十七月日 ドラゴンソウル・スザクハート
ハイ、今回は一万三千文字です!。もう謝ってもキリがないのでせめて皆様、目を疲れさせないようにし、携帯の方は指の疲れにご注意下さい。
では、どうぞ!
ノースリーブの常磐色のコートが風があるかのようになびく。
強そうな二の腕が力が満ちているのを感じさせ、時折放たれる火花は静かに押し黙っている感情を表しているようだった。
特徴からしてこれは間違いなくユキナと同じ―――第二解放である。
「う、うそ………いつの間に海洞が……第二解放を……すごい…」
あの戦いが終わってから一週間ちょい、そんな短期間の内にさらなる上に登った異世界の少年を見てイアルは感嘆の声を漏らし、ユキナも同様に驚き、ティアラは『か、カッコいい〜〜』と口を手で隠しながらいい、その背中を見る。
「な、な、な! 第二解放!? このガキ!! やっぱり隠してやがったのか!?」
自分の上を行っていたのでわざわざ面倒な封力解除まで行ったのにそのさらに上を行く。
まだ勝負をしていないので本当の実力は明確ではないが探った気からして間違いなく自分より上。ただ、この異世界の少年はなりたての素人だというのは怪物達に届いている。
それならば臆せず退かず、攻めの姿勢で行けば何とかなるかも知れない。
先手必勝、自分のジンクスを信じてオスキュラスは前に飛び出す。
こちらに突進してくるオスキュラスを冷静に見据えながら、腰にある小刀に手を掛け、鯉口を斬るとオスキュラスの四本の大剣が同時に振り下ろされる。
衝撃と共に護熾に打ち下ろされ、震動が響き渡り、地面がめくれ上がる。
「!! 護熾!!」
ユキナが叫ぶが煙が晴れるとすぐにその心配が無くなる。
体には合わない小刀で剣術などまるっきり持ち合わせていない護熾はそれ一本で残りの四本の剣を頭の上で防いでいた。しかも顔色一つ変えず、片手で。
「――何っ!?」
「何かしたか? 綿菓子でも降ってきたのかと思ったぜ!」
そのまま小刀を振り上げ、四本の剣を別々に弾くとそこに隙間が生まれる。そこにすかさず地面を蹴って入り込むと体を捻ってさらに回転させ、ねじ込み、大きくさらに弾くと潜り込み、懐に来るとそのまま拳を握った右手で胴体を殴る。
するとオスキュラスの堅いはずの皮膚が割れ、そこから噴水のように青い血が噴き出し、殴られると衝撃が体中を突き抜け、体の中から大砲を撃たれたような感覚が襲い、意識を失いそうに成りながら後ろに下がるが何とか踏みとどまり、堪えるがたったー発でそうとう息が上がっていた。
「て、てめぇ!!」
血を吐き捨て、一度呼吸を取り戻し、再度構え直して前に踏み込ん横に一本薙ぐが、護熾はその場に微動だにせずに右手を顔の横に差しだし、素手のままで烈風を纏った剣を掴み、波動を止める。
そのあと衝撃だけが体を突き抜け、向こうにあった壁が斬れ、崩れ落ちる。
「………そんな程度か?」
掴んでいる剣がカタカタと揺れる。オスキュラスがいくら力を入れて放させようと、決して放さない。
「お前、親がいない子供の寂しさっていうのを知ってるのかよ?」
そして向けられた目には優しさなど一切そこに存在しない殺意そのものの視線。
護熾の気持ちに呼応するかのように火花が増え、そしてオーラがあふれ出す。
そしてオスキュラスは知る。戦う闘志が削がれていく感覚、それが恐怖というものだと。
人を支配するだけで自分はその優位に浸っていたのにそれが易々と崩された絶望感。
そして睨まれたその瞬間、護熾の背後に何か別の生き物――――今まさに炎を吐こうとしている【龍】のような巨大な生物の幻影があった。
「ゴオキ…………」
自分の敵の為に戦っている少年の背後からは、何か自分と鬼気迫る気持ちが伝わってくる。
それは、親から充分な愛情を受けず、寂しい思いをしたという気持ち。
ティアラは気付く。
理由もなく感じていた安心感、優しさに似た感情。そして今見ているのはあの少年自身の内なる気持ちの――戦いなのだと。
「分かんねえだろうな。てめぇにはよぉ!!」
「なっ!?」
とうとう握りしめていた剣にヒビが入り、亀裂が刀身に奔るとガラス細工のように剣が砕かれ、キラキラと輝いて一瞬の光景を生み出す。
オスキュラスは蹈鞴を踏みながら思う。
圧倒的な戦闘力を誇るこいつには敵わない。自分がどんなに全力で戦っても、勝てない。そう悟ったオスキュラスは一度後ろに下がり、距離を取ってから護熾を睨み、だったらあれしかない、そう考えると相手の動揺を誘うために話す。
「げひひ――――お前は強い、それは認めてやる。だが勝負の結果はまた別だ」
「??」
護熾は驚き見開き、動きを止める。他の人達もその話に不思議顔をする。
話が続けられる。
オスキュラスは指を天井の方に指し、言う。
「お前らは知らないだろうが、ここの上空にあるものがある。九年間、ここを壊すためだけに作られたいわゆる国崩しの結晶そこに入っている。それが落ちればここは地獄と化する!」
「………それは一体何だ!?」
奥歯を噛みしめながら護熾は叫ぶように訊く。オスキュラスは目を細め、にやりと笑うと
「げっはは、中身は一万の怪物共だ!!」
「あたしね、結婚するんだ」
「~~お姉さんが?」
「ちょっちょ待て~何だその疑いを込めた眼差しは!?」
大戦が終わったすぐの話。
下町で公園のベンチに座り、集まった子供達に短めの金髪の一見すると男にしか見えない女性、というよりも女らしさを全て封じ込めた服装だったのでそう疑問を掻き立てるのも仕方がないことだった。
気を取り直した女性は一度咳払いをし、それから子供達一同を見渡すと腰に手を当てて心底残念そうに憂いを帯びた表情で
「だからさ、ここに来れなくなっちゃうんだよあたし。だからみんなと遊ぶのは今日でお終い」
「「「「「「ええええええ~~~~!!」」」」」
子供達の大音量のブーイングに女性は思わず耳を塞ぐが、すぐにブーイングを止めさせると指を一本顔の横に立てて黙らせると
「そこであたしからお願いがあるの」
ザシュッ
ジェネスに絡みついている糸をトーマが糸同士の結合を弱め、シバがそれを斬る。すると無事そこから解放され、ジェネスは壁から離れ、『す、すまぬ』と言いながら緊張で体が疲れたのか、前に倒れかかりそうになったのでシバが左手を差し出して受け止め、『いいえ、困ったときはお互い様ですよ』と言いながら今戦場に立っている少年に目をやる。
「ま、まさか二人目の第二解放者が現れるとはね。」
目の前の露草色のロングコートを羽織っているガシュナを睨みながら、驚きと不敵な笑みを混ぜた表情で見据え、ガシュナは一度槍に目をやってから矛先をクイヴァに向け、
「行くぞ――海神」
するとガシュナの周りに蒼い粒子のようなものが集まるとそれがやがて槍を形成し始め、計五本ほどになるとそれが一直線にクイヴァの元へ向かい始める。
「あら、面白い能力ね。」
最初に飛んできた一撃を巨体など意味がないように首をひょいと動かして避けると残りの四本も襲いかかるが、それは口から吐いた糸で絡め取ると途端に勢いが無くなり、地面に墜落していく。
「もうお終い?つまんないの」
そう言おうと落ちた槍から視線をロングコートの少年に移すと既に槍を構えて下から上に振り上げようとするガシュナの姿があった。
―――速い!
あの距離を一瞬で!?しかしかわしきれない速さではないので咄嗟に身を退いてかわすが、続いて舞を思わせるようにブンッと体を捻って突き出すとクイヴァの脇の方に突き進むが、途端、波濤がクイヴァの脇腹を丸くかっさらって向こうの景色が見え始める。
「がはっ!? なっ、何!?」
「ただの槍だと思うな。貴様は相手を見下しすぎだ。」
クイヴァは腹を押さえて後ろに下がり、ガシュナは突き出した海神を手元に引き戻しながら先程のトーマとの戦い、今の戦いで自分が優勢だと勘違いしているクイヴァに言う。
そして明らかに実力差があるということをたたき込む。
ガシュナは視線を海神に降ろしながら
「この槍の名前は『海神』。第二解放を会得したときに教えて貰った名だ。海流のように舞い、波のように相手を打ち砕く。これ以上の説明は不要だな」
そして顔を上げるとひゅんと風が吹いたかと思えば槍が穿とうと胴体に伸びており、クイヴァは辛うじて手で刃を掴むが巻き上げられた衝撃で三メートルもある巨体が、浮き上がる。
「うっ、嘘でしょ!?」
自分はマールシャを超えている。それなのに封力解除をしたのにもかかわらずこの実力差。実際戦ってみないと分からないその実力差にクイヴァは驚愕に染まるが、ガシュナは続けざまに槍を斜め上に突き出して完全急所狙いで行くが、突然槍の動きが止まる。よく見ると白い糸が行く手を阻み、止めている。
「………………!」
「きゃはははは! 糸が口から出るだけだと思ったら大間違いよ!」
クイヴァは体のあらゆる分泌線から糸を精製することができる。
クイヴァは一旦糸を張り巡らせてある天井に逃れ、逆さまからガシュナを捉え、そして体中から糸を全て差し向け、発射する。
―――今なら糸で槍も封じられている。さっきの遠距離攻撃だって攻撃を防げるものでは無いはず
糸がガシュナに絡みつこうとした刹那、突然バラバラに切り裂かれ、地面に落ちる。何が起こったのかよく分からずガシュナを見ると糸が外れた槍とその体の周りに先程の遠距離攻撃に使用された槍が回転しながら配置されていた。
「だから何だ? 糸を吐けるのがお前の能力か? 他にあるなら見せてみろよ」
つまんなそうにガシュナはクイヴァを睨み、問う。
クイヴァは何も言えなかった。
封力解除とは自身の戦闘能力を数倍上げるだけのブースターの役割をするので何かしらの能力が付加するわけではない。つまり元々備わっている能力を強化されただけなのでマールシャ以上の戦闘能力は秘めているが、限度はガシュナに及んでいなかったのである。
「ぬっ、何てことなの……これほどまでの実力差が…」
打つ手はない。
そんな絶望感が過ぎる中、ふと壁に張りつけられている人達が目に入る。自分の今の実力ではこの少年には勝てない。ならば他の人を殺して【あの方】に尽くす。
それは頭領の部下として、兵士として、許された敗北などない。そこまでしてやらなければならないのだ。
口に糸を集め、パキパキと音を立てて硬化させ、巨大な矢を思わせるものが作り出されるとその行き先がガシュナではなく後ろでまだ救助活動をしているシバとトーマに向けられる。
「油断したわね眼の使い手!! あなたが標的じゃなくてもいいのよ!!」
「――!! しまっ―――!」
反応は遅く、クイヴァの口から発射されると矢は風を切って進み、その音に気が付いたシバとトーマは咄嗟に避けようとするがその先にはまだ磔にされている人が――。
すぐに身を挺してでも庇おうとすると―――だれかが飛び出してきてきんと音を立てて弾き、クイヴァの方にも何か飛んでいく。それは黒い球で、何かレバーが付いている。
矢は回転しながら壁に刺さり、そして弾いた人物がシバ達の前に立つと一人はナイフを持った手をもう片方の手で押さえながら先程弾き飛ばした反動で痺れたらしくさすり、一人は肩をポンポンと叩いて賞賛する。
「くっ〜〜〜〜〜痛い〜〜」
「よくやったわレンゴク! 勲章もらえるカモよ!?」
するとクイヴァに当たった煙幕手榴弾は黒い煙を一気に広げ、二度と相手が狙いを付けて攻撃できないようにする。煙を鬱陶しそうに払いながらクイヴァは煙の向こうの隊長を睨みながら
「邪魔が入った! ちっ! でもまだ――――」
「まだ? 最初で決められなかった時点で貴様の負けだ」
煙の外から声がする。そして煙が晴れ、改めて周りの状況を確認すると―――およそ五十ほどの槍の包囲陣が四方八方三百六十度クイヴァの体を取り囲んでおり、ガシュナは槍を片手でもって高く掲げ、攻撃の準備を整えていた。
「な、何よこれ!?」
「――この第二解放は最大解放よりも強く、ノーリスクで――」
ゆっくりと掲げていた槍の矛先をクイヴァの方に向けると『お前を殺す』と目が伝えてくる。そして瞼をゆっくり閉じ、短く息を吐く。
そして静かに呟いた。
「そして、最も残酷な解放だと俺は思っている」
言い切るとクイヴァは風を切る音を聞き取り、そのあと体中に激痛を感じ、口からごぼっと青い血を吐くとゆっくりと体を見下ろす。見えるのは半分まで刺さっている何本もの蒼い槍。それは背中にも腹にも首にも、ありとあらゆる箇所が槍で埋まっている。
勝利が確定した。ガシュナはゆっくりと瞼を開け、残酷な姿になったクイヴァを憐れんでるかのような眼差しを送りながら、言う。
「終わりだ、怪物。貴様の負けだ」
「フフ、確かに負けかも知れないけど――」
負けを悟ったクイヴァは首を動かしてガシュナを見下ろし、何か微笑みを浮かべると
「まだ終わりじゃない。止められるものなら止めてみなさいよ」
「―――そうか」
ガシュナは瞼を閉じ、地面に横たわっている先程糸で絡め取られてしまった槍を蹴り上げ、手元に戻すとそれをアンダスローで投げ、槍の刀身が刺さっている槍に触れると
「止めてみせるさ」
言い終えるのと同時に刺さっている槍が共鳴するかのように光り、それが体全体に広がるとぶくっとクイヴァの体が風船のように膨れあがり―――そして静かに小さな粒子となって空間に溶けていった。
「さて、どうするか」
無傷で勝利したガシュナは次の標的を見上げ、白い球体を仰ぐ。
「もし、私に子供ができて、それからその子が外に行くことがあれば遊んで欲しいな…って思ってね」
「………………」
最後の最後の言葉が自分の子供に会うことが在れば一緒に遊んで欲しいし、どうかよろしくできないかなってことだった。
暫し子供達は う〜んと唸ったように悩んだ後、女性に向けられた顔は全て笑顔で返事は
「「「「「「分かったよ!! テオカお姉さん!!」」」」」
「うむ!それでこそあたしの遊び相手だ!! ってやべっ!! 迎えが来ちゃった!! じゃ、じゃあね!」
公園の外に黒塗りのいかにもな車が止めてあり、中にはトランシーバーのような通信機器で見つけましたと報告している隊士がおり、テオカはことが大きくなる前に慌てながらもちゃんと最後の別れを言い、それから黒い車の方に走っていった。
それからである。テオカの訃報が耳に届いたのは。
だから、その敵が今、さらなる悲劇を生もうと目の前にいるのである。
「一万………ですと?」
ロキはそう声を漏らし、肩から力が抜けていくのを感じる。
この場所にそんな数の怪物が落ち、占領、または壊滅をさせられれば都市機能はマヒし、ここにいる全ての人達の命に関わり、同時に世界にも関わる。
護熾は静かに押し黙ってその話を聞く。
「げっはははは!! 正確に言えば異空間に集められた怪物達を解き放つ扉だ!! それが落ちてくるのにもう少し時間が要るが―――」
剣を全て天井に向け、そして最後に護熾とその他の人達を見る。
「もういい!もうお前らと遊ぶ必要がない!! そこで奈落の世界の到達を待っているがいい!!!」
そう言い残すと天井に向かって跳躍し、剣で斬り壊す、又は突き壊しながら跫音と共に空へと飛び出すし、上空へ一直線、つまり白い球体の方へ向かい始めたのだ。おそらく落ちてくる前に自らで開けようという魂胆であろう。それが開けられてしまえば13年前のワイトと同じ悲劇がここで繰り返される。
「くそっ! あの野郎!! 逃げやがった!!」
飛び散る瓦礫を手で払いのけながら護熾は悪態をつき、遠距離攻撃を仕掛けようとするが既に護熾の技量では狙いは定められず、死纏状態になって追うか?と考えても間に合わない距離である。
ここまでか、全員がそう、諦めの感情を心に浮き出そうとしたとき、護熾の肩に手が置かれる。それは、小さな手。
「護熾、私達ならあいつごとその扉を壊せる。だから、力を貸して!」
その手の持ち主は腕に刺している点滴の管を外し、少しよろつきながらもまだ諦めないと伝える目で護熾を見つめる。護熾は、そんなユキナを見て、微笑むと、ユキナの肩を掴んで返事をした。
「おう! 分かった!」
「げっははははははは!! あれさえ、あれさえ壊せば!!」
空を蹴り、徐々に上昇していくオスキュラスは天空に吊り下げられている白い塊を捉えながら、徐々にその距離を確実に縮めていく。
九年間、目障りな技術力を持ったこの大都市をつぶせれば自分の任務は終わり、あの方に忠誠心を尽くせる。それが喜び、それが生き甲斐。
そしてそんな嬉しさに浸っていると、太陽で輝く糸の球体をバックに―――槍を持った狼が一人、オスキュラスの行く手を阻む。
「貴様、どこから湧いたか知らんがあの白いモノに近づいているな」
「なっ! てめぇは何者だ!?」
「失せろ、あれには近づけさせない」
ガシュナはヒュンと風のように消えるとオスキュラスの視界から消え、次に現れたときには見事に鳩尾に蹴りがめり込んでおり、ギリギリギリと何か擦れるような音が聞こえるとけっ飛ばされ、オスキュラスの体が逆方向に突き進む。
「くっ!!! ―――!! クイヴァの気がない!? まさかあのガキが!?」
吹き飛ばされ、宙を滑りながら体を留め、自分を蹴飛ばしたガシュナを睨み、こいつがあのクイヴァを殺ったのか?と思うとこのガキにも俺は勝てないと不安が一気に襲いかかる。
そしてならばこの少年の横を突破し、抜けていこうと体を動かそうとしたときだった。
何かふいに足が引っ張られ、動きを止める。
見るとワイヤーのようなものが足に絡みつき、先へ進もうとするのを拒んでいた。
「行かせません! あなたを決して、その奥には!」
ロキのパワードスーツの手首からワイヤーが発射されており、それを力強く両手で引っ張ってオスキュラスの拘束を試みていた。だがオスキュラスは それがどうした?と言いたげな顔で見下ろし、
「何だよ!?こんなもんで俺の動きを止めたつもりか!?」
ギギギギギギ、と力を込めて前へ行こうとするとロキが地面を滑り始め、予想以上の力に耐えられず、ワイヤーにヒビが入り始める。
―――やはり一本では強度が!
シュルン シュルン シュルン
ふいに風を撫でるような音がし、オスキュラスがワイヤーを断ち切って抜け出そうとしたその瞬間、腕に、足に、胴体に、別のワイヤーが合計三本絡みつき始める。
「なっ、何だこりゃァ!?」
「ふぅ、何とかへまだけはせずにすみそうや」
「遅れて悪かったな! ロキ!」
「気絶して起きたらこれだもん。これでいいんでしょ?」
ロキの体を支えながら、別方向からの三つの声。
見るとカイム、アシズ、フワワの三人がワイヤーを同じように出してオスキュラスの動きを止めていた。それを見たロキは感謝の言葉を言う。
「恩に着ますみなさん。護熾さん! ユキナさん! 準備は!?」
「護熾、準備はいい?」
「あぁ、いつでも大丈夫だ。」
ロキの向けられた視線には第二解放状態のユキナが紅碧鎖状之太刀を両手で握りしめながら上空のオスキュラスを仰いでいた。そしてその後ろからユキナを包み込むように、或いは支えながら同じくユキナの両手に被せるようにして刀を握っている護熾が同じく上空を睨みながら準備完了の言葉を述べていた。
「俺の力を全部お前に預ける。だからお前も力を貸してくれ」
「……………うん!」
互いの心が重なりあった瞬間、刀がボウッと淡く光り始め、やがてあふれ出すオレンジと翠のオーラが刀身を包み込み始める。
護熾とユキナは一緒に刀を横にし、腰を少し低くして上空へ放つ準備に入る。
「すごい……」
相手を一撃で終わらせるための準備をしている二人にイアルに護られているティアラは何だかこの二人こそが、そう思う。そんな何か認めざる終えない姿に息を呑んで見守る。
深い絆、互いに共に戦う姿。
それはイアルから見てもそうなのだが、共に何度も死線を乗り越えてからこその友情にしか見えなかった。
「かっ!! 何だあいつら!」
急激に上昇する気を感じ取ったオスキュラスはロキ達の隣の方で刀を一緒に構えている護熾とユキナを見て驚愕の表情を上げ、やつらは間違いなく滅殺の力を秘めた大技を使おうとしているのが嫌に分かった。そして―――自分のすぐ真後ろにあの白い球体が自分と一直線に重なっていることも。
「――!もずくとユキナが何かしようとしているな」
ガシュナはあの二人が何かをしようとしていると感じ取り、急いで地面に向かって降り立ち、その結果を見届けようと安全な位置に待機する。
そして刀に二人の全ての力が注ぎ込まれ、【疾火】を放つ準備が完了する。
ここで二人に、世界とこの町の人の全ての命が預けられる。
「あいつは絶対に許さねぇ。ユキナ……行くぞ!!」
「行くよ護熾!!」
「かっ、この、この俺がここで!!!」
オスキュラスが最後の抵抗を見せるが、ワイヤーは切れず、空を藻掻くだけに留まる。
そして護熾とユキナは己の腕と己の足に力を込めると
「「疾火!!!」」
刀を一気に振り抜き、それに伴ってできた軌跡が巨大で強大な飛ぶ斬撃となってオスキュラスに襲いかかる。それは嵐のような突風をセントラル中に送り込みながら突き進み、見ている人達は手を翳してこの戦いの結末を見守る。
そして放たれた翠とオレンジの斬撃を例えるならば――――朱雀の飛翔と龍の咆哮。
「くっそぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!」
朱雀の飛天翔、龍の逆鱗を含んだ斬撃はオスキュラスの最期の言葉さえも呑み込み、そして蒸発するかのように消し飛ばす。そして勢いはまったく衰えず、そのまま白い球体に向かって激進していくと何の抵抗もなく、敵の九年間をそこで葬り去った。
「うっ………やったね…ごおき」
「あぁ、っておっと」
第二解放状態を解き、元の黒髪に戻ったユキナが倒れそうになったので、同じく第二解放を解いた護熾は手を伸ばして抱き留め、そのまま介抱し、ゆっくりと何も無くなった空を見上げた。
何もない、澄んだ空気が青く、広がっている。
「〜〜〜〜ゴオキ!!」
戦いが終わり、つかの間の平穏が訪れたのでハラハラドキドキばかりだったティアラはさっさと護熾に近づくと飛びつくように抱きしめて安心感を得ようとうりうりと顔を埋める。
「おおよしよし。………これでお前の母ちゃんの敵、取れたぜ」
「うん……うん! ……ありがと…ゴオキ」
その光景の少しの間だけ、隊長達にとっては懐かしい光景。
母と子、テオカがまるで今帰ってきたように腕の中のユキナを支えながらティアラの頭を撫で撫で、そんな、微笑ましい姿が続くかのと思えば―――イアルの後頭部蹴りが見事に護熾に炸裂する。
「――!! たはぁあああああ!? いってぇえええええ!!!!
何だよ急に!? と護熾は頭を抑えて振り向くと般若の形相で拳をボキボキと鳴らしているイアルがそこに立っており、護熾はつい言葉を失って顔に青筋を立て、脂汗を掻きまくるとイアルの黄金の右腕が持ち上がる。
「か い ど う。そこの女の子と付き合ってたんだって?しかも結婚方向で?」
「いや、あの、その……だからいわゆる不可抗力で……」
「みんな心配しているところであなただけそんな目に……そんな楽しそうな目に遭ってるんじゃないわよ!!」
“拝啓、本日俺は二度―――おぶぅ!!!”
―――かくして、大都市の破壊計画は、人間の勝利で飾り立てられた。
――二時間後、住民達に知られることの無かったこの戦いは、住民達に余計な不安を掛けさせないように一般公表はせず、極秘扱いとなった。
操られていた隊士達の内、気分が悪い、めまいがする等などの隊士は即フワワが管理する病院へと担架で運ばれていった。
壊れた壁、建物等などは眼の使い手が大暴れしてできたものだが今回は賠償責任などは追及せず、すべてバルムディアの自己負担としてくれたので損害面は無しとなった。
このあと、護熾達とガシュナ達は合流し、そして二人が出会うと
『何でお前も第二解放できてるわけ!?』
『知らん、聞きたいのはこっちだ。異世界風情のもずくができてるほうが問題だがな』
『あぁ!?』
第二解放でもないのに火花が飛び散りまくり、双方の隊長達が まぁまぁまぁまぁ と言って何とか宥め、このバルムディアのお偉いさん方が全員でお礼がしたいと伝えられたのでとりあえずそこに一同は向かうことにした。
「今日は本当に――――ありがとう!」
到着した場所は小さな丘で、そこに墓碑がぽつんと町を見渡すように置かれていた。
一体誰の墓なのか、確かめようとするがそれはお偉いさん達のガードで見えることはできなかった。
そして、最初の言葉の始まりは元帥ジェネスの深々と頭を下げての礼だったので他の高位の方々、及び隊長格全員で わあああ!! とお慌てでその礼を止めさせようとするが、その前にジェネスが頭を下げ終えてしまったので無意味な行動に終わる。
「まぁ、当たり前……のことだよな? ユキナ、イアル」
「うん、てかっ護熾、何で最初に第二解放使わなかったの?」
「うっ、それはまぁ、人質とかいたし第二解放じゃ、死纏状態よりは速く動けないから……」
もしかしたら最初に第二解放をすれば、わざわざ二人で疾火を撃つ必要がなかったのでは?そうユキナはじとりと護熾を見るので同じくイアルもティアラも確かにと声を漏らし、ガシュナもそんな護熾に、ふっ と何か静かに、思い切り馬鹿にしたような息を吐いたのでここでピキッと怒りマークが浮き出るが、何とか理性は働いて抑える。
「それにしても! お前ら三人とも第二解放者か!!」
第二解放会得者が三人、これは歴史上初めてのことで興奮せずにいられなかったシバは三人を抱き寄せるとギューと胸の中で抱え込み、三人の頬がほとんど触れ合っていたので護熾とガシュナは互いに別方向に視線を逸らす。
「シバさん、苦しい〜〜〜よ?」
ハグを受けて苦しいのだがユキナは護熾と頬がくっついているのでこれはこれでありかもと思いながらついつい疑問系を含んだ一見すると何が起こっているんだと突っ込みたくなる発言にその場は暫し、和やかな雰囲気に包まれる。
そして最後に、ジェネスとティアラの前に護熾が立ってあの話が続けられる。
「……それで、護熾殿は結局その……どういう結論を出したのか?」
「…………やっぱり行こうと思います。」
「………そうか」
あんな戦いに身を置く者。彼にとっては結婚というのは少々重すぎる足枷。ジェネスはそんな予想しきっていた言葉ながらもやはり溜息がでるものだと思いながらふぅと息をし、ティアラに目をやる。
「やっぱり……行っちゃうの?」
「あぁ、見たろさっきの?あんな危険な目に遭わせたくないからな」
これでバルムディア内の脅威は一切なくなった。そして人知れず平穏が続いていく。
しかしそこに眼の使い手がいるだけでまたあんな大惨事になりかねないことが起きるかもしれない。
だから眼の使い手はバラバラではなく、一つの町、ワイトに身を寄せ合っているのだ。
護熾が納得させる説明を終え、暫しの沈黙が降りる。
「ゴオキ、私、楽しかったよ。この二日間……でも、寂しいな」
「……それは、言わないお約束だぜ。」
「私、あなたのことが本当に……好きです。」
昨日の朝での告白。ここでもう一度告白し、最後に護熾の気持ちを知ろうとする。
そんな甘酸っぱい光景に一同びっくり、特にユキナとイアルはまだそんな勇気が稔っていないので先を越された〜とショックを受けた顔でその行く末を見守る。
「―――――」
何かを言おうとし、それから軽く瞼を閉じた後、
「死が二人を分かつまでこの者を愛しますか?だっけか?」
その言葉にティアラは目を見開いて驚き、護熾を見つめると護熾はにやっと歯を見せて微笑み、一歩近づいて腰を低くし、目線を合わせると
「愛するものとしてお前のそばにはいてやれないが――――護るためならそばにいてやれる。誓ってやるぜ。『ハイ』だったよな?」
「〜〜〜〜〜〜〜ゴオキ!」
断りの言葉でもティアラにとっては嬉しすぎる言葉でひしっと首に手を回して抱きつく。護熾も手をゆっくりと背中に回してギュッとしようとするとふいに頬に柔らかく、何か湿ったものが当たる。
すると周りの人達が顔を赤らめたり、手で目を隠していたりなんかしていたのでは?マークを浮かべながら何が起こっているのかを改めて確認するとボンと顔が赤くなる。
ティアラが護熾の頬にキスをしている。切なげな表情で目をつむり、愛しそうに。
「……ゴオキ、たぶんあなたが愛するべき相手は――」
顔を赤らめ、ボーッとしている護熾の頬から唇を離し、そしてちらっとユキナを見てから
「私じゃないと思うの。」
「?? それはどういう……意味だ?」
「……何でもない。でも……もしあなたに何か願い事があるなら叶って欲しいなって♪」
「…………ありがとよ、ティアラ」
そして互いに体を離し、護熾はティアラの両肩に手を置いて別れの挨拶を交わし、ティアラは泣きそうになるが、ぐっと堪えて最後まで聞き通す。
―――本当にテオカみたいな、男だな
二人の姿を碧い瞳に映し込んでいるジェネスはそんな微笑ましく、今だけしか見れない光景にそっと目に焼き付けていた。
それから、護熾達はいなくなった。
優しく吹き抜ける風が金色の髪をなびかせ、立っている少女の隣にはジェネス。
後ろには武装を解いた隊長達とその他の助けられた人達が、今、上空へと向かう飛行機を見送りながら
「気を悪くしないでくれティアラ」
「………………」
「そうですよ……お嬢様。彼らは戦いに身を置く者。もしかしたら、人を愛する時間が欲しくてもそばにずっといられるわけじゃないかもしれませんから……」
眼の使い手とは対怪物に能力を秘めた戦いのエキスパート。何時命を落とすかも知れない事態を考えれば、護熾が断ったのも無理はない。
ロキがそう言うが、ティアラは指でゴシゴシと目頭を拭いた後、ジェネスに、それから隊長達に振り返ると
「だ、大丈夫よ私は! それにお父様とロキさんは少し勘違いをなさっていますわ!」
「……それはどういうことやお嬢はん?」
「何々? あの子の好きな女の子のタイプとか?」
「ちげえだろうがぁ!! まだ諦めてねえのかエロ姉貴!!」
「お兄さん静かに!! 聞こえないじゃない!!」
「それはなんだい? お嬢さま」
興味津々の隊長達は口々に話し、そして耳を傾けると全員一致で ああ〜〜と頷き、ジェネスは『それならばここに連れてきたのは意味がなかったのか』と少し残念そうに頷き、でも一時の平和を彼女に与えることができ、そしてもう命を狙われることがなくなったと考えると、決して無駄ではないと思った。
『ゴオキは気になっている人はいないって昨日言ったけど……嘘ついてる。きっと、きっともうそばにいると思うの。……たぶんあの私より小さくて黒い髪の女の子のことを』
みんなを納得させたティアラの言葉は少しの悔しさと幸せに過ごして欲しいという願いを込めてるように聞こえ、そして墓標を見る。
『バルムディア軍所属第一部隊隊長 テオカ・シファーここに眠る。この町の光り輝く未来と共に』
そう刻まれた文字が目に入り、胸に手を当てるとそっと目を閉じて鎮魂し、それから自分が愛した少年の帰路を振り返って仰ぐ。そして瞼を閉じ、もう一度手を祈る形にすると呟くように言った。
「きっと、幸せに」
――籠に入っていた流れ星を龍は護り、そして籠から救い出すと龍は赤い朱雀と共に飛んでいった。流れ星は龍に恋をしたが、それは叶わぬと知るとその二つが結びつくことを叶えるために夜空を駆け抜けていく――
少女の想いは、墓前の前で佇み、風が下から上へ吹き抜けていく。