十九月日 襲来 そして護熾の悲劇
あれから一週間後。悲劇は起こる。
頭の中で、声が響く。
『ユキナ、聞いて欲しい。俺はお前にひどいことをしてしまった。謝っても許してはくれないだろうが分かって欲しい。そして知ってくれ、真理に一番近いお前は全てを知っておくべきなんだ。そして何故、五年間も現世に飛ばされたかを全て教えてあげよう』
「う〜ん……誰?」
その声で目を覚ましたユキナはむくっと起きあがり、眠たそうな目でキョロキョロと辺りを見渡すが、誰もおらず、もう一度寝直そうとしたときだった。
突然空気が、大気が震えるような震動が部屋中に広がり、布団をはね除けて起きあがると急いでその震源に顔を向ける。
「………護熾の気が近くにある……」
それは護熾が何かと交戦中であることを知らせる証拠であり、何か行かなくてはならない衝動的な気持ちに駆られると窓を開け、縁に手を掛けて跳び箱を跳び越えるかのように片手で自分の体を持ち上げて窓を乗り越え、結界に入るとその方向に向かって疾走を開始する。
星がよく見える夜中だった。
全てが動きを止め、沈黙の空間が広がっている中、二つの影が互いにぶつかり合い、衝撃波がさらに周りにあった建物を紙吹雪のように壊すが、一人が隙をついて土手っ腹に蹴りを入れ、ミシミシと音を立てさせた後、蹴られた方がその痛みに悲鳴を上げる。
「ぬぐぁあああ!!!」
もの凄いスピードで後ろから建物に突っこみ、ガラガラと周りに瓦礫を落とし、近くにあった建物をさらに壊す。
吹き飛ばされたのは常磐色の袖無しのコートを羽織り、翠色の火花を散らしている少年で今、額から一筋の血を流しながら背中の痛みに堪え、両手をついて立ち上がると口の中に鉄の味が広がり、ペッと吐き出してすぐ横のアスファルトを赤く染める。
少年が飛んできた方向には宙に浮きながら腕を組んで佇んでいる何者かがおり、それは顔が半分入れ墨のようなもので覆われ、髪は不良風に軽く逆立っており、嬉しそうに歯を見せてニッと笑い、歩み寄りながら少年に近づいていく。
「やっぱ弱ぇじゃねえか。こいつと戦った連中はどうやら本当に調子こいて負けたらしいな!!」
「海洞!! 逃げて!!」
「あぁん? さっきからうるせえ女だな」
建物の上で待機している細かく刀身が震える剣を構えながら、建物の上部で相手を睨んでいる翠の少年に向かって叫ぶ。
頼みの綱となるもう一人の少女がここに来るとは考えにくい。それにここは遠いのだ。
だが少年はまったく逃げの姿勢を取ることなく再び立ち上がり、闘牙を見せつける。
自分には敵わないハズの少年を身ながら入れ墨の男は 確かこいつは殺しちゃあまずいんだったな とその者から言いつけられた約束を思い出し、下の建物の上にいる少女に顔を向けると
「じゃあてめぇはぶっ殺しても構わないんだよな?」
「え――――――」
殺戮の対象が少女へと切り替わった入れ墨の男は、宙を蹴って一気に少女に接近を開始する。少女は相手の狙いが自分だと分かった瞬間、体中の力がどこかへいってしまい、ペタンとその場に座り込んで動けなくなってしまう。
「!! イアル!! 逃げろ!!!」
相手の狙いが分かった少年は少女の名前を叫んで逃げるよう言うが少女は瞳に入れ墨の男を映し込んだまま歯をカチカチと鳴らして頭が逃げろと伝えても体が石にでもなったかのように動かない。
「やばい! イアル待ってろ!!」
このままではあの少女は八つ裂きにされて殺されてしまう。
そう危機を感じた少年は腰に差してあった黒い小刀を引き抜いて切っ先を下に向けて掲げる様にし、瞼を閉じて何か解号を叫ぶと顔が一気に呪印のようなもので覆われ、背中から黒いオーラが噴き出すとそれを纏い、白目を剥きながら雄叫びを上げる。
「ヲォオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
そして黒いオーラを纏ったまま、力を込めて蹴りだし、その衝撃で建物が崩れ去るほどのもの凄いスピードで少女と入れ墨の男の間に向かう。
「さぁて、頭かち割って終わりだな!」
男は少女の頭上から捉えた視線を決して外さず、そのかち割りを実行しようとしている右腕を持ち上げると、その動きがピタッと止まる。
何かが自分に急接近している。しかも凄い気を持って。
そして後ろを振り向くと黒い気を纏った龍の幻影が口を開けて自分を飲み込もうとしており、その気迫は想像以上で思わず自分の動きが止まる。
「な、何だありゃあ!?」
呆気に取られ、そのまま飲み込まれると途端、紅い光が龍の頭を突き破り、そこから右肩から左脇下を袈裟斬りをされたような傷を携えながら、男が飛び出してきた。
すると先程の龍の幻影はそのまま空間に溶けていくように消滅し、中からは白煙を纏って墜落していく物体が一つ、少女のいる隣の建物の隣に落ち、少し壊しながら意識があるのかないのか、そのまま動かなくなる。
男はその場から急いで離れ、赤い血沫を宙に散らしながら呼吸を荒くし、自分に一撃を食らわした少年を見下ろしながら
「…………危なかった……まさかあんな捨て身の一撃を……そんなのまで隠してやがるとは思いもよらなかったぜ……」
男は飲み込まれた直前、反射的に線を掌から発射したため傷はこの程度で済んだが、それでも相手の捨て身の攻撃に体はガタつき、息をするたびに何か焼け付くような痛みが喉に奔るので、これ以上戦うのは困難だと判断し白煙を上げてうつ伏せに倒れている少年を見下ろす。
「ちっ、まさかこの俺が退却とは……だがお互い様だな眼の使い手!次に会ったら必ずその喉元を掻切って殺してやるからな! はっははははははははは!!!!」
楽しそうな笑い声を上げて空に向かって上昇し、そして黒い空間の歪みを手で作ってその中に入っていくと姿を消していき、その場はすぐ静寂を取り戻していった。
一つの大きな戦いが引き分けという形で終了した。
「……かいどう……海洞!!」
少年に命を救われた少女はハッとなって気づき、すぐに隣の建物の屋上でシューと燃えた後のような音を立て、煙を上げて倒れている少年の元へ向かい始める。
そして飛び移り、急いで走り寄って歩み寄ると、その姿に驚愕の表情を上げて、両膝をついてしまう。
「……うそでしょ? ……そんなにまで…………」
『護熾ぃ〜〜〜〜イアルゥ〜〜〜無事なの〜〜!!?』
遠くからユキナの声がし、そちらに顔を向けると普通状態のユキナがこっちに向かって手を振って呼びかけており、イアルのすぐ近くに白煙が上がっていることに気が付くと手を振るのを止め、走るスピードを上げて目的地までの到着を早める。
そして、到着すると放心状態のイアルが茫然と白煙の中の少年を見つめており、ユキナもその白煙の中の少年を見ると口を手で隠して目を丸くする。
「こ、これって一体……」
「分からないわ……でも早く連れ帰って手当てしないとまずいのは確かよ……」
少女達はとりあえず少年を自宅まで運んでいき、そして脳裏であれほどの強大な敵がこの町にやって来たと言うことを改めて知らされることとなった。
『第二章 解明』
……何だ 俺は負けたのか?
暗い意識の中、体が浮上する感覚を感じながら、護熾は先程自分が戦った相手を思い出す。
名はゼロアス。
最初は怪物退治にイアルと共にユキナを自宅に残していつも通りのことを済ませようと向かっていき、ちゃっちゃと終わらせて帰ろうと思い、現地についたときだった。
そこには今までに会ったどの怪物よりも気がケタ違いの何者かが明るい町の上に佇んでおり、自分を見るなりいきなり攻撃を仕掛けてきたので護熾は開眼状態になって後ろに下がり、イアルを護るように立ちはだかると月明かりでその正体が明らかになる。
人間、それは怪物というより人間に近かった。
相手はちょいちょと指を動かして挑発し、護熾はこれは第一解放じゃ勝てないと相手の気を探って判断し、すぐに第二解放状態になると相手はほぉと感嘆の声を漏らし、自分のことをゼロアスと名乗ってから自分と衝突を開始した。
それからである。
イアルを救うために第二解放状態、及び死纏状態を重ねて何とか敵にダメージを与えることができたが、相手のカウンターをもろに受けて今は気を失っている。
第二解放死纏状態は今の護熾の最強の姿であるが、一度に多くの気を消費するため乱用はできず、しかも一撃に全てを懸けたのが相手は倒せなかった。
……イアルは……無事なのか?
意識が朧気だから自分が生きているのは確か。だがイアルの生死は分からない。
あいつは無事なのか?
それが分かりたいのだが今は体が動かない。背中の感触からして自分はベットに寝かされているのだと分かり、ユキナが運んできてくれたのだろうか?と思いながらそのまま二時間を過ごした。
地平線から朝日が昇り、今日一日の始まりを告げてくる。朝なので風は冷たく、朝露が木の葉からに伝って溜まり、宝石のように輝いている。
朝の光が目を擽り、意識が完全に浮上してくると護熾は目を覚ました。
視界には知っている天井、部屋。そして匂いですぐに自宅の自分の部屋だと気が付く。
そして体を動かそうとすると痛みが奔り、よく見ると体中に包帯が施されているらしく、頭にも巻かれて何となく動きづらかった。
「………助かったのか?」
昨日あれほど強い敵に出くわして生きているなんて。
護熾は顔に手を当てて昨日の夜の記憶を呼び起こし、あれは夢なんじゃないかと願うが、傷の痛みもあってこれはやはり事実だと確信すると、ギュッと拳を固めて震え始める。
第二解放でもまったく敵わなかった。
この事実は変え難いもので解放状態でもなくて第二解放状態に対抗しうる敵がいるのだ。それが昨日出くわしたゼロアスと名乗る若い男のような怪物。
あいつは強すぎる。相手の情けかどうかは知らないが自分はこうして生かされている。
だったらもっと強くなって本当にみんなを護れるようにしたいと覚悟を決めようとしたときだった。
コンコン
「護熾〜〜入るよ〜?」
ノック音とドア越しから声が聞こえ、ドアの取っ手が捻られて開けられると外から湿ったタオルを持っているユキナが入り、その次に新しい包帯と消毒剤を持ったイアルが部屋に入ってきた。
「どう……怪我の様子は?」
「あぁ、だいぶ治ったみたいだけどまだ痛い。イアル、怪我はねえか?」
「えぇおかげさまで……一樹君と絵里ちゃんは無事小学校に連れて行ったわ」
今日は土曜日で何と一樹と絵里は二人同時に宿泊学習に行っており、昨日から二人でガヤガヤと明日のための準備に忙しく、そして一樹が楽しみすぎて夜通しで起きそうだったので三人は何とか努力して寝かしつけることができたのである。
護熾は『そうか……』と視線を落とし、昨日みんな無事だったと思うとホッと息をつく。
しかし何か違和感がある。そういえば自分の声、少し変じゃないか?
そう思っていると二人は座り込み、ジーッと護熾の顔を見ている。
「そ、そういえば護熾……何か体に……異常はない?」
「ん〜〜そういえば………」
部屋全体をぐるっと見回しながら護熾はやがて二人に顔を向け、『なんか部屋がでかくないか?』と聞き、二人は顔を見合わせて『しょうがないよね〜』と諦めきった声で頷く。
護熾は怪訝そうな顔でそういえば二人も若干大きいような……と思っているとイアルが手鏡をいつの間にか取り出しており、こっちに向けながら
「直接見た方がいいと思うよ」
そうして向けられた銀色の板に自分の姿が映し出される。
そこには、眉間にシワを寄せたいつもの顔。包帯を巻いた体。
それはいつもの姿なのだが、どこか小さい、いや実際に小さくそこに映っていたのは小学生低学年くらいの男の子が包帯を巻いてベットで上体を起こして自分を見ており、護熾はそれが誰なのか、五秒間分からなかった。
そしてそれが――――小学生になっている自分の姿だと分かった。
「え?…………これ俺? ……っておれぇえええええええええ!!!?」
自分だと理解した護熾は窓が割れるくらいの大声を張り上げ、だぼだぼのパジャマでも構わずダダダダダッとベットの上を這って手鏡を覗き込むとそこにはやはり幼い自分が映っており、両手で目をゴシゴシと擦っても何も変わらなかった。
「な、何でこうなってるんだ? 俺が……縮んでいる?」
「護熾、昨日すごい敵と戦ってもの凄い気を消費したよね?」
自分の小さくなった手をワナワナと振るわせて見ている護熾の横からユキナが仮説を説明する。
昨日の第二解放ですら敵わなかった相手に護熾はさらに死纏を重ね掛け、強大な気の消費と引き替えに膨大な力を手にしたが、イアルを助けたいばかりに全身全霊の一撃に使いすぎて気が漏れ出て、その結果残りの気の量に合わせて体が収縮、つまり緊急形態になったのではということが説明された。
しかし所詮は仮説。なのですぐ近くの医者に診てもらうのではなくトーマとストラスに診てもらったほうが断然いい。
「じゃ、じゃあ俺は“若返った”ってことになるのか?」
「ん〜〜そういうことになるけど…………」
そんな超現象にユキナもイアルも頭を悩ませるが、それ以外に頭を悩ませることがある。
それはご飯が作れないだとか、家事ができないとかいう問題ではない。
一番の問題は―――護熾の今の姿である。
―――今の護熾の姿、とっても可愛い〜〜〜〜―――!!
何たって護熾である。あの護熾である。
顔は端整で眉間にシワを寄せているあの護熾がまさかの緊急形態で小学生一、二年の姿でこちらを見ているのだ。
お目々はクリクリしていて、顔は小さく、それに伴って小さい体はどこかか弱そうで緩いパジャマを今すぐにでも着替えさせたい。
つまり、母性本能がくすぐられる姿なわけである。
「ま、まあとりあえずお着替えしましょうか?」
「ご、ご飯何がいいでちゅか?」
「おい、何子供扱いしてんだよ?」
じろりっと睨んで怒る護熾だが、その姿では逆に相手に愛くるしさを振る舞っているようにしか見えず、二人はドキュンッと心を打たれると床に手をついて悶え始める。
「う、うう〜〜可愛い〜〜」
「か、海洞が、海洞がめちゃくちゃ可愛い〜〜!」
昨日の激戦に続き、思わぬハプニング続きにチビ護熾ははぁ〜と溜息を付き、今からどうなることやらと思いながら、萌え死になりそうな二人を見ながらそう思った。
さて、第二章が始まりました!
まさかの護熾のチビ化! これやってみたかったんですよ!(笑)これからどうなるかは今から考えて頑張りますので残り少ない護熾とユキナの物語、どうか見届けて下さいね!では!