前
「あなたはもうすぐ死にます」
「…………へ?」
オレは突然の告知に驚き、ポカンと口を開けて目の前に立つパンダを見た。
何故か、オレの勉強机に動物園の人気者、中国の代名詞である白黒の熊が二本足で立って、オレを見ていた。
ついさっき、このパンダは口をきいた。しかも、オレがもうすぐ死ぬと予告したのだ。
「回避するには一週間以内にある事をしなければなりません」
「へえ……」
オレの反応の鈍さにパンダは少し気を悪くしたのか、むっとした表情になった。
「聞いてます?これから言う事をしないと、あなたは死ぬんですよ」
「はあ……」
オレの顔を覗き込んでくるパンダが可愛くて、そっちの方に気を取られてしまう。自分が死ぬと言われても、実感がない上に、おそらくこれは夢だという事もわかっている。
だって、パンダが口きくわけないし。
オレはパンダの頭に手を伸ばし撫でる。パンダの毛は予想に反し固かった。
「もう!ちゃんと話聞いてくださいよ!死ぬんですよ。一週間後に」
「ふうん」
「……もういいです。一週間以内に松村忠司君に愛の告白をしてください。そうすれば死なずに済みます」
「え!?」
「じゃ、さようなら」
パンダはそう言うと、勉強机の引き出しを開けて、その中に飛び込んだ。
「ちょ、ちょっと待てよ!なんで忠司に愛の告白なんか……」
オレは引き出しの中に頭を突っ込んで叫ぶ。その中は某テレビアニメのタイムマシン空間の状態だった。パンダはピンクのタイムマシンに乗ってオレに向かって手を振っている。
「それじゃあ、お元気で~」
パンダはそう言って、ピューんと去って行った。
ここで、目が覚めた。
オレの名前は坂田航平。
高校二年生の17歳。
性別は男。
日本のとある町に住む、平凡を絵にかいたような人間だ。当然、パンダなど飼っていないし、勉強机の引き出しの中身はノートやコンパスや定規だけで、タイムマシンなど入っていない。
「変な夢見たなあ……」
オレは大あくびをしながら、通学路を歩いていた。夢は大抵、朝起きて朝食を食べ始めるころにはきれいさっぱり忘れているのだが、今日は何故かずっと頭に引っかかっている。
(変な内容だったからなあ……なんで、忠司に愛の告白なんか……)
そんな事を考えていると、背中を叩かれた。
「おっはよ」
振り向くと、そこにオレの幼馴染であり、親友の松村忠司がいた。
「あ……お、はよ……」
何故か、いきなり体温が上がったのを感じた。顔が熱くなり、手に汗がにじみ出す。
「あれ?どうしたの?」
そんなオレに気付いた忠司が、不思議そうにオレを覗き込む。
スポーツマンらしく短く切りそろえた髪と、子供の頃から変わらない円らともいえる目、日に焼けた肌が、何故か驚くほど新鮮にオレの目に飛び込んできた。
(え?なんか、キラキラして見える!?)
朝日のせいだけではない輝きが今朝の忠司にはあった。
「具合でも悪いのか?顔が赤いけど……」
そう言って、忠司がオレの額に触れる。
「ぎゃあ!!」
「わっ!なんだよ!?」
「何でもない!!ごめん!お、オレ、ちょっと走ってくる!」
オレは混乱して学校に向かて駆けだした。
心臓が異様にドキドキしているのを感じ、余計に訳がわからなくなる。
(な、なんで?)
朝からダッシュで教室に駆け込んだオレは、一人になり深呼吸してようやく気分を落ち着かせた。
(これはアレだな、あの夢が悪いんだ。あんな夢を見たから妙に意識しちまってんだ。よおし、落ち着け、落ち着けオレ……)
オレはそう念じながら深呼吸を繰り返す。
オレは健康体だから、一週間で死んだりしないし、だからわざわざ忠司に「愛の告白」なんて冗談をかます必要はない。
だいたい、なんでパンダなんだ?オレ、そんなに好きでもないのに。
それに、どうして一週間なんだ?一週間後に何かあったっけ……?
首をひねっていると教室の扉が開いて、忠司が入って来た。
「おい、どうしたんだよ?」
忠司も走って来たのか、息が上がっている。
「わりい、何でもない」
オレは笑いながらそう言った。
もう、忠司はただの忠司だった。
子供の頃から仲が良く、小中高と同じ学校に通ってきた幼馴染だ。
煌めいて見えることは無い。
「……妙なやつ」
忠司がオレを見て、ちょっと眉を上げて呟く。
そこに、クラスの友人たちが来た。
「おっはよ」
「航平、なんで走って来たの?まだ時間あるよ?忠司も走ってた?」
「それがこいつがいきなり走り出して……」
いつもの朝の時間が始まった。
その事に、少しほっとしつつ、オレも会話に加わる。
しかし、頭の隅に妙に引っかかるものがあった。
一週間。
(何かあったような……一週間後に、何か大切なことが……)
それがどうしても思い出せなかった。
「あと六日であなたは死にます」
「げっ!?また出た」
オレは目の前のパンダを見て思わずとびすざった。
パンダとオレがいるのは、近所にある公園だった。と言っても、滑り台やブランコが妙に大きく、自分がまるで子供になったような気分になった。ジャングルジムってこんなに大きかったっけ?
パンダはベンチに腰掛けて笹を齧っていた。
「今朝せっかく二人きりになったっていうのに、何やってるんですか?あんなチャンス滅多に来ませんよ?」
パンダはそう言いながら笹を齧り続ける。
オレはそんなパンダを見ながら、腕を組む。妙にリアルな夢だ。しかも続き物。こんな夢を見るのは生まれて初めてだ。
まさかとは思うが、本当に正夢になるような夢なんだろうか?
「……なあ、お前は、何なの?」
「僕ですか?僕はパンダです」
「それは見ればわかるよ。どうして……パンダのお前がオレの死を予告するの?」
パンダは笹を齧るのを止め、オレを見る。
「うーん……そう言えばなんででしょうねえ?」
とぼけた奴だ。答える気は無いのか?
「僕はただの夢の中のパンダです。あなたの死亡予定日を知っていて、それを回避する方法を知っているだけです。それだけ」
そう言うと、また笹を齧り始めた。
「……それが不思議なんだけど……こんなこと、他の人にもやってんの?」
パンダは答えず笹を齧る。
いや、齧りながら寝てるのか?目を閉じてうとうとしているように見えるが……
「おい、ちょっと、起きろよパンダ」
オレがパンダの肩を叩くと、パンダはコロンと転がった。そして、そのまま地面にずぶずぶと沈み込んでいく。
「え!?」
オレの立つ地面も緩み始めた。
左足ががくんと降下して……
目が覚めた。
そんな夢を見る日が三日続いた。