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ユキナDiary-  作者: PM8:00
95/150

二十二月日 ハルシオンデイ

 

 




 遠い遠い記憶。それは泡のように浮かんでは消えていくが、あの頃は幸せだった。

 それは美しく、自分の中を廻転している。


『君は、どこから来たの?』

『……………』

『分からない………のか?』

『………………』

『そうか、でも此処にいたら風邪を引くぞ。付いてきなさい、私がお前の面倒を見てあげるから』


 細く、白い少年の手を、躊躇わずに引く少し大きな手は、温かく、少年の肌の色とはまったくの逆の世界であった。少年は無表情のままながらも、その手を引かれるがままに立ち上がり、そして優しく、楽しそうに微笑む少女の顔を見ながら、その場を立ち去っていった。







 白い真っ白なイスに座り、首を凭れながら鎧を着た体が小さく上下に動く。

 動きからは静かに眠っているように思え、少し経つと目を覚ましたのか、顔を上げ、虚空を見つめるような視線を真っ直ぐ向け、口を鎖して黙ったままだった。


「起きたんスか?」


 暗がりから声を掛け、そこからその者に見えるところまで姿を現したのは胴体に斜めに入った生々しい傷を携え、両手をズボンの切れ目に隠すように入れながら歩いてきたゼロアスであった。

 ゼロアスはイスでさっきまで寝ていたその者の横まで近づき、仏頂面で見下ろすと、その者はイスの腕掛けに手を置いてゆっくりと立ち上がり、


「あぁ、懐かしい夢を見ていた。だが取るに足らないことだよ」


 そしてゼロアスに向き合うとまず護熾に付けられた傷を一瞥し、それから顔を合わせると


「その傷、まだ治らないのか?君なら半時もあれば完全に回復するはずだが?」


 ゼロアスは傷のことを言われ、めんどくさそうに後ろ頭を掻きながら言う。


「……あれは、人間の力の領域を超えていました。それにこの傷、呪いみたいにどこまでもへばり付いて中々治らない。……あんたの言うとおりあの眼の使い手がどうやら理解者のようです。」

「……そうか…」


 マールシャ戦での一度は死んだはずがこうして生きている現状。

 人間、眼の使い手が使う力の領域を超え、黒い力を纏う少年。

 そして、第二解放者の急激の増加。

 それらが全て、その中心にいる少年だとしたら……

 その者は顔を前に戻し、まっすぐ遠い目をしながら言う。


「だが完璧に解ったワケではない。だから君は傷が癒えるのを待ち、今度は君と同じ虚名持ラバンダスに行ってもらうことにするよ」

「……………!」


 その者の発言にゼロアスは不服そうな、不満そうな顔で少し片眉を上げるが、それはこの方が下した決断であるならば口出しは不可。

 それは分かっている。だが何と無く悔しい気持ちと焦燥が頭に疼き始める。

 ゼロアスはその者に一礼を済ませ、その場を立ち去ろうと背を向けると


「傷が癒えるのを待つのだから完全に治れば君も行って良いよゼロアス」


 何かを思い出したような口調でその者がその背中に声を掛けるとゼロアスは肩越しでその者を見返す。

 その顔は――――どこまでも嬉しそうな獰猛な笑みだった。








「くっ…………傷に染みる……なぁ〜〜〜」


 謎の三段活動を天井に向かって叫ぶ少年の声一つ。

 護熾は包帯を付けたまま湯船に浸かっており、先程ユキナに『溺れないように一緒に入ってあげようか?』というからかいにキレながらもいつも以上に大きな風呂を堪能しながら今日の疲れをお湯に溶け込ませていく。


 女の子三人が風呂から出てきたときには護熾は少し痛む体ながらも二階へ移動しようとしており、それに気が付いたユキナが訊くと『俺の部屋に確か間違いで一樹の着替えがあるんだよ。だからそれを取りに行こうと思ってさ』と言ったので代わりにイアルが取りに行ってくれた。

 それから、千鶴が『そういえばお母さんが何かくれたからそれを食べてから入ったらいいと思うけど……』と提案すると『いや、俺は後からでいいよ。先に食べててくれ』と護熾は帰ってきたイアルから一樹の上のパジャマを受け取ると残りの下のパジャマも持っていき、さっさと風呂場に向かってしまった。


 護熾が風呂に入っている間、イアル達は今日、千鶴が持ってきた土産を皿に乗せ、それをテーブルに並べていた。飴色でクリームとバターの匂いがし、若干ながらもアルコールの匂いがする。


「斉藤さん、これは何?」

「これはブランデーケーキって言ってちょっと普通のよりお酒が利いているけど大したことはないから大丈夫だよ」


 ユキナとイアルはウキウキとした視線で初めて見るこのケーキを見つめながら、千鶴から渡されたフォークを手に持って席に着く。

 そして護熾を除く三人が席に着き終わるとフォークを片手に笑顔で先にこのブランデーケーキを頂くことにした。

 

「じゃあ頂きます!」


 匂いがいいんだからと甘い物好きの女の子なら何の躊躇いもなくフォークで一口サイズに切って口に運び始める。

 ふんわりとしたカステラ生地にブランデーの味、匂い。そして蜂蜜を使っているらしく独特の甘さが口に広がり、その美味しさに『う〜ん』と思わず唸ってしまう。

 その様子を見て安心したのか、千鶴はホッと息を吐き


「よかった、お酒の匂いがきついから苦手かなって思ったけど大丈夫そうだね」

「えぇ、ちょっと匂いがあれだけどいけるいける♪」


 イアルがそれに答え、ユキナは結構気に入ったらしく一心不乱に喰う。

 イアルは『もうちょっとゆっくり食べなさいよ』と妹に言い聞かせる姉のような口調で言い、それから千鶴に顔を向けると一度フォークを半分ほど食べたブランデーケーキの横に置き、神妙な顔つきで


「斉藤さん、これからあなたに訊きたいことがあるけど……いい?」

「ん? いいけど?」

「明日、海洞の体を診てもらうために一度、異世界むこうに連れて行くけど、もしよかったら一緒に来ない?」

「…………! 黒崎さん達の世界に?」


 前回にもこの二人はこの世界の人間ではないことは知っていたので千鶴はこの二人がどんな世界に住んでいるのかがずっと気になっていたためイアルのこの話には思わず立ち上がって身を乗り出すほどの興味があった。

 イアルは千鶴の反応からしてこれは連れて行っても問題はなさそうねと判断し、『まぁ座りなさい』と促して座らせる。


「明日の朝、この家から出るから楽しみにしといてね? 向こうの人には一応あなたのこと言っておいたから変な扱いはされないはずよ」

「あ、ありがとうございます」


 丁寧にペコッと頭を下げ、それから先程静かになっているユキナに気が付き、それに目をやるとテーブルに突っ伏して黙っており、そしてどこか震えているようにも見えたので心配になって手を伸ばしながら


「ユキちゃん? どうしたの? もしかしてケーキで気持ち悪くなっちゃったの?」


 手が肩に届き、少し揺さ振ってみると『う〜ん』と少し聞き取りにくい声を口から漏らしたので


「大変! 黒崎さん手伝って!」


 これは大変だと思い、席を移動してどこかソファーに横になってもらって安静にしておこうとイアルに手伝うように言って運ぼうとしたときだった。

 机に突っ伏していたユキナはそのままむっくりと起きあがる。


「うぎゅっ、ヒック」

「あれ?ユキちゃんどうしたの?」


 二人の手を振り払い、ジーッと左右を確認し、あるものとあるものを見つけるとキランと目を輝かせる。


 ガシッ ガシッ


「え?」

「え?」

「うぎゅぎゅ〜〜」


 謎の声を発しながら顔を真っ赤にし、一つはイアルの食べ残しのケーキを、一つは千鶴の胸を手で掴んでおり、ユキナはゆっくりとそのケーキを口に含むとモグモグと食べながら千鶴の方に怪しい眼差しを向ける。

 この少女が酒に極端に弱いことは二人は知らず、また本人もこのケーキで酔ってしまうとは予想外であったが、今の裏ユキナに理屈もクソもなかった。

 そこにいるのはユキナではなく、過去に護熾の唇を二度も奪おうとした色情悪魔サキュバスなのだ。


「ちょっ、ユキちゃん?」

「うっへへ〜〜斉藤さん〜〜」


 嬉しそうな声で半分閉じた眼差しを向けながらゴクンと気持ちのいい音を立てて飲み込むと気が付いたときには千鶴に飛びついており、ワケが分からなくなっている千鶴はそのまま床に押し倒されるとユキナのもう一つの魔の手がもう一つの胸に伸びる。


「ちょ! ユキナ!! あなた何してるの!? もしかして酔ったの!?」

「斉藤さん〜〜〜〜〜」


 のんびりした声で酒が入ってしまったユキナはイアルの声などまったく聞き入れずに掴んでいる手をゆっくりと、嫌らしくこねくり回し始め、千鶴はビクッとそれに反応するが予想以上にユキナの力が強くそのまま


「う……ぁ……ちょとユキ……ちゃん…」


 甘い声を漏らし、顔を赤くしながら抵抗しようにも力が抜け、そのまま主導権をユキナに取られる。ユキナは怪しい視線を降ろしながら千鶴に馬乗りになって尚続ける。

 イアルは突然豹変したユキナを剥がそうと孤軍奮闘を繰り広げるが、大仏のように動かないユキナに苦戦を強いられていた。




「おーい、もうケーキは食い終わったのか?」


 風呂から上がり、首にタオルを掛けそれで頭を拭きながら出てきた護熾はドアを閉め、廊下を歩きながら声を掛け、居間を覗ける入り口まで移動してそしてひょこっと顔を出すと、

 そこには怪しい声を出している千鶴に馬乗りになって胸を揉みまくっているユキナの姿とそれを必死に剥がそうとしているイアルの一体この状況をどう理解したらいいんだろうと護熾の顔が一瞬で凍り付く。


「あ……海洞くんが……」

「ん? 護熾〜〜〜」


 もの凄いモノを目撃してしまった護熾に千鶴が気が付き、さらにそれに気が付いた裏ユキナが護熾の方に顔を向けると一秒でその場から離れ、猫のように一度四つん這いになるとドタタタタっと二足歩行に切り替えながら走ってきた。


 護熾は何か言いしれぬ恐怖を感じ、怪訝な顔で本能的に逃げようと背を向けると時既に遅し、ガシッと掴まられるとそのままゴロゴロと転がる。

 そして玄関近く、ユキナが再び馬乗り状態


「なっ!? ユキナてめえ何する気だ!!?」

「ん〜〜〜何ってこうするんだよ?」


 顔を真っ赤にしながら服を脱ぎ始めるユキナ。


「ちょっと待ちなさいィィィィィ!!」


 そこへ神速の短距離ダッシュでイアルが廊下に飛び出して手刀を構えると異世界の守護者『パラアン』直伝の『気絶殺法』をユキナの首筋に滑らせ、見事命中するとそのままコテッと護熾の上に倒れ、何とか丸く(?)治まった。








「すまねえな斉藤。こいつ酒にめちゃくちゃ弱いんだよ。しかも裏人格が出てきてすげーエロいから気をつけろってもう遅いよな?」

 

 ベットの上でスヤスヤとまるで先程の騒動が無かったように眠っているユキナを見ながら、護熾が言う。あのあとイアルに護熾がとりあえず俺のベットで寝かせておいてやってくれと頼み、全員で今護熾の自室に集まって様子を見ているところであった。


「………………」


 千鶴は先程のやばい光景を護熾に見られてものすごく恥ずかしかったらしく顔を赤らめて黙ったまま俯いており、どこから話せばいいか分からなかったのでとりあえずユキナの酒癖が悪いことはしっかりと頭に入れ、頷いて返事をする。


「それにしても――――っとレーダーが反応したわ。行ってくる!」


 何かを言いかけ、ポッケに入れている通信機に怪物の出現を知らせる情報が入ると一人は泥酔、一人は戦闘不可能なので単身で怪物退治に行くことにする。

 しかしやはり一人。護熾は昨日のような奴に出くわすのでは?と懸念していると


「たぶん同じ相手は出ないと思う。あなたが与えたダメージは相当大きかったらしいからね。大丈夫。今日はゆっくり休んで頂戴。行ってきます」


 そう告げ、窓の縁を乗り越えて空中をたったと走り去っていってしまった。

 その背中を見送る護熾は大丈夫かなと床に座り込み、千鶴はイアルが空中を駆け抜けていったのでそれに驚き、やっぱり異世界の人は違うな〜、と感心し明日訊いてみようと同じく背中を見送る。

 するとあることに気が付く。

 千鶴はハッとなって辺りを見渡すと初めて見る天井、壁、押し入れ、床。

 それらが全て、初めて入る“男の部屋”のモノで在ることに気が付くと


 ―――これが、海洞くんの部屋…………海洞くんの……匂いがする


 そして寝ているユキナを除き、小さきながらも護熾と二人きりだということにも気が付くと途端に顔を赤くなり、心臓音が高鳴り始める。

 嫌に高く聞こえる音は相手にも聞こえるんじゃないかと思い、両膝を抱え込んで抑えるつもりで縮こまるが端から見れば寒そうにしているようにしか見えないので


「何だ?寒いのか?」

「え?あ、そういうわけじゃぁ……」


 ビクリと肩を竦ませる千鶴に護熾は?な顔をしてそれからベットの上にいる少女に目を移す。千鶴はそんな護熾を見ながら、どうして彼は怪物とかいう謎の生命体と戦っているんだろうと思い、今まで彼に護られてきたのかな?と考えていると


「何だ? 落ち着かないのか?」

「うわっ!!」


 急に声を掛けられたのでさらにビクゥッとなって思わず小さく飛び跳ねるが、何とか落ち着いて冷静さを急いで取り戻すと護熾はその様子を冷ややかなに見ながら


「訊きたいことがありそうな顔をしてるな? 聞きたきゃ訊けよ。答えてやるから」

「え……っとじゃあまずは―――――」






「俺は、未だに眼の使い手がどういったものなのか、どうして俺が眼の使い手になったのかは分からない」

「………………」


 千鶴は護熾に『どうやってユキちゃんに会ったり異世界に行ったりしたの?』と尋ね、今最初の日のことから話し、最後の方を話し終えたところだった。

 護熾は静かな寝息を立てているユキナを見ながら、


「でも一つ解ってることはある。それは誰かを護れるってことだ」

「誰かを、護る?」

「あぁ、そのための力だと思っている」


 そう言いながら護熾は千鶴に顔を合わせる。

 千鶴は少し驚きながらもその顔に決意に満ちた眼差しを見る。

 それはもう、マールシ戦の時の事件から一週間後に見た死期を悟ったような何もかも映して何もかも見ていない目ではなく、どこまでも力強い瞳。

 

 ―――よかった、普通の海洞くんだ


 千鶴はその目を見て安心したのか、小さく息を吐いて小さい少年を見る。

 護熾はそのまま続ける。


「だからみんなを護りたい。ユキナもイアルも斉藤も一樹も絵里も親父も沢木も近藤も木村も宮崎も、俺に関わる人いや、俺はヒーローじゃないけどとにかく護りたい。そのためだったら強くなりたい。誰にも負けないくらい、な」


 握り拳を固めながら、そう決意の言葉を告げる。

 今の彼があるのはみんなのおかげ、だったらそれを護る。それが護熾にとって命を懸けてでも護る価値がある、いや必ず護る。どんな敵が来ようが、必ず倒す。だから安心してくれ、っと護熾は誓うように千鶴に伝える。


「………………うん、信じるよ」


 彼から出る言葉はどこか自信に満ちていて、不思議な響きを持っていて、信じられる。

 そう信じ、ニコッと口元を綻ばせて微笑むと護熾はその微笑みを見て、思わず照れてしまい、後ろ頭を掻く。


「でも、相手は怪物だけど元人間だから決して偉いってわけじゃねえんだよなこれが。言い換えれば俺は他から命を奪っているんだよ」


 怪物の材料は人間。

 姿形が変わり、中身も獣のようになってしまているため人間性の欠片もなく、気にしなければそう悩むことでもない。しかし名前持などはより人間に近い感情を持っており、倒すたびに後悔の念が少なくとも疼いていた。

 しかしそれが真に相手を救うことであることは知っている。ならば続けるしかない。


「でもやるしかない。けっこー大変だぜ?」


 少し笑みを浮かべながら、手を軽く振って千鶴に仕事の大変さを伝える。

 千鶴はそんな護熾を見ながら、顔を前に戻し、膝に顎を乗せて少し憂い顔で小さく肩で息をする。


 ―――海洞くんはすごいな……すごい覚悟を持っていて私なんか…………


 あと半年の命で自分を失おうとしている少年に自分は何も言えなかった。

 言う資格がない、そう考えている、いやそう考えるしかないからだ。

 護熾の話によると眼の使い手は必ず大切なものを失っている。その大切なモノは家族、恋人などでその人の人生を大きく左右しかねない本当に大切なものである。


 実際、護熾も母親がいないことで多くの苦労をしてきた。

 今は慣れているからこそホイホイと簡単にこなすが、そこまでに至る道は長かったはずである。

 今眠っている少女もそう、五年間という理由も分からない長期任務に就き、寂しいはずが無く五年分の自由を奪われたのだからそうとうの苦労を乗り越えて生きてきたのだ。

 

 だからこそ、だからこそ自分を疑う。

 自分の身を挺して護ってくれているこの町で呑気に過ごしてきた自分を、疑う、嫌悪してしまう。

 この二人が血を流してまで護ってきたこの地に自分は、何も知らずに住んできた。それは罪ではない。だがあまりにもそのことが腹に立つ。

 

 ただそっと少し、言葉を交え、助けられ、好意を寄せていた自分にも、腹が立った。

 こんなに切なくて、辛くて、出口がない航路にあえて身を置いているこの少年を愛していたいのに自分はそれすらも資格がないと思い始めている。

 そう思うと涙が目頭にふつふつと生まれてくる。

 

 同じ歳なのにその許容量を超えた使命感を持ったこの少年は誰にも頼らずに生きている。それがどんなに辛く、悲しいのかを自分は理解できない。

 それが悔しくて、悲しくて、しょうがないのだ。

 そこである別のことを理解してしまう。自分は、この少年を愛そうとしている。だがユキナとは絶対的に違うものがある。それは―――



“私は、無傷のままで海洞くんを愛そうとした”



 いつの間にか、千鶴は護熾を抱きしめていた。

 小さな体をスッポリと腕に収めて小さな頭に顔を埋める。

 少し長い髪が垂れ、涙が頬を伝って護熾の髪を濡らす。


「ごめん……ごめんね海洞くん…………何も知らずに過ごして……」


 こんなにも小さくなるほど戦って、傷ついて、それで優しく、決して引かない。

 その少年の強さに惹かれ、こうして何か助けになると思って泊まりに来たが、結局は何もできない。

 何も変えられない。

 千鶴はもっと体を抱き寄せ、ギュッと温もりを分けるように抱きしめる。


「だから……少しずつあなたのことも、異世界のことも、知っていくから一人で悩まないで……私は何もできないけどせめてそれくらいは……」


 くかーー


「え………………?」


 気持ちのいいほどの寝息がすぐ近くでしたのでびっくりして腕の中を覗き込むと何時寝ていたのかは解らないが、既に護熾はご寝中のようでおそらく千鶴の抱擁にも言葉にも気が付いていないであろう。

 腕の中で小さく眠る護熾を見つめながら、千鶴は『…………』と無言でソッと床に寝かせ、近くに準備してあった毛布を引き寄せるとそれを護熾に被せる。

 そして立ち上がって二人の小さな戦士を順に見て、最後に護熾を見る。


「きっと……きっと分かるから……だから待ってて。私に海洞くんを愛する資格はないと思うけど、きっと追いつくから。だから…………ありがとう」


 そう言ってパタンと静かにドアを閉めて、一階の方に向かっていった。







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