十月日 朱雀の飛翔
―――俺が、この世界にもう一度戻ってきたときに“それ”は既にいた。それは、俺の中で日毎に存在を増していった。………分かっていた、でも他の人には言えなかった。
“俺の中にあいつがいることを”
だから俺は、怖れて開眼を使わないようにしていた。だってあれは自分の力を最大限に引き出すもの。つまり、生命の根源を使っているのだからそれを使ってしまうと奴の力は急速に大きくなる。でも、使ってしまった。もう先延ばしはできない。
今、あいつが俺を呼ぶ声が、聞こえた………
黒い錆が翠の瞳を残して染めていき、護熾は咄嗟に手で塞ぎ込んで隠しながらティアラを殺そうとした隊士を睨む。ティアラはまだ体に残っている恐怖を少しでも和らげようと必死にしがみついて安心感を得ようとする。
一方、隊長達が腕を取り押さえたり、背中を押さえつけたりしているので隊士はまったく動くことができなかったがそれでも尚、殺意を込めた目で未だにティアラをその瞳に映し込む。その様子に隊長達は不気味さを感じとるが反逆者として冷静に抑え続ける。
「護熾! お嬢ちゃん! 無事か!?」
やや遅れてシバが心配そうに声を掛けながら近づいてきたので護熾は開眼状態を解くと目の錆も綺麗になくなっていた。護熾はゆっくりと立ち上がり、ティアラを横に体を離すと一瞬、ズキッと痛みが頭に奔るが、痛がったトコを見せずにシバにティアラを見ておくように頼み、それから取り押さえられている隊士の許へ向かう。
「てめぇ! 何のつもりだ!!」
「うぅ………うぅ……」
くぐもった声でレンゴクの怒気を含んだ問いにまったく答えず、隊士はギュリンと目を動かすとジッと護熾を観察するように見る。それからにやっとすごく不気味な笑いを浮かべ、何か口パクで護熾に伝えた後、ガクッと力が抜けたように項垂れて気を失ってしまった。
「何やこいつ! 気絶しよった!」
カイムがこいつ何やねん!と他の隊長に訊くように叫ぶが、その中でフィフィネラは何故自分の部下がこんな行動を起こしたのか信じられないと表情が伝えており、その気持ちを察したのか、フワワがソッと肩に手を乗せて 『とりあえずこの人を独房に連行して様子を見てから、改めて尋問をしましょ』
通常、このようなことを起こせばその場で死刑執行だが明らかに普段と様子が違う異様な行動ともしかしたら裏で糸を引いている黒幕がいるかもしれないので何故そんなことをしたかの詳しい動機を聴取するのは後からだと伝えるとアシズとロキに急いで連行するように頼み、連れて行ってもらった。
一方、ストラスはティアラを護るために白衣のポッケから何かを取り出そうとしていたが護熾と隊長達の素早い反応でその必要がなくなり、同じくすぐに駆けつけようとしたトーマが『それは必要ないよ』と言うと安堵の溜息を吐きながらゆっくりと、黒光りする威力と命中精度を普段隊士達が常備する拳銃よりも性能を上げた安全装置が掛かった拳銃を取り出し、それからもう一度しまい込んだ。
先程隊士に口パクで伝えられたこと護熾はしっかりと頭の中で理解し、悩んだ表情になってより眉間にシワを寄せる。
“もうすぐここは終わる”
護熾は唇の動きから読み取った言葉に固まっていた。どういうことか?何が終わるのか?まるで誰かの代弁のように動いた隊士の口の動きに不自然さがあったのでそのことについて考えようとしたが、それはまたあとでということになる。
「ティアラ!! ティアラ!! 怪我はないか!!?」
「あ! お父様!! お父様〜〜〜〜〜〜〜!」
この事件の一部始終を見ていたジェネスは血相を変えてなに不利構わずティアラに駆け寄るとソッと抱きしめて自分の愛娘の無事を確認する。後から秘書も走ってきて今の現状を見て、それからシバとトーマに一礼をしてからジェネスの横に着き、同じくティアラの無事を確認する。
「本当に、怪我はないのかい?」
「はい……ゴオキが助けて下さいました……」
泣きじゃくるティアラがそう伝え、ジェネスは護熾に顔をやると護熾は軽く顎を上下させて会釈し、それからこちらに歩み寄り、ジェネスの前に到着すると
「ありがとう……本当にありがとう。隊長達も、ゴオキ殿も……」
元帥からの勿体ないお言葉で隊長達は少し狼狽え、護熾は素直に感謝している人からのお礼だと受け止め、『これが俺の仕事だから』と襲いかかる敵から人を護るのは当たり前だと言い、『そうか』とジェネスが微笑むと横から怖い形相の秘書が間に割り込んでくる。
「あなた、ジェネス様にため口で会話なされましたね?」
「うっ、……そんな細けえこと一々気にすんなよ」
「いいえ、本来なら減給処分ですがあなたはこの軍に所属しておりませんし、先程の反逆者からティアラ様を御守りしたので今回は追求致しません」
「…………じゃあ言わなくてもいいと思うが…」
「“今後”のための教養なので是非頭の中に入れておいて下さいね。」
そう、皮肉を込めた言葉で言った秘書はふいっとジェネスに体を向けると一度部屋にお戻りにした方がいいかと、と伝えそれに同意するとジェネスは護熾にティアラの護衛を頼み、護熾はそれに承諾するとティアラが飛びつくように護熾の腕に抱きつき、ギュッと力を入れる。
「じゃあ、俺はここに残っている隊長さんと炙りだしをするよ。」
「おお、それは助かる」
まだ第五部隊にこのような事件を引き起こす者、または精通者がいるかもしれないのでシバは残りの隊長と協力して各部隊の個別の尋問を手伝うと前に出た。そして当然それを無視できないトーマもストラスもそれに同意して黒幕捜しに同じく動き始めた。
放課後の七つ橋高校。
あのあと千鶴は何度も心配する近藤に気分が悪くなっただけよと言い、保健室に行った方が良いんじゃないかと言われるが行かなくても大丈夫だからと何とか誤魔化して治まっていた。
そして最後のホームルームを終え、生徒達が帰ったり部活をする時間、千鶴はユキナとイアルと一緒に下駄箱まで近藤達を置いて先走り、靴を履き替えている時に既に履き替えているユキナとイアルがいつでも帰れる体勢になっていた。
「………………」
「何も言わなくていいわよ。」
自分が知っている人が残りあと一年だと知らされてショックがあっさり治るわけがない。それは同じように傷ついたイアルもユキナも一緒。
「続きは…護熾が帰ってきてからだね。いろいろショックだとは思うけど……護熾が帰って来なきゃ始まらないもんね。……じゃあ、行ってくる」
「うん、……………気をつけて」
「行くよイアル!」
「分かったユキナ!」
「あ……………」
ささっと走り出した二人は静止の言葉も聞かず、その場からいなくなってしまった。残された千鶴は下駄箱にもたれ掛かり、上の空のように天井を見つめ、護熾の残りの寿命にただただ打ちひがれてそれが本当なら自分はどうすればいいのか、それが本当なら自分はどう向き合えばいいのか、まったく分からなかった。何もかも壊れそうになっている自分が情けなかった。
大切なものを失ってしまった少年に、自分は向き合う資格があるのか、分からなかった。
「それで? 一樹君達はどうするの?」
「連れていく! 場所はバルムディアだし、護熾は何故か帰らないと言っているの!」
「!! 護熾が、帰らない?」
走りながらユキナはイアルから詳しい事情を聞き、護熾が無事であることと知るとホッと息を漏らすが、続いて自らの意志でここに戻らないことについて驚きをあげていた。何故帰らないか?帰れない事情があるならトーマからの報告に入っているはず、なのにそれが分からないということはおそらく護熾自身の問題。
ユキナはそう考えると不安で不安でしょうがなかった。だが今はまず向こうに行かなくてはならない。
「そういえばどうやって連れて行くの?」
「あっ……まあそれは当然―――」
「ハーイ一樹君、絵里ちゃん、こっち来て〜〜」
「お姉ちゃん達から重大報告で〜す♪」
家に戻ると一樹と絵里が丁度二人揃って居たので早速ユキナとイアルは明らかにフレンドリーオーラ全開で二人の気を引き、自分達の許まで引き寄せる。
「じ つ は☆護熾はね、どっか旅行に行ってたのよ♪」
護熾から言わせればお前何がしたいんだ?と言われるほどキャピキャピになって言うユキナは一樹君達に内緒で護熾がどっか旅行に行っているという大嘘をかまし、それに一樹と絵里は当然の如く
「「えええええ〜〜〜〜〜!!」」
口を大きく開けて叫ぶ。
「でもね、海洞はやっぱり優しいから自分だけじゃずるいから二人にもその場所に行ってもらいたい!って私達お姉ちゃん達にその場所に連れてくるまで頼んだのよ♪」
今度がイアルが目を潤ませて護熾の代わりに申し訳なさそうな顔をして二人に嘘の謝罪を述べる。一樹と絵里は自分の兄が自分達に内緒でそんな楽しそうなことに普段は抱かない嫉妬の念を浮かべるが、その旅行場所に一泊二日のお泊まりに招待されたことに逆に心躍らされていた。何時出発するの?と訊くと『今すぐよ。着替えだけで良いから持ってきて』と答えが返ってきたので一樹と絵里はすぐさま自分達の部屋に駆け込んでいく。
窓の鍵閉めなどの家を出る準備が完了し、それぞれの着替えを詰め込んだリュックサックを背負った二人はさっきと同じ場所に立ち、それから『お姉ちゃん達のは?』と訊いてきたので『大丈夫、護熾が持っているから』とでっち上げの嘘で誤魔化した後、ゆっくり二人に近づいていく。
「お、お姉ちゃん……どうして?」
突然の行動で恥ずかしがりながら一樹が躊躇ったのでユキナが相手の有無言わずにソッと一樹を包み込むように抱きしめる。そして絵里のほうにはイアルが。
「いい? 二人とも目をつむって。それでお姉ちゃん達が開けていいよと言うまで絶対つむってってね?」
「? うん、分かったよ」
不思議顔でその言葉に疑問を感じるが、言われるがままに二人とも目をつむる。そして二人が目をつむったところでユキナとイアルはポッケからある物を取り出す。
瞬間移動装置、二人はカチッと上部のボタンを押すと、そこに四人の姿は掻き消えるようにいなくなった。
「………………」
「ゴオキ、どうしたの?」
「いや……何で突然あんなこと言われたのか理解できなくて……」
「私は別に構わないけど♪」
「いや問題はそこじゃねえけど何でこうなるの!!?」
――少し前
シファー家に到着した護熾とティアラにジェネスが念に念を入れて信用ができる衛兵に家の警備を当たらせるようにしておくと約束し、部屋に入ろうとすると急に引き留められた。
「ごほんっ、実は折り入ってゴオキ殿にお願いがあるのだ」
そして一度秘書に先に戻っているように言いつけ、いなくなってからもう一度顔を向けるとその顔は真剣そのもの。何か覚悟を決める雰囲気を纏っているジェネスに自然と緊張感が増すその場にいる全員。そしてジェネスから言い渡されたことは
「私の娘を妻として迎えいれてくれないか?」
「……………………はぁ!!?」
「お、お父様、それは………」
「何まんざらでもない顔してんだお前は!!」
護熾は慌てて何故そんな成り行きになったのか説明をしてもらうとまず最初にそれが護熾をここに連れてきてもらった理由だと告げた。
「え? 何で俺なの?」
自分に指を指しながら言う護熾に説明の続きがされる。
まずこの世界のどんな兵器よりも強いとされている眼の使い手をこのバルムディアは欲しがっていた。 個人の身にそんな力が眠っていることは小回りのきく重火器のような物だからだ。
ジェネスは眼の使い手は確かに欲しかった。
だが後継者探しもしていたのだがそのことでティアラとお見合いをさせたい上官やら高位の人間がしつこく付きまとったのでそれが目の上の瘤だった。
すると丁度一ヶ月前、どこからか“異世界から来た眼の使い手”の話が耳に飛び込んできてしかも若い男だという話だったのでその特徴を聞き、そして改めてアメリカでスーツの試着実験をしていたロキ率いる隊長格全員にできるだけ傷つけないように連れてくるように頼んでここに連れてきてもらったのだ。
そして無理矢理さらってきたことに当然側近や参謀官やら何々卿やらは正義を武器にして反対したが自分の後継者として連れてきたのだと言い渡すとあっさり納得してしまった。
護熾はワイトはそのことで怒らないのか?と質問すると君はワイトの住人じゃないから向こうの法律は適用されないと答え、何だか悲しくなる。
因みに眼の使い手はここに所属すれば自動的に隊長格以上の地位が与えられ、元帥の娘との交際もなんら問題ないということも伝えた。
「それに、ティアラをすぐに護ってくれたあの迷い無き行動にも私は感動した。君がそばにいてくれるならどんな危険からも護ってくれるハズだからな」
さらに歳が近いということもあって仕事で中々会えない自分の代わりに何とか寂しさを紛らわせてくれるんじゃないか、そしてティアラも護熾に惚れているのでもうこの男しかいない、ほぼ決定だなと心に決め、今回この場に臨んできたのだ。
「そんな、急にそんなことを言われても……」
「それを承知で訊いたのだ。当然ティアラと結ばれれば君の家族も悪いようにはしない。すぐには決まらないと思うが今晩じっくり考えて欲しい。全ては君次第だ。では」
伝えることは伝え終わったのか、ジェネスはお休みと少し早い挨拶を言うとドアを閉めて行ってしまった。そしてポカンと口を開けている護熾と何だか急に結婚の話になってもじもじし始めたティアラがその場に残されて今のようになっていた。
「まさか結婚なんて夢にも思わなかったぜ……」
床に片膝を立てて座り込んでいる護熾はそう呟きながらこれからどうなるやらと溜息をついていたのでティアラは徐に顔を向けると、少しだけ、少しだけ護熾の手が震えていることに気が付いた。それはまるで何かに怯えているような、それとも単に寒いのか分からないがティアラは近づいて腰を落とすとその手を両手で包み込むように握った。
「お、おい! 何の真似だ?」
「いや、何か寒かったのかな?って」
「別に寒くはねえよ。」
口を尖らせて言った護熾の顔を見ながらティアラは少しだけ頬を朱に染め、それから小さな声で言う。
「な、汝の病める時も……」
「んん? 何だ急に?」
怪訝な表情で護熾が尋ねるともう一度勇気を出して、
「汝の病める時も健やかなるときも、この者を愛することを誓いますか?」
護熾は何を言っているのか少しの間理解不能だったがやがてこれは結婚式場で牧師さんがいう誓いの言葉であることに気が付き、ガーンという効果音が頭に響く。
「そして私がはい…誓います…、って、私が言ってそれから―――」
そして今度は牧師が花婿に訊く誓いの言葉を唱え始める。
「―――ゴオキ………汝、死が二人を分かつまでこの者を愛しますか?」
それをあとは護熾が『ハイ』と言えば成立するのだがティアラが耳を近づけても護熾は一向に返事をしなかった。しているのは呆れかえった表情だけ。
「〜〜〜〜ゴオキ〜〜〜『ハイ』は〜〜〜〜〜?」
「アホくさくてやてられっか〜〜〜!!」
気が早いティアラに呆れた護熾は立ち上がるとさっさとちょっと早めの風呂に入りに行ってしまった。ティアラは頬を膨らませてぶ〜、と怒っていたがふと、頬のふくらみを元に戻すとあることが浮かんでいた。それは、もしかしたら悔しい思いなのかも知れない。
―――もしかしてゴオキって、もう誰かを心に想っているのかな?
「んなあに〜〜〜!!? 護熾がバルムディアに浚われたってのか〜〜?」
「う、うん。博士がそう伝えてって言ったから……」
「必死に修行している間にそんな事件が起きてたなんて!! ちくしょう!!」
ワイト中央の中庭でやや騒がしい声を張り上げているのは修行を一段落し、中央に遊びに来ていたラルモだった。そしてミルナから護熾誘拐事件の話を訊くとバルムディア許すまじ!と謎の気合いを込めていた。だが、既にシバとトーマが現地に到着してるので今回ラルモの出番はない。
「しっかし何でバルムディアの連中は護熾を浚ったんだ?あの力が―――」
欲しかったのか、そう言い終える前に何かに遮られた。それは突然頭から降ってきて自分の頭を踏んづけて今地面と向き合っていると気が付いたのは五秒後であった。
「ふ〜〜〜着いた着いた♪」
「ほら、もう目を開けてもいいわよ」
そんな呑気なことを喋る声が聞こえたのでミルナは突然のことでびっくりしていたが、ラルモを踏んづけている人物とすぐ横の人物を見ると一気に表情を輝かせた。
さらっと流れるセミロング、大きな目に黒い瞳。腰まである髪と凛とした顔つき。ユキナが一樹を抱きながらラルモの上に着陸して、イアルが絵里を抱いてこの地に到着したのだ。
「ユキナ! イアルさん! どうして?」
「おっ! ミルナだ! って足元にいるのラルモ!!?」
「うっ、その声はユキナか〜〜〜〜〜?」
ゾンビのような地を這う声でラルモが訊いてきた。
「なるほど、護熾は戻らないと言ったからここに来たのか?」
「ええ、何だか心配になって……」
「どうしたんだろうな護熾」
絵里と一樹をイアルとミルナに預けて少し遠いところで話し合うユキナとラルモ。無理矢理浚われた護熾ならすぐに戻ってくると思っていたがやはり戻らないのはおかしいとラルモは言う。ユキナは『ガシュナとアルティは?』と尋ねると『あの二人ならもう休んでる。修行で疲れたからな』とよほど激しい鍛錬を行ったのか、ラルモ以外の二人はもう寝ていると伝えた。
「お姉ちゃんも綺麗だね!」
「フフ、ありがと。あなたは護熾さんの弟さん?」
「うん! 一樹っていうんだよ!」
ミルナの膝の上にちょこんと納まりながら一樹は元気よく自己紹介をする。そんな一樹にミルナは微笑んで優しく頭を撫でる。突然見知らぬトコへ出てきたことで一樹の心情はかなりドキドキであったがミルナの服の石けんの匂いと優しい雰囲気にあっさり心を溶け込ませる。
一方絵里の方はイアルからここはこういった場所でさっき私達がやったのは手品でーす、と五年生の絵里を誤魔化す見事な技法で何とかその気にさせることができた。
「―――分かった、ありがとねラルモ。」
「いいってことよ。護熾が無事姿を見せてくれるといいな。じゃ!」
「うん、じゃあね」
別れの言葉を告げ、ラルモは帰るべき場所に戻るためにその場から離れていった。ユキナはラルモの背中を少し見送ってから、一樹達の元へ向かう。
「どうだった?」
「うん、やっぱり連絡を待つ以外方法はないって…」
トーマとシバのように飛行機に乗って行くという手も考えられたが中央の政府はこの二人が大人であって何かが起こっても迅速に対応ができるという信用の許でバルムディアに行くことを許可したため、これ以上の眼の使い手の出動は必要ないと決断が下されるためそれは無しとなり、文字通り『待つ』しか手がなかったのだ。
「そうか、そうよね。………とりあえず、泊まるとこへ行かなくちゃ」
「そだね、それだったら家に来るといいよ。」
「ユキナ、護熾さんがいないからあれだけど……また明日ね」
「うん、ミルナも夫の面倒よく見てあげてね。じゃね!」
沈む夕陽をバックに別れを告げた一同はとりあえずユキナ家に行くことを決め、ミルナに手を振りながら中央を後にした。そして姿が見えなくなったユキナ達を見ながら、ミルナは悲しそうな表情でユキナに対して、一言言った。
「ユキナ、ものすごく寂しいんだね………」
「そんな大変なことになっていたなんて……知らなかったわ……」
「でもお母さん、護熾は無事で元気だって博士が伝えてきたのよ」
「そう、それなら少しは安心ね」
ユキナ宅に到着した一同はユリアからの温かい歓迎を受けて、思わず抱擁攻撃の餌食になりそうになったので何とかそれを免れて今家の中にいた。当然一樹と絵里はドッペルゲンガー並にそっくりなユリアに驚きを隠せずに交互にユキナとユリアを見る。
「あの人はユキナのお母さんよ。そっくりでしょ?」
二人の後ろからイアルが声を掛けながら何者かを伝え、それから訊くと二人は激しく上下に頭を振った。そして一旦話をユキナと付けたユリアは護熾の弟と妹の二人にニコッと笑顔を向けると
「ではご飯にしましょう。お腹空いているでしょ?」
「う、うん、じゃなくてハイ!」
「フフ、緊張しなくてもいいわよ。落ち着いてね」
ほえ〜、と母親を知らない一樹と絵里はほっぺを赤く染め、これがお母さんなんだと夕食の支度をするためにエプロンを付けながらキッチンに行くユリアをボーッと見つめながら改めてそう思っていた。ふと、何かに気が付いたように絵里がユキナに顔を向けると
「ねえ、そういえば護兄は? ここにはいないみたいだけど…」
「うっ……え〜と護熾はここのお友達の家にいるから明日には会えるからさ!」
「ふ〜ん、そうなんだ。大丈夫かな……」
こんな場所に来ても護熾は姿を見せてくれない、二日も大好きな兄がいないのは正直二人にとってはあり得ないことだった。武が来た中学の宿泊学習の時も三年以外は行くのを犠牲にして自分達の面倒を見てくれた護熾がそんな曖昧な理由でいないのはやはり違和感があった。
その寂しそうな背中を見たイアルは はぁと溜息をついてユリアに案内された部屋に荷物を置いてくるように二人に伝え、自分も二階に空いているという部屋に向かい始めた。
「先輩、そういえばまだその飴の棒、銜えていたんですね。」
「……あぁ、習慣になっちまったからな」
「…………“師匠”によくタバコの代わりに銜えなさいって言われてたからッスね。あのときが、懐かしいです」
トーマとストラスは研究所に配備されているパネルで何か怪しいとこはないか、もしかしたら誰かが隠れているかも知れないと思い、こうして操作しながら捜索に当たっていた。
シバと隊長達は疑いがある者全てを一旦独房室へたたき込んでから一人ずつ尋問して敵がどうかを見極めていた。ストラスは二階部分の対人センサーでの捜索を終えると『コーヒー入りますか?』とトーマに聞き、『ああ、よろしく』と返事が返ってくると早速入れに行く。
それからマグカップに入れたコーヒーを手に持ってやって来たストラスは一つをトーマに渡しながら
「まだ、“開眼”はできないッスか?」
「…………ならないのが師匠に対してのせめてもの償いだからな」
「もう〜そんな意地を張ったって何時かは怪物達と戦うハズッスよ?先輩は師匠の研究を引き継いで“結界”を、自分は先輩みたいに力がないからパワードスーツを作った。それでもまだ、師匠の償いのために若い子達の力に任せるんですか?」
「……………あぁ」
「〜〜〜〜〜〜〜それが先輩の意志なら口出しは無用ですけど……同情できないのは確かッスね」
ストラスの言葉を素直にトーマは受け止める。それでもトーマはそのことに心は動かさなかった。13年前、自分達の師匠を戦争で亡くしてしまったことに深い自席の念が今も渦巻いている。それはストラスも同じだが、何よりも開眼ができるトーマはその力で人一人、師匠を救えなかったことが何よりも悔しかった。だから開眼は今まで一度も発動させてこなかったのだ。ある意味で何もしないで他の眼の使い手のサポートにまわることで自分を誤魔化してきたのだ。
トーマは口から棒を手に取ると、ゴミ箱に投げ、放物線を描きながら見事にゴミ箱に入れ、それからまた捜索を再開した。
一人廊下を歩いていたジェネスに秘書が何か慌てた様子で小走りでこちらまで来て何か騒然とした様子だったので顔色を伺いながら声を掛ける。
「何があった?」
「……ハイ、先程ティアラ様を殺害しようとした隊士が自殺を図ってそのままお亡くなりに――」
ティアラを手に掛けようとした隊士はまだ隠し持っていたナイフで自らの首を切り、そのまま自害したという。何故自害したのかについて不明だが、おそらく裏で糸を引く何者かが情報が漏れる前にそうしろと言いつけられていたのに違いない。
「他の者に伝えたか?」
「ええ、シバ様、及び隊長格には全員伝えてあります。」
「そうか、くれぐれもゴオキ殿とティアラには耳に入らないように」
「はい、承知致しました。」
隊士の遺体は手厚く、こっそりと葬られることになった。
ジェネスは報告を聞き終えると窓の外がやや薄暗いことに気が付く。
「ん?外は曇りか?」
「ハイ、それがどう為されましたか?」
「………いや、何でもない」
気のせいだと秘書に伝え、それから自室まで秘書ともに移動している間、この場所で働く人達にとって、そしてジェネスにとってかけがいのない人物が再び頭の中に浮かび上がる。金髪で、護熾によく似た、全身を戦闘用スーツで固めた人物の背中が。
―――テオカ、お前でもおそらくゴオキ殿と同じ行動を取っただろうな
こっそりとユキナの家からすっかり暗くなったワイトへ二階の窓から抜け出す人物が一人、それは注意深く周りを見ながら一度家に振り返り、そして何か決断を込めた眼差しを送ると突然、
「ユキナ! どこ行くの?」
「―――――!!」
声の方向へ振り返るとユリアが心配そうに玄関から家を出てどこかへ行こうとするユキナを見ていた。ユキナは体の向きをユリアに向け、一度肩で息をしてから目を見つめる。
「護熾の、とこへ行くの。………じっと何かしてられないよ」
「………そこまでして、そばにいたいの?」
「……うん」
早く連れ戻して元の生活に戻したい、そして千鶴に本当のことを言いたい、そして、何よりも護熾のすぐそばが自分の居場所だから、そこが自分の心の拠り所だから。ユキナはさまざまな思いを張り巡らせるが、一番のことは“好き”だからである。
中央でラルモから話を聞いたときからもうこうするしかないと決断していた。第二解放状態で飛べば何時間かで向こうに着くことが可能だからである。しかし許可無しの無断出町でバルムディアに行くことはワイトに対しての“裏切り”となってしまう。
しかしユキナに思い止まる意志はない。
その覚悟で今家を出ようとしたのだ。それは親であるユリアでも止めることも何もできないことは分かっていた。
「本当に……行くのね。」
「お母さん、ゴメンね…………イアルと一樹くんと絵里ちゃんには何とか言っておいて」
「……気をつけて、行くのよ?」
「うん!」
ユリアの応援を受け、ユキナはいきなり眼と髪をオレンジに染めてそれからさらにもう一段階、力を解放すると袖の部分が刃物で切り裂かれたようなギザギザの緋色のコートが小さな体を護るように包み込み、同時に纏っている気から火花のような気が弾け飛ぶ。
「すごい……これがユキナの……」
初めて見る娘の第二解放に驚愕の表情で見ているユリアはさらに驚くこととなる。
ユキナはマールシャ戦での経験と記憶を呼び起こし、背中から炎のような赤と青の色が対となるオーラを噴き出させるとそれがやがて鳥の羽のような形状へと変化する。しかし大きさはマールシャ戦で使用したときのようにあまり大きくはなく、これで飛べるのか?と微妙な大きさであったが戦闘用ではなく移動用としてコンパクトにしてあるだけなので何ら問題はない。
「じゃ! 行ってくるね!!」
精一杯の笑顔で別れを告げ、オーラの羽がユキナの体を持ち上げる。そしてそのまま軽く螺旋を描きながら上空へと行き、ユリアに見送られながらワイトに張り巡らされているバリアの内、戦闘機などを飛ばすために開いている箇所へ急ぎ、潜り抜けると北東に進路を決め、生体エネルギーを燃料にして放射しながら一気に推進力を得ると突風を纏って加速していき、見えなくなっていった。
「ユキナ、どうか無事で……」
遙か上空の赤い光と青い光を見据えながら、愛する者の元へ行った娘にユリアは心から無事を、そしてもう一度元気な姿を二人で見せてくれることを願った。
――あなたが思ってるほど、私は強くない。あなたが思ってるほど私は正直じゃない。あなたが思ってるほど私は頑張れない。でもあなたが思っていないほど、私はあなたを想っている。だから……だから………あなたのそばにいたいの!………護熾――!
まだ遠い大都にいる少年の元へ、淡い想いと共にユキナは羽に自分の身を預け、瑠璃色の空を駆け抜け、飛翔していく。
さて、久々の後書きですが一万文字越えというかなり長くなってしまったことにまずはお詫びです。ゴメンなさい!
そして何故こんなに長くなってしまったかは当然作者である私の所為です。
以上、お詫びのための後書きでした!(おいおいそれで終わりかよ!?(笑)