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ユキナDiary-  作者: PM8:00
85/150

十二月日 真理

 









 誰かが、頭の中に話しかけてくる。それは低く、低く、不思議な響きを持った声。


「我ニ従エ、サモナクバ抗エ」


 それは二つの選択を持った問いかけをしてくる。護熾の視界は暗い、故に真っ暗闇に声が直接届くような形になっていたのでどの方向から言ってきているのか分からなかった。


「我ニ従エ、サモナクバ抗エ」


 声がもう一度同じ言葉で問いかける。

 従うというのはこのまま運命、死に従ってこの世から消えること。抗うというのは文字通り死に抗って逃れること。

 しかしただ抗うだけでは結局は先延ばしをするだけでこの戦いは生きている限り延々と続けられていくのだろう。故にどっちを選んでも地獄に変わりない。そんな未来性がない先に護熾は悩む。このまま、死んでもいいんじゃないかという決して考えてはいけないことも考え始める。最後に“敵”としてだが、ユキナに会うことができた。おそらくユキナが自分の記憶の中に深く刻まれた人物。もうここで店終いをしてもいいかもしれないと思った。


「ソレガオ前ノ望ンダ結末カ?」


 不意に声が別の問いを掛け、そして一つのビジョンが浮かび上がる。

 そこには灼けるような赤い色を交えた黒い空間の中で、一人右胸に大穴を開けて血まみれになって死んでいる少年とそれを抱きしめ、溢れる涙で自分の顔をクシャクシャにしている黒髪の少女。


 ……これは……


 その映像は自分が死んだ後の光景であった。自分が死んだが故にこの少女は泣いているのだ。そして気づく、このまま死を受け入れてしまえばこの少女を泣かせてしまうことに。この少女の泣き顔を見たくないために自分はこうして“死”との対決に望んだのだ。

 何を迷っていたんだ? さっきまでの自分の考えに呆れ、そして決意を固めると声が質問してきた。


「ソレガオ前ノ望ンダ結末カ?」

「いや、違う」

「デハ、我ニ従エ、サモナクバ抗エ」

「…………残念だけどどっちでもなく、俺は『受け入れる』んでね」









「まだ……死ぬわけには、いかねえんだよ……」


 自分に突き刺さっている大剣を激痛など気にせずに片手で引き抜く。

 気合いと共に引き抜いた大剣は護熾の片手に納まり、やがて紅い光を失っていく。

 すると体に纏っていた黒いオーラがその大剣に収縮し始め、紅い光の代わりに真っ黒塗りの影のような光りが灯る剣へと変わる。

 

「なっ、何をしたのよ!? 完全に死んだはずよ!?」


 ユキナの声で、それは護熾の手に握られている大剣を信じられないと言っている目で見る。確かに魂魄は直接傷つき、鼓動も止まって死んだはずなのにそれでも尚、生きている。そして一番分からないことは自分の武器が護熾を主と認めて受け入れ、共鳴してるかのようなその様子にそれは苛立ちを覚え、もう一度手から赤い光りを放つ大剣を精製する。

 そして横に構え、地面に切っ先をぶつけて火花を上げながら護熾に向かって疾走を開始する。


「これで終わりよ!! 死にさらせ!!」


 吠えながら大剣を両手に握り直すと大きく前方に跳躍し、小柄な体に似合わず大胆に大きく振りかざし、日食が終わった太陽の光りを刀身に映し込ませながら体重を乗せてそのまま降ろす。だが護熾は、特に動じずゆっくりと目を細ませながら冷静に、片手に握っている大剣を持ち上げてそれの斬撃を真正面から防ぐと、途端にカッと閃光が奔ったかと思えばそれは大きく後方に横に回転しながら30メートルほど弾き飛ばされ、両足と握っていない手を地面に付けてブレーキを掛けながら自身の攻撃を弾き飛ばした護熾に驚愕の表情を向ける。

 

 すると三十メートル先で護熾の握っている大剣がぞぞぞぞぞとその形を変えていくのが分かった。

 大剣はまず全体的に細くなっていき、さらに小さくなっていくと小刀くらいの大きさまで収縮されていった。

 刹那――あの男は逆らってはいけない人物だと思い知らされる。





「――――悪いな」


 後ろから声がした。

 気が付けば護熾は視界の中には既におらず、自身の武器が真ん中から綺麗にへし折れ、自分の頬を掠めながら上空へ円を描きながら飛んでいくのが嫌にゆっくりと見え、分かった。

 そして―――自身の体も斬れ、血は出ないがもう動かすことができないと言うことが後から分かった。


 護熾は黒い小刀を握りしめながら肩越しにそれを見据える。

 胴体を貫いた傷は大方回復しており、命に別状はなかったがそれ以外の箇所は遠慮無く出血しており、少しだけ息を上がらせていた。


「な、何で、俺の姿はお前が最も信頼している人物……こんな、コンナコトガ在ッテタマルカ……!」」


 自分の姿は護熾が最も信頼をおける人物、だからその姿に動揺せず斬った護熾に驚きの色が隠せなかった。

 冷酷で、躊躇わず、鬼のようで、悪辣に。

 斬られた箇所に手を当てながら、ユキナの姿から最初にあった時と同じようにただの人型をした黒い塊に戻ると覚束ない足取りで後ろにいる護熾に振り向く。

 すると護熾がそれに体を向け、胸の破れた服をグイッと退かし、何かを見せるようにするとそれは目を大きく開いて驚いた。


「「ソ、ソレハ――――!」」








 バルムディアには管制塔と戦闘機、及びジェット機が夜でも着陸地点を見失わないように設けている灯台がある。そのうち管制塔の方では時速二百キロほどの速さでこちらに近づいている謎の未確認飛行物体をレーダーで捉えており、襲撃に備え、迎撃兵器をその方向に向け、深夜まで起きていた第三部隊隊長フワワに同行してもらって滑走路でその飛行物体を確認しようと試みていた。


「――――見えた!」


 フワワが捉えた視線の先には赤い光と青い光を纏っている謎の物体でこちらに近づいてくるほどその姿がより鮮明になっていく。

 赤い光と青い光は鳥の翼のような形状をしており、体の周りからは火花のような放電現象を起こしながらオレンジの髪を携えている――少女。


「女の子!? え? 何で!?」


 フワワとそばに控えている二人の兵士は戦闘機を飛ばすために開けているバリアの隙間を潜り抜け、空から舞い降りた赤と青の光の翼と緋色のコートを纏った少女に畏怖と警戒の念を懐いていた。そして低空飛行に切り替え、滑走路と平行に飛んでいる少女がこちらに近づいてきているのが分かり、思わず戦闘態勢に入る。

 だが、少女の飛翔速度は徐々に落ちてきており、フワワから約20メートル離れた地点では既に時速10キロを切っており、飛び方は不安定でヘロヘロの状態であった。そしてとうとう地面と体が触れ、ずさささと摩擦音を掻き立てるとフワワから数歩手前まで滑り、止まった。

 そして翼と緋色のコートはぱしゅんと音を立てて光の塵となって虚空へ消え、鮮やかなオレンジ色の髪は黒に変わり、火花の音が止むとそこから動かなかった。


「………………あ、えーと、ちょっとあなた!!大丈夫!?」

「う………うぅ……」


 茫然としていたフワワは戦闘態勢を解き、すぐに歩み寄って前のめりになって倒れている少女を警戒無しに腕に抱いて仰向けにすると汗まみれで苦しそうに息をしており、すぐに脱水症状を起こしていることに気が付く。そしてその少女は護熾を浚ってくるときに一番要注意をしなければいけない人物だとすぐに分かった。


「大変、病院へ!」


 少女の脱水症状の度合いは重症で、すぐに医療機関へ運んで点滴による水分補給を受けさせなければ回復が遅くなってしまう。フワワはそのまま抱き上げるとお伴していた二人の兵士にそのまま付いてくるようにいい、医療機関の病院へと走って運んでいった。


 ―――やっと……やっと着いたよ……ごおき…


 少女は薄れ行く意識の中、想いを寄せている少年の姿を脳裏に浮かべ、深い闇に堕ちていった。








「「ダ、ダカラオ前ハコノ世ニ留マリ、ソノ上俺ト対峙スルコトガデキタノカ……」」

「それが俺に課せられた使命なんでね。お前に殺されちゃあ、元も子もねえ」

「「ナルホド……既ニ力ガ弱マリ、交代ガ始マッテイタノカ……」」

「そうみたいだな、だから―――」


 護熾は空間に溶け込んでいくかのように体が朽ち始めたそれを見つめながら、胸のものを見せる。そこには白くだが時折様々な色合いの光をみせる掌ほどの大きさの四角い物体が護熾の胸の中に納まっており、ゆっくりと回転していた。

 その物体の名は【真理】。

 これが護熾の今の命の代用となっており、同時に新たに道理を司るモノ。


「お前、こっちに来いよ。お前みたいに道理に忠実な奴なら反論はねえだろ?」

「「………………ソウダナ、ダガイイノカ? オ前ノ寿命、縮ムゾ?」」

「それを計算して“一年”を貰ったんだ。別に構わねえよ」


 死とは言い換えればこの世のどれも勝らないほどの最強の“毒”。それを無毒化するのは死と対となる生命しか為しえない。アスタは理が崩壊する時間を計算し、そして死を取り込むことも考慮し、一年という寿命を真理に吹き込んだ。そして死を無効化するのに使う寿命は約半年、つまりあと半年しか護熾は生きられなくなるのである。

 それはほくそ笑み、新たな主を真理と定めると朽ち果てていた体が風に流されるように護熾の胸に向かって集まり始める。


「「ヘッ、……テメェミタイナ奴ヲ主人ト認メルニハ少々虫酸ガ趨ルガ――」」


 それの体が半分、そして首まで塵となって護熾の真理に吸収されるとそれは最後ににやっと笑い、


「「テメェノ見セル未来ッテノガドンナモノカ見届ケサセテモラウカラナ! ソシテ、今度コソテメェヲ迎エニ行ッテヤルカラ覚悟シロヨ!!」」


 警告するように叫び、そして完全に塵となって護熾の真理に吸収されると、その場に護熾だけがポツンと取り残された。そして風が吹き、黒髪を揺らしてから


「ああ、そん時は頼んだぞ」


 顔を上げ、死が最初にいた方向へ走り出した。



 橋を渡り終え、白い建物が建ち並ぶ中、ずっとずっと変わらない町並みが延々に続くかと思ったその瞬間、上空から声が響いてきたので足を止め、その声を聞き入る。


『見事だな、この男は思ったよりやるようだな』

『まあ、一応俺の弟子ですから』

『……そなたの弟子にしては出来過ぎだがな』

『またまた』


 一人はアスタの声だと分かる。だがもう一人は優しく、不思議な響きを持った女性のような声。護熾はキョロキョロと上空のあらゆる場所に目をやるが、どこにも二人の姿は見あたらない。


『さて、護熾。おめでとう、お前は立派だな。もう面倒を見なくて済みそうだ』

「……それどういう意味だ?」

『もうお前は強い。だから、ユキナを頼んだぞ。』

「え? おい! どこ行く気なんだアスタさん!!」

『未来を―――みんなを護れ、護熾』


 最後にアスタは護熾に遺すように言い残し、その世界から気配が消えた。最後に幸せな、みんなが笑っていける未来を、英雄は一人の少年に意志を託し、消えていった。

 

「…………ばかやろ」


 それがこの世界で悲しそうに、寂しそうに悪態をついた護熾の最後の言葉だった。





 深夜の廊下をトーマは歩いていた。通常は勝手な行動は禁止されているが、ティアラ殺害未遂の件で自由な出入りが許可されており、今気になるところへ向かっている最中だった。

 その気になるところと言うのはここ長年使われていないという地下室へ通じる大きな道。そこには当然セキュリティなど張り巡らせておらず、誰もが怖がって調べていなかった。ならばそこが一番怪しいのでは?何か手がかりがあるかも知れない。そう踏んだトーマはその行動がばれないようにあえて夜に決行したのだった。

 

「ここか……」


 立ち止まったところは錆び付いた大きな扉で開けるのにも一苦労しそうな所だった。しかし鍵は掛けられていないので早速手を伸ばし、取っ手を掴むと


『やはりあなたは勘がいいわね。目をつけておいてよかったわ』

「!」


 トーマはすぐに後ろに振り返ろうとするが首筋に何か冷たいものが当たる。おそらくはナイフ等の刃物であろう。ここで下手に動けば自分が殺されるというのは明白である。


「ふー、誰だあんた?」

『そんなの知る必要もないわ。でも明日でこの都市は終わる。あなたを今ここで殺してもいいけど、どちらかと言えば手土産にしたいからあえて生かすわ』

「………そりゃどうも」

『じゃ、お休み』

「………ぐっ……!」


 首筋に力が加えられ、トーマは苦痛の表情を浮かべて飴の棒を口から弾きと前に倒れる。前に倒れそうになるトーマの体を受け止め、“それ”は担ぎ上げると凄い速さでどこかへ連れ去ってしまった。








 ゆっくりと意識が浮上し、目が覚める。

 すると丁度、お日様の光が目に入り、それを防ごうと体を横に向ける。だが何故自分がベットで寝ているかという疑問を頭に浮かべると仰向けになり、目を開いて見ると知らない天井と壁と窓が見え、そして誰かの気配がしたのでむっくりと体を起こし、横に顔を向ける。



 ゆっくりと意識が浮上し、目が覚める。目を開けて体を動かそうとするとティアラが顔を伏せるようにして足元辺りで寝ており、その少年は口だけで苦笑いをする。

 すると誰かの気配がすぐ横でしたのでむっくりと体を起こし、そちらに顔を向ける。


「………………」

「………………」


 一人は艶のある黒髪と大きな目をしており、服装はそのままだったが腕に水と栄養が入った点滴の処置をされており、大方回復はしていた。

 一人は眉間にシワを寄せており、体は上半身裸でその上に包帯を巻かれて少し血が滲み出ていた。


「………………」

「………………」


 互いに無言で見つめ合う中、最初に動いたのは少女の方で少年の顔を見ると目を潤ませ、ゆっくりとベットから降り、覚束ない足でその少年の元へ向かうと手を伸ばして首に回し、ギュッと抱きしめた。


「…………よかった……無事だったんだね」

「……何で俺とお前病院にいるの?」


 何故ユキナがいるのか、何故自分は包帯を巻かれてベットで寝ているのか、何故病院にいるのか?その答えを知っている人物がコトコトと廊下を歩く足音を立てながら近づいてきた。




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