9日目 護熾、追いかけられる
―――……昨日言ってたことは本当だったのか…………
そしてユキナは普通に授業を受け始めたので、その様子を呆然と見ていた護熾は机に置いてあるノートと教科書のうち、ノートで顔を隠すように持つと体を傾けて小声で話しかける。
「ちょっと、学費どっから出してるんだ?」
話しかけてきた護熾に気がついたユキナは手で壁を作り、顔を寄せてきたので耳を傾ける。
「それはこの世界のお金を私の世界で作ってるに決まってるじゃない。」
犯罪だな、と返事を返した護熾は体の姿勢を戻して黒板を見たが、あらゆる方向から男子達の嫉妬と厳しい視線がひしひしと伝わったので、『はぁ~、こいつがそんなに魅力的かね。』と、あからさまに呆れた表情でこちらを見ている男子達を見渡していたが自分の机に四つに折りたたんだノートの切れ端がユキナから渡されたので、
「何だ? これ」
と開いて内容を見た後、ちらっとユキナを見てから自分のポッケにしまい込み、授業に集中し始めた。
そして一時間目の授業終了のチャイムが鳴り、席から立ち上がり、1階の自販機で何か飲み物で買おうかと教室から出ようとしたとき、同じクラスの男子二名に両肩を掴まれると、まるで警察に連行される犯人みたいに廊下に連れ出され、複数の男子に取り囲まれた護熾は
「ちょ、ちょちょちょちょ! お前らなんだなんだ!?」
自分を取り囲んでいる男子達にやや慌てた口調で見渡すように言うと、その中から一人、前にずいっと出てきた。
「何だ? 宮崎」
護熾が前に出てきた愛嬌のある顔をした男子生徒の名前を呼んだ。
宮崎 隼人護熾の友人。今の悩みは自分が【マ行】の名字の性で護熾達から離れたところに座っていること(泣
ちなみに護熾は友達の中では一番背が高く、それが男三人組から密かに妬まれたりしている。
「お前何渡されたんだ!! 言え!!」
一瞬で表情が固まった。あんな遠くにいるのに何でそんなことを知ってるのだろうか、あ!ずっとユキナのこと見てたのか、っと護熾は一人で納得していたが続いて他の男子からも質問が押しつけられる。
「木ノ宮さん、何のシャンプー使っている!? ねえ匂い嗅いだ!?」
「お前、スリーサイズわかった? ねえ教えてくれ!!」
―――どうしてこう、みんな飢えているんだ?…………
護熾はそんなことを思いながら自分の胸ぐらを掴んでいる男子達に呆れた表情で見下ろしていた。そして自分のポッケに手が伸びてきたので胸ぐらを掴んでいる手を振りほどき、その場から逃げようとするが他の男子がついてくる。一歩歩くごとに 一歩ついてくる。
「しつけえな! お前らに言うことなんてなにもねえよ!!」
こういった護熾はいきなりダッシュ開始。なかなかの足の速さでその場に男子達を置き去りにした。
「まて! 海洞!! 逃げるな!! せめて渡されたものをみせろ!!」
他の男子達もつづいてダッシュをする。護熾は追いかけてきた男子達を振り返りながら
「この、ロリコンどもめが~~~!! 帰れ! 閉店だてめえら!!」
護熾は逃げながらそう叫び、飛び掛かってきた男子にエルボーを喰らわせて逃走を続ける。
一方、ユキナは女性陣に囲まれており、いわゆる質問攻めに合っていた。しかし護熾の今の状況とは正反対で、楽しそうな雰囲気である。ユキナの机に両腕を乗せた近藤が護熾を追いかけて走り去った男子達を見て、
「相変わらず、うちの男子たちはアホばっかだね〜。あ! 私の名前は近藤 勇子!! よろしくね~」
やや呆れた口調でそう言い、自己紹介をした。
「よろしく近藤さん! ねえねえみんな、海洞君ってどんな人なの?」
ユキナは女子達にとりあえず学校の護熾はみんなからどう見られているのか、一体どういう人物なのかが知りたくてみんなに尋ねる。そのことを尋ねられたユキナを取り囲んでいる女子達は少し驚いた表情で互いの顔を見合わせた後
「それだったらほら、千鶴!! 話してあげなさいよ!」
「ええ!? 私が!? 勇子それはないよ~~。海洞君のことをよく知っているのはそっちでしょ~?」
近藤の隣にいたスタイルが良く、ショートカットにしている女子はおどおどとした様子で近藤の名前を言い、『ほら、ユキちゃんに言ってあげて!』と促されたのでユキナに手振り身振りで
「あ、あ、あ、あのね、海洞君はその…………うわ~ん! やっぱだめえぇぇ」
と、何の説明にもなっておらず、途中で顔を赤らめて両手で隠してしまったので近藤が頭を撫でながら『よしよし、やっぱ無理だったか』と慰めるように言った後、ユキナのほうに顔を向ける。
「じゃあ、海洞がどんな奴なのかを知ってもらうためにある話をするからよく聞いててねユキちゃん」
ユキナが微笑んでこくんっと頷いたのを合図に近藤が回想に入った。
――ある初夏に入る前の今年の六月
休日、この日は青空が延々と続く気持ちの良い天気だったが割と暑かったので一人の女子はピンクのリボンが付いた麦わら帽子を被って、たんぼ道を歩いていました。
しかし季節風なのか、突風に煽られると頭に被っていた麦わら帽子が宙に舞ってしまい、宙を飛んでいる帽子を追いかけていくがとうとう田んぼのほうに落ちていき、青々と茂った稲の穂に引っかかってしまった。
「うわ~どうしよ~」
帽子は田んぼのド真ん中にあり、取りに行くには泥だらけになっていかないと行けなかったのでその女子は大変困ってしまいました。
泣きそうな顔でおろおろしているうちに一人の男の声が彼女に囁きました。
「ありゃ、同じクラスの斉藤さんじゃねえか?」
声がした方向に顔を向けると白いTシャツと青い長ズボンを履いて、肩には桃が入ったビニール袋をぶら下げている海洞が彼女に声を掛けてくれたのです。
しかし彼女はあまり男子と話したことがなく、しかも眉間にシワを寄せているような顔をしている海洞に少し怖がりましたが、海洞が
「どうしたんだ? 泣きそうな顔をして、なんかあったのか?」
と、優しく聞いてくれたので田んぼの稲の穂に引っかかっている帽子に指を指して答えると
「あァ~~なるほどね。それでか……ちょっとこれ持っててくれ。」
そう言うと自分が持っていたビニール袋を彼女に渡して田んぼのほうに歩き、一度彼女に振り返って『気をつけてくれよ、それ上物だから』っと言った後、なんと!何の躊躇いもなく足を田んぼに突っ込んで帽子を取りに行き始めたのです。
彼女は何も躊躇いもなく田んぼに入った海洞にびっくりしました。泥に足をとられながらも徐々に進んでいく海洞は帽子まで半分のところで派手に転びました。
「か、海洞君!! 大丈夫〜!?」
心配になって声を掛ける彼女に泥だらけになった海洞は、
「大丈夫大丈夫!! 心配すんな!」
そう言って手をついて立ち上がると再び前に進み始めました。
そしてとうとう帽子のとこまで来て手で取ろうとしましたが手が泥だらけになっていることに気が付いた海洞は手で取らず、頭に乗せるようにして取り、頭に乗せた状態で来た道を慎重に戻り始めました。
そして田んぼから戻ると彼女に頭に乗せた帽子を取るように言い、帽子を受け取ると海洞は彼女からビニール袋を受け取った。
「あ、あの~海洞君。服…………」
申し訳なさそうに言った彼女に海洞は泥だらけになった自分の服に一旦目をやって、すぐに彼女のほうに顔を向けると
「気にすんな、洗えばいいんだから洗えば」
にっとした顔でそう答えてくれた。彼女は海洞がとってくれた帽子を見つめてから被り、海洞を恥ずかしそうに見ながら
「ぼ、ぼ、帽子を取ってくれて………………ありがとう」
彼女にお礼を言われた海洞は微笑むと
「どういたしまして」
その笑顔は眉間にシワを寄せていない穏やかな笑顔で、彼女の心に深く刻まれ、淡い恋心が生まれました。そして海洞は彼女に手を振りながら
「気をつけろよ! この辺はけっこう風強いから!」
泥だらけの姿で手を振った後、背を向けて帰って行く海洞の姿が今も目に焼き付いているのでした。
「って感じかな? その彼女っていうのは今隣にいる千鶴のことだよ!!」
「ちょっと勇子!! 恥ずかしいよ~~言い過ぎよ~~~」
「いいじゃない、すべて千鶴の口から出たことだよ。このこと知っているのは私たち女子だけだから!」
「もう~~ユキちゃん内緒だよ。あ、まだ自己紹介言ってなかったね。私の名前は斉藤千鶴、よろしくね!」
斉藤 千鶴
陸上部所属。身長160cm。スタイルはクラスの中でもとても良い方である、そのためクラスの女子から『その乳頂戴!』と無理難題な要求が行われている。(ちなみにユキナは彼女のスタイルを見た途端思わず自分の胸を触っている)
海洞 護熾
彼はあんな顔をしているが(失礼)意外と優しい一面も持っているようで、クラスメイトの人たちも彼のことを一目置いている。
一人でほとんどの家事をしているため料理は得意中の得意で家庭の調理学習のときも人参で龍を作ったりと護熾の班だけ妙に豪華になったりしたという。
「ふ~~ん、そうなんだ~」
護熾の“力”に何か関わりがないかと模索したユキナは特にこれと言った事柄がないと分かるとこのような返事を女子達に返した。近藤は手をブラブラと振る。
「てなわけで無愛想な表情をしてるけど悪い奴じゃないからよろしくね」
そうユキナに護熾は悪い奴じゃないわよ~っと手で伝える。ユキナは『わかった! ありがとね!』と言うと机に突っ伏すように体を伸ばし、溶けたようになる。
―――ムッとした顔をしている割にはみんなに好かれているじゃない
自分が思っているよりみんなに好かれている護熾を少し羨ましがっているのであった。
その頃、時同じくしてまだ追いかけられている護熾は後ろから追ってくる男子達をまきながら紙の内容を頭の中で思い出していた。
『昼休み、屋上へ来ること、話したいことがある』
―――なんだろう、話って……