8日目 気になるあいつは転入生
夜明けが訪れた早朝に七つ橋高校の夏服を着ている少女が空中を走りながらある地点で止まりその場で何かの操作をしていた。一般人からは異様な光景である。
他の人から見れば幽霊だと思われるだろうが下を歩いている人は空中にいる少女に全く気づかずに通り過ぎていく。
「これでよし!」
何かの操作が終わったのか、少女は嬉しそうにその場をピョンと少し飛び跳ねた。
艶のある黒髪が朝日を受けて綺麗に輝いている。
そしてその後その場から離れるとある方向に向かって走り去ってしまった。
小鳥のさえずりを聞いて目を覚ました護熾はバッと体を起こして部屋の中をぐるっと見渡すようにする。部屋の中は護熾ただ一人でユキナの姿はなかった。
「…………何かあったんだな、あの夜。……大丈夫かな」
窓から出たらしく鍵が掛かっていない。
護熾は鍵を閉めないで朝食を作るために部屋を出て、階段を降り、台所に行って作ってから、下で寝ている2人を起こした。テーブルに三人が座ってから朝食を食べ始めると
「護兄~ユキナ姉ちゃんは?」
一樹が眠そうに目を擦りながら護熾に尋ねてきた。寝所が悪かったらしく髪がぼうぼうですごい寝癖である。護熾は『後でお前、髪とかしてこい』っと言った後、
「朝早くどっか出かけちまったよ。」
「だいじょうぶなの?」
今度は絵里がそう言った。
護熾は口にくわえていたトーストを手でとると、
「たぶん、だいじょうぶだ、あいつ強いから。ほれ、そろそろ学校へ行く準備をしとけ」
このあと護熾は制服に着替え、二階の机に置いてあるカバンを取りに行き、玄関で靴を履き、外に出ると家の前の道路にはランドセルを背負った一樹と絵里が護熾を待っていた。
「じゃあ行ってくるね護兄!!」
「行ってきます!! 護兄!!」
元気よくそう言うと小走りで護熾に振り向きながら手を振り、護熾も手を軽く振りながら『気をつけていくんだぞ〜』と言い、やがて二人の姿が見えなくなると一樹達が行った反対方向に体を向け、歩き始めた。
「あとちょいで夏休みだな」
ボソッとそう呟き、蒼天を仰いでから、前へと歩を進め始めた。
日差しが照り始める中、商店街の前を通り、川を横切っている橋を渡り、護熾は開いている頑丈な鉄の門扉を通って学校内に入っていった。
七つ橋高校、この町では唯一の高等学校であり、校門では登校してきた生徒であふれていた。
護熾はその集団の中に混じると校舎へと足を進めた。
下駄箱で靴と上履きを履き替えて、二階にある1−2組の教室へ行くために階段を上りきり、廊下を歩いているときだった。
「お は よ う~~~~海洞~~!!」
元気よく朝なのに無駄に高いテンションで護熾を出迎えたのは 沢木 雄一という名前の男子で護熾の中学からの友達だったりする。
廊下で護熾の姿を見かけた沢木が嬉しそうにぶつかる勢いで駆け寄ってきたので護熾はひょいっと軽い身のこなしで避けると同時に足を引っ掛け、沢木はダイビングをするかのように廊下で前のめりになって思いっきりゴロゴロと転んだ。
転び終えた鼻を押さえながら沢木は
「いってええええぇぇぇ!! ひどいぞ海洞!?」
「アホか、お前が自分からしたことだろ? ちっとは成長しろよ」
少し微笑んだような素振りを見せた護熾は教室内に入り、自分の机の横にカバンを置き、椅子に座った。しかし隣の席を見て自分の隣の人が後ろに一個ずれているのに気がついたので後ろに顔を向いて
「おい、近藤、なんでお前が後ろの方にいるんだ」
近藤と呼ばれた少女は護熾の右斜め後ろにおり、髪は黒くショートカット、気が強そうな顔立ちで、いわゆるボーイッシュな女の子だった。
名前は近藤 勇子で元護熾の隣の席であり、男勝りの性格の持ち主で護熾の中学からの友人でもある(つまり沢木とも友達である)。
護熾に尋ねられた近藤は
「なんか転入生が来るって話だから、席がずれたのよ。どんな人がくるのかしらね~~」
「転入生?」
護熾がそう言ったとたん、学校のチャイムが鳴り、生徒達が教室に戻ってきた。その1分後に教室の引き戸の前で『ちょっとここで待っててね』と先生が誰かに静かにそう言うと引き戸を開けて入ってきた。入ってきた先生は40代ほどで黒縁の眼鏡を掛けており、いかにも先生で、教壇に出席簿を置く。
「え〜〜今日、夏休みが始まるまで残りわずかですが、このクラスに新しい仲間が入ってきます。皆さんは転入生のわからないことなどを教えて仲良くしてくださいね。」
1−2組の生徒全員は驚いていた。
さすがにこの時期にこの学校に転入生が入ってくること、それ以前に転入生が来るという自体が珍しかったので生徒達は互いに顔を見合わせてどんな人なのか言い合いっこを始めていた。護熾も『転入生は普通夏休みの後にくるんじゃね?』と、後ろにいる近藤に『海洞海洞!どんな子が来るんだろうね!?』と、どつかれながらそう思っていた。
「じゃあ、入ってきて下さい。木ノ宮さん!!」
担任が教室の前の入り口に向かって叫ぶと教室内にいる生徒全員が入り口に向かって視線を向けた。
そして『あ! かわいい!!』とか『やべ、モロタイプ』とか『ちっちゃ〜い』などのどよめきの波が教室内で起こった。
入ってきた転入生は白いワイシャツで襟元に赤いリボン、藍色のスカートを履いた小柄な少女で髪は黒でセミロング、大きな瞳と幼さを残した凛々しい、又は可愛らしい顔立ちは教室内にいる男子生徒(護熾を除く)をときめかせ、女子の方にもその愛らしい容姿がかなり受け、全員が入ってきた転校生に釘付けになっていた。
「おいおいまさか…………昨日言ってたこと夢じゃないのか…………」
教室内で青ざめた顔になっている眉間にシワを寄せた少年約一名。
「今日からみんなといっしょになる“木ノ宮 ユキナ”さんです」
黒板にカツカツとチョークで名前を書きながら担任の先生はみんなの前にいる転入生の名前を読み上げる。生徒の中には『あ、名前カタカナなんだ』と声を上げる人もいた。
「みなさん、よろしくお願いします。」
にこっと生徒全員に微笑んだユキナに男子全員(護熾を除く)がハートに矢でも刺さったかのように胸を手で押さえ、『うおおおおぉぉぉぉ!! 春が(今は夏)来てます!! 今!!』と心の中で夏の暑さにも負けない熱い思いをたぎらせていた。
―――あいつ、本気で来やがったーーー!!
頬杖をついている護熾はまるで賞味期限切れの納豆を見たときと同じような顔で教壇の前に立っているユキナを見て、雷にでも打たれたかのような様子でそのまま固まってしまった。
「おい、海洞、大丈夫か? まさかあの転校生に惚れたのか?」
後ろの席から護熾の肩を叩き、調子を尋ねてきたのは 木村 雄二という名前の少年で顔立ちもよく、色んな意味で物知りな男で沢木と同じく護熾の友人であり、今回近藤の隣の席になっていた。
「…………いや待て!! 何でそうなるんだ!?」
後ろにいる木村に向かって少し怒った口調で言って黙らせ、もう一度前にいるユキナを見た。
目をゴシゴシと擦るがいくら擦ってもいるのは夏服を身につけて立っているユキナだった。
―――はあああこれは幻覚だ!! 神様!! これは幻覚だって言ってくれよ!! これは夏の陽炎だ! もうそれ決定ね! 異論は認めません!
「それでは木ノ宮さん海洞君の隣の席が空いているのでそこへ行ってください」
「はーい」
そんな護熾の願いは神様に届かず、先生に向かって元気な返事をすると足下に置いてあったカバンを手で持ち、護熾の隣にある席に向かって歩き出す。男子生徒は『海洞、いいな~』と呟きながら、ユキナに注目を向けていた。
やがて護熾の隣の席に着いて、カバンを机の脇に置くと椅子に座りながら護熾に顔を向け、
「海洞君、よろしくね」
と、にこっとした笑顔で言った。キラースマイルを食らった木村が何かに撃たれたように席にもたれかかっているのを気にせずに護熾は
「お、おう、よ、よろしく」
半分顔が引きつりながらおぼつかない口調で返事をした。