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「ねぇねぇ小雪、どうしたの?あ、もしかして入学式で緊張してるのかな?
もー仕方ないなぁ、そんな小雪の緊張は僕が解いてあげよう。」
東院さまはそのまま私の首に手を回す。
「東院さま!?人前で何をやっているのです!?」
私が一生懸命彼の腕を外そうとしても外れる気配はないどころかその締め付けは強くなっていく。
東院さまはさらに頭をぐりぐり首もとに押し付けるとボソッと独り言を言った。
「小雪の匂いがする…」
何も聞こえなかったことにしよう。えぇ、何も聞こえなかったわ…えぇ。
離れる様子のない東院さまを見て思う。
うん、もういいや…取り敢えず入学式は大人しくしてよう。
諦めかけた目で前を見据えてると、もう一人、東院さまと一緒に女の子達に囲まれていた一色昴さまがこちらにいらっしゃった。
「おはよう、華恋さん、小雪さん。」
「おはよぉ、一色くん。
入学式当日からこんなにたくさんの女の子に囲まれるなんて…流石だねぇ」
華恋は通常運転だ。一色さまにまでその話し方が出来るのは本当に彼女くらいだ…恐ろしい。
しかも嫌味を混ぜていくスタイル。
一色さまの方はなかなか苦い顔をしている。
「おはようございます、一色さま」
「ねぇ小雪。まだ僕小雪におはようって言われてないよ?
あとなんで«東院さま»なの?昴は兎も角、昔はあんなに光希くんって呼んでくれたじゃないか。」
「あ、はい。そんな時代もありましたね。」
「お願い、光希って呼んで…?」
甘い吐息まじりのその声は小さいながらも私の耳にしっかり届いた。
こいつ、確信犯です!私がこういうの弱いってわかっててやってます!
「小雪?こーゆき…?」
「もう、東院さま!離してくださいませ!
入学式当日から目立ちたくないのです…!」
「小雪が僕のこと名前で呼ぶまで離さない。」
「東院さま!」
「違う、光希。」
「東院さまそろそろ…!!」
「だーめ。」
いやなんかもう馬鹿らしくなってきた。いっそのこと名前で呼んだ方が早いだろう。
「光希くん…」
そんな安易な考えで彼の名前を口にした私はどんな顔をしていただろうか。
ただ名前を呼んだだけなのに顔が赤くなってしまう。
いや別に好きとかじゃないんだけど!?なんかこう照れちゃうっていうか!?
「やぁっと名前で呼んでくれた。」
そういうと彼はゆっくりと離れがたそうに腕を私の首から外した。
彼は嬉しそうに目を細め笑う。
「これからも光希って呼んでね?ね?」
「……はい。」
わかればよろしいと満足気な光希を頭の隅においやり、改めて冷静になった。
周りからは色々な目で見られている。
呆れるような目、私に敵対するような目、どういう状況かわからないと言いたげな目……
あぁ、中等部では平和な日常を送ろうと思ったのに…
私がそもそもこの光希がいる学園で、平和な日常など送れるはずがないのだ。
溜め息をつくと仕方なく私は歩き始めたのだった。