二十月日 太陽と月と雨
『それにしても第二解放状態で蹴散らす相手がいるなんて……相手の準備は整い始めているのかも…………』
昨日の夜、宙を疾走しながら戦いの激動を感じていたユキナは、到着する少し前、急激に護熾の気が上昇し、そこから一気に下がっていたことから死纏状態を駆使しても相手に勝てなかったと考え、それほど恐ろしい敵がこの現世に侵攻してきているのだとすると、早急に中央に報告し、さらには世界に緊急警告を発した方がいいかもしれないと考えていた。
第二解放者が三人になり、戦力強化が始まっている今、敵にとってはこれ以上第二解放者が現れるのは不都合のハズ。それならば何時、人間と人ならざる者達との戦争が始まってもおかしくない。
確実に大きな戦いが控えているのだ。
「ちょっ、痛い! もうちょっと優しく…」
「あっ、ごめんごめん!」
ギュッと力が腕に籠もったところで少し高い少年の声が耳に届いたのでユキナはハッとなって包帯をきつく縛っていることに気が付き、力を緩める。
今、目の前にいるのは眉間にシワを寄せた―――小さな護熾。
今は護られるだけになっている自分よりも小さな護熾。
昨日の戦いでイアルを助けるがあまり、一撃に文字通り全身全霊を込めて放ってしまったため残りの気の量に合わせた、信じがたいが緊急形態という回復形態になっているのだ。
チビ護熾は今、一樹のパジャマを着て、『これはお下がりならぬお上がりだな』と呟いたあとユキナに頭のと胴体の包帯の巻き直しをしてもらっていた。
『海洞〜〜一応洗濯物干したけど大丈夫〜?』
二階の部屋に向けて一階からイアルが洗濯完了を伝えてきたので護熾はそれはそれは少年らしい声で
「あぁっ、大丈夫だ! 洗濯物ありがとうな!!」
「〜〜〜〜〜〜〜〜」
元気よく返事をするとイアルはこちらが見えないことをいいことに口を押さえて笑いを堪えながら壁に拳を当て、『や、やっぱり可愛い〜』と肩を振るわせながら悶え、そのあと今朝に一樹と絵里が残さず食べ、残った皿を洗いに台所へと向かった。
「――これでよし! 護熾、どう?」
「おっ、上手だなユキナ」
「えっへへ〜〜怪我の手当には自信あるんだ」
ユキナは後ろ頭を掻きながら素直に喜ぶ。
過去五年間、そこで生き抜くためにもしもの怪我のために手当方法は叩き込まれている。しかし実際生体エネルギーが自然治癒力を高めてくれるため護熾と出会った後の知識持戦くらいしか現世で手当を受けるほどの大怪我はしたことがなかった。
護熾は肩をぐるんと動かしてみるが、まだ痛みが奔るのでこれは今日動けないなと思い、今日が土曜日で一樹と絵里がいなくてよかった〜と心のどこかにいる神様に感謝し、ふとユキナを見ると何か興味津々で護熾が行う行動全てが新鮮そうな顔をしていた。
「何だよ? ジロジロ見やがって」
「――えっ? あ、いや、何だか、ね――?」
何かしたそうにもじもじと顔を赤らめながら指と指をくっつけ合わせ、視線を下に落としてそのままくるくると動かすと小さな声で
「護熾〜」
「あ? 何だ?」
「私今〜、護熾の包帯を巻き直して護熾は感謝しているでしょ? だから〜〜」
「あぁ感謝しているけど、何だ?」
「その、ちょっとこっち来て」
「ん? 何だよ?」
チョコチョコと護熾はベットの上を這い、ユキナの近くまで移動すると神速の速さでユキナは護熾が動けないことをいいことに腕を引っ張って自分の所に引き寄せ、護熾が『うわっ!何だいきなり!?』と声を上げて驚いているとちょこんと自分のお膝の上に乗せ、護熾の頭に顎を乗せ、さすり始めた。
「うぅ〜〜〜ふわふわ〜〜モコモコ〜〜可愛い〜〜〜うりうり〜〜」
「ちょっ!? やめろ!! 気持ち悪い!! 何だいきなりてめぇは!?」
護熾は当然驚愕し、その抱擁から逃れようとするが小学生低学年の力で現役女子高生の力に勝つことはまず難しく、ユキナはまるで弟のように愛しそうに顎を当てて尚、もっと抱きしめる。護熾は徐々に増していく抱擁パワーに抵抗しようと藻掻くがユキナにとっては単なる余興に過ぎず、徐々に護熾の抵抗の力が弱まっていった。
『海洞は私のためにあんな姿になってまで命を助けてくれた…………足手纏いにはなりたくないな…………』
ユキナが至福の時間を味わい、強烈な抱擁に護熾が精も根も尽き果たそうとしているとき、イアルは護熾の今の姿になったのは自分の所為だと認識すると、はぁと溜息を付き、今は護熾の介抱が先決ねと考え、階段を上りきってドアを開けて中の様子を見ると
ユキナが楽しそうにチビ護熾を後ろから抱いて頬擦りを開始していた。
「ちょっ!? ユキナったらずるい!!」
状況を即座に理解したイアルはズンズンと近づいてまるで玩具を取り上げるように護熾のパジャマの襟をむんずと掴み、まるで猫のように持ち上げるとユキナが『あぁ〜もう!』と鬱陶しそうにチビ護熾を取り上げたイアルを睨む。
「海洞は今は弱っているの!! それを知ってて抱きつくなんて失礼よ!!」
「―――って何お前もさりげなく俺を抱いてるんだよ!!?」
ユキナに説教を食らわせながらイアルは護熾を器用に両手で背中から抱く様にし、ユキナがやっていたのと同じように顎を頭に乗せ、それから護熾の苦情を華麗に無視し、プイッとドアの方に振り向くと
「海洞は移動ができないからこのまま私が抱っこしていくわ」
「おいっ、俺やろうと思えば一人で歩けるから降ろせ〜〜」
「あ〜んイアルずるい〜〜! 私がそれやりたい!」
「さっきユキナはやったでしょ!? だから今度は私の番よ!」
“何だこの状況は!?”
チビ護熾はそのままイアルに抱かれながら、部屋を出て階段を降り始めるとユキナが後ろからついてきて、護熾はどちらが抱っこして一階の今のソファーに運んでいくかで口論になり、『イアル、背中に胸が当たっているんだけど……』と言い出そうにも言い出せなかった護熾は結局イアルに抱っこされてソファーに寝かされることになった。
「そういえばどっちか昼飯作れるか?」
ソファーで仰向けに寝ながら、護熾はテレビを見ている二人に問う。
今まで家事は一人でこなしてきたので今、収縮してしまった自分の体ではフライパンを振るうことはおろか、台所の流し台にすら何かに乗ってやらなければならず、体の傷が痛むので二人に昼食が作れるかどうか尋ねていた。
「あ! じゃあ私達で作ろうよイアル!」
「そ、そうね。じゃあ海洞が食べやすいようにお粥でも作ろうか!?」
「いや、別に病人じゃねえし普通の飯が食べたいからできれば普通のを……」
「「ハイハイ分かったわよ♪」」
普通の昼食を作って欲しいと頼まれるとユキナとイアルは張り切って台所に向かい始める。護熾はそんな意気揚々の二人の背中を見送りながら、何か言いしれぬ不安を胸に秘めるが、二人がどんな料理を作ってくれるのか、楽しみにしながらできあがるのを待った。
だができたのはお約束の結果。
一時間後の11時30分。
何やら焦げ臭い匂いがするなと寝ていた護熾は目を覚まし、むくっと体を起こして台所の方を見ると丁度二人がお皿を持ってこちらに運んでいるのが見え、何を作ったのかな?と楽しみにしながら皿に盛られているのを見ると気のせいか、盛られているのが絵にも文字にもできないメディアを超越したおぞましさ。
「…………え? 何これ?」
「何かさ〜ユキナが『あれと〜これと〜あとこれも護熾が使ってた!』って自信満々に言うから全部入れてそこに肉と野菜を入れたらこんな風になっちゃって……」
モザイクが掛かっているお皿を片手にイアルが結果を報告するが、護熾は顔に青筋を立ててげんなりとした表情で作られた料理と思われしき物体を見つめる。
いくら目を擦っても外れないモザイク。
よくよく考えれば五年間もコンビニの食品で過ごしてきたユキナと、家事は一通りできるらしいが三食学食のイアルに料理など作れるわけが無く、こいつらに任せたのがダメだったのかと思うとユキナがそのモザイクにスプーンを突っこみ、自分の口元に運ぼうとしているのが見えた。
「――って何喰わせようとしてんだお前はァあああああ!!?」
「え〜〜何か食べなきゃダメだよ護熾〜〜」
「何!? これ実験!? 人体の反応を見る実験か!?」
スプーンですくわれてもモザイクが取れない黒い物体に護熾は人生最大級の抵抗を見せつけるが、ユキナは構わず笑顔で『ハイあ〜んだよあ〜ん♪』といい、ドンドン距離を縮めていく。護熾は手をブンブン振って視覚がこれは食べてはいけない!と忠告し、脳がこれは料理ではない!と警告してくるのだが、
「海洞、私達が一生懸命作った料理、ちゃんと食べなさいよ!」
そそくさと自分達の分の皿を隠しながらイアルが言い、自分達の分を抹消していたので護熾は指をビシッと隠したイアルに指しながら
「何だよ!? お前だってそんな斬新なアイディアのモンスターなんかを―――」
ズボッ
口が開いた一瞬、口の中に広がる福与かな……ではなく地獄の構想曲が広がり始め、護熾はゆっくりと目だけを見下ろすと口にモザイクの掛かったスプーンが突っ込まれている。
「どう護熾? おいしい?」
「………………」
バタンッ
護熾は一瞬、天国のような幻を見た後に微笑を浮かべ、それから軽やかに背中からソファーに倒れ込むとそのまま気を失い、二人が『どうしたの!?』と慌てて駆け寄ったときには青い顔でピクピクと痙攣していた。
どれほどのダメージが護熾を襲ったのかは想像しない方がいいのは明白である。
『え!? 海洞くんが料理を作れなくて困ってる!?』
『そうなのよ。今の状況で斉藤さんしか他の人には見せられないから今から場所と目印になるのを言うからこの家に来てくれないかしら?』
護熾が失神してから10分後、さすがに不味いと思ったイアルは護熾の面倒をユキナに任せ、今の護熾の姿を見せても問題がない千鶴を電話で呼んでいるところだった。
千鶴は快く承諾し、しばらく受話器から耳を離して母親か誰かに行ってもいいかどうかの許可を申請すると即答で良いと返事が返ってきた。
そしてもう一度イアルに場所の再確認をすると互いに別れを言い、電話を切った。
「海洞くん……待っててね」
「あら? そういえば海洞さんちへは初めてだったよね千鶴?」
「あ、そういえばそうだね…」
「だったら丁度いいわ。これを持って行きなさい」
千鶴の母親はそう何か紙袋に入った何かを手渡すと千鶴はそれを受け取り、そして初めていくんだから何かおめかしして行かなくちゃと服装や髪留めなどに迷いに迷って時間が過ぎ、気が付いたときにはもうすぐ十二時半になろうとしていた。
「ここが海洞くんの家……」
紙袋を両手で持ち、暖かい服装でやってきた千鶴は初めて見る護熾の家をマジマジと見ていた。しっかりとした玄関、黒く立派な表札。そして少し狭く、しっかりと手入れがされている庭は護熾のしっかりとした性格を表しているようだった。
「あ、あの〜〜来たけど〜〜」
『ああ斉藤さん? 玄関開いているから中に入ってきて〜〜』
千鶴が呼びかけると中からイアルの声がしたので千鶴は緊張した面持ちで『じゃ、じゃあお邪魔しま〜す』と言ってから玄関を潜り抜けていった。
初めて入る護熾の家は中もやはりキチンとしており、靴を脱ぎながら電話で伝えられた護熾の容態を心配しながら終え、そして廊下に上がり込むと小さな影が二つ、追う方と追いかけられる方で廊下を走っていた。
「ちょっと護熾!! 逃げないでよ!!」
「るせぇっ!! あそこにいると何喰わされるか分からねえ!!」
ユキナに追いかけられているのは頭に包帯、体にも包帯、そしてムスッと凄く嫌そうな顔で後ろから追いかけてくるユキナに顔を向けながら全力疾走している小学生くらいの男の子。
千鶴は何をしているんだろうかと思いながらその追いかけっこを傍観していると護熾がこちらに走ってきて、来ていたことに気が付いていなかったのか、そのままドンとぶつかってしまい、
「うおっ!?」
「きゃあ!?」
護熾はびっくりして立ち止まり、千鶴はぶつかった衝撃で持っていた紙袋を落とし、尻餅を付いてしまう。そしていたたとお尻をさすりながら、ぶつかってきた男の子を見ると自分のことを何だか見られちゃまずいものを見られたかのような顔をしながら少し身を引いており、千鶴はこの子謝らないのかな〜?と不思議顔で見ているとあることに気が付く。
眉間にシワを寄せたような顔、包帯だらけの体、走った所為でだぶだぶになったパジャマ。
千鶴はそれに気が付いた途端目を輝かせ、両手を思いっきり横に広げるとガシッと肩を掴み、護熾が『へっ!?』と気の抜けた声を漏らしたときには―――
「可愛い〜〜〜!! あなたとっても可愛い〜〜〜!!!」
「どわぁーー!!? 斉藤! いきなり何すん――――!!!!!」
思いっきり胸元にまで顔が埋まるほどの抱擁をし、千鶴は可愛い小学生を嬉しそうに抱きしめているつもりだが、護熾にとっては同じクラスの同級生が自分を思いっきり神々の谷間に顔を押しつけているので言葉が出ず、思いっきり顔を赤くして湯気を出し、逆上せたようになってしまう。
「あっ! 斉藤さん、それ護熾だよ!?」
あとから来たユキナが千鶴の胸に抱かれている男の子を指しながら近づき、千鶴の腕から護熾をぬいぐるみのように取り上げるとそのまま抱き、千鶴は一瞬キョトンとするが、そのあとユキナに抱かれている男の子をよく見ると確かに護熾の特徴らしきものがあることに気が付き、手で口を塞ぐと思いっきり叫んだ。
「えぇええーーーーーーーーーーーーー!!!?」
「―――というわけで海洞は私を助けるためにこんな姿になってしまったのよ……」
「……昨日そんなことが……」
居間でイアルは昨日、あまりにも強力な敵に出くわし、相手の標的が自分へ切り替わったとき自分が怪我をしているのにも関わらずバルムディアの時に使ったあの黒い力を使って護熾はあせるあまりに一撃に全てを懸けてしまい、もの凄いエネルギーを相手に使ってしまい、今は緊急形態で回復に努めていた。
そう伝え終わると千鶴はその護熾に目をやる。
護熾はというと―――イアルの膝に乗って抱きしめられており、顎を頭に乗せられてプルプルと震えていた。
「俺を抱きながら説明しなくてもいいだろ!?」
「えぇ〜〜だって抱き心地とってもいいんだもん〜〜」
「そんなの関係ねぇ! 降ろせ!!」
護熾はジタバタと暴れ、やむなくイアルから解放させると膝から飛び降り、息切れをしながら振り向き、ビシッと指を指して『二度と抱くんじゃねぇ!!俺はお前らの玩具じゃねぇんだからな!!』と高い声で文句を言うとソーッと後ろからユキナが忍び足で気付かれずに近づき、両手を広げると思いっきり後ろから抱きつく。
「確かにイアルの言う通りだね〜〜でも変な顔なのが玉に瑕だよね〜〜」
「なっ! また抱きつきやがって!! って誰が変な顔だ!? このチ――――」
いつもの調子でチビと言い返そうとしたが護熾は途中で口を鎖してしまう。
今抱きしめられているからこそ分かったことなのだが護熾は今の身長がユキナに勝っておらず、このまま言い返しても自滅するだけ。
護熾135cm。ユキナ145cm。
これが今の身長差である。
「くっ、くそっ………ここに来て俺は追いつめられていたのか………」
「えっへへ〜♪今の護熾は言い返せないのよ〜〜〜」
楽しそうにいたずらを思いついた子供のようにユキナが頬ずりを開始したのでイアルが慌てて止めに入り、さっきイアルが抱きしめてたじゃん!と睨み合いになって火花が散り始めたので千鶴はこの空気を打開しようと
「じゃ、じゃあ私今から昼食作るから海洞くんはここで、二人は準備をしたり手伝ったりしてくれない?」
すると二人はバッと振り向き、きらんと目を光らせると千鶴の背中を押し、『食べましょう食べましょう!』と元気よく台所へ入っていった。
そして30分後、護熾ほどの腕前ではないが見事な昼食が机に並び、二人は『おお〜〜!』と感動してそれらを手に持って目を輝かせる。
そして三人はそれらを口に運ぶと『うん! 美味しい!』と喜び、先程酷いモノを食べさせられた護熾は救世主が来たと泣いて喜び、小さな体ながらもガツガツと勢いよく食べ、残さず食べてしまった。
食後から一時間後、護熾は和室でタオルケットを被りながらスヤスヤと静かな寝息を立てて眠っている。その姿はどこからどう見ても遊び疲れた小学生にしか見えず、力の抜けた表情はその様子を見ている女子三人に何かそそらせるものがあった。
「本当にあと半年だなんて……信じられる?」
テーブルで席に着きながら食後のお茶を飲んでいる三人の内イアルが二人に向かって尋ねると二人はふるふると首を横に振って返事をする。
しかし本人がそう言ったのだ。
何故半年になるほど命を削り、そして死纏とかいう黒い力は何なのか、それを訊いても護熾は首を横に振るだけで何も答えず、まるで巻き込みたくないような面影で黙ったままだった。
答えたくないのか、それともその時期が来ていないのか。
それはまだ分からないが、こうして小さな姿で今は仮初めの平穏を過ごしているのだ。
イアルは瞼を閉じたままお茶を啜り、それを静かにコースターの上に置くと
「そういえばユキナ、一週間様子を見てて確信したけど―――」
「ふぇ?」
「あなた、海洞のこと好きでしょ?」
ブフーーーー。
「え!? ごほっ! 別に………げはぁ!」
「そうなのユキちゃん!?」
「やっぱり、学校で様子を見ていて分かっていたし、あなたのお母さんからも聞いていたわよ。」
今日までの一週間、イアルはユキナの様子を盗み見るようになり、護熾と何か喋った後、何かほわんほわんと顔を赤らめてもじもじしていたことからこれは確実ね…と決め、同時に千鶴の様子からとユキナからの話で千鶴も護熾が好きだというのはユキナを見るよりも明らかなのであえて言わなかったが、それを踏まえて三人で話し合うことにする。
「まさかここにいる三人全員が海洞のこと好きだなんて……何だか変よねー?」
「海洞くん……こんなにモテるなんて………何だか逆に凄いね〜」
「でも護熾ってそういう恋愛感覚はけっこう乏しいよ?」
不思議と、同じ人のことを想う三人なのにテレビや漫画であるような恋愛バトルのような雰囲気はなく、互いに最初は内心ハラハラであったが同じ人を想う身としてはどこか心が軽く、話しやすいものだった。
そして少し時間が経ち、ユキナが斉藤に尋ねる。
「そういえば斉藤さん、護熾がさっき『できれば晩飯も作ってくれたらな〜』ってさり気なく言ってたけど、どうするの?」
「え!? そりゃぁまぁ……でもお母さんとお父さんが何て言うか……」
千鶴は首を傾げて護熾の家に泊まり掛けで夕飯を作りたいのは山々なのだが、ここで親という障害が出てくる。男の家に泊まるなど何が予想できるかは定かではないが猛反対すると思われ、しかしそれでも訊いてみようと勇気を出して電話を借り、尋ねてみることにした。
「―――どうだった?」
「……すんなりOKだった」
「よかったじゃん! これで海洞は安心するわ!」
廊下に設置されている電話から戻ってきた千鶴にユキナは『何で大丈夫だったの?』と尋ねると千鶴はイスに腰掛けながら
「海洞くんだから大丈夫だし、友達と一緒に泊まるとも言ったし、それに……“命短し、恋せよ乙女”なんて逆にエール送られちゃった。お父さんには言っておくってさ」
それに色々と助けられたからせめて恩返しがしたい……
千鶴はそう思っているのだが実際の所宿泊学習が潰れて母親は可哀想と思っていたので今回のように少しは娘に青春というものを感じさせたくてあえてこうしたというのは内緒である。
千鶴は丁寧に飲み干したカップを洗い、『じゃあ着替えを取りに行くから!』と意気揚々とその場を後にして家を出て行ったので残された二人はとりあえず待つことにして、互いに空いた時間で爪を見たり、向こうでギバリとリルはちゃんと風紀委員の仕事できてるかしらなど時間を潰しているとふと、イアルが立ち上がり、ユキナに顔を向けると
「ここじゃあ、電波悪いからちょっと外で電話してくる」
そう言ってさっさと玄関に向かってしまうとバタンとドアが開いて閉じる音がした。そして一人残されたユキナはう〜んと背伸びをし、ふわぁと欠伸をするとそこに丁度、まだタオルケットで寝ている護熾の姿が目に映った。
「……………いいよ、ね?」
そう誰かに相談するように呟いた後、イスから飛び降り、一直線に和室へと足を運び、そして寝ている護熾を見下ろす。
しばらくジーッと二度は見られないかも知れないその寝顔を十分に拝んだ後、腰を落として腹這いになり、ゆっくりと手を伸ばして護熾の米神の毛を撫でるように退かす。
イアルが帰ってくるまでの少ない時間。
ユキナは自分より小さな少年を見つめた後、
「添い寝添い寝♪」
と楽しそうに言いながら体を寄せ、タオルケットに体を潜り込ませ、護熾の頭を自分の胸元まで抱き寄せて改めてその温もりを知る。
小さくてもやはり、どこか威圧感、というより優しさが伝わってきて、それはゆっくりとユキナの体を包み込んでいき、眠気を誘ってくる。
『うっ、恐るべし……』とユキナは瞼が鉛のように重くなっていき、そしてギュッと最後に抱きしめると
「護熾は一体……誰が好きなの?」
そう言ってから幸せな眠りへと体を沈めていった。




