んだ。ふう、と一息ついても溢れる愚痴は止まらない。
「変態の戯言なら良かったのに……」
「13年間彼の方と接して来て何をおっしゃいますか。姫様が一番お分かりのはずです、諦めるしかないと」
「そうね、嫁ぐことに関してはどうしようもないと分かっているわ。分かっているのだけれど、何というかこう……癪だというか」
「子供じゃないのですから我慢して下さいませ」
「あら、子供心を忘れては素敵な大人になれないのよ?」
ナタリーの淹れるお茶はいつでも美味しい。いつもはストレートで飲むが、今日は糖分を取らなければやっていられない。シャーロットはまた王族をダメにするソファーに座り込んだ。
「今日もあなたは紳士的ね、何も言わずにわたくしを優しく包み込んでくれる……」
「既にあちらへ持って行く準備は出来ております」
「流石ね。それと、あなたにも来てもらうわ。嫌だと言っても決定事項だから諦めて頂戴な」
「もちろんです」
「もっと喜んでもいいのよ?」
「ええ、心の底から喜んでおりますとも。これまでにない感激で涙が出そうなほどです」
「あなたの目元は誰が見てもカラカラだと思うわ」
「私の心の中の話、でございます」
「まあ、調子のいい事」
シャーロットはこの取り繕わなくていい時間が大好きだった。自分が小さい時からそばにいるナタリーと離れるのは嫌だったので国王に頼んで一緒に連れて行ってもいい事にしたのだ。もちろんそんなことをしなくても大丈夫だったと思うが、念の為である。
「姫様が思うほど悪くはありませんよ。かの方は側室を取らないと宣言されている訳ですし、面倒ごともなるべく排除して下さると思います。それに何より姫様を大切に思っていらっしゃる。それとも気に入らない方を軽い気持ちで蹴落とせなくなる立場がお嫌ですか」
「あら、わたくしだって悪い条件だとは思っていないわ。癪なだけだと言っているじゃないの。何だか負けた気がするだけ。それに勘違いしているようだけれど、わたくしは別に人を貶めたいわけではないのよ。ただ、自分の手のひらの上で操っていた筈なのに本当は自分が踊らされていたんだと気が付いた相手を見るのが好きなだけなの」
「歪んでいらっしゃいますね」
「歪んでいらっしゃらないわよ。こんな純粋な王女様を捕まえて何を言っているのかしら。だって腹が立つでしょう?こう、ふんぞり返って偉そうな方。何様って感じだわ」
「ひねくれていらっしゃいますね」
「言い換えても同じよ」
シャーロットとて決して嫁ぐのが嫌なわけではない。政略結婚が当たり前の立場としては自分のことを好いてくれている相手と結婚出来るのは幸せな事だと分かっている。だが勝負事ではないのに負けた気分になるのは何故だろうか。とてもモヤモヤするのだ。
「……いっそ距離を置いてみるのはどうかしら」
「何の為にですか、今更無駄です。1ヶ月後にはあちらに赴くのです、諦めてくださいませ」
「その通りだ」
突然、ここにいる筈のない人の声が部屋に響いた。まさかまさかと思いつつ、シャーロットはギギギ……と錆びたブリキ人形のような動きで扉に目を向けた、が。
そこにはやはりと言っていいのか、シャーロットと並んでもなんの遜色もない、むしろお似合いとも言えるほどの美貌の持ち主が立っていた。
彼は年相応に逞しく、細過ぎない身体は抜群のルックス、更には無駄に男の色気を振りまくという神様の贔屓設定盛りだくさんの美丈夫だ。
城中、いや国中でアンケートをとっても抱かれたい男ランキング上位に輝きそうだな、とシャーロットは思った。決して現実逃避ではない。ないったらない。だが目が合った以上挨拶はせねばなるまい。ソファーから立ち上がって姿勢を正し、ドレスの裾を持って礼をとった。シャーロットは振り返らなければ良かったと少し後悔した。
「……これはこれは皇帝アデルバート・イーラ・カルセ様ではございませんか。お久しぶりですわ、お会い出来て嬉しゅうございます。わたくしの輿入れはまだ先だった筈ですが、いかがなされましたか?」
暗にそっちへ行くのはまだ先だろう、何で来てるんだお前的なニュアンスを含んでシャーロットは問いかけた。
実際、いくら結婚が決まったと言っても王族の大事ごと、しかも国を跨ぐとなれば準備にもそれなりに時間がかかる。間違っても直ぐに旅立てる筈などあるわけが無い。なのに何故使者ですらなくご本人がわざわざ来れるのか。来やがるのか。
「久しぶりだなシャル。元気そうでなによりだ。お前の顔が早く見たくて俺が直接来られるように調整して良かった。会えて嬉しいぞ。それとこの前言っただろう?アディと呼べ、と」
アデルバートは誰もが見惚れるような笑みを浮かべてそう言った。残念ながらこの部屋にはシャーロットとナタリー、アデルバートとその従者しかいない為その効果は発揮されなかったが。というかこの顔にも頬を染めないなんてナタリーの美的感覚はどうなっているのだろうか。後で聞いてみようと思ったシャーロットだった。
「まあ、その時も申し上げましたが大国カルセタの皇帝陛下を愛称で呼ぶなど恐れ多いことですわ」
「俺が許可しているのだから問題ない。それにお前の言い分だと俺の要望を断る方が問題になると思うが?」
にやりとしてアデルバートは言った。
しばらく無言の睨み合いが続いたが、埒が明かないとため息と共に先に折れたのはシャーロットだった。
「……アディ」
「何だ?シャル」
……ああもう、思いっきり文句を言ってやろうとしたのに、そんな嬉しそうな顔をされたら何も言えないではないか。
だから、この人はずるい。
シャーロットは口をとがらせた。もう澄まして取り繕うのも面倒だし相手も知っているのでいいか、と思ったシャーロットは姿勢を崩して王族をダメにするソファーへと倒れ込んだ。開き直った、とも言う。王族をダメにするソファー、今日は大活躍である。是非ともカルセタでも愛用したい。
溶け切ったスライムと化した第一王女を愛おしげに見つめる皇帝陛下……なかなかの珍光景。
スライム化によるドレスの皺?王宮の侍女さんたちは優秀なのである。
アデルバートはソファーと一体化したシャーロットに近づき、ひょいと持ち上げると自分が座ってその上にシャーロットを下ろした。つまり膝の上。驚いたシャーロットが逃げようとする前にアデルバートはしっかり腕を腰に回していた。用意周到だ。
「ちょっ!?」
「ああ、やはり落ち着くな……。お前が俺の腕の中にいると安心出来る。……いっそこのまま連れ去ってしまおうか」
不穏な言葉を吐いてシャーロットの首筋にぐりぐりと顔を埋めるアデルバート。……やっぱりちょっと変態っぽい。人の本質はそうそう変わらないらしい。
「離してくださいな……」
「嫌だ」
「子供ですか」
「甘やかしてくれるのか?」
「時と場合によります」
一方シャーロットは彼の腕を押し返そうとするがビクともせず、自力でどうすることも出来ない為ぐりぐりされながら死んだ魚の目をしていた。この時間が早く終わることを願うばかりだ。
するとここで救世主が現れた。
「駄目ですよ陛下。王女殿下がお越しになるのは1ヶ月後です。これでもあなたにせっつかれて大分早めた方なんですから、それくらい我慢して下さい」
シャーロットが投げやりな気持ちでいる中、そう言ってアデルバートを窘めたのは後ろに控えていた従者だった。ありがとう。シャーロットは心から感謝した。
「お久しぶりです、姫様。と言ってもつい先月お会い致しましたばかりですが、相変わらずなようでなによりです」
彼はシャーロットの方に向き直り人好きのする笑みを浮かべて礼をした。
そう、シャーロットやアデルバートも久しぶりという表現を使ってはいたが、実は先月彼らはこの国を訪れていた。もちろん非公式で。
想像してみて欲しい。良い月夜だと思い、窓を開けるとそのバルコニーに呼んだ覚えのない人がいる恐怖を。何度もやられてきた事とはいえ、思わず殴りたくなる気持ちがわかるだろうか。
その頻度は実に月一。暇かよと叫びたくなる程だが、その来訪理由はなんとシャーロット不足(エルド談)。ふざけるなと言いたい。
「ええ、あなたもお変わりないようで一安心ですわ。あなたに何かあればこの方の暴走を止める要員がいなくなってしまいますもの。これからも頑張って下さいませ、エルド。主にわたくしの心と国の安寧の為に」
「姫様からそのようなお言葉を頂けるとは身に余る光栄ですが、私では殿下の暴走を止めるなんて出来ませんよ。せいぜい軽減する程度です。陛下の手綱はあなたに握っていて貰わなければ」
にこ。
にこ。
もうちょっと頑張って止めなさいなそれがあなたの仕事でしょう。
無理です無理なんですよ。この人何を言っても止まらないんです。これからはあなたにお任せします。
無言の攻防。押し付けあいとも言う。
だが押し付け合われている本人はどうやらその内容よりもシャーロットの目線が気に入らなかったようだ。
「俺の腕の中にいながら他の男と見つめ合うとはいい度胸だな、シャル?」
言いがかりも甚だしい。赤ん坊の方が物わかりがいいのではないだろうか。成人男性が拗ねたところで可愛くもないわ、とシャーロットは心で呟いた。一部の人間には需要があるのだろうが、残念ながらシャーロットはその中に入っていなかった。
「まあ、見つめ合ってなどおりませんわ。わたくしなりの激励です。あなたのような方が主人だと大変ですがこれからも身を粉にして働いて下さい、という」
「ほう、そうだな。シャルもこう言っていることだ、身を粉にして働いてもらおうか」
「……鬼…」
ボソッと呟いた言葉はもちろん2人に届いた。
「あら、あのような事を言っておりますわよ」
「そんなふうに思われていたとは傷つくな。俺の優しさはどうやら届いていなかったらしい」
「え、あなたに優しさというものが存在するんですか?」
エルドは心底驚いたように言った。彼が今まで指示を受けてきたことといえば、シャーロットに会いたいから時間を開けろ、あの家が邪魔をするから不正の証拠を集めろ、シャーロットに会いにいくから誤魔化せ、道路と水路の整備は任せた、シュメーラルへ行く為の馬車を用意しろ、シャーロットとの結婚式を早めろ、シャーロットへ国にバレず手紙を出せ、シャーロットの……など無茶ぶりばかりである。主にある人物関係の。
こう考えると陛下って関心ごとの比率が大分偏ってるよなあ……。
エルドは思った。目の前の光景を見てもそれは顕著に表れており、自然とため息が漏れる。
「もういいでしょう、そろそろ下ろしてくださいな」
「まだ足りない。俺がなんの為に日々狸どもの相手をしていると思うんだ」
「少なくともこの為ではないですわ」
「そうだな、お前を迎え入れる為だ。安心しろ、ほとんどこの婚姻に反対するやつはいなくなった」
「あら、それはそれでつまらないですね」
「ほとんど、と言っただろう?残っているのは何がなんでも娘を俺に宛がおうと企む愚か者だ。潰しがいがあると思うぞ?」
「まあ素敵!楽しみですわ。それくらいのご褒美がないとやっていられませんもの。ですがそれことれとは別問題だと思いますわ」
「お前不足だ、我慢しろ」
今アデルバートを動物に例えるならばゴロゴロと喉を鳴らす猫のようだ。ご機嫌である。
とそこへ、お茶の用意をしていたはずのナタリーが何故か扉から入ってきた。どうやら周りの確認に行ってきたらしい。
「お久しぶりです皇帝陛下、エルド様。シュメーラル王族の方々と最低限の挨拶を交わした後直ぐに姫様に会いにいらっしゃるその執着心は流石ですが、陛下の事を探す方々がこちらに向かって来ていました。色々ややこしくなる前にお出になってください」
「ちっ、もう嗅ぎつけたか。優秀で困る」
「……アデルバート様、まさかと思いますが、護衛を撒いて……?」
「ああ」
「……そうですか」
何か問題でも?とケロッとした顔を見てシャーロットは諦めた。もうこの男には言うだけ無駄である。チラリ、とエルドを見るも首を振るだけ。しまいにはだから無理だと言ったでしょうとでも言いたげな顔をした。この上なく腹立たしい。覚えてろよという気持ちを込めてにっこり微笑むと彼は口元を少し引き攣らせた。いい気味だ。
「シャル」
「はい?」
「アディだ」
しつこい。
「名残惜しいが時間切れだ。また1ヶ月間会えないのは憂鬱だが……まあ仕方ない。お前を迎え入れる為の準備期間だと思えば悪くないな。こうなればいくら面倒でももう逃げられない、呪うならこんな男に捕まった自分の運命を呪え。待っているぞ?シャーロット」
彼はそっと彼女の手を取り、その白い手袋越しにキスをする。自然な流れで、それが当然であるように。
「愛している」
……ほんとにもう、このひとは。
皇妃なんて面倒くさい。権力争い、後継問題。さっさと臣下に下ろうかなんて考えていたのに、いつの間にか面倒でもゴタゴタしてても彼の隣にいたいと思っている自分がいることを知っている。ああ、本当に癪。ずっと愛を囁かれて絆されない女がいるなら見てみたいものだわ。その言葉がどれだけ私の心を乱すのか。ああ、本当に腹が立つけれど──
「……知ってる」
とっくの昔に惹かれていることくらい、分かっているくせに。……アディ。
**
「シャーロット・マイラ・シュメーラル王女殿下。俺と結婚してくれ」
ぱちくり。
ぽかぽかと気持ちの良い日の昼下がりの事だった。ナタリーと共に図書室へ向かう途中、天使のごとき美少年から放たれた初台詞がこれである。
……は?いきなり何を言っているのだろうか、このお方は。
シャーロットは思わず口からそう出そうになって耐えていた。
「は!?何を言っているんですか!?」
するとそちらの従者らしき人が代弁してくれた。ありがとう。シャーロットは心から感謝した。彼の護衛たちに至っては目が落ちるのではないかと不安になるほど食い入るように自分の主人を凝視している。充血しませんか?
いや、それはさておきちょっと待って。いきなりの初対面で何を仰っているのか。こう、せめて順序みたいなものがあると思うのですが。従者さんの反応からして政治的な思惑が絡んでいるようでもなさそうだし……それに今私三歳児です。向こうは八歳か九歳……え、変態?初めて見た!いや、五歳差位は別よくあることなのだけれど、三歳に結婚を申し込む八歳児……ええ、カオスだわ。彼くらいの年齢だと年上のないすばでぃなお姉さんとかに憧れるお年頃ではないのかしら。それに将来どんな風になるのかなんて分からないのに、そんな簡単に決めてしまっていいのかしら?私、こんなに思考の読めない人には初めて出会ったわ。
シャーロットはこの時そんなパニックに陥っていた。ナタリーも珍しく呆然としているし、あちらサイドに至っては堂々とこちらを見つめる皇太子を除いて阿鼻叫喚の光景が広がっていた。
「殿下、一体どうなさったんです遂に頭が……!?お待ちください、直ぐに医師の手配を……!」
「うっ、あの何事にも無関心だった殿下が……!外面と立ち回りはいいけど心が凍ってるんじゃないかと思うほど冷めきっていた殿下が自ら……!」
「まさか偽物では!?」
いや、待ってあなた達。明らかに不敬罪だろうそれ。特に最初の人。頭の心配をするなんて……斬新だわ。
シャーロットは突込みどころが多すぎて逆に驚いた。
「……とりあえず、おなまえをおうかがいしてもよろしいですか?」
もちろん知っているけれど、一応形式として聞いておかないと後々ややこしいことになるかもしれない。保険は大事。それにこんな美少年が何人もいたらたまったもんじゃないわ。シャーロットは少しやさぐれながらそう思った。
「ああ、これは失礼した。俺はカルセタ帝国の第一子、アデルバート・イーラ・カルセという。突然の事で申し訳ないが、まあいわゆる一目惚れというものだ。側室は持たず、一生大切にすると誓う。だから俺の元へ来てはくれないだろうか」
シャーロットがその顔をじっと鑑賞していると、随分と熱烈なプロポーズされてしまった。
さっきもされたけれど……いや初対面の人にこの台詞言う!?もっと自分の将来を大切にしようよ!人生何があるか分からないと思うんです。
そしてどうしたらいいのか分からない雰囲気になってしまった。断りますよ?断っていいですよね?
目をぱちぱちとさせて、いかにも子供らしく首をこてんと倒して言った。空気なんて読めない子供ですよアピールでは無い。
「まあ、とてもこうえいですが……おことわりさせていただきますわ」
シャーロットは知る由もなかった。そのあざと可愛い様子にシャーロットの護衛たちが悶え苦しんでいたことに。
「殿下が壊れた……。いや、本当に偽物……?」」
「黙っていろエルド。姫殿下、何故かお聞きしても?」
アデルバートはうろたえる従者を片手を上げて止め、シャーロットに問いかけた。
始めの不敬てんこ盛りの人はどうやらエルドというらしい。一番アデルバートと親しげで距離が近そうだ。
「わたくし、しょうらいは、くにのためになるけっこんをしたいんですの。たしかに、たいこくであるあなたのくにとつながりができるのはみりょくてきですが、いまのあなたのたちばをかんがえると、ふあんようそがおおいのもまたじじつですわ」
今、彼の国は少々騒がしい。女にうつつを抜かしすぎて政治を怠る現皇帝に対し貴族達は多くの不満を抱えているのだ。侍らせる妾の数は20人近く、こちらでも誰が皇帝の寵愛を得るか水面下ではドロドロの争いを繰り広げているらしい。皇帝の顔は良いのだろう。目の前の天使を見れば何となくわかった。
アデルバートは第一皇子で正妃の子だが他に皇子もおり、皇座を狙っている。この状況でシャーロットがアデルバートの婚約者になった場合、シュメーラル王国がアデルバートの後ろ盾になると言っているのと同義で、カルセタ帝国の問題に首を突っ込む事となる。ことなかれ主義のシュメーラル王国としては避けたい事案だ。
さらに彼が万が一、この性格を見るに多分有り得ないだろうけれども皇座争いに負けてしまうと、シャーロットの立場はとても危ういものとなる。どうなるかはわからないが、非常に面倒なことになるのは目に見える。
「それにわたくし、ひとめぼれしたといわれてまいあがるほど、こどもではございませんの」
「いやあなたどう見ても子供でしょうが」
「ふむ、ならば国が平定し、なおかつそちらにメリットがあれば良いということだな。それならあなたが成人するまでに国を立て直すことを約束しよう。ついでに我が国の影響力も上げてしまえば断ることも難しくなるだろう」
「あら、わたくしをむりやりてにいれるおつもりですか?」
「まさか。あなたが成人するまでに全力で口説かせてもらう。立場だけそうなっても虚しいだけだろう?」
にっこり。
にっこり。
一般的に見れば天使と天使が微笑みあっているような可愛らしい光景でしかないが、今二人の間には可愛らしさとは無縁の冷え冷えとした空気が漂っていた。
「もうやだ。この人たち明らか子供じゃない」
「そのお気持ちよく分かります」
その後ろでは達観しすぎた主人を持つ従者達が深く頷きあっていた。
「残念だ。せめて言質だけでもとれたら良かったんだが」
「わたくし、そんなぶようじんではありませんの。へたなことをいってはいけないなんてこと、いんぼううずまくきぞくしゃかいでは、じょうしきですわ」
「確かにな」
「……陰謀渦巻く貴族社会なんて言葉を、この国では三歳児が普通にお使いになるんですね……」
「……まさか。姫様だけです。そちらの国では八歳児が流れるように言質を取ろうとするんですね」
「まさか。殿下だけです」
ふっ。
彼らはこの時、お互い何か通じ合うものがあったと後に語る。
「ではせめて俺の戴冠式には来てもらいたい。それまでには国作りもひと段落つくように努力しよう。安全の面でも尽力する。どうだろうか?」
「わたくしさんさいなのでなんとも……」
「その台詞がすでに三歳じゃない」
「エルドさま、さきほどはこどもだといったり、いまはこどもじゃないといったり、はっきりしないですわ。ゆうじゅうふだんなおとこはモテないと、ちちがいっておりましてよ」
シャーロットは無邪気な笑顔で毒を吐いた。
「もうこの姫様怖いです。的確に人の心を抉ってくる」
「抉られる要素に心当たりがあるのですね」
「この侍女殿も私の心を折ってくる。……シュメーラル王国って、平和な国だと思ってました」
心なしか疲れた顔をしてエルドはそう言った。彼のイメージとしてはシュメーラルは戦争も無く豊かな土地でもあるので、もっと穏やかでのんびりとした性格かと思っていたのだが、国王や王子も食えない人物であり何より王女殿下がこれだ。侍女もさり気なく口撃してくるあたり、シュメーラルの国民性の認識を改めなければならないだろう。
「……殿下、行きましょう。時間も押している事ですし、疲れました」
「お前最後のが本音だろう」
「まさか。私は殿下の望みを第一に考えますよ。なのでさっさと帰って頭の固い老害共を始末しましょう。老いぼれは老いぼれなりに隠居して余生を過ごせばいいんですよ。大した成果も出さずうるさい口ばかり挟んで何の役にも立たないなんて存在意義あるんでしょうかね。せめて私のストレスのはけ口になってもらいましょうか」
名案だと言う彼を見てナタリーは思った。あなたも十分そっち系の人種です、と。
そして結局戴冠式にはアデルバート直筆の招待状と皇族の紋章が入った馬車が迎えに来た為、行かざるを得なかった。
**
国に帰った後。
「王女様、来ると思いますか?」
皇城の郎下を早足で歩きながら従者は問いかけた。
「来ないだろうな。こちらが行くしかないだろう。国の為とは言いつつも妃など面倒だと、何とか躱そうと思っているのも見え見えだ。まあ牽制として分かるように言ったんだろうが……あれで三歳とは驚きだ」
しみじみと言うものだから、思わず従者は目の前の早熟な主人に対して言いたくなった───八歳とは思えないあなたが言います?と。
「あなたが言います?」
「口から出てるぞ」
「おっと失礼致しました。何分正直なのが私の取り柄でして」
「そうか、それは初耳だ」
そんな会話を交わしながら長い廊下を渡りきり、主従は叔父のいる部屋の前に着いた。周囲に気を配りながら扉をノックし、返事を待って中へ入る。
叔父───皇弟は机の前に座り、大量の書類を捌いているところだった。
「ただいま戻りました」
「おかえりー。何か収穫はあったかい?」
「ええ、最高のものが」
言い切った甥に対して叔父は首を傾げた。収穫はあったかと聞いたものの、あの国に甥が欲しがるようなものがあったか?と。豊かな国土は広がっているが、甥がそれを求めるとは思えない。
だが次の一言でそんな呑気な気持ちも吹っ飛んだ。
「叔父上、欲しいものが出来ました」
そう言ってうっそりと笑う甥を見て彼は頬を引きつらせた。
……マジか。
何故ならその顔は、彼がかつて妻を見つけた時と同じ顔だったから。思わぬ所で血の繋がりを見た。出来れば見たくはなかったが。そして自分が欲しいものを手に入れる為に何をしたのかも全て分かっている。
……え、マジ?
お願いします、冗談だと言って。この普段から容赦ない甥に執着するものが出来たら……。うわあ、考えたくないんですけど。せめて少し、最後にほんの少しの期待を込めて甥の後ろに立つ従者を見るが……
こっくり。
無情にも深く頷かれてしまった。裏切り者。
……そっかー、手遅れなのかー。
若干投げやりな気持ちで彼は開き直った。ならばもう仕方あるまい。甥のやる気が上がったことを喜ぼう。
叔父は頭の回転も速いが、諦めも早いのだ。
「……兄のようにはなるなよ」
「もちろんです。父は愚かだった。手ぬるすぎたんですよ。欲しいものがあるのなら丁寧に丁寧に囲って逃がさず手に入れる。誰にも文句を言わせず堂々と、書類上の関係だけでなく俺は相手の心まで欲しい。彼女が成人するまでにこの国の土台を作り上げます。良い国だと思ってもらえるように───この地に縛り付けられるように」
彼女……ああやっぱり人なのね。というか縛り付けるっておい発想が既に八歳児じゃない。なんて物騒な子供なんだ。もはや年齢詐欺だ。
「ちょっと待って叔父さん君の将来が心配なんだけど……。いつの間にそんないろんな意味で危ない子に育っちゃったんだい」
「父が遊んでいる間に、でしょうか」
「あの愚兄があぁっ!」
「ご安心を。この感情は彼女に対してのみですので」
「いやそういう問題じゃ……ああ……もうどうしようもないのか……」
こんな甥っ子でごめん。でもきっと悪いようにはしないと思うから。逃げたくなったら手伝うから!
「……叔父上?」
……あっ、無理かもしれない。
ごめんなさい。
彼はまだ見ぬ女性に向かって心から詫びた。
そしてその女性がまだ三歳だと知って遠い目になるのだが、それはまだ少し先のことだ。
Q.ナタリーがアデルバートに見惚れない理由は?
A.姫様の方が美しいからです。
Q.エルドがシャーロットに見惚れない理由は?
A.主人に殺されるからです。




