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ユキナDiary-  作者: PM8:00
99/150

二十六月日 宣戦布告

 


 





「あなたは…………一体?」


 敵の攻撃の余波を受け、気絶したイアルを抱きかかえて突如現れた緑眼翠髪の出で立ちで制服を下に常磐色のコートを羽織った少年に千鶴は仰ぎながら言葉を漏らす。

 護熾はゆっくりと糸でも吊されているかのように体をどんどん千鶴がいる屋上にまで降り、静かに足を付けると腰を落として優しく地面にイアルを横たわらせる。


「斉藤、こっちに来てくれ」


 護熾は千鶴の方を見て、声を掛けると千鶴はハッとなって護熾を見つめる。


 ………これが……この人が海洞くんなの……?


 聞き覚えのある声と緑色を差し引けば紛れもなく目の前にいる少年はあの海洞護熾である。

 それを理解した千鶴は直ぐさま駆け寄って横たわっているイアルのすぐそばまで着くと両膝を地面に付け、手を伸ばして頬に触れると少しだけくぐもった声で返事をしたので軽傷だと分かり、安心する。

 が、問題は護熾の方である。


 先程の線による攻撃で二人を助けるために咄嗟に反射に近い第二解放になってタイアントの腕からするりと抜け、ジェット機並のスピードで駆けつけてイアルを庇うように背中から受けたので背面のコートはボロボロになり、血がにじみ出して布を染めるほどの怪我を負っていた。


「海洞くん……怪我してるの?」


 敵に険しい顔で睨んでいる護熾に千鶴が呼びかけるが護熾はあえて言葉を聞き入れず、徐に腰の黒い刀身の小刀を引き抜くといきなりそれを二人のすぐそばに深々と突き刺す。

 すると突如、薄黒いドーム状の壁が埋まった刀身から生まれ始め、包み込み始めると周辺の空気と気配が変わり、二人を護るようにそこにバリアが完成する。


「そこにいればとりあえずは大丈夫だ。イアルを頼んだぞ斉藤」

『え! 海洞くんはどうするの!? まさか一人で戦うつもり!?』


 立ち上がって黒い壁に両握り拳をぶつけるが ガインッ と音を立てて弾かれてしまい、自分達のいる空間と護熾のいる空間が別のモノだと理解するとその瞬間護熾は地面を蹴って上空へと旅立っていく。


『…………海洞くん……』


 千鶴の心配の眼差しを背に受け、上空に飛び立った護熾は蒼い空を天蓋に屋上から10メートルの地点で上昇を止め、護られている二人がいつでも見れるよう、チラッと再確認してから同じく自分と同様上昇してきた三人に目をやる。


「あの二人を護ったのか? それにあの黒いの、すごく興味があるよ」

「まさかあの距離からヨークスの線が防がれるなんてねぇ〜〜? ねえ、あっさり取り逃がしたタイアントさん?」

「不覚だった。まさかあれほどの力を持っているなどと……」


 護熾と同じ位置で距離は5メートル離れたところからそれぞれの感想を口に述べる虚名持達は喋り終えると急に静かになる。

 白コートの男、ヨークスは再び鼻をスンスンと動かし、何かの匂いを嗅ぎ取ると


「さっき一瞬……“別の姿”になって僕の線に防御反応を示していた。だがまだ確信には遠い。相手は気持ち的には本気になったが“実力的”にはまだ本気じゃない。」


 そんなことを言いながら攻撃態勢に入り始めている護熾を見ながら、ヨークスもユニスもタイアントも護熾の隠された本気の実力を暴こうと戦闘態勢に入り始める。

 敵がいよいよ攻撃の意志を見せ始めた。

 一筋の汗が頬を伝って流れ落ち、第二解放でどこまでいけるか正直不安だったが、死纏の力を具象化してあるあの小刀は今は二人に害なる影響を与えないように守護に回ってもらっているため、その線は捨てる。

 決して勝算があるわけではないが此処に一番信頼できる人物が接近していることが分かっているからである。

 その人物とは―――。


「少しやられたみたいだね。護熾」


 そこには燃えるような緋色のコートを翻し、夕陽のような髪を靡かせたユキナの背があり、大きな赤と青の双翼がそれぞれ延びている。彼女が此方を振り向くとその目もまた焔を宿してオレンジに輝き、両手には二振りの日本刀が握られていた。


「別にどうってことねえよ。そっちは?」

「あのゼロアスっていうの………とんでもなく強い」


 護熾は全身に何かが突き刺さるような感覚に一瞬襲われ、肩越しにユキナの視線の先を見ると確かにそこにはあのゼロアスがいた。

 両手の手首の辺りにはおそらくユキナがつけたと思われる刀傷があり、少しばかり赤い血を流していたが戦闘にはまったく支障はなく、むしろさっきまでの戦いを楽しんでいたかのような獰猛な笑みを見せて佇んでいた。


「………4対2か…………ユキナ、ここは俺に任せてくれねえか? お前は下にいる斉藤とイアルを護って――――」

「なっ! 何バカなこと言ってるのよ!? 一人で戦うの!?」


 護熾の口から出たあまりにも幸先が見えていないような無責任な言動に思わずユキナはゼロアスから視線を外して振り向き、顔をグイッと近づけると同時に右手に握っている刀の柄頭をゴスッと護熾の額に当てる。


「って! じゃあ一緒に戦うってのか!? どう考えても今はすっげぇピンチだぞ!? お前が護りに入れば俺は死纏でバーッとやって―――」

「分かってる! 分かってるから…………だから一緒に戦おうよ。相手がどんな奴らでもさ」


 潤ませた目で周りの状況など意に介さずにユキナは護熾の顔を見つめ、そのあと吹っ切れたように吐き捨て、プイッと背中を向ける。

 もしかしたらこの四面楚歌で死ぬかも知れない、だけど不思議と怖くない。

 もし死ぬとしてもそれは私で護熾を絶対に護る。

 そんな鉄よりも固い決心を心に決め、相手を、ゼロアスを見据える。その顔には凛々しい戦士の表情を見せ、不安など一切を断ち切った余裕の態度を見せて二振りの刀を握りしめ始める。

 すると背中に何か温かいモノが少し凭りかかるようにする。


「へっ、一蓮托生って奴か?」


 それは護熾の背中で、そう少し明るい声でそう言い、『死ぬなよ』と伝えるかのように少し強く押してから背中を離し、両手をブンブンと振って戦闘再開に臨めるようにすると決して諦めない護熾にユキナは少し頬を朱に染め、相手の攻撃に備え始める。


「どうやら、覚悟が決まったようだな」


 互いの背中を護る陣を組んだ二人にゼロアスは目で仲間の三人に『決してその翠のガキは殺すな』と念を押すように伝え、ジロリと視線を元に戻すと何の突拍子もなく前へ体を弾き飛ばした。

 つづいて他の三人も護熾に向かって飛び出し、その距離を急速に縮め始める。

 さて、どうなるかな。

 決して良い結果が望めないこの戦闘に、千鶴の叫ぶ声が重なり、そしてユキナと護熾は同時に前へ飛び出し、迎撃に向かおうとしたときだった。


「どうやら、間に合ったようだな……」

「こいつらが虚名持か、人間まんまじゃん!」

「………………初めて見る」


 聞き覚えのある声が護熾の目の前からし、交錯しようとした虚名持の三人も急停止して突如現れた人物達に不思議顔を向ける。

 ユキナの方にも何者かが立ちはだかっており、ゼロアスも急に現れたその人物達に瞳を鋭く尖らせて押し黙り、少し不気味な笑みを浮かべてその場に立ち止まる。


「み、みんな……」

「来てくれたのか…………」

「礼ならイアルに言え、あいつが呼んだからこそ来れた。」


 そんなきつい堅物のセリフを吐いて振り返り、一度倒れているイアルを一瞥してから言ったのは端整な顔立ちに目つきの悪い三白眼、少し長めの髪でいつもミルナの編んでくれたセーターを着ているガシュナ。

 一方ユキナの方にはファスナーのフード付きトレーナーを身に纏い、青いジーンズを履いて『よっ! 大丈夫か?』と声を掛けてくれるラルモ。

 少し長めのスカートを履き、今日は本を持たずに両手を自然に垂らし、眠そうな目でゼロアスを見据えているアルティ。


 “五人”はイアルからの最上級緊急連絡によって召集、そしてワイトの規制の二人以上の町への居残るという法律を外し、今現在ここに来ている。

 この前トーマがイアルに渡したのはそれを発動するための機能の付いたあまりにも特別な機能と権限が付いた機器でその発令は開発局に受信され、命令が下されるのだが本来ならば一個人が使ってはいけないような代物である。

 しかし護熾が第二解放状態でも相討ったと聞いたトーマはそれに危難を感じ、今回判断力があるイアルに託したわけである。


「イアルさん! 千鶴さん! お怪我は!?」

「イアル!! 無事か!?」


 校舎の屋上で護熾の防壁に護られている二人の許へチョコチョコと小さな影と大きな影が移動し、外から二人の容態を見る。

 少女は波の掛かった腰まである薄茶色の髪をしており、姿は看護服に近い服装で今、イアルがぐったりと倒れていたので必死に呼びかけるが、防壁が邪魔をして容態を測れずにいた。

 もう一人は胸ポケットがいくつかついた黒い軍服とブーツを履いており、後ろ腰には二本のブレードがクロスして差してある。

 少女は黒い壁を触り、そこから発せられる禍々しい気に少し寒気を感じながらも根本的な持ち主の気、護熾の気だと分かると顔を空に向け、


「護熾さん! これはあなたの技ですね! どうか解いて頂けないでしょうか!?」

「あァん? まだいたのか?」


 しかし大声で呼びかけるように叫んでしまったのでゼロアスがそちらに顔を向け、校舎の屋上を見下ろすとそこには普段なら決してこないはずのミルナと黒い壁を叩いて応答を願うシバが黒い壁越しにイアルを覗き込み、中にいる千鶴もイアルを抱き起こして介抱し、揺さ振って意思疎通を図ろうと試みていた。そしてそのバリアを生み出している深々と刺さった小刀を見つめ、


「………………なるほど、あれじゃぁ本気は見せられないな」


 そう言いつつ視線を護熾に移し、護熾もまたゼロアスの視線に気が付いてそちらに振り返るとゼロアスはスーッと息を吸い込み、大きく鼓膜が痛くなるんじゃないかという馬鹿声で


「タイアント!!! ユニス!!! ヨークス!!!」

「!! ちょっ! 何よ大声で呼び捨てしてさぁ〜〜!!」


 突然のことで周りは驚き呆けて目を丸くし、耳を塞いでいたユニスが先輩に敬意をまったく払わないゼロアスの態度と言動に腹が立ち、コートの袖をブンブンと振って怒るがゼロアスはにやりと笑い、ゆっくりと腕を持ち上げて人差し指を護熾に指すと


「先輩方はあの方から戦争をしろって言われてないだろ? 目的は単なる確認。だから俺が今からそいつをもう一度ギタギタにするからヨークスはよく見ていろ。」

「何よぉ〜〜!! 偉そうにぃ〜〜」

「まあ落ち着いてユニス、可愛い後輩の頼みだしさ」

「あれのどこが可愛いのぉ〜〜!?」


 ゼロアスが伝えてきたことはつまり一対一でやるから手を出すな、ということである。

 突然一人でやると言い出したゼロアスの生意気振りにユニスはのんびりした声でコートの裾をブンブン激しく回してヨークスに異議を申し立てるがヨークスは穏便に宥めようとする。

 一方、指名をしてきた相手にガシュナは片眉を上げて護熾の方に顔を向け、


「あの怪物、貴様に用があるようだがどうするつもりだ? 罠かもしれんぞ?」

「お前にそんな心配されるとは、雪でも降りそうだな。」

「おい護熾、あいつ怖そうで強そうだぞ?」

「護熾…………」


 アルティは無口のままでゼロアスを見つめたままであったがラルモも行くのはどうかと少し考えるようにと勧め、実際に戦ったユキナも心配そうに振り向いて弱々しい声で漏らす。

 そんな三人の心配を他所に護熾は集団から一歩抜けだし、


「みんなが来てくれたおかげで……本気で戦える。……ありがとよ」


 何か余裕の笑みを浮かべる中、すると突如、千鶴とイアルを守護していた黒い防壁の上部が勢いよく割れて中から何かが飛び出し、ミルナとシバはそれに驚いて一歩下がるが二人の目からは何かが回転しながら護熾に向かって飛んでいくように見え、背中に向かって回転してきたその物体がぶつかる瞬間、護熾は後ろを一切見ずに右手でその物体をパシッと受け止めると右掌にはあの漆黒の小刀が納まる。


「……何だそれは? 何をする気なんだ貴様は?」

「……口出ししないでくれ」


 急に護熾の周りの空気が変わったかのような重くのし掛かる感じにガシュナは何か、今目の前にいる少年が自分達とは一線を画した存在を見ているような、そんな感覚に少し、少しだけ畏れを抱きながら次の行動に目を見張る。

 気配が変わった……… 

 アルティが第一にそう思い、集中して彼女自身の目から気が視覚化されて見え始めると黒い靄のようなものが護熾の内側から噴き出すように這い出てきたので僅かに目を大きくしながら静かに驚く。


「お、おい護熾、何をする気なんだ?」


 何か話しかけられない空気におどおどしながらも何かを尋ねようとした瞬間―――影のように護熾の姿が一瞬でその場から消えたので


「え!? あいつどこに――――」


 首を急いで回して必死になって探すと、既に護熾はゼロアスの真ん前に移動しており、一体どうやってあそこまで動いたのかに疑問を抱くが、やはり相手の実力を感じ取った以上、一人で戦うにはどうも無理があると判断し、加勢に向かおうと勝手に動こうとしたときだった。

 両肩に手が乗せられ、振り向くとガシュナとアルティが手を伸ばして引き留めており、『お前らさ! 助けに行かねえのかよ!?』と訴えるようにそれぞれ手を弾いて奥歯を噛みしめた表情で振り返ると


「巻き込みたくないんだよ……護熾は……」


 ユキナが話したのでラルモはそっちを見る。

 見ると、必死に体を両手で押さえ、動きそうに、助けに行きそうになる体を行かせまいとしていた。

 ユキナは知っているのだ。

 護熾が全力であのゼロアスという桁違いの強さを誇る怪物にどんな気持ちで戦いを挑んだのかを。そして、今から行おうとしていることはそばにいてはならない強大な力。

 だからこそ、一緒に戦えない自分に嫌気が刺しながらも祈るように見守るしかないことを。


「…………ちぇっ、あいつを信じるしかねえってか」

「ああ、俺たちはこっちの奴らの―――」


 そう振り返りながらガシュナは言い、待機している三人の方を見ると


「下手な動きをさせないように見張るだけだ」

「………………気に入らない目をしているね。ゼロアスが言ってなければ真っ先に君をバラバラにしているとこだけどね」


 フッと皮肉を言ったヨークスにガシュナもニヤッと獰猛な笑みを浮かべた。







「よぉ? 元気にしてたか? あぁ?」

「…………二回もイアルを殺そうとしたお前らに返事はねえよ」


 背中が痛むのを堪えながら、護熾は睨みを利かせた表情で小刀を逆手に持ち、顔の前に掲げるようにして冷たいセリフを吐き捨てる。

 ゼロアスはそんな護熾の威圧的な態度をまったく気にせず、その仕草に興味を示しているかのような眼差しで歯を見せて笑い、


「さぁ来いよ!! お前の全力、見せてみろよ!!」

「言われなくても、そうするつもりだ!」


 護熾の体内の気力が急激に高まり始める。

 それを感じ取ったゼロアスはいつ戦闘が起きても言いように様子を窺いながら身構え、そして笑みを消して真顔で見据え始める。

 護熾は呼吸を整え、みんなが見ている中、柄を握りしめて叫んだ。



『護れ、死纏』


 ズッ、ゴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!

 

 掲げた小刀から黒いオーラが溢れ出す。

 それは明らかに第一解放状態で使ったときよりも強力で、禍々しく、一瞬本当にこの世に存在するのかという錯覚が交え、一面が闇に覆われる。

 その場にいる全員が驚愕の表情で見ている中、『あれは………何なんだ?』と、気味の悪い、黒くてザラザラした重い気にガシュナは思わず声を漏らし、本当にあれは味方なのかと疑念を抱いて足を少し引き下げる。

 そんな中でも強大な気に中てられながらもユキナは胸に手を置き、その姿を見守る。


 そして黒い風が晴れ始め、突如、真ん中から切り裂かれてその姿が露わになる。


 それは、単衣に言えば先程の気と今の気は比べものにならないほどの大きさを誇り、そして姿も当然の如く変わっていた。



 ―――護熾の両目は翠の瞳を残して黒い眼球が覆い尽くし、髪の色も少し黒く掛かっている。

 ―――護熾の目から下は顎の骨を模った黒い仮面に覆われており、より強力になったのを主張するためか、牙が大きくむき出しており、威圧感が前よりも大きく全面に出ている。

 そして一番は翠のコートの上にさらに背中から足にかけての延長戦がある漆黒のコートが重なるように纏い、ジッと睨むその様には人間を超越した存在でしか捉えることができなかった。


「………………完璧にあの眼の使い手が理解者で間違いないようだね……【理】の匂いがプンプンするよ」


 遠巻きに見ていたヨークスはそんな感想。

 一方、護熾の死纏を間近で見ていたゼロアスは口が裂けた様に大きく広げ、凶悪な笑みを浮かべて、静かに


「ゼロアス・サトゥ、これが俺の本名だ。」

「「…………海洞 護熾だ」」

「海洞 護熾…………か、いいぜ、待ってたんだよこの時をよ…………!」


 自分の本当の名を告げ、それから右手を顔の前まで持ち上げて引っ掻くような形にすると


「てめえと俺は互いに相討った仲だ……! だから今度こそ全力でブッ潰してやる!!」


“来るか!? 封力解除が!”


 相手の構えを見て護熾は身構え始め、いつでもどんな攻撃に対応できるよう守備に入る。ゼロアスは持ち上げた手の指の隙間から護熾を睨み、


「行くぜ………! 封力――――――――――」









『よさないか、今はこの場で戦うべきではないよ、ゼロアス』





「「「!!!!」」」





「なっ…………! な、何であんたがここに…………!」


 ゼロアスのさっきまでの楽しそうな笑みが消え、逆に動揺を利かせたような怯えた表情に変わり、目を見開いて行動の一切を停止させる。


「う、うそでしょ…………!あ、あああああの方が……あの方が…………」

「……これはこれは……直々にいらっしゃるとは……予想も付かなかった…」


 虚名持が全員驚きおののき、表情を誰一人例外もなく凍り付かせ、そしてそこから一切発言も行動も牽制されたかのように目を見開いたまま膝まづき、深々と礼をする。

 その人物は、ゼロアスの持ち上げた手を優しく握って封力解除を止めており、ゼロアスはその僅かながら手を振るわせており、汗を額に流し始める。


「あ、あれは……まさか………!!」


 下で漆黒の防壁が解除され、開眼状態のミルナの治療を受けているイアルを見守りながら、上空を仰いでいるシバは突然現れた人物に驚きすぎて小さな溜め声しか出せず、カタカタと肩が震え始める。


「な、何だ奴の気は……!? あれは怪物、いや人間なのか!? 何だ……あんなごちゃ混ぜの気、初めて見たぞ……!」

「…………!!! 何だよ……何だよあいつ……こんなところで……」


 ガシュナとラルモはゼロアスの手を握っているその人物を得体の知れない何かのように怯えた表情で声を震わせ、全身に寒気に似た悪寒が走り抜ける。

 現れた人物は、ユキナ達異世界の人間から見れば最強の敵。

 ゼロアス達怪物から見れば絶対強者の君臨者。





「やはり自分で来てみて、確認するのが一番いいな」


 




 その人物は凱甲と衣を纏い、頭の後ろから長髪のように漆黒の竜尾を生やし、篭手を填め、全てが黒く遠くから静かに、そしてかなり動揺しているアルティの視線からは黒い何かが漏れだしているように見えた。

 その者はゼロアスの腕を持つのを止めるとキョロキョロと今来ている全員に目をやり、一瞥してから


「安心しなさい、別に戦争を仕掛けにきたわけではない……“ここ”ではね」


 指を町に指し、流れるような優しい声でそう告げるとゼロアスが畏れながらも

 

「な、何であんたがここに来て居るんだ……! そっちの説明をしてくれ」

「ん? ああそうだったね。それじゃあ言おうか――――」


 この場にいる人間全員が唾を飲み込んだり、自分の心臓の高鳴りが嫌に聞こえる中、その者の口しか見えない仮面から告げられた。


「13年前の、続きをしようか」










「じゅ、十三年前の続きって………まさか、そんな……」


 13年前、あったことといえば一つしかない。

 かつて全世界を巻き込み、その戦いでアスタが死に、ここにいる眼の使い手のほとんどがその戦いによって多くの大切な、かけがえのない人を失ったあの『大戦』。

 それをその者が直接、まるで約束事をするかのように告げてきたのだ。

 『第二次大戦』の宣戦布告。

 その場に居合わせた者、その事実を知っている者は心臓の鼓動が止まるかという衝撃に見舞われ、その中でラルモはガクンと両膝を付いてしまった。

 そしてその者は目の前にいた第二解放死纏状態の護熾を見据え


「……君が理解者か……どれ、理は一体どれほど“成長”しているのだろうかね?」


 そう言いつつまるで意識の死角を付いたかのように決して速くはないが手を伸ばし、護熾の右胸に手を近づけようとしたときだった。

 ガッ

 何かに阻まれたような音がし、その者は不審に思って自分の指を止めた何かを確認すると銀色の刀身が護熾の胸に近づくのを阻み、そしてゆっくりとその刀身の持ち主を手、肩、と順を追って見てそして顔に行き着くと羽を仕舞い、剣を一つに纏めたユキナが横から剣を割り込ませて止めており、


「護熾に近づかないで」

「……………………似てるな」


 睨みを利かせた威圧的な言動に意外にもその者はあっさりと手を引き、二歩後ろに下がると振り返り、ゼロアスの横まで歩いて止まると肩越しから顔を覗かせ


「今から20と一日を数えた日の正午、ワイトを攻め落とす。覚えておきなさい。そして―――」


 ゼロアスの肩に手を乗せ、


「ゼロアスにはこの現世を侵攻してもらおう。分かったね?」

「あ、あぁ。」

「じゃあ、ゼロアス、ヨークス、ユニス、タイアント、帰るよ」


 そう付け加えた後、突如その者が虚名持全員の名前を言い切った後にゼロアスとその者の前に、ヨークス達三人の前に空間がまるで巨大な生物の口が開くが如く、大きく光のない裂け目ができ、そしてその中に悠然とゼロアスと共に姿を消していった。

 そして十秒後には、その場に人間と呼べる人しか残っては居なかった。






「……………………」


 護熾は口元に付いていた仮面に手を掛け、それをいきなりベリベリと剥がし、下に投げ捨てるようにすると眼球からは闇が引いていき、同時に体からコートが空間に溶けるよう、消えていくと普通の状態に戻り、そして顔を俯かせてゆっくりと左手を伸ばし、ポンと手を何かに乗せると


「大丈夫……大丈夫だから刀を引け、ユキナ」

「…………怖かった……終わるかと思った……」


 護熾に言われたユキナはやっと剣を引きそれからしばらく、ユキナは右手に紅碧鎖状之太刀を持ったまま立っていた。澄んだ青空と無人の学校との間で、ユキナの奥歯はカチカチと鳴っていた。


 時間にして一分と少し、ほんの一瞬の嵐が過ぎて去っていった。








 イアルが目を覚ました場所は護熾の自室だった。

 周りを見ると千鶴を除く全員が自分の目覚めを待っているかのようにしており、最初にミルナが駆け寄って『まだ寝ててください』とそっと押し戻すようにして枕に頭を戻す。


「…………斉藤さんは?」

「無事だよイアル、今は自宅にいるはずだから」

「…………私を助けたのは……誰?」

「俺だ」


 護熾が返事をし、歩み寄ってベットの横に立つ。

 あのあと、あの謎のグランド爆発事件で生徒達消失事件のこともあり、学校はすぐに授業を中断して生徒達を帰らせて今現地調査で警察を呼んでいるところである。

 そうなったので護熾達はとりあえずイアルを運び、ミルナとラルモは一樹と絵里との再会に喜んだが今はそれどころではなく、こうして全員で看病をしてくれていた。

 

 イアルからは見えなかったが、護熾の背中は火傷に似た痣が大きく刻まれており、ミルナ曰く『護熾さんの気と別の気が混ざってその別の気が強すぎて私の気が吸収されて治療ができないのです』と、死纏状態の反動が護熾の体にまだ電気を帯びたかのように残っているらしく、結局自己回復能力で背中の傷を治すしか手がないということになっていた。


「そう…………また助けられちゃったね……」

「あまり動かないでイアル、一応怪我人なんだからさ」


 心配そうにシバが不安にさせないように微笑みを見せ、布団をイアルの体の上に被せる。

 そのあと全員が黙り込んで、異様な雰囲気が部屋を覆い始めたので怪訝な顔でイアルは『ど、どうしたのみんな?』と不安を込めた口調で首を動かして返答を求めると窓側に凭りかかっていたガシュナから


「とりあえず戻って中央の連中に今あったことを報告しなければいけない。行くぞ」


 少し早口にそう言い、イアルに詳しい事情を話さずに全員の横を通り過ぎ、一足先にドアを潜って出て行ってしまった。

 そしてそれに釣られるようにシバも『じゃあ、よく休むんだぞ』と念を押すように言ってドアに向かい、アルティも歩き出し部屋から出るときに護熾とユキナとイアルに対して、宗教の作法のように片手を胸に置いて一礼をし、そして何も言わず振り返って出て行く。


「じゃあ、護熾、ユキナ、イアル、元気でな」

「護熾さんとイアルさんはお大事に、そしてユキナ、またね」

「うん、ラルモもミルナもまたね」


 そしてパタンとドアが閉まり、三人だけがその場に取り残された。

 当然、まるで誰かが死んだような暗い雰囲気で帰っていった眼の使い手達にイアルは不思議顔で何か靄が掛かったような気持ちで最後まで何も言えずに黙ったままで、次に護熾が


「ちょっと散歩行ってくる」


 などと普段アテも無しに言わないようなことを言い、部屋から出て行った。その背中を見送ったイアルはユキナの方に顔を動かして合わせ、


「ちょっ、みんな一体どうしたの?」

「…………イアル、実はね――――」


 ユキナは先程イアルの意識がない時間に何があったのかをゆっくりと説明し始めた。







 護熾は歩道を歩いて何気なく、肩が少し重くなっているのを感じながら肌寒い風を受け、とりあえず商店街がある方向へ歩いていた。

 空は少しオレンジ掛かった夕陽前。

 今日一日で色々なことが起きすぎた。そう考え、曲がり角を曲がって左に進むと


「あ、海洞くん……」

「…………斉藤か」





「そうか、黒崎さん、無事で良かった」

「あぁ、無事でホントに良かった…………」


 二人は今、人手がある場所がいいということで商店街の中を歩きながら、話していた。二人の読みは的中し、人がたくさん仕事帰りの買い物で賑わっており、それだけで温もりが伝わってくるような感じだった。しかし護熾はいつまで経っても堅い表情のままで、さっきから学校で起きた事件などについて話すが短い返事しかしてくれなかった。

 千鶴は急に視線を落とし、口を噤んで


「ごめんなさい……私の所為で黒崎さんに危険な目に遭わせて……」

「…………それは本人に向かってちゃんと言ってくれ、俺に言うようなもんじゃない」

「…………そだね、ごめん」


 そしてまた会話が途絶え、二人は歩く。

 いつの間にか、商店街から抜け出て、人気がなくなり、道路を二人で歩いていた。

 空の暗さもさっきより濃くなり、寒さと相まって不気味さが醸し出されている。

 千鶴はその暗さに少し心の中で怯えながらも、目の前を歩いている護熾の背中を見ながら『怒っているのかな……海洞くん』と勝手にイアルに付いていった自分に対して護熾が怒っているのかと思い、不安になってやっぱりもう一度謝ろうと決心し『あ、あの海洞くん――』と言いかけたときにゴツンとおでこを護熾の背中にぶつけてしまった。


「着いたぞ、斉藤」

「へ、へ?」


 護熾が立ち止まったトコの左隣には玄関門があり、千鶴は驚いてそちらを見るとどこか見覚えがあった。

 それもそのはず、表札にも書いてあるが、この家は正真正銘の『斉藤家』であるからだ。


「今日は暗いから詳しい事情は電話か何かで伝えるよ。それと、二度と結界の中には入るなよ」

「え、あゥ…………うん」


 まさか自宅に向かって歩いていたとは知らず、護熾に付いていくがままに来ていた千鶴は少々まとまらない気の抜けた声であたふたと慌てたが少し落ち着いて護熾の横を通り抜けて玄関門を潜る、そして護熾も来た道に踵を返し、自宅へと戻り始めた。


 …………ごめんね、本当にごめんね…………


 ドアの取っ手に手を掛け、結局何も言い出せなかった自分を責め、泣きそうな気持ちになるがここでクヨクヨしていても何もならないことは解っていたので取っ手を捻り、勢いよく開けようとしたときだった。


「斉藤! この前ありがとな! じゃあ!」


 突然自分に向かって護熾の声がしたのでびっくりして振り返ると既に背中の服が曲がり角でちょこんとしか見えず、走っていったことがそこから読み取れ、千鶴はしばらく茫然と取っ手に手を掛けたままずっと曲がり角を見ていたがやがて、顔を綻ばせて微笑むと


「…………どういたしまして……そして……」


 護熾が言ってきたのはおそらく自分が小さくなった時、家事を請け負ってくれたときの礼であろう、確かに護熾は千鶴に礼を言いそびれていた。

 そして千鶴はドアを開け、台所から母親に『お帰りなさいー』と声を掛けられながら


「こちらこそ……ありがとう」


 パタンとドアを閉めて寒い風を断ち切った。







 …………あと三週間かよ……


 商店街の町明かりに照らされ、歩きながら上空を見て、少しばかり姿を現してきた星を仰ぎながらそう思い、顔を前に戻して奥歯を噛みしめるとまた走り出した。



う〜ん、最近話がグダグダになっている気がするのは私だけですかね?

 ハッキリ言ってしまえば時間がないんですよね……とまぁ、暗い雰囲気になるのもあれですので無理やり明るくしましょう!!


今、まさに煌々と燃え上がるような情熱に似た告白と命の謳歌を美しむ延々と逃避行をしているようなあの日の日曜日でいつまでも前向きな、後書きでした!

(口に出して三回連続で早口で言いましょう。え、何? 頭大丈夫かって? 全然平気ですよ!! (笑))

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