十六月日 壁を越えた者達
朝、それは一人の少女の疑問系を含んだ声で始まった。
「えぇええええええ!! ユキナは昨日バルムディアに飛んでいったですってーー!!?」
「えぇ、ちょっと落ち着きましょうねイアルさん」
イアルは朝起きたらユキナを起こそうとわざわざ隣まで行ったのにベットには誰もおらず、なら下に行ったのかな? と寝起きが悪いユキナが珍しく早起きか と思いながら降りたところどこにもおらず、そして朝食を作っていたユリアから今、昨日の夜ユキナが無断でワイトを抜け出していったと伝えられ、まだ寝ていた一樹達にまで聞こえる声で叫び終えたところである。
「それならどうしてお母さんはユキナを止めなかったんですか!? 違反ですしそれにバルムディアは遠いから無事行けたかどうか分からないんですよ!?」
イアルはまだ慌てさを残しながら椅子に座り、いただきますと言ってから用意されていたパンを囓り、ユリアに親としてどうして危険が見え見えなのに止めなかったかについて問い質すとユリアは少し肩の力抜き、顔を少し下に向け、憂いを帯びた顔で
「確かに親として失格だけど……あえて行かせたの……あの子は、護熾さんのことが大好きだから」
「え…………」
口に銜えていたパンの欠片をポロッと落とすイアルは茫然。
あの小さくてツルペタいや、あの小さくて可憐な女の子が護熾にそんな恋心を抱いていたのか!と割とショックを受けた表情でユリアを見つめると話が続けられる。
「いつ好きになったのかは知らないけど、あの子は自分で私に護熾さんのことが好きって言ってとても恥ずかしそうにしてとても可愛かった。それに護熾さんのそばが私のいるところだからって言ってたからこれはもう止める方が間違いかな?って思って…」
「……………」
同じ恋心を抱くのだからその気持ちは重々分かる。それほどまでに護熾のことが好きで一昨日あれほど心配していた理由がよく分かった。
あのユキナが護熾を、あのユキナが護熾を!? そんな信じられないという顔でふいに吹っ切れたような表情になると
―――なるほど、そりゃ二ヶ月間も一緒の部屋で一緒に過ごしてれば恋心が生まれてもおかしくないわね〜〜ふっふっふ、なめんじゃないわよ〜
なので何だか抜け駆けをされたように感じ、悔しい思いへと塗り変わり、燃えるようなオーラが心を駆り立て始めた。そして何か決心したのかバンとテーブルを叩いて立ち上がると
「よし! 私も行く!!」
「え? イアルさんどうやって?」
「中央からは飛行機は出ないらしいけどそこから少し拝借する!!」
パンを銜え直しながら普段校則に厳しいのにユキナの無茶振りを知って自分もそれ相応の無茶をしてバルムディアに行ってやる! つまり闘争心を燃やしているわけであり、今は頭から護熾をさっさと連れ出す、というより行き方の方に頭がいっちゃっていた。
だがそれ以上の方法で行くなど知る由もなかった。
突然、静電気が発生しているような音が聞こえ、何事かとパンを銜えながらイアルは首を振り振りと動かして見ると突然鮮やかな紫色の仏頂面の少女が背後に出現する。
そしてぽんと肩に手をさりげなく置いて振り向いたイアルの顔を見る。
「え!? ちょいアルティ!? どうしてここに!?」
「あらアルティちゃん。家に来てもユキナはいないけど……」
アルティが開眼状態でこの家に来ても特に動じず、むしろ電話が掛かってきて今いないのよ と同じような感覚でユキナはいないのよと伝えると何か知っているのか、少しだけ目を大きくして見せ、それからもう一度イアルを見ると
「時間がないわ、行くよ」
「え?ちょっアルティ一体何のこと――――」
シュパンッ!!
何かが弾け飛ぶ音と一緒にアルティと共に霞むように消えていってしまったイアルにユリアは目を丸くして驚くが、おそらく心配することではないと考え、パンがなくなったお皿を片づけようとすると丁度誰かが階段を降りてくる足音が聞こえた。
それは髪の毛がぐしゃぐしゃになって目を擦っている一樹と割と寝起きはよかったのか、お目々ぱっちりの絵里が消えたイアルの代わりに居間に入ってきた。
「あれ? さっきイアル姉ちゃんの声が聞こえたけど?」
「護兄は来てるの〜〜〜?」
「あらあら、大丈夫よ。さてご飯の前に一樹君は髪を解かさないとね」
ユリアは何の事情も知らない幼い子供の世話をしながら、無事戻ってくることを来ることを祈った。
「行くのか? ガシュナ。できれば俺も行きたいけど…」
「ラルモ、それは今度にしろ、再び行って足手纏いになりたくなければな。それにワイトの規則では常時ミルナを除く眼の使い手が二人以上いなくてはならないらしいからな」
「やっぱそうか、つまんねえな〜〜」
中央の病院前の庭でラルモとガシュナが互いに話しているところにブォンッ と音を立てながらイアルを連れてきたアルティが参上するとガシュナは早速アルティの元へ行き、イアルの隣に立つと状況が分かっていないイアルは?な顔をしてガシュナに訊く。
「ねぇ! これどういうことなの!? 何で私がここに?」
めんどくさい女だな そう言いたげな顔をしながらガシュナは言う。
「バルムディアの方向で怪物と見られる気を察知した。他の町の連中もおそらく知っているだろうがこの気は明らかに先日戦ったマールシャより強い。しかも二体だ。だから俺が行く。」
「ええ!?」
そして今誰かが交戦中で二つとも優勢に立っているらしいのだが何時その戦況がひっくり返ってもおかしくはないのでこの中で一番戦闘能力が高いガシュナと連れて行っても問題がないガーディアンのイアルと決め、アルティの最大限の空間転移でバルムディアまで運ぶという修行の成果で可能になった荒技で行くという。
イアルにとってはこの上ない大きな機会なので乗らない手はないがそれなら自分よりアルティかラルモで行った方がいいのでは?と二人に問いかけるが生憎二人はまだ修行が“完了”していなかったので首を振って自分達の代わりに行ってくれと頼まれる。
「ガシュナ! ガシュナ! 行っちゃうの!?」
病院の窓から声が聞こえ、誰かが身を乗り出してこちらを覗きこむと看護婦姿のミルナが今戦場に行こうとしているガシュナを呼んでいるところだった。
「何だミルナ?」
「……怪我しないでね。それにユキナも護熾さんにもそう伝えて」
マールシャ戦のような悲劇を見たくない。それは誰だってそうだが直接護熾の傷を見ているミルナはまたあんな傷を見たくないのでそう伝えて欲しいと言ってくる。
ガシュナは一度アルティの元を離れ、ミルナのとこへ言って見上げると手を伸ばし、そっと米神の髪を退かすように撫でてから
「安心しろ。さっき見せたから絶対負けないということは分かっただろ?怪我はしない。だから大人しく待っててくれ。」
「……ガシュナ!」
ミルナは精一杯手を伸ばしてガシュナの両頬に手を添えると顔を近づけて少しの間唇を重ね、イアルはその光景に顔を赤くし、ラルモは『おぉ!!』と両手に拳を作って興奮し、アルティは特に表情に変化はなかった。そしてガシュナは『行ってくる』と短く別れを告げると再びアルティの元へ行き、それからラルモとミルナに見送られながら、アルティが念を込めるように目を瞑ると、パシュンッと乾いた音が響くとそこからイアルと共に姿を消し、その場に三人だけが残った。
「封力解除か……厄介だな」
闇の竜巻を見据えながらトーマはレールガンを構え、狙いをしっかりと定めそして撃つ。小さな反動と共に撃ち出された最後の電撃弾は風を纏って竜巻の中を突き進むが、突然何かに弾かれたと思えば天井の方に屈折して軌道を変え、瓦礫ができて光が差し込み、青空が見えるようになる。
「だから言ったでしょ? そんな玩具は無駄だって」
竜巻の中からメキメキと何かが軋む音を立て、そしてそこにいるモノが露わになっていく。
上半身は蜘蛛の巣のようなドレスを着ており、人間のような風貌を残しているが下半身は巨大な蜘蛛そのもので大きさは三メートルほど。 その姿に一同は驚くがガシュナは冷静に相手の様子を窺う。
「きゃははははは! あなた達はもう勝てない。私を怒らせてしまったですもの。それに――」
クイヴァは笑いを止めた後、顔を上に上げ、先程のレールガンで空いた天井の穴を見ると何か上空に巨大な白い球体が浮遊しており、今にも落ちそうであった。
「時間も残りあと僅か。あれが落ちればここはお終いよ」
一体アレが何なのか、それを訊こうとするが時間がないのならあえて訊かず、今目の前にいる相手を倒すのが先決。三人の思考は一致し、とりあえず足場が悪いのと解放状態の相手の能力が分からないのでここは俺が行く、とガシュナが前に出るが、先にトーマが出てくる。
「何だ博士?」
「いや、お前にはもう少しあとで行って欲しい。それなら相手の能力が分かった上で“行ってほしい”。悪くはないだろ?」
できれば相手の能力がある程度把握できてから行くのは悪くはない。だが相手はネムラスクラスの怪物で解放状態。死ぬんじゃないか?そんな懸念が過ぎるが『さきにそっちの人達の面倒を見ててくれ。変わったら俺が外すからさ』とトーマは余裕綽々でクイヴァの方へ趣いていく。何を考えてるんだ? ガシュナはそんな思いでトーマの背中を見ているとシバが肩を叩いて『なーに、あいつが策無しで行くような男じゃないのはお前も知ってるだろ?』と確かに と考え、とりあえずこの場を任せてみることにした。
「よぅ、第二ラウンドってとこか?クイヴァさん」
「そのようだけど残念ね。これが最終ラウンドになるからさ」
相手の能力が分からない以上、先手を掛けた方がいいとトーマは考え、残弾ゼロのレールガンを構え、片手撃ちに入る。そのレールガンの残弾を知っているはずなのにそれでもなお銃を向けたトーマにクイヴァは嘲笑う。
「とうとうこの状況で博士とあろう方がお馬鹿さんになっちゃったのかな♪?まァ、どのみち撃てたとしてもそう変わりは―――」
「――ちょいと問題。何で俺はあのグルグル巻きから出られたか考えたか?」
冷めた目でトーマはクイヴァの顔に銃身を定めたま言い、クイヴァは怪訝な顔で首を傾げる。
「俺のはちょいと特殊でね。特に操気法に優れているんだ」
操気法とは眼の使い手基本技だというのは前記に記したがここでもう一度説明する。
これを扱うと体内に張り巡らせることでロキと戦った護熾のように体の強化やネットワークのようにして相手を探ったりして様々な点であらゆる機器に勝つ。その中でトーマは恐るべき柔軟性とセンスで戦闘中に昔の経験を少しずつ呼び起こしていた。
気を上手に扱えればそれこそ分子単位での細かい作業もできる。
つまり――
「こんな風にして結合を緩めることだってできる。」
言い終えるのと同時に右手に絡まっていた糸を見せつけるように顔の前に持ってくると突然弾け飛ぶように糸が四方八方に飛び、きれいさっぱり腕から消えて無くなる。
「なっ! だからあの拘束から逃れたの!?」
「そしてもう一つ、俺は―――」
驚いているクイヴァにトーマは目を細めると両手を引き金に添え、反動に備え始める。すると握っている手から生体エネルギーが銃身の方へ伝っていき、外から見ても分かるくらいに溜まると
「白兵戦よりも射撃の方が実は得意でね。こうして弾がなくても“形”があれば撃てる」
キィイイインと集まっていた気は鳴き止み、そして引き金が引かれる。
すると雰囲気とは裏腹にシャボン玉のようにぽわんといくつか銃口からふよふよと宙に漂い、それが四つくらいトーマの周りを回り始める。
トーマの未知の攻撃にクイヴァは唖然とするが、あんなふよふよの弾で何ができるの?と言いたげな顔で何かを言おうとしたときだった。戦いに置いては絶対してはいけない完全なる隙を見せた瞬間、浮かんでいた弾が展開して魔法陣のようなのが空にへばり付くと十字線がクイヴァに浮かび上がる。
「なっ! 何なのこれ!?」
「やっぱり油断したか、どれだけいけるか知らんが、行け」
ロックオンされたら外れようはない。
再びレールガンから二度目の引き金を引くと電気を帯びた桜色の極太レーザーが一直線にクイヴァを貫こうと突風を纏いながら発射された。
「ふぅ、……キリがねえな」
「はァ…はァ…まったく……やな」
東棟廊下にて操り人形の部下達と交戦していたアシズとカイムは何度も何度も押し倒したり投げ飛ばしたりしていたがいくら確実に気絶させたと思った攻撃を食らわせてもゾンビの如くまた立ち上がり、こちらの命の灯火を消そうとする行為に互いに肩で息をしていた。
「がああああああ!!」
「くそっ! めんどくさいっちゃもう!」
口を大きく開けて涎まみれの歯を首筋に突き立てようとしてきた隊士にカイムは文句を言いながらまた受け流そうとしたときだった。あれほど騒がしかった隊士達の唸り声が、消えた。
「ん?」
よく見ると攻撃を仕掛けてこようとした隊士は白目を剥いたまま動きを止めており、そしてドサッと横に倒れると他の隊士もそれに続くように倒れ始める。その光景はまるでドミノ倒し。
「何だ? 急に倒れやがッた」
「一体どうした……ってなはァ!?」
カイムが驚いたのも無理はない。何故なら倒れている隊士からビー玉ほどの子蜘蛛が少し血にまみれながら飛び出し、それがまるで黒い絨毯のように向こうから来たので二人顔を合わせ、二秒で合点。即反対方向へダッシュ。
「何や何や!! 終わったらと思ったらとんだ災難が来た〜〜〜!!」
「知るか!! 気持ち悪いのは確かだけど!!」
「これが操っていた正体か……」
「そのようね。さっ、早く元帥のとこへ行かないと」
一方アシズとカイムが逃げている間、レンゴクとフィフィネラのペアも隊士の襲撃から難を逃れ、集団となって逃げていった子蜘蛛達を見送った後、急いで会議場にいるジェネスの元へ向かい始めた。
オスキュラスを切り裂いたイアルが持っていた武器はパラアンなら誰もが持つもう一つの道具で形式としてはチェーンソーに近く、細かい震動で熱を生み、鉄すらも容易に斬る。
「そうか、アルティの能力か〜〜成長したな〜アルティ」
イアルから概要を聞いたユキナはふんふんと納得し、そして無表情で黒い竜巻に目をやり、イアルも顔を向ける。だが不思議と恐怖は感じない。
どうしてか?
それは今みんなの前に立っている少年が悪気を全て防いでくれているからだ。
「げっはははははは!! 終わりだ!! 皆殺しだ!!」
竜巻の中でオスキュラスは嬉しそうに叫ぶ。
するとドアからおそらくセントラル中に放っていた子蜘蛛達が次々と何の抵抗もなく竜巻の中へと侵入していき、そして中の影がどんどん巨大化していく。それは風船のように膨らみそして1回萎んでいくと竜巻が突然晴れ、姿を現す。
それは四つに腕が増え、体に大きな目が八つグルリと取り囲むようにしており、背中の放射状の物体の変わりに体の色と同じ巨大な剣が四本差してあってそれぞれ手が一本ずつ背中から抜いていく。
「バラバラに切り裂いて、ぐちゃぐちゃにしてやる。俺を斬ったその女と散々コケにしたそのガキをなァ!!」
ガキンッと四本の剣を互いにぶつけ、まるで阿修羅のような構えに入ると護熾はそれがどうした と言い、ただ見据える。
オスキュラスは解放状態の自分はこんな男に負けるはずがない、そしてこの姿に必ず驚くと自覚していたのでまったく驚かない護熾に少々動揺するが力の差は確実に上なのでここで一気に畳み掛ければそれで済む そう考え行動に移そうとしたときだった。
何か、もっと大きな気が近くにあり、それが目の前の男から発せられていると気が付いたとき、一気に血の気が引く感じがした。
そして護熾は一際覚悟を決めたような表情になる。すると翠色の火花が散り始め、空気が震え始める。
―――こいつ! まさか――!!
「やっぱりダメか。ガシュナ、交代」
トーマは白煙を見つめながら何か諦めた口調で振り返り、レールガンの銃口を上に向けるとスタスタと壁に張りつけられているジェネス達の元へ向かい始める。
ガシュナは『…………』と白煙の中を少しの間見つめた後、シバの元から離れてトーマと入れ替わりに戦場へ上がる。
やがて、煙が晴れると白い球体がクイヴァの前に立ちはだかっており、焦げた匂いを醸し出していたがクイヴァ自身は無傷であった。そして餅のようにぐにょんと溶け、地面に広がっていくと涼しい顔でクイヴァは交代をしたガシュナを見ながら
「あら今度は坊やが相手? いいの? マールシャよりは強いわよ私は」
「そうか―――それは何よりだ」
にやり笑いをしたガシュナはそのまま静かになると気が突然上昇を開始し、その速さにクイヴァは目を大きく開け、今戦う準備に入ろうとしている少年を見る。すると少年は左手を槍に添え、身を引くようにして構える。すると蒼い火花が体から散り始める。
そんなまさか。
そんな悪い予想はすぐに現実になる。
やがて、蒼い少年は露草色のロングコートを羽織り、手には海流を具現化させたような槍を振るい、蒼い三白眼で目の前の滅する敵を睨む。
やがて、翠の少年は袖のない不思議な光沢を持つ常磐色のコートを羽織り、腰に小さな黒い刀身を持つ小刀を差し、その場にいる人に驚愕を覚えさせる。
二つの光が、各部屋に満ち始める。