七月日 異動
護熾はティアラに連れられて腕を抱きしめられながら廊下を歩いていた。時折窓から見える町並みにおお〜と声を上げながら。
あのあとティアラの部屋で朝食まで時間があったので護熾は昨日の夜に話せなかった護熾の世界の話、ユキナ、眼の使い手達、友達、最近イアルっていうガーディアンが家に居候に来た などを話すと世間知らずのティアラにとってはどんな本よりも面白い話ばかりで目を輝かせて聞いていたが、護熾を取り巻いている三人の少女に対しては少しムスッとした感情が心を突いていた。
着替えはドアの横に置かれており、ピカピカに洗われていたが護熾はそれをカバンにしまい、召使いに『なんか普通のない?』と尋ねると直ぐさま渡され、渡された普通の町服を着るとティアラに 似合ってる似合ってる と感嘆の声を上げさせそれから朝食へと出かけていった。
それからの話である。
朝食を終えたティアラは執事と思しき人物が耳打ちで今日のお勉強や礼儀作法の稽古の予定を伝えると、ティアラは嫌がった顔で『やだやだ、今日はみんなキャンセル!』と首を左右に振ってワガママを言って執事を困らせ、お父様に許可を取ってくるからと何とか言うことを聞かせ、そのあと今のように廊下を歩いていたのだ。
「さて、お父様は普段会えないけどゴオキのおかげで会える♪」
仕事上の役柄なのか、ジェネスは毎日ティアラに会うことはままならず、仕事を終える頃には既に深夜になっているので家族同士のコミュニケーションは今ひとつ(ただし仲は良い)。
しかしそこで異世界の少年護熾が来たことによってそれをダシにしてぬけぬけと合間を縫って会うことが可能になったという。
今は時間にして10時。
あいつらちゃんと朝飯喰ったか?今日は無断欠席だな 護熾は向こうの世界でおそらく自分のことを心配しているユキナ達と初の欠席を思いながら歩いていると、時々すれ違うここの軍に所属している女性、男性問わず自分の顔を見た途端、表情が変わって互いに見合ったり、何かごにょごにょと喋りあっていることに気が付き、『何だ?もう俺の正体バレバレか?』と今までの自分の隠してきた苦労がここで崩れたか と半ば諦めた気持ちでそんなことを一切気にしないティアラと歩きながらジェネスのいる自室へと向かう。
シャーーカラカラカラ……シャーカラカラカラ……
奇妙な音が前方から近づいてくるのに気が付く。
まるで子供がキックボードを乗り回しているような音。
『あ! 博士おはようございます』
『うん、おはよっス』
廊下の曲がり角でそんなやり取りが行われ、またしてもシャーカラカラカラと床を蹴った音と車輪が回る音がし、護熾は立ち止まって怪訝そうな表情でこちらに向かって来ている音の正体を確認しようとするとそれは廊下の突き当たりを通り過ぎていった。
結構早かったので姿は確認できず 何だありゃ?とティアラに聞こうとした瞬間、車輪の回る音が引き返してきたと思ったらその姿は白衣を纏い、眼鏡を掛けた黒髪の飄々とした男だった。その男は車輪付きイスに座ったまま移動しており、引き返して護熾の姿を見かけた途端、そのまま向きを変え、こっちに向かってくるとブンブン手を振りながら、
「もしかしてあなたが『翠眼』ですか〜?」
護熾が持ち合わせているもう一つの名、称号を緊張感のない声で言いながら床を蹴り、そしてキュッとブレーキを掛けて二人の前に止まり、護熾に何なんだこの人は!?と思わせていると
「あ! 博士〜〜」
ティアラが嬉しそうに近寄り、その男は『どうもッス』と挨拶を交わした後、護熾に顔を向け、冷ややかな眼差しを向けられて引かれているのに関わらず、男は尋ねてきた。
「あなたが海洞護熾で間違いはないッスね」
「…………そうですけどあんた誰だ?」
「おっと失礼ッス。自分はバルムディア所属科学技術開発局長の“ストラス”って言います。以後よろしく」
1−2組の教室ではいつも通り授業が行われていたがこの日はちょっと違った。
何故なら護熾がいないからだ。
護熾の無断欠席は教師を始め、1−2組のクラスメイトを驚かせ、『あの海洞が休み!?』や『昨日あんなに元気だったのに!?』とクラス内でどよめきの声が上がり、それが少し落ち着いた時だった。
まだ少しざわめつく中、隣のいない千鶴はまず、後ろの席にいるイアルに体を少し横に曲げ、顔を向けるとイアルは少し険しい顔で軽くこくんと頷き、次に左斜め前に座っているユキナに向けると、ユキナも肩越しから千鶴を見ており、軽く頷いた。
休み時間、いつも通り集まるイアルを含めた七人は円になってがやがやと今日の護熾の無断欠席について信じられないと言った口調で互いに話し合っていた。
「あの海洞が休みなんて想像も付かなかった!千鶴千鶴!昨日一緒に帰ったよね!?」
「え…あ、うん。元気だったよ…」
「じゃあ風邪かしら? でも栄養バカのあいつが……」
腕を組んで唸る近藤は過去に一度も休んだことがなく、しかも病気一つしたことがない護熾の突然の欠席で色々とこんがらがっていた。それは中学時代を共に過ごした沢木も同じ。
休むということは何か大事な用事でもあったのか?でもそれならば無断なんかしないはず。
ならばあの右胸の大きな傷のせいか?
もしそうだとしたら友人としての不安が一気に襲いかかる。
「やっぱあの傷かな……? だったらお見舞いに行ったほうが……」
「でも無断なんでしょ? 家にいないかもよ」
「でも!せめて見舞い品を渡しに行くのはいいだろ?」
それぞれが話し合う中、ユキナがあまり口から声を出さず、悲しそうな目と元気がない表情で俯いてただただ黙っていたことに木村が気が付き、『あ、木ノ宮さんも海洞のことが心配なんだな』と気遣いのつもりで肩にソッと手を置くと
「木ノ宮さん、海洞は大丈夫だって」
「え!? あ………そうだよね…あはは……ありがと木村くん」
どこかはっきりとしないお礼の言葉。
いつもなら木村はこの瞬間心の中で太陽に向かってジャンプしている自分の姿が見えるのだが、今日は元気がなく、花が咲いたような笑顔を振る舞うユキナの姿がなかったので何だか冷めた気持ちになり、『ど、どういたしまして…』と軽く返事をするとイスに座り直し、机に片肘をついてそこに顎を乗せると
―――何だよ……海洞…お前がいないせいで木ノ宮さん元気ねえじゃねえか!――
ユキナの元気がないことを護熾の所為にして責任とりやがれ!と心の中で叫んでいた。
そしてこの会話の中で密かに、護熾の真実は昼休みの屋上で話すと千鶴にイアルがヒソヒソと話していた。
バルムディアでは早朝から会議が行われていた。内容はもちろん昨日無理矢理連れてきた海洞護熾という名の少年についてである。
扉の前に立つ衛兵がこの部屋の守護に当たり、中に進むと床にはふかふかの赤絨毯が広がり、向かい側の壁にも同じ様な扉があって扉番が立っていた。
そしてその奥、ぐるりと囲むように作られたテーブルに配置されたイスに一人ずついかにも偉いですよと強調した服を着こなしている歳が大体ジェネスと同じくらいか、それ以上らしく全てが男性で貴族か、または軍においての高地位の人達が座っていた。
そして上席にジェネスは堂々と構えており、後ろには秘書が控えていた。
今此方は何処か粛然とした雰囲気で緊張感に包まれている。
「異世界の少年を連れてくることは一般的に見てどうかと思われます。それに彼は眼の使い手でありますから益々今回のこちらの行動は誤りかと思われます。」
一人が、ジェネスに向かって質問をし、それに答える。
「それだったら問題はない。彼は眼の使い手であるが、あくまで“代行”という形でワイトと協力関係にあるだけで、実際は異世界の住人だ。だから彼はワイトの住人ではないがために向こうの人達はこちらには口出しができず、本人の了解さえあればこちらの戦力にも成りうるし、仲良くやっていけるハズだ」
「では、彼は本当に客人としてこの地にやってきた……と仰られますか?」
「いかにも、手段の乱暴さには謝罪の言葉を添えるが、それ意外には問題はない――」
「―――と、言うわけなんス。今は元帥は会議中で会うのは昼過ぎか、それ以降になりますが」
廊下をイスに座ったまま移動するストラスは後ろの自分についてくる二人にジェネスに会うのはまだ先です と説明しながら自分の研究所に案内していた。
その話を聞いた護熾はゲンナリとした表情でボチボチ待つかと諦めたように呟き、ティアラは『というわけで会えなくなっちゃった。ごめんねゴオキ』と手を合わせて謝ってきたのでそれに対して軽く手を振って気にしない素振りを見せる。
「ここが自分の研究所ッス。研究所と言っても物を作ったりするので工場に近いですけどね」
ストラスが案内してくれた部屋の扉を開いて中に入ると、もう一つ分厚い扉が陣取ってあり、『重要な場所なので』とストラスがそう加えてロックを解除して中が見えるようになるとまず最初に目に飛び込んできたのが巨大なフラスコに水色の液体に満たされ、そこに胴体の鎧みたいな物体だった。
「何だこりゃ?」
「これは試作品のパワードスーツですよ。」
「試作品?」
「ええ、我々は兵のサポートもしなければならないので誰でも着用できるものを開発しようと思いまして、今のパワードスーツの特徴と言えば――」
ストラスは護熾にも分かりやすく今のパワードスーツの能力やその向上性を説明すると「ゴリラも容易く倒せる怪力」と「戦車並の装甲」、「戦闘車両並の重武装」、「戦闘ヘリ以上の機動力」を持たせることを目的とした装備という風になり、目標は眼の使い手の第一解放並の戦闘能力を持たせること。
「へえ〜こんなんで俺たちと肩を並べるってか」
「そのつもりッス。それができればいいんですがデータが中々集まらなくて……」
実はバルムディアは大国があるがためにどこか先へ行こうとする自尊心が強く、他の発展都市に対してはやや冷たい態度をとるせいで他の都市と仲は割と悪いのであった。ただし、これはお偉いさん達の話しであって実際町民同士や兵士同士にそのような衝突はなく、むしろウェルカムな雰囲気なので お偉いさんもあれくらい仲が良ければいいんですけどね とストラスが苦笑いで言い、護熾はあ〜そうなのかという表情で納得する。
「そしてそれのデータ収集、及びそれ以外の何かしらの目的で護熾を浚ってきたというわけか?ストラス」
「まあ、そういうわけになりますね先輩」
突然、奥の暗がりから声がする。それにストラスは答える。
護熾とティアラは驚いた表情で声のした方向へ顔を向けると暗がりから二人、こちらに一歩一歩近づきながら喋る。
「しっかしまあ〜お宅もこっちの法律の抜け目を利用するなんてせこいな〜」
「でもプロテクトは分かりやすくしたハズッスが?」
「まああんだけ複雑で特徴的だとすぐに分かったけどな」
そして影から姿を現すと
「あ! どうして――――」
護熾が驚愕し、何かを言う前に二人のうち後ろの一人がポンと頭に手を乗せてグリグリと撫でる。
「心配したぞ護熾!まさかお前がこの町に来てるなんてな! びっくりだよ!」
頭を撫でている手の持ち主の顔まで視線を追っていくと―――シバが笑顔で護熾の頭を撫でていた。
「あのな、移動するこっちの身にもなれよなストラス。まあおかげでイアル達にいい報告ができそうだけどな」
白い棒をくわえながら白衣に腕を突っこみ、モゴモゴと口を動かしながら――トーマがストラスに文句と何か安心したような表情で話していた。
「な〜んかワイトからお二人さんが来たのが見えましたがな、“アシズ”」
廊下の窓の縁に座って外を眺めていたキツネ顔の男はすぐ隣にいたモジャモジャ頭の男の名前を言い、今朝早くジェット機のような乗り物から降りてきた二人について話していた。
「たぶん昨日来た眼の使い手関連の連中だろ?まあそれが誰であれ、大きな問題ごとにはならないのは確かだけどな“カイム”」
額に手を当て、日差し除けをしながら今日の町並みを堪能しているモジャモジャ頭の男はバルムディアの軍所属第六部隊隊長の名を“アシズ”と言い、異世界(護熾の世界)滞在の経験があり、場所はパプアニューギニア。そこで出会った人達の髪型を真似てこのような頭をしている。
そしてもう一人はティアラにキツネ顔と呼ばれていた男で所属はバルムディアの軍所属第四部隊隊長の名を“カイム”と言い、こちらも異世界滞在で場所は大阪。そこで出会った特徴的な言語に感動し、以後修得。もう一度行きたいと密かに願っている。
「さて」
カイムはピョンと窓から飛び降り、それから親指を自分の後ろ方向にグイグイと指しながらアシズに『たぶんあの子はストラス博士のいる研究室にいるはずや』とジェネスが会議中なのは知ってるため、行くとしたらそこしかないだろうと言い、ニヤニヤしながら
「アシズ、ちょっと遊び行こうか?」
「いいのか? 部下達の面倒は」
「そんならお前も同じや、“テオカ”さんそっくりのあの少年に会いたくなっただけやんけ。行こか」
そう言い、二人の隊長が研究所へと足を運び始めた。